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Act2‐13 思いがけない機会

更新祭りラストの十本目です。


「お帰りなさい、楽しまれてきましたかぁ?」


 部屋に戻ると、なぜかティアさんがリビングルームのソファーに腰掛けながらお茶を飲んでいた。


 俺が先に浜辺に出たとき、一緒に部屋を出たはずだったのだけど、なにかしらの用事でもあるのかな。そうじゃなければ、総支配人である彼女がこんなところにいるわけがない。


「どうかされたんですか、ティアさん」


「いえいえ~、単に暇になったので様子を見に来ただけですよぉ」


「総支配人って暇になるんですか?」


 ギルドマスターの俺でさえ、山のような仕事を抱え込まされることが多い。


 ティアさんは最高級ホテルの総支配人なのだから、俺以上に仕事を抱え込んでいるはず。


 トップの人間はえてして仕事を抱え込むことが約束されてしまっているものだ。


 だから暇になるなんて普通はありえない。


 もっと言えば総支配人が宿泊客の部屋に入って、お茶をしていたということ自体がありえないのだけど、ティアさんはのほほんとしているだけで、悪びれた様子は一切見せない。


 なにを考えているのか、いまいちわからない人だ。


 まぁ、ここにいる誰もがティアさんの行動を咎めるつもりはないようだから、問題はないと言えばないのだけど。


「普段はそうでもないですがぁ、今日みたいに仕事を真面目にやれば、わりと暇になることもありますよぉ」


「つまり普段は仕事を真面目にはしていないと?」


「あややや、これは誘導尋問ですかぁ。してやられましたねぇ」


 ティアさんがぺしりと自らのおでこを叩いた。誘導尋問なんてしたつもりはないのだけど、ティアさんがそう言いたいのであれば、そう言わせておけばいいかな。


「総支配人さんなんだから、まじめに仕事をやらないとですよ?」


「だってぇ、ティアさん、書類仕事が大っ嫌いなんですものぉ。なんでわざわざ食材の仕入れ値が先月よりも数パーセント上昇しました~とか、今月のお客さまからのクレーム件数は、先月よりも数パーセント下がりました~とか、現場レベルでの報告をティアさんが目を通さないといけないんですかねぇ? 目玉となる新作料理の試食会とかぁ、大浴場の使い心地についてのモニターとかぁ、そういうお仕事なら真面目にやるんですけどねぇ」


「いや、気持ちはわかりますけど」


「わかっちゃダメですよ、「旦那さま」」


 アルトリアに呆れられてしまった。まぁ、ティアさんの言っていることが相当にダメっ子な発言であることはわかっている。


 ただ、うん、同じトップとしてみると、そういう現場での報告をいちいち聞かされるよりかは、もっと楽しい仕事を持ちかけてきてほしいなと思ってしまうものだ。


 実際アルーサさんやモルンさんの報告よりも、受付業務や経理関係の報告よりかは、ミーリンさんの仕入れ関係の報告の方が俺は好きだし。


 なにせミーリンさんったら、面白そうな食材やら素材やらを仕入れてくれるからね。


 もしくは冒険者たちが納品してくれた珍しい素材が、どれくらいの卸し値になったとか。


 そういうことであれば、もっとバンバン報告に来てほしいと思うもの。


 ティアさんの言っていることも、俺の仕入れや卸し値に関する報告の方がいいというのと同じようなことなんだと思う。だから気持ちはわかる。


 だからと言って、トップであるティアさんがそういうことを、いくら昔からの知人であるゴンさんが含まれているとはいえ、宿泊客の前でいうのはダメだろうに。


 俺だってせいぜいアルトリアにしか言っていないのに。ちなみにアルトリアには苦笑いされているけれど、まぁ、それは仕方がないと思う。


「でも暇になったってことは、今日は真面目にこなされたってことですか?」


「ええ。ひさびさにゴンさんがお越しになったことですからぁ、嫌なことはさっさと終わらせようと思ったのですよぉ。ただ秘書の子には普段から真面目にやってくださいって泣かれちゃいましたけどぉ」


「……なんとなく秘書さんの気持ちがわかります」


「まま上、ぱぱ上が仕事をサボるといつもため息ついているもんね」


 アルトリアが盛大にため息を吐いた。そんなアルトリアにシリウスが言わなくていいことを言ってくれました。おかげでティアさんが、同類を見つけたかのように目を輝かせてくれているもの。


 いや俺も書類仕事は嫌いだよ。ぶっちゃけ冒険者として魔物の「討伐」や困難な素材の収集をしている方が性に合っているし、楽しいもの。


 とはいえ俺も一応は一国一城の主であるからには、まじめにやらなきゃ職員さんたちの手前、立場がなくなってしまう。


 だから俺なりに頑張っているんだよ。そう俺なりに頑張って書類仕事をこなしているんですよ? 


 ただそれが長続きしないと言いますか。休憩をしょっちゅう取ってしまうといいますか。


 おかげでアルトリアがいつもため息を吐いてくれるんだよね。


 アルトリアの目を盗んで、執務室を抜け出したときなんか、ギルド中に響き渡るくらいの怒号をあげてくれるもの。


 おかげで所属している冒険者やうちの職員さんたちからは、恒例行事みたいな扱いになってしまっているのだけど、それはまぁ置いておこうかな。


「カレンさんもサボっちゃう派ですかぁ?」


「俺はティアさんほどではないですよ。せいぜい息抜きの時間が少しばかり多かったり、休憩を何度も取ってしまったりする程度のことで」


「その結果、私がいつも大変な目に遭うんですけどねぇ?」


 ぎろりとアルトリアが睨んでくれます。


 あら怖い。アルトリアさん、カルシウムが足りていないのではなくて。人生はもっとエレガントにですわよ。なんてことを言ったら、確実に怒られてしまいそうだから、あえて黙りました。


 秘書を兼任している嫁を怒らせるべきではない。まぁ、嫁が秘書をしてくれている人なんてそうそういないだろうから、問題はないだろうけれど。


「カレンさんも秘書さんを泣かせてしまう派の方でしたかぁ。いやぁ、いいお仲間ができて、ティアさん嬉しいですよぉ」


「……こんなにも仲間と呼ばれるのが嫌なこともそうそうないですね」


「そうですかぁ?」


 そうですよ、と返事をしようとした、そのときだった。


「見つけましたよ! 総支配人!」


 部屋のドアがいきなり開いた。


 見ればそこには黒髪黒目のお姉さんが、ぴっちりとしたスーツっぽい服を身に着けたきれいなお姉さんが立っていた。


 総支配人と言うからは、ティアさんの部下だろう。そして雰囲気からしてたぶん件の秘書さんなんだと思う。


「あららぁ、見つかりましたかぁ。今日はずいぶんと早く見つけてくれましたねぇ、ハールちゃん」


「見つけるもなにも、あなたの声が部屋の中から聞こえてきたらいるってわかるでしょうに」


 がくりと肩を落としながら、秘書さんことハールさんがため息を吐いた。


 なんだろう、その仕草はアルトリアが執務室を抜け出した俺を見つけたときのそれとそっくりなんだが。


 アルトリアもなんだか親近感を憶えているような、同情しているような、なんとも言えない顔をしている。


「まま上みたいだなぁ」


 シリウスはのんきにそんなことを言ってくれた。


 まぁ、事実だから否定できないけどね。それくらいハールさんとアルトリアの仕草はそっくりだった。


「ところでなんの用ですかぁ? 今日の仕事はもうおしまいですよねぇ?」


「ええ、終わりましたよ」


「じゃあ、なんでティアさんを探していたんですかぁ?」


「「双竜」さま方がお呼びになっていると言ったじゃないですか。その時間がそろそろですよ?」


「あぁ、そう言えばそうでしたねぇ。忘れていましたぁ、あははは」


「あはははじゃないでしょうに。総支配人はこのホテルの責任者でもありますが、同時に「双竜」さまのお世話役なんですよ?」


「私も好きでしているわけじゃないんですけどねぇ。とはいえ「双竜」さま方をお待たせするのも悪いですからねぇ」


 ティアさんは面倒そうにソファーから立ち上がる。


 ハールさんはティアさんのあんまりな態度に涙目である。


 この人本当に苦労人だなぁと思う。


 アルトリアも同情したのか、感極まったように泣いていた。


「ではでは、また明日お会いしましょうかぁ、カレンさん」


「そうですね。いや、ちょっと待ってもらっていいですか?」


「うん? なんです?」


「俺も連れて行ってほしいんです。「双竜島」に来たのは、「双竜」さま方と面会するためですから」


 ティアさんが「双竜」たちに会いに行くのであれば、ついでに連れて行ってほしかった。


 もともとこのためにこの島に来たんだ。そのうちに行くつもりだったのだけど、関係者がいるのであれば一緒に行くのが一番手っ取り早かった。


 だからこそ頼んでみた。ティアさんは一瞬悩んだような顔をしたけれど、俺ひとりであればという条件つきで許してくれた。


「じゃあ、さっそく行きましょうかぁ」


 ティアさんの言葉に頷き、俺は「双竜」たちに会うために「双竜殿」へと赴くことになった。

明日は十六時更新になります。

今回も更新祭りにお付き合いいただきありがとうございました。

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