Act2-40 正妻戦争~料理編~
本日二話目です。
ご飯の話なのに、香恋の胃がおかしくなりそうな←しみじみ
こんばんは、鈴木香恋です。
「双竜島」における最高級ホテル「クロノス」のデラックススイートに連泊させてもらっています。
さて、そんな俺ですが、いまちょっと困った状況にあるんだよね。
目の前に広がるのは静かな夜の海。
この世界には電球はないけれど、光の魔法を使って疑似的な電球としている。
まぁさすがに魔力というコストがかかるため、一般家庭にまでは広まってはいないけれど、「クロノス」ほどのホテルであれば備わっていた。
その備わっている疑似的電球で夜の砂浜をライトアップしている。
ライトアップとはいっても、そこまで大がかりなものではなく、星の光を損なわない程度の光で照らしているというだけのことだけど、星の光と疑似的電球の光が織りなす光景はどこか幻想的だった。
そんな幻想的な光景を眺めつつ、俺の胃は悲鳴をあげていた。
「香恋。はい、あーん」
右から幼なじみの希望が満面の笑顔で、ひと口大に切りそろえてくれたブラックベアのステーキを差し出してくれる。
ステーキかぁ。懐かしい。立ち食いステーキの会員カードがプラチナ目前まで迫っているのに、この調子だと失効されてしまう。どうにか失効されるまでには帰りたいものだよ。
「「旦那さま」、こちらをどうぞ」
左からアルトリアがこれまた満面の笑顔で、クルッポの卵焼きを差し出してくれる。おそらくはアルトリア自身で作ったのだろうね。またもや手が傷だらけだ。もっとも作ったのはアルトリアだけではなく、希望も同じだろうけれど。なにせ二人そろって簡易キッチンで調理してくれていたからね。
正直見てくれと手際の良さは希望の圧勝だ。
希望が作ってくれたステーキは単純に肉を焼いただけではあるけれど、だからこそ調理者の腕がダイレクトに反映される料理でもある。
実際希望は俺の好きなミディアムレアに焼いてくれている。
肉の断面は焼けた部分と生の部分の両方が絶妙なバランスで彩られている。
そのうえ味を際立させる希望のお手製ソースがかけられている。
昔からなじんでいた香りが鼻腔をくすぐってくれる。
本当に希望は料理上手だよな。俺は幸せです。
対してアルトリアの卵焼きは、悲惨だ。
なんというか、明らかに初めて作りましたという見てくれだもの。
卵黄と卵白が混ざった卵焼きって、わりと家庭のものでは珍しくない。
しかしアルトリアのそれは卵黄と卵黒とでも言えばいいのかな。
黄色と黒が入り交じったなんとも言えない見た目をしている。
うん、普通に焦げているね。
焦げているけれど、一生懸命に作ってくれたというのがよくわかるよ。
さすがにこれでは味もお察しだが、俺のために作ってくれたというのがなんとも心憎い。
これがただの料理勝負であれば希望の圧勝だけど、これはただの料理勝負にあらず。
まぁ、そもそもなんで料理勝負になっているのかも俺にはさっぱりなんですけどね。
いや、なんか気づいたら希望とアルトリアが夕飯を作るってことになっていたんだよね。
「こうなったら料理勝負だよ」
「望むところです。「旦那さま」のお腹を満たしてあげてこその嫁ですからね」
「は、私に料理で勝てるとでも? 甘く見られたものだね」
「ほえ面を掻かせてあげますよ」
俺が一向になにも言わないことにしびれを切らしたのか、希望が料理勝負を口にしたんだよね。
アルトリアもそれに乗ってしまったというわけ。
相変らずふたりともお互いの言葉を知らないはずなのに、不思議と意思疎通ができているんだよね。
本当にどういうことなのやら。
「香恋。そんな焦げた卵焼きよりも、私のステーキだよね?」
「いいえ。そんな焼いただけの肉よりも私の愛情たっぷりな卵焼きの方が」
「愛情? あなたの愛情って焦げてまともに食べられないもののことを言うんだね? ちゃんちゃらおかしいよ」
「ただ肉を焼いただけのあなたの料理と一緒にしないでください。そんなの誰にだってできるでしょうに」
希望とアルトリアはお互いを睨み合う。
ふたりに挟まれる俺は相変わらず胃が痛いです。おかげで食欲が出ないよ。
でも、地球での嫁とこの世界での嫁が作ってくれたものを残すわけにはいかない。
正直アルトリアのは焦げた部分が多いから炭の味しかしないだろうけれど。
だからと言って食わないという選択肢は俺には存在しない。
正直希望のだけを食べたい。
希望のは確実に美味いだろうからね。
あ、そうか。アルトリアのを食べてから希望のを食べれば、いくらか中和されるんじゃないかな。
だけどそれをしたら希望が怒りそうな気がするよ。
というか泣くんじゃないかな、希望。
なにせ見た目から確実に勝っているはずなのに、アルトリアのを先に食べたら希望のプライドをこれでもかと傷つけてしまう。
かといって希望のを先に食べたら、アルトリアが泣くね。
うん、頑張って作ったのにとか言い出しそうで怖いもん。
どうしたらいいんですかね、これ。
というかさ、アルトリアはともかく、なんで希望までその気になっているのかがわからないんですけど。
だって希望ってばノンケだったはずだよね?
女の子と恋愛なんて考えられないと言って、ばっさりと切り捨てていたよね。
その希望がなんでアルトリアと俺を巡って仁義なき戦いを繰り広げていますかね。
まじで意味がわからないよ。
「えっと、希望?」
「なに?」
「希望ってノンケだよね?」
「うん」
「なのに、なんでアルトリアと競い合って」
「その子が気に入らないから」
きっぱりと希望は言い切ってくれました。
いや、そういう理由はどうなんでしょうかね。
そこはさ、実は香恋のことをって言ってくれた方が、カレンちゃん的には嬉しいんですけど。
いや、希望に期待する方が間違っているんだろうけれど、それでも少しは夢を見させてくれたっていいんじゃないですかね。
「えっと、アルトリア?」
「なんですか?」
「希望は別に俺のことを好きってわけじゃなくてだね」
「そんな嘘を私は信じません」
アルトリアもまたきっぱりと言い切ってくれました。
というか、嘘ってどういうことよ。
希望はたぶん嘘を吐いていないはずなんだけど。
でもアルトリアにとってそれは嘘でしかないようだね。
うん、女の勘って奴なのかな。いまいちわからない。俺も女の子ですけどね!
「ぱぱ上、ご飯食べないの?」
対面側に座ったサラさまの膝の上で首を傾げるシリウス。
ちなみにシリウスのご飯も希望とアルトリアがそれぞれ俺に作ってくれたものとおなじものを提供してくれている。
残っているのはアルトリアが作った分であるのは言うまでもない。
希望が作った分はもうほとんどなかった。
「シリウス、お肉美味しいか?」
「わぅ! 美味しい! そっちのおねえちゃん、ご飯作るの上手!」
シリウスは満面の笑みで言う。
そんなシリウスに希望はありがとうとお礼を言っていた。
お互いに言葉は通じていないけれど、身振りでだいたいの言葉がわかるみたいだね。
「シリウスちゃん? まま上のは?」
「……わぅ」
「わ、わぅだけじゃわからないよ!?」
シリウスはわぅとしか言わなかった。
うん、それだけでなにが言いたいのかはわかったよ。
まぁ見た目からして「頑張りましょう」評価なのは明らかだし。
「とりあえず、どっちも食べてあげたらいかがですか? 主さま」
ひとり我関さずと言う風に希望の作ったステーキを食べるエレーン。
アルトリアの作った卵焼きには一切目もくれていない。
「いや、どっちもって。どっちを先にすればいいのか」
「どっちも食べればいいだけでしょうに」
エレーンはとても投げやりなことを言ってくれた。
でもそれしか方法はなかった。
俺はアルトリアと希望のそれぞれに目をやり、口をできるだけ大きく開けた。
ふたりはそれぞれが差し出してくれていた料理を同時に俺の口の中に入れてくれる。
口の中が炭と肉の味でいっぱいになっていく。
俺、なにを食っているのかな。
そんなことをぼんやりと考えながらも、咀嚼し飲み込んだ。
「どう? 香恋」
希望が嬉しそうに笑う。アルトリアも笑っている。
「……アルトリア」
「はい?」
「……頑張ろうね」
「……ハイ」
「その子のだけ? 私のは?」
「言うまでもないよ。さすがの味だよ」
「それじゃダメ。ちゃんと言って?」
希望が顔を近づける。期待に満ちた表情で俺を見つめる希望。
地球にいた頃は冗談で嫁とか言っていたけれど、こうしてまじまじと見ると希望ってわりと俺のツボかもしれない。
なぜか胸がドキドキとしてきた。ちょっとまずいかもしれん。
「相変わらず、美味しかったよ。さすがは希望だね」
できるかぎり希望を見ないようにして褒めた。
希望が嬉しそうに笑ってくれる。うん、やっばい、かわいい。
「むぅ。「旦那さま」、浮気はダメですよ」
アルトリアが左腕を取った。すると希望もまた右腕を取った。
それぞれのとんでもないブツが俺の両腕に押し付けられていく。
「……なんなんだ、これは」
俺に安息はないのかなと考えずにはいられなかった。
そんな俺を置いて、シリウスたちの食事はつつがなく進んでいく。
羨ましいなぁと俺が思ったのは言うまでもないよね。
明日は十六時更新になる、予定です←




