Act2-31 力の使い方
本日は二話更新です。
まずは一話目です。
「さ、サラさま?」
アルトリアが慌てた。ゴンさんも驚いている。エレーンに至っては直立不動になった。
三者三様の反応を見せるなか、サラさまはアルトリアに近づき、泣きじゃくるシリウスをいきなり取り上げた。
「さ、サラさま? なにを」
「黙って見ていなさい」
アルトリアが慌てるも、サラさまが一喝してしまう。
すごい迫力でアルトリアは頷くことしかできなかった。
「子供をあやすときは、親は慌ててはいけません」
そう言ってサラさまはシリウスに顔を近づけた。
「落ち着いて。もう誰も怒っていないし、怖い顔もしていないよ?」
「ほんとう?」
「本当。ほら見てごらん?」
サラさまが俺たちを見やる。
シリウスも涙目になって俺たちを見つめている。
だが俺たちの反応を見て、慌てていたり困っていたりする顔を見て、シリウスの顏が曇っていく。
「ちょっとごめんね」
サラさまがシリウスの耳を塞ぐと、俺たちに向かってにっこりと笑ってひと言。
「笑え」
ドスの利いた声で命令してくださいました。
俺たち全員脚をそろえて敬礼したよ。
むしろ敬礼せずにはいられません。
そしてみんな一斉に笑った。
笑わないと殺されると思ったからね。
アルトリアたちを見やると三人ともぎこちない笑みを浮かべているが、それでも合格点をもらったようで、サラさまはため息を吐きつつも、耳を塞いでいた手を外した。
「ごめんね。いきなり耳を塞いじゃって。でもほら見て? みんな笑っているでしょう?」
「……わぅ、笑っている」
「そう、笑っているね。だからもう誰も怒ってはいないし、怖い顔をしていないの。むしろシリウスちゃんが泣いているのを見て、みんな慌てていたんだよ?」
「シリウス、悪いことしたの?」
「ううん、シリウスちゃんは悪いことなんてなにもしてないよ? 少し慌てん坊さんだっただけ。ぱぱ上さんもまま上さんも、ゴンさんもそこのアホ天使もみんなシリウスちゃんのことをすごーく心配しているだけ。いつも元気なあなたが泣いちゃったんだもの。みんな驚くし、心配になるよね? シリウスちゃんがぱぱ上さんとまま上さんが怖い顔をしているのを見て、心配しちゃったみたいにね。シリウスちゃんが泣いちゃったのは、心配になっちゃったからでしょう?」
「わぅん。シリウスな。ぱぱ上とまま上が喧嘩しているのを見て、不安になったの。ぱぱ上とまま上が喧嘩ばかりしていたら、ぱぱ上とまま上のどっちかに着いて行かなきゃいけないってゆうゆうが言っていたの。でもシリウス、どっちかは嫌だ。ぱぱ上とまま上とずっと一緒にいたいもん」
シリウスがしゃくりながらサラさまに言っている。
その姿を見て胸がキュンとしました。
同時に殺意が芽生えたね。
なにせ元凶はあのアホ勇者なのだから。
これはギルドに帰ったら、真っ先にあのアホ勇者を去勢しようか。
アルトリアも同じことを考えているみたいで笑いながら、額に青筋を浮かべている。
「勇ちゃんさんも余計なことを言いますねぇ」
ゴンさんは呆れていた。
普段はあのアホ勇者を庇うけれど、今回ばかりはフォローしきれないようだね。
「というかですね。私アホ天使扱いなのですが、誰もなにも言ってくれないんですね」
エレーンが影を背負いながら言うけれど、誰もがスルーしていた。
悪いけれど、いまはエレーンの相手をしている余裕はなかった。
「そっか。でも大丈夫。ぱぱ上さんとまま上さんのどっちかに着いていかなきゃダメってことにはならないよ?」
「ほんとう?」
「うん。サラさん、嘘はたぶん吐かないからね」
「たぶんなの?」
シリウスが不安そうな顔をしてしまう。
そこはたぶんじゃなく、絶対と言うべきだろうに。言葉のチョイスを間違えていないかな。
「うん、たぶんだよ。だって絶対って言葉は実際にはないんだから」
「わぅ?」
「絶対って言葉はね、言葉という意味では存在するの。けれど、現実という意味では存在しないの」
「なんで?」
「絶対という言葉の意味が強すぎるからだよ」
「わぅ? 強いのはいいことじゃないの? ちち上は言っていたよ。強ければ強いほどいいんだって」
ナイトメアウルフらしい言葉だな。強ければ強いほどいいか。野生に生きる魔物ならではの言葉だ。
弱肉強食という掟がある野生においては、弱ければ死んで、強ければ生きる。
逆に言えば強ければ強いほど生きていきやすいってことだ。
シリウスはまだそのあたりのことがわかっていないみたいだ。
というよりもシリウスに理解させられなかったのかもしれない。
産まれたばかりだったシリウスに理解できるようには教えられなかったんだろうね。
だから強ければ強いほどいいって曖昧な言葉になったんだろうな。
実際のところはどうなのかはわからないけど、大きく間違ってはいないはず。
「たしかに魔物にとっては、強さは大事だね。でも人という生き物にとっては、そうじゃないの」
「わぅ?」
「人にとっては強いというのは、そこまで重要なことじゃないんだ。もちろん強い方がいいよ? 強くなければ守りたいものはなにも守れないもの。けれどそれだけがすべてってわけではないの。ほかにもいろいろと大切なものがあるんだよ。なによりも一番大事なのは、強いだけじゃダメってことだよ」
「どうして?」
「シリウスちゃんはグレーウルフだから強いよね?」
「わぅ! 昨日もカニをいっぱい倒したよ」
「そっか。でもそれは本当に必要なことだった?」
「わぅ? どういうこと?」
「カニって言うとビッククラブのことだよね? いっぱいいる大きなカニさん」
「わぅん。そうそいつら。シリウスのご飯になるの」
「ご飯ね。でも全部食べられるのかな?」
「食べられるだけ食べる」
「ダメ。全部食べてあげないと」
「なんで?」
「だってシリウスちゃんは、ビッククラブたちの命を奪ったんだよ? 命を奪ったものは奪った相手の命を背負わないといけないの。シリウスちゃんのちち上さんは教えてくれなかったのかな?」
「……それは」
シリウスが黙ってしまった。自分がしたことを理解したんだろう。
もっともそのことに気付いたのは俺も同じだ。
昨日シリウスはビッククラブたちを狩りつくしてしまった。
相手がやる気だったから戦わないといけない状況ではあった。
だからと言って、ビッククラブたちすべてを狩る必要はなかった。
ボスであるキングクラブ一匹を倒せばそれでよかった。
実際キングクラブを倒したあと、ビッククラブたちは逃げ腰になっていた。
つまりはもうあの時点で戦意をくじいていたんだ。
たぶん威嚇すればそれであいつらは逃げ去ったはずだ。
だけどシリウスはすべてのビッククラブを狩った。
一匹残らず殺してしまった。
なかには小さい個体もいた。
つまりは子供がいたんだ。その子供さえもシリウスは殺してしまったということになる。
サラさまが言うまで俺もその事実に気付かなかった。だから俺がシリウスを責める資格はない。
「いい、シリウスちゃん。サラさんが言った強いだけというのは、いまのシリウスちゃんのことを言うの。シリウスちゃんは強いよ。けど強いだけなんだよ。強いだけの力にはなんの意味もないの。強すぎる力はかえって誰かを傷付けることになってしまうの。傷つくだけですめばいい。傷つくだけであれば謝ればいつかは許してくれるかもしれない。けれどもし相手の命を奪ってしまったら、もう取り返しはつかないんだよ。どんなに謝っても相手から許してもらうことはできないの。シリウスちゃんの場合はどうかな? 戦わなきゃいけない状況だったかもしれない。けれどすべてのビッククラブたちを狩りつくさなきゃいけなかったのかな?」
「……でかいのを一匹倒したら、ほかのやつら、みんな逃げだしちゃった」
「でも、シリウスちゃんは追いかけちゃったんだよね?」
「わぅん。シリウス、あいつらのことご飯としか思わなかった。だから逃がさないようにって思ったの」
「それは必要なことだった?」
「わぅわぅ。意味がない」
「そうだね。その意味のないことをシリウスちゃんはしちゃったんだよ。奪うことのない命を奪ってしまったの。そしてそれは野性の魔物がしないことだよ。それはサラさんが言わなくても、シリウスちゃんはわかっているはずだよね?」
「……わぅん」
シリウスが力なく尻尾を垂らしながら頷いた。
そこまで言わなくてもいいんじゃないかなと思うけれど、サラさまは構わずに続けていく。
「絶対って言葉もね、それと同じなんだよ。絶対って言葉は強制力のある言葉だからね。言われた側は言われたことをなにがなんでも守らなきゃいけないって無理をしてしまうんだ。必要のないことをしてしまい、かえって傷ついていくだけなんだよ。だから絶対って言葉は言葉の上ではあるけれど、実際にはあってはいけないことなんだよ。誰かを傷付けるだけかもしれないものなんてあっていいと思う?」
「思わない」
「そうだね。誰かを傷付けるかもしれないものはあってはいけないの。でもそれも使いようによるんだよ? たとえば剣やナイフはさ、触れれば傷ついてしまうけれど、大切な人を守るために使えるものでもあるんだよ。強すぎるものでも、きちんとした使い方をすれば誰かを守ることもできるの。シリウスちゃんの力も、ちゃんと使い方を考えれば誰かを守れるんだよ。いますぐには無理かもしれない。でもいつかはできるようになる。シリウスちゃんのちち上さんが強ければ強いほどいいっていうのは、そういうこと。むやみに力を振り回すことではなく、意味のある使い方ができる力ってことなんだと思うよ」
「……わぅ」
シリウスが涙目になっていく。
悲しみからではなく、悔しさからの涙だ。
力を振り回すだけだった自分を恥じている。
俺とアルトリアはシリウスが力を振り回すだけの存在になろうとしているのに気づいていなかった。
シリウスをかわいがるだけで、大切なことをなにも教えてあげていなかった。
それどころかサラさまが来るまでシリウスが泣いているのをあやすことさえもできない。親失格だね。
「いまはまだなにもできないかもしれない。けれどいつかはできるようになれる。諦めたらそれで終わりだけど、諦めなければいつかはたどり着けるかもしれない。だから簡単に諦めちゃだめだよ?」
サラさまはシリウスを抱きかかえながら言う。
でもそれはシリウスに対して言っているのか、それとも俺とアルトリアに対して言っているのか、わからなかった。仮面の下の表情がどんなものなのかもわからない。
だけどサラさまが励ましてくれていることはわかっていた。
天使さまっていうのは、こういう人のことを言うんだなとしみじみと思うよ。
「ありがとう、ございます」
サラさまに頭を下げる。
サラさまはなにも言わないし、いまどんな表情を浮かべているのかもわからない。
けれど仮面の下でサラさまはきっと笑ってくれていると思う。
見ることのできない笑顔。その笑顔が不思議と誰かと重なりそうになる。その誰かが誰なのかもわからないけれど。
「頑張りなさい」
サラさまの誰に言ったのかもわからないその言葉に俺は頷いた。
続きは二十時になります。




