Act2-57 気付いた想い
本日九話目です。
更新祭りもそろそろおしまいですね。
最後までお付き合いいただけると幸いです。
風のドラゴンロードの笑みに、なにかを企んでいるような笑顔に自然と体がこわばった。
風のドラゴンロードは、「旦那さま」よりも明らかに強い。
「旦那さま」は一通りの各属性が扱えるようだし、天の力もある程度は使えていた。
でも本物の天には遠く及ばない。
本物とは出力がまるで違っていた。
本物の天はイロコィなどという小物など、一撃で消滅させられるほどの力がある。
「旦那さま」の天は、せいぜい上位属性程度の威力しかない。
基本属性だけしか持たないもの相手では、たしかに脅威だろうけれど、上位属性に目覚めた者にとっては脅威たりえない。
いわば半端な力しかあの人にはない。
それでもあの人の力は本物だった。
だけどあの人よりも強い相手には決して勝てない。
弱い相手にしか勝てない強さでしかない。
だけど、風のドラゴンロードは違う。
この竜は自身よりも強い相手であっても勝てる力がある。
嵐の力には確実に目覚めている。
だがそれだけではない気がする。
なにかしらのかくし球がある。
それこそ私と同じ──。
「そう警戒することもなかろう。この場で戦おうとは言っていないのだからな」
風のドラゴンロードが含むように笑う。
強さも不気味じみているが、器もまた大きいようだ。
そこは「旦那さま」も変わらない。
あの人はわかりやすい。
わかりやすいのに終わりがない。
どこまでも踏み込ませてくれる。
そんな「旦那さま」が私は好き。
なのにどうして裏目になるのだろう?
どうして私はあの人の心に住めないのか。
どうしてアマミノゾミなんだろう。
私の方が「旦那さま」を好きなのに。
そうだ。私の方が「旦那さま」を愛している。
アマミノゾミにはできないことだってできる。
「旦那さま」が望むなら私は体を売ってもかまわない。
「旦那さま」以外に抱かれるなんて虫酸が走るけれど、「旦那さま」がそれを望まれるなら躊躇いなく抱かれてもいい。それであの人への愛が示せるなら安いものだ。
なのに、どうしてそれが伝わらないのだろう?
私は狂ってしまうほどにあの人を愛している。
あの人に抱かれたい。
できることならあの人の子供を産んであげたいくらいに、あの人が好き。
「旦那さま」を、スズキカレンさまを愛している。
「ふふふ、カレンもなかなかに罪深い。いくらか狂人じみたところはあるが、こうもひとりの女子に想いを寄せられるとはな。もっともその想いは叶わず仕舞だろうがね」
風のドラゴンロードが言う。
脳裏に浮かぶのはアマミノゾミの姿。
あのいけ好かない女。
まるで最初から私など眼中にはないと言うかのような、あの姿、あの顔が腹立たしい。
きっと今頃シリウスちゃんと「旦那さま」を。
私から奪い取った私の家族と和気あいあいとしているに違いない。
負けた私のことをあざ笑いながら、私の代りに「母親」という役割りを漫喫しているに違いない。
なんて浅ましい。
とんだアバズレだ。
どうせああいう手合いは、良さそうな相手がいたらあっさりと乗り換えるに違いない。
あれはそういうタイプの人間だろう。
そうだ。
いずれはあの女は「旦那さま」とシリウスちゃんを捨てるに違いない。
あれはそういう女だ。
「……我はそう思わぬが。まぁ、いまのそなたになにを言うても意味はないか。ただひとつだけ言っておこうか」
「なにをですか?」
「そなたが言うアバズレは、そなたのために行動しようとしていた」
「は?」
意味がわからない。
なぜあのアバズレがそんなことをするのか。
そもそも私のためとはどういうことなのか、風のドラゴンロードの話はよくわからない。
「まぁ、いきなり言われてもそういう反応をするのが普通よな。だが、事実だ。彼女はそなたのために行動を起している」
「意味がわかりません。あの女は私に勝って、私の居場所を奪い取った。なのになぜ私のために行動なんてとるのですか? 敗者は死ぬ。それがこの世界の普遍の事実であるはずです」
そう、この世界はそういう世界だ。
負ければなにも残らない。
勝ったものがすべてを得られる。
仮に死ななかったとしても、残されるのは死にも勝る屈辱だけ。
そんな屈辱を胸に生きていくなんて、私にはできない。
それはこの世界に住まうすべての人間がそうであるはずだ。
なのになぜ?
なぜ他人を思い遣れるというのか。
それも自身が打ち負かした相手などをだ。
私であればする気もなければしようとも思わない。
なのになぜあの女にはそんなことができるのか。
それが勝者ゆえの余裕ということなのだろうか。
やはりあの女は理解できない。
私とはまるで違う人種だろうから、無理もないのだろうけれど、それでもここまで理解できないこともなかった。
そういう意味では新鮮味があるとは言えるが、ひどく屈辱的なものとしか私には思えない。
「屈辱か。たしかにそなたにとってみればそうかもしれんな。我も同じ立場であれば、そう言うかもしれぬ。ただな、アルトリアよ」
「なんですか?」
「あの娘は本気だ。本気でそなたとシリウスのために立ち上がったよ。恋愛という意味であれば、香恋を取り合うという意味であれば、そなたを躓かせたままの方が有利だというのにも関わらず。あの少女は立ち上がったのだ。自身を殺そうとし、散々罵声を浴びせかけたそなたを救おうとしている。そういう彼女だからだろうな。香恋はあの子に心を奪われたのだろう。そなたのように魔眼を用いたのではなく、自らの力だけで香恋の心を奪ったのさ。我に言わせ見れば迂遠にもほどがあるが、不思議と我はああいう甘ちょっろい娘が嫌いではない。むしろあの娘であれば、カレンは幸せになれるだろうと思ってさえいるよ。そなたとでは、難しいことではあっても、彼女とであれば、たやすく幸せを掴んでくれると思うからな」
風のドラゴンロードは言いたいことを言ってくれている。
トカゲ風情がふざけたことを、とは思う。
だが、言われていることは事実だ。
私と結ばれても「旦那さま」は幸せにはならない。
普遍的な意味の幸せを掴むことはできない。
だけどあの女であれば、「旦那さま」は普遍的な幸せを掴むことはできるだろう。
私のようにしがらみがあるわけではない。認めるのは腹立たしいことではあるけれど。
「それにあの娘はちゃんと周りが見えている。そなたがあの娘と張り合うことしか考えず、我のそばでずっと起きていた異変に気付いていなかったときも、あの娘はちゃんと気づいていたよ。異変が起きていることにな」
「異変?」
風のドラゴンロードの言う意味は分からないことが多いけれど、今回ほどわからないものもない。
異変と言われてもなにもなかったはずだ。
それとも風のドラゴンロードが言う異変が、私の気づかない間に起こっていたと言うのだろうか。
思い出してみても変わったことはなかった。
あえて言うとすれば、シリウスちゃんが少し大人しかったくらいか。
普段であれば、いくら私がアマミノゾミと雌雄を決していたとしても、寂しがって声のひとつやふたつは話しかけてきそうなものだけど。
昨日は不思議とそういうことはなかった。
ただお行儀よくしていた。
それがある意味では異変とも言えなくはないことだけど──。
「……もしかして」
「そうさ。シリウスはそなたが忙しいとわかって耐えていたよ。「まま上にとって大切なことだから」と言ってな。かわいい子だ。そんなかわいい子にそなたは手をあげようとしたのだな。大方ニセモノかなにかと思ったのだろう? 「私のシリウスちゃんはこんなわがままを言う子ではない」などと思ってな。シリウスのそれがそなたの関心を引くためのものだと気づきもせずに」
風のドラゴンロードは淡々と続ける。
掛けられる言葉に私はなにも言い返すことができない。
ああ、なんてことだろう。
あの子の母親であるはずなのに、あの子のことがなにもわかっていなかった。
あの子がどんなに私を想ってくれているのかさえも気づかずに、ただ自分勝手な気持ちを押し付けていた。
なにがわかってくれないのだ。
それはあの子が一番言いたいことだっただろうに。
「ごめんなさい」
「我に謝っても仕方がなかろう? 謝るのであれば本人に直接謝るといい」
風のドラゴンロードが視線を逸らす。
その視線を追っていくと、あの女と手を繋いだシリウスちゃんがいた。
続きは二十一時になります。
今日は次でラストですよ。




