Act2-38 幼なじみさん、異世界へ行く その五
気がつけば、私は知らない砂浜にいた。知らない砂浜に寝そべっていた。
暁子おばあちゃんのお墓の前にいたはずなのに。空廻寺のある山の中にいたはずだったのに、気づいたら海辺にいた。
トリックとか、幻とかそういうチャチなものではなく、実際に私は砂浜にいる。
当然空見町には砂浜なんてない。
だって空見町があるのは海なし県なんだ。
海があるところまで行くには最低でも二時間はかかる。
海といっても、あくまでも港があるという意味の海であり、砂浜があるような海に行くにはそれ以上の時間がかかる。
あの光に包まれてからどれだけの時間が経ったのかはわからない。
寝そべっていたけれど、特に痛みもないということは、落ちてきたというわけではなく、そこに寝かされたということ。
つまり私はあの女性の手でここまで運ばされたということになる。
その間気絶していたとすれば、砂浜のある海まで連れて来られるとは思う。あくまでも机上の計算では。
実際にそんなことをしようとすれば、あの人の見た目じゃかなり目立ってしまう。
加えて気絶した私を連れてだとすると、より目立つことになる。
たとえ車で私を連れて行ったとしても、もっと時間はかかるだろうし、どこかで人目についたはずだ。
でも私はいまのいままで気を失っていた。
人目につけば騒がれるだろうからそれで目を醒ますだろうし、そもそも車で移動したのであれば、もっと時間はかかるはず。
けれど空の色はあまり変わってはいない。
お日さまがずいぶんと高くなっているから、もうお昼頃ってことなんだろうけれど、たぶん一時間くらいしか経っていなさそうだ。
そんな短時間じゃこんな浜辺にまで私を連れて来れるわけがない。そもそも私を連れて来る理由がない。
「誘拐にしても、うちはそんなお金があるわけでもないしなぁ」
打ち寄せる波を眺めながら、そんなどうでもいいことを考えてしまう。
でも実際、うちの家はそこまでお金があるわけじゃない。
小野寺の分家ではあるけれど、その小野寺にしてもどこかの分家の分家だった。
詳しくはよく知らないけれど、結構有名な企業の創業者の一族に連なるらしい。
とはいっても遠縁すぎて、ほとんど他人同然だっていう話だから私を誘拐しても、宗家の人が助けてくれることはないはず。
まぁ誘拐犯っていうのはそういう事実関係は無視しているだろうけれど。
でもその誘拐もないはず。
だって誘拐ならさ、私をこんな場所に置いて行くなんてありえないだろうし。
明らかに逃げてくださいと言っているようなものだもの、いまの情況は。
そう、逃げてくださいと言っているようなもの。
だって私の周囲には人影さえないのだから。
あるのはそこら中に開いている落とし穴(?)くらいかな。
一番近くにある落とし穴を覗くと、だいぶ深い。
穴の大きさも人の胴体くらいはあるのに、かなり深い。たぶん数メートルはある。
そんな穴が砂浜には無数に空いている。加えて砂浜は妙に荒れている。
何人かの足跡と、見たこともないくらいに大きななにかの足跡、そして無数の点が刻まれていた。
何人かの足跡はいい。一番小さい足跡がいろんなところにあるけれど、子供が走り回った後だと思えばいい。
無数の点もよく見てみると、等間隔に開いている。たぶんこれも足跡のはず。海だからカニとかかな。
カニの足跡にしては、ずいぶんと大きいのは気にしないでおきたいかな。
問題なのは、見たこともないくらいに大きななにかの足跡だった。
どう見ても私が見知っている生物のそれとは違う。
ただ現実ではないけれど、この足跡にそっくりなものであれば見たことはある。
「これって、ドラゴンの足跡かな?」
香恋と一緒にプレイしていたネットゲームに出て来るドラゴン。
RPGにはつきものの最強の種族。その足跡と砂浜に残されたそれはとてもよく似ている。
実際クエストで足跡を探してドラゴンを追いかけるっていうものがあったのだけど、そのときのドラゴンの足跡は目にしっかりと焼き付いていたからわかる。その足跡と同じものが砂浜にふたつ残されていた。
「……いや、さすがに現実世界にドラゴンなんているわけが」
そう、いくらなんでも無理がある。
現実にはドラゴンなんてものは存在しない。
そう、私が住んでいる世界での常識であれば、だ。
「あの人、たしか違う世界に連れて行くみたいなことを言っていたよね」
香恋と結ばれることができる世界。
諸外国とかかと思っていたけれど、まさか言葉通り違う世界に連れて行かれてしまったってことなんだろうか。
ありえないことだろうけれど、物的証拠は揃っていた。
まずドラゴンらしき足跡でしょう。
次にありえないくらいに大きなカニ(らしき)足跡。
そして大きく深い落とし穴。
ドラゴンの足跡は、なにかしらの道具を使ったとしてもだ。
カニらしき足跡は確実に生物のもの。
ガラケーの由来になったガラパゴス諸島にだってこんな大きなカニは存在しないはず。
でももしこれがカニのものであれば、落とし穴の正体もわかる。
これはたぶん巣穴なんだ。
人の胴体くらいの大きさのあるカニの巣穴。
そんなカニなんて地球に存在するわけがない。
けれどもしいまいる世界が地球でなければ可能性はある。
それこそ香恋がはまっているネット小説に見かける異世界転移モノのように私もまた異世界に転移したとなれば、いま見ている光景にも納得できる。
かなり無理があるというか、我ながらそれはないだろうと思う結論ではあるけれどね。
「……ここで考えても答えは出ないかな」
もし本当に異世界に来たとしても、誰もいない場所で考えても意味はない。
誰かに会わないと結論を出すことさえできないのだから。
「とりあえずこの足跡を追ってみようかな?」
ドラゴンやカニの足跡は切り捨てて、何人かの足跡を追うことにした。
人の足跡が、しかも素足ではなく、明らかに靴の跡があるってことは、未開の地ではなく、ちゃんとした文明のある人が住んでいるってことになる。
そこに町があるかはわからないけれど、少なくともこの足跡の持ち主たちに会うことはできるはず。
ほかにやることもなければ、これと言った目的もないいま、この足跡の持ち主たちを追うことは決して間違いではないはず。
「言葉が通じるといいんだけどなぁ」
異世界ではなかったとしても、せめて言葉が通じる人たちでありますように。
そう祈りながら足跡を追いかけていくと、しばらくしてお城が見えた。
それも日本にあるような城ではなく、西洋風なお城だ。
「……ここ外国なの?」
少なくとも日本に西洋風のお城があるとは聞いたことがない。
となればここは日本じゃないってことになる。
英語はそんなに得意ではないのだけど、どうにかするしかなかった。
足取りが急に重たくなるのを感じつつ、お城へと近づいていくと、なぜか跪いてよくわからない言葉を口にしている人たちがいた。それもかなり大勢いるし、みんな水着姿だった。
「えっと、なにこれ?」
目の前の光景にわけがわからなくなっていると話し声が聞こえた。
言っている言葉はわからないけれど、でもその声にはとても聞き覚えがある。
あたりを見回すとビーチパラソルの下に見間違えるはずのない姿を見つけた。
そこには私の幼なじみの香恋が、すけひとの黒いつなぎを着た香恋がいたんだ。
香恋に声を掛けると、なぜか体を硬直させていた。
なんだろう。まるで聞きたくない声を聞いてしまったっていう感じがする。
普通は慌てて振り返るものじゃないかな。
というかさ、隣のきれいな女の子は誰かな。
すごく親密そうな雰囲気を感じるね。
……なんかすごくイラッとするのは気のせいかな。
とりあえず声をまたかけた。
でもなぜか振り返ってくれない。
まさか人違いなのかな。
急に不安になってきた。
声が自分でもわかるくらいに涙声になっていく。
どうにか泣かないようにしながら、もう一度だけ声をかけた。
「……聞こえていないの? 私だよ。わかるよね? ほら私」
「……それだけじゃ詐欺みたいだって、いつも言っているだろう? 希望」
ため息を吐きながら、昔からよく言ってくれた言葉を口にしながら、香恋は振り返ってくれた。
やっぱりそこにいたのは私の幼なじみの香恋だった。
「香恋!」
私は目の前にいる香恋に思いっきり抱き着いた。
久しぶりに感じる香恋のぬくもりと香りを胸いっぱいに感じながら、私は大好きな親友と再会を果たすことができたんだ。
希望が香恋に抱き着いた際のアルトリアが思ったであろうこと。
アルトリア:(え、なに、この女? なに「旦那さま」に抱き着いているのかな。馴れ馴れしすぎない? 血を全部吸われたいの? ああ、そうしよう。その後残った体はアリアにでもあげればいいし。というわけでアリア、早く来なさい。じゃないとオシオキだよ?)
同時刻──。
アリア:!?
アイリス:あ、アイリス? いきなり震え始めてどうしたの? なんか前にもあったわね、これ。
アリア:わ、わからない。なんか急に寒気が。
アイリス:……もしかして姉さんかしら?
アリア:え? 私呼ばれている?
アイリス:さぁ?
アリア:ま、真面目に考えてよ!? 私殺されちゃう!(アイリスの肩を掴んで揺さぶる)
アイリス:だって私は呼ばれていないし。そもそも用事があるとは限らないわよ? もしかしたらストレス発散のためにアリアを呼んだだけかもしれないし。
アリア:(ごくり)
アイリス:どうするの?
アリア:……わ、わからなかったことにしておきます
アイリス:うん、そっちの方が賢明だと思うわ
同時刻──。
アルトリア:(……オシオキ決定かな?(ぷち切れ))
アリア=ストレス発散な図式。アリアさん、逃げて、超逃げて




