Act2-27 前に歩くことは思い悩むこと
PV68000行きました。
七万が見えてきましたよ。
いつもありがとうございます。
アルトリアとエレーンに肩を貸しながら、俺とティアさんは「心の回廊」を歩いていく。
俺とティアさんだけのときよりも時間はかかってしまったけれど、それでもどうにかゴールである地上に出られる階段にまでたどり着けた。
「あと少しですねぇ」
ティアさんは額に汗を掻きながら言っていた。
どうやら慣れているティアさんでも、「心の回廊」はそれなりの消耗をさせられてしまうようだ。
俺は特に大したことはなかったのだけど。
というか、俺もそれなりに怖いものやらトラウマチックなものはあるのだけど、どうして俺は三人のような消耗がないんだろうね。
「それはたぶんカレンさんがぁ、すでに十分な心の強さを持っているからでしょうねぇ」
俺が消耗しなかった理由を尋ねるとティアさんは、わかるような、わからないようなことを言い出してくれた。
十分な強さを持っているって、俺はそんなに精神的に強いわけじゃない。
むしろ精神的に脆いタイプだ。
実際弘明兄ちゃんや一心さんには心が脆いとはっきりと言われている。
どう脆いのかは、自分でもよくわからない。ただこういうことなのかなと思うことはあるよ。
直近であれば、アルトリアに魅了の魔眼をかけられたと言われたときは、心が折れたもの。
あんなにも思っていたアルトリアが俺を利用しようとしていたなんてことを言われてしまったら、無理もないよね。
そんなアルトリアを俺は、エリキサを服用するまではたしかに愛していた。愛してしまっていた。
だからこそ、そう言われたときの衝撃は半端なものじゃなかった。
正直よくこうしてアルトリアと触れ合っていられると思えるよ。
こうして触れ合っているということは、乗り越えたということになるのかな。
自分ではよくわからない。そもそもいまの自分の気持ちだって俺にはわからないんだ。
イロコィにはアルトリアを惚れさせればいいと言われた。
正確には、「サキュバスのアイリス」と名乗ってイロコィに接触していたアルトリアをだけども。
ただ本当に「サキュバスのアイリス」がアルトリアなのかはわからない。
もしかしたらまるで別人だったということだってあり得る。
加えて、俺に決闘を挑んできたあのDランク冒険者が言っていた「アリア」という名前もおそらくはアルトリアのことなんだと思うけれど、真相を知りたくてもイロコィはすでに死に、あの冒険者に至ってはどこに行ったのかさえもわからない始末。
衛兵さんに尋ねたところ、あの日以降あの冒険者が「ラース」内を出たことはないそうだ。
もっともそれはあくまでも公式に記録が残っている場合の話だ。
非公式というか、夜に首都内を抜け出されてしまえば、記録には残らない。
まぁ非公式で首都の外に出ることなんてそうはないから、たぶんまだ「ラース」内にいるんだろうけれど、それにしては足取りが一切つかめなかった。
ジョンじいさんに手伝ってもらって探しはしたが、それでも見つからなかったし、あの日以降あの冒険者を見たと言う話さえも聞くことはできなかった。
ジョンじいさんが言うには、人さらいにでも遭ったのかもしれないということだったけれど、俺はまた別の考えがあった。
もしかしたら、あの冒険者はもう死んでいるのかもしれない。
偽名とはいえ、名前をあんなに大声で叫ばれたことで、アルトリアがあの冒険者に手を掛けたという可能性はあった。
あってほしくないことだけど、可能性としては否定しきれないことなんだ。
その場合、どうやって死体を始末したのかということになるんだけど、心当たりがないわけじゃない。
「ラース」周囲にある堀。あまりにも深すぎて底さえ見えないあそこに投げ捨てたとすれば、誰も探すことはできないし、誰も見かけていないというのもわかる。
ただあの堀に死体を投げ込むというのは、かなり無茶がある話ではあるけれど。
ジョンじいさんも笑いながら否定していた。
なにせあの堀に死体を投げ込むには、外壁からではないと無理だ。
そして外壁には見回りの兵士さんたちが日夜詰めているんだ。
見つからずに死体を投げ込むことなんてどう考えても現実的じゃないし、いくら底が見えないとはいえ、そこには水がある。
そこに死体を投げ込めば相当の音が出るはず。
そういう音を聞いたって人さえもいなかったし、そもそも外壁にまで死体を持って行かなきゃいけなかった。
そんな話も当然聞いてはいない。もっとも外壁にまで死体を持って行くことはそう大変な話じゃない。
アイテムボックスに死体を詰め込み、なに食わぬ顔で歩いて行けばいいだけの話だ。
しかし夜間外壁に向かう少女なんてかなり目立つはずだけど、そういう話も一切聞かなかった。
それらを踏まえると、堀へ死体を遺棄したという可能性は消えてなくなる。
そもそもあの冒険者が死んだという確証だってなかった。
もし仮にあの冒険者が死んでいたとすれば、その死体を遺棄以外に始末する方法があるとすれば、死体を食べたということくらいか。
もちろんアルトリアではなく、なにかしらの魔物に食わせたということ。
アルトリア本人が冒険者の死体を食ったとは思っていない。
でも人を食べられるほどの魔物が「ラース」内に現れたという話は聞いていない。
そもそもそんな魔物が洗われていたら、それこそ大事になる。
しかしそんな話は聞いていないし、噂話にも上ってさえいない。
ただ怪談噺は聞いたけれども。なんでも口の周りをべったりと赤く染めた女の子が楽しそうに夜道を歩いていくという話だった。
怪談とまでは言わないけれど、夜実際にそんな女の子と出くわしたら、たしかにホラーではある。
でもさすがにピンポイントすぎてかえって眉唾に感じられたね。
ジョンじいさんもつまらない話だと切り捨てていたもの。
だけどシリウスはその話を運悪く聞いてしまって、尻尾を丸めて怖がっていたけどね。
尻尾を丸めてアルトリアに抱き着いていた。
アルトリアは苦笑いしながら、シリウスを慰めていた。
怖いもの知らずなシリウスもどうやら怪談には弱いようだ。
となると、「心の回廊」を通らせるのはかなり難しいかもしれない。
まぁいざとなれば気絶したシリウスを抱きかかえて連れて行けばいいだけのことなのだけども。
それはそれでぱぱ上としてはどうよって話になるのだけど。
「ティアさん」
「なんですぅ?」
「「心の回廊」は絶対に通らないといけないんですか? アルトリアみたくいきなり双竜さまたちの謁見の間ってわけには」
「「回廊」は誰かが試練を受けている最中は、現れない仕組みになっていますよぉ」
「と言いますと?」
「つまり一往復で一回の試練ということになっているのですよぉ。アルトリアさんのときは、カレンさんの復路が残っていたから発動しなかったということです」
「でもいまは」
「復路に伴っていますからねぇ。だからアルトリアさんもエレーンさんも巻き込まれる形になったのですよぉ」
「ちなみに同一人物が試練を受けることは?」
「できますよぉ。あくまでもほかの誰かが試練を受けている最中でなおかつ往路にも復路にも伴わなければ、試練に巻き込まれることはないというだけでぇ、同一人物が何度も試練を受けることは可能です。まぁ、そんなことをしようとする人はめったにいませんけどねぇ?」
ティアさんが苦笑いしながら階段を上っていく。
その後を追いながら、たしかに何度も受けるようなもの好きはそういないだろうなと思った。
だって表面上とはいえ、トラウマを刺激されるんだ。
そんな試練を何度も受けようなんていうもの好きなんてそうそういるわけがない。
が残念ながら俺はそのもの好きになってしまう。というか、なることが確定してしまっている。
「「双竜」さま方にほかに会う方法は」
「個人としては会う方法はほかにありませんよぉ。大勢の中のひとりであれば、いくらでも会えますがぁ、その場合「双竜」さま方は猫を被られるので、宴会時のような「双竜」さま方ではありませんがぁ」
「ですよね」
「双竜」さま方はパリピだけど、公の場でもパリピでいるわけがなかった。
パリピな神獣を誰が敬うかって話だよ。
公の場では真面目になり、目が届かないところでははっちゃける。
加えて公の場で言っていることは、あまり意味がある内容ではないと来ている。
これってある意味新手の詐欺じゃないかなと思うけれど、信じる者は救われると言うのだから、関係のない俺は黙っているしかなかった。
「まぁ、シリウスちゃんを連れて行くときは、大勢よりも個人で向かわれるのをオススメしますねぇ。意味のない退屈な話を延々と聞かされるのをシリウスちゃんが我慢できるとは思えませんからねぇ」
「同感です」
ティアさんは立場上言うべきことではないと思うけれど、実際ティアさんの言う通りだった。
シリウスは間違いなく我慢できなくなる。「心の回廊」を通るしかなさそうだ。
「まぁ、そのときは抱っこでもなんでもして連れて行ってあげてくださいねぇ。私も一緒に向かいますけれど、お子さんの面倒を看るのは親御さんの仕事でしょう?」
「わかっていますよ。そのときはよろしくお願いします」
「はいぃ、任されましたぁ」
ティアさんが豊かな胸を弾ませながら頷いた。
うん、やっぱりもがれたいのかな、この人は。
そんなことをひそかに思いながら俺たちはどうにか地上へと無事に出ることができたのだった。
シリウスが怖がってしまったくだりでアルトリアが思ったであろうこと。
アルトリア)かわいいシリウスちゃんを見れたのはいいけれど……次会ったらオシオキかなぁ。
同時刻──。
アリア)!?
アイリス)どうかしたの? アリア
アリア)な、なんか急に寒気が。
アイリス)姉さんをまた怒らせたんじゃない?
アリア)なにもしていないんですけど!?
アリアさん、逃げて。超逃げて




