Sal3-41 臭い消し
『──えい!』
巨体が舞う。
大きな震動を伴いながら、巨体は舞い踊っていた。
実際に舞踊をしているわけではないが、その動きはたしかに舞い踊っているように、私には見えていた。
その巨体の陰で、一陣の風が舞っていた。
美しい銀色の風が、巨体に合わせるようにして戦場を駆け巡っていく。
巨体と銀の風。メイサとプロキオンの双子による共闘は、とても息が合っている。
メイサ自身、戦ったことはないだろうが、やはり元が元であるからなのか、その身には戦いの記憶が刻みつけられているのだろう。
自身の武器である巨体を活かして、広範囲の攻撃を放っていた。
相手は、少し前までメイサ自身が「まま上」と呼んでいた相手──ルシフェニアのアルトリア王女。
その王女を相手にメイサはプロキオンとともに戦っている。
『てい!』
いまはメイサが左右の手をそれぞれ王女に向けって振り下ろすという単純な攻撃を仕掛けている。
モーションが大きすぎて、とても読みやすい攻撃になってしまっているが、それを補うほどの攻撃範囲は広かった。
さしもの王女も舌打ち交じりに避けるので精一杯のようだった。
「そこだ」
「っ! シリウスちゃん!」
回避に徹している王女へとプロキオンは迫った。
「フェンリル」と化したことで、より一層強くなったプロキオンの動きは、まさに風だ。
風を感じたと思ったときには、プロキオンはすでに王女へと迫っている。
王女にしてみれば、厄介極まりないだろう。
メイサの広範囲攻撃は防ぐことはありえない。かと言って迎撃することも難しい。
できることは回避に徹することのみ。そこにプロキオンが迫ってくるのだから、王女にしてみれば堪ったものではないだろう。
ふたりは単純に各々に攻撃を仕掛けているだけだが、それが即席のコンビネーションとして成立している。
ただただ、お互いに攻撃を仕掛けるだけ。それでもふたりのコンビネーションは「見事」の一言に尽きるものだった。
「……いいコンビだわ」
「ふふふ」と嬉しそうに香恋が笑う。いまだ彼女の体は治っていない。
いまのメイサに一切の加減なしに握られていたのだから、そう簡単に治るわけもない。
だが、その口元には笑みが浮かんでいる。
「香恋様。あまり喋られるのは」
「……ごめんなさい、トワさん。それでも笑わずにはいられなくてね」
トワの忠告に、香恋は申し訳なさそうにする反面、とても嬉しそうに笑っていた。
「あのアルトリアに一泡吹かせられたと思うと、喝采したい気分でね。それもあいつが自分勝手な想いで産み出したあの子たちによってよ。これ以上とない意趣返しじゃない」
ふふふ、と口元を妖しく歪める香恋だが、目はとても優しくプロキオンたちを見つめていた。
「……君は無理をしすぎだな。いろんな意味でね」
「どういうことよ?」
それまでの笑みを消して、納得いかなさそうにわずかに頬を膨らませる香恋。若干、子供っぽいが不思議と似合っているように思えた。
「そうだな。無理に悪ぶったりしているところか、素直に気持ちを吐露しなかったりするところ、とかかな?」
「……悪ぶったりなんてしていないし、私は素直に気持ちは告げているわよ」
「……君がそう思うのであれば、そうなんだろうな」
「……なによ、そのなにか言いたげな目は」
腕の中で香恋が唸っていた。
まぁ、唸るだろうな。
なにせ、私の言ったことは香恋のありようを否定しているようなものだ。
かつての香恋は私もよく知らない。
知らないが、こうして話をしていてわかるものもある。
香恋が、カレンに負けず劣らずの不器用な人間であることは。
不器用だからこそ、変に悪ぶったり、自分の気持ちを素直に口にできなかったりしている。
カレンも不器用だが、香恋の不器用さはカレン以上だ。まぁ、かく言うカレンも相応に不器用であり、香恋より若干マシという程度で、そこまで大きく変わらない。
要は姉妹揃って不器用すぎるのだ。それも自分を犠牲にするのが大前提という、なんとも困った方にな。
「……君たちは自分の身を少しは大事にした方がいいと思うぞ?」
「……これでも大事にしているけれど?」
「ふむ。それで大事にしていると言うのであれば、君はいますぐに鏡を見た方がいいだろうな」
「……これはたまたまそうなっただけよ。暴走した姪にたまたま見つかって、握りつぶされかけたのよ」
「……そうかな? 君がその気になれば、メイサの拘束から抜けだすことはそこまで難しいことじゃなかっただろうに」
「……意外と強力だったのよ。想像以上の馬鹿力だっただけよ」
はんと吐き捨てる香恋だが、目が若干泳いでいる時点で、本心ではないことは明らかだった。
本当に素直じゃない。
香恋がその気になれば、メイサの両手を壊して抜けだすことはできただろう。
だが、香恋はあえてそうしなかった。
カレンが「娘」と称したメイサを、これ以上傷付けたくなかったから。
カレンが「娘」と言った以上、メイサは香恋の姪だ。
妹の娘であり、自身の姪であるメイサをいたずら傷付けたくなかった。
ただでさえ傷付いてきたメイサを、これ以上傷付けたくなかったんだろう。
だから、自分だけが傷付くように自分だけが被害に遭うように振る舞った。
その結果が、この重傷なのだから。
本当に不器用すぎる。
妹が妹であれば、姉も姉だ。まったく似たもの姉妹というのは実に困ったものだよ。
「さて、香恋。これからどうする?」
「……そうね。とりあえず怪我の治療をしてほしいわ。できる限り、目立つ形でね」
「まぁ、つまりは「臭い消し」か」
「ええ。できる限り「臭い」を消したいのよ。メイサがプロキオンと一緒にアルトリアの相手をしてくれているのはありがたいわ。いい感じに囮になってくれている。本当にいい駒になってくれているわ」
ふふふ、と悪ぶったように笑う香恋。どうやら私が散々に不器用だと暗に言ったことを根に持ったのか、自分は悪い人間なのだ、と言おうとしているようだ。
……演技をするのであれば、もっとましな演技をしろ、と言いたいところだよ。
そんな申し訳なさそうな目をしながら、メイサとプロキオンを見ていて、誰が香恋を悪い人間だと思うものか。
「……素直じゃないお姉さんは、本当に素直じゃないのです」
「うん。そんなに「悪いことを言っちゃったなぁ」って目であの子たちを見ていても、全然説得力ないよね」
案の定、ティアとルイから思いっきりダメ出しを食らってしまった。
香恋はぷるぷると震えながら、顔を真っ赤にしている。
顔を真っ赤にした香恋は雄弁に私に語りかけていた。
「おまえのところの養子たち、どうにかしろよ」と。
できることなら私もいろいろと言い聞かせたいところなんだが、こればかりは言い聞かせても無駄というか、言い聞かせる意味がないからなぁ。
「……まぁ、我慢してくれ」
「あっさりと諦めているんじゃないわよ」
「……まぁ、ティアもルイも間違ったことは言わないから、な」
「ちょっと待ちなさいよ。それじゃ私が言っていることがデタラメだと」
「だから、そう言っているのです。素直じゃないお姉さん」
「……ご自分の気持ちに素直になられた方がいいと思いますよ、素直じゃないお姉さん」
「こんのっ!」
散々「素直じゃない」と言われ続けた香恋は、涙目になってティアとルイを睨み付けるが、当のふたりは「あ、涙目になっているのです」や「本当だね」と至ってマイペースなことを言ってくれた。
死体に鞭を打ってやるな、と言いたくなるが、まぁ、こればかりは私にはどうしようもない。
「とりあえず、香恋。あまり動くな。治療の効き目が悪くなる」
「……わかっているわよぉ」
苦虫を潰したような顔でそっぽを向く香恋。どうにもティアとルイは香恋にとってある意味天敵に近い存在なようだ。
むしろ、香恋が素直じゃなさすぎるだけなのかもしれないがね。
「……とりあえず、アンジュ様たちの援護をしつつ、時間稼ぎに徹しましょう。少なくとも腐肉どもの注意を私たちに集められれば、「臭い消し」としての役目も十分にこなせるでしょうし」
それまで黙っていたトワが、腐肉どもの注意を集めようと言った。まぁ、実際、いまも腐肉どもの注意は存分に集めている。
が、それだけでは足りない。
「臭い消し」の役目をこなすのであれば、もっと注目を集める必要がある。
「それでは、もう少し奴らが攻撃を仕掛けられる高度まで下げるか。ティア、ルイ。トワから決して離れないようにな」
「はいです、カナタお姉ちゃん」
「わかりました。カナタ様」
ふたりは揃って頷いてくれる。実にお利口さんだ。
「……あんたからカレンと同じ匂いがするわね。とびっきりの親バカになりそうな匂いが」
「……私自身そう思っている」
「……そう」
カレンと同じ親バカになりそうだと言われてしまったが、事実私自身そうなりそうだなと思っているので、反論はできなかった。
「……とりあえず、高度を下げましょう」
はぁ、とため息を吐きながらトワが高度を下げていく。
トワに合わせて私も高度を下げるが、その際に一瞬トワと目があったのだが、なにやら言いたげな目を、どこか悲しそうな目をしていたのが気になった。
なにかあったのかと尋ねるよりも早く、トワは高度を下げてしまった。
どうしたのだろうと思いながら、私はトワを追いかける形で腐肉どもを煽るべく高度を下げていった。
先に高度を下げたトワの背中に、言い知れぬ不安を抱きながら、私たちは「臭い消し」としての役目を果たしていったんだ。




