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Sal2-71 終わりの時

 鼻歌が聞こえていた。


 鼻歌を口ずさんでいるのは、エレーンだった。


 その表情は実に楽しげなもので、ほくほく顔としか思えないもの。


 というか、ここまで如実に「ほくほく顔」という言葉を体現できるものなのね、と思いながら、私たちは地下の本拠地にある会議室に詰めていた。


 今日の営業はすでに終わり、片づけと明日の準備もすでに終わっている。


 かつてはエレーンがひとりで行っていたあれこれも、いまや私たちが合流してからはエレーンひとりで行うことはなくなったの。


 やはり、仕事というものは、どれほど優秀であってもひとりが行えばいいってものじゃないわ。


 たしかに優秀な人がひとりいれば、ある程度はどうにかはなる。


 けれど、ひとりの力でできることには限界がある。


「一騎当千」って言葉があるけれど、あれはあくまでもひとりで千人分の働きに匹敵することができたってことであり、千人分の力を持っているというわけではない。


 むしろ、千人分の実力を持つってどんな化け物よ。


 仮にそんな化け物がいたとしても、どれほどの実力があっても、その人はひとりしかいないのよ。


 ひとりでできることには必ず限りがある。


 どれほど優秀であろうとも、肉体の限界はどうしても訪れるものよ。


 休みなしに働ける人間なんて存在しない。


 まぁ、エレーンは天使だから、人間の括りに入れるべきかどうかは妖しいところではあるのだけど、それでも限界は必ずある。


 私たちが訪れた当初のエレーンは、いま思えば限界に近いところまで行っていたわね。


 それでも疲れを見せないように振る舞っていたのだから、彼女は立派だわ。


 そんな彼女もいまは当時ほど疲れを見せていない。


 もちろん、仕事をしているのだから、まったく疲れがないとは言わないわ。


 でも、いまは当時よりかはかなり楽になったみたいね。


 特にアンジュたちという、とびっきり人気のメイドさんが現れたことでお客の入りもいままで以上になっているみたいだし。


 アンジュたち以外の面々もそれぞれの得意なことで店に貢献しているわ。


 特に裏方メンバーは、営業終了後の貢献具合が凄いわね。


 エレーンひとりで行っていたことを、いまや複数人で、それもひとりひとりがエレーン以上にこなせる面々であるため、エレーンの負担ははるかに軽くなったわ。


 しかも、今日からは私たちだけではなく、合流したプロキオンのおかげでより一層営業終了後の作業がはかどることになったの。


 なにせ、いまの時間は営業終了してまだ十分ほどなのだけど、もうすべての作業を終えて全員が地下の本拠地に戻ることができたのよ。


 いままでも、ここまで早く終わることはありえなかったわ。


 私たちが合流するまでは、エレーンひとりでは日付変わってようやく終わっていた作業が、私たちが合流したことで閉店して一時間以内で終わっていたの。


 それだって、エレーンひとりの頃よりもはるかに早くなっていたというのに、それに輪を掛けて早くなったのよ。


 どうしてそうなったのかは、カティ曰く「天然天才」なプロキオンのおかげなのよね。


 プロキオンに「刻の世界」を営業終了後すぐに使ってもらった。ただそれだけ。


 たったそれだけのことで、私たちの作業は凄まじく早く終わるようになった。


 本来なら「刻の世界」は「刻」属性を行使できるか、その兆しがある者だけが影響下にあっても行動できるものなのだけど、プロキオンの使ってくれた「刻の世界」はプロキオンが独自に改良したものだったのよ。


 曰く、「特定の人にしか使えないのはあんまりな仕様だから、使いやすいように改良したの」ということだったわ。


 ……正直なことを言うとね。「この子なに言ってんの?」と思ったわ。


 だって、「刻」属性って、本来は母神が持つ伝説の力なのよ?


 その力を持つこと自体がそもそもありえない。いたとしてもごく限られた人数が行使できるのがせいぜいというところ。


 しかも、「刻の世界」は「刻属性」における最奥のひとつ。


 仮に「刻」属性の使い手がいたとしても、「刻の世界」にまで至れずに終わることだってありえるほど。


 それほどまでに「刻」属性の行使は厳しく難しい。


 最奥に位置する「刻の世界」なんて、「刻」属性に至った者でも、神の御技としか思えないんじゃないかしら。


 私が知る限りではあるけれど、この世界の歴史上、みずからを「神」と名乗った愚か者は少なからずいたの。


 大抵は口八丁な屑ばかりだったけれど、中には「刻の世界」を行使するまで至った者もいた。


 タネを知らない者であれば、「刻の世界」はまさに神の御技に見えるでしょうし、「刻の世界」の行使者が神と自称したら、本当に神のように思えるでしょうね。


 実際は「刻の世界」にまでどうにか至れた、ただの人間でしかないわけだけども。


 尤も、「刻の世界」に至れた者を、ただの人間と称するのはどうかと思うけどね。


 まぁ、それはそれとして。


「刻の世界」はもちろん、「刻」属性を行使できる者はごく限られている。


 だからこそ、伝説と謳われるほどの力なのだけど、その力を「使いづらいから」って理由で改良するってどういうことなのよ?


 言いたい意味はわかるわよ?


 うん、言いたい意味はわかるの。


 だけどさ。


 いくら「使いづらいから」って、パソコンでもあるまいし、カスタムなんて普通しないでしょうが。


 っていうか、普通はできないわよ。


 その普通はできないことを、天然天才姪っ子はやらかしてくれたのよね。


 これがまだ通常の属性であれば、それこそ火属性や水属性の魔法を改良するっていうのであれば、まだ理解できるわ。


 実際に、既存の魔法をみずから改良する使い手もいるわけだからね。


 だからこそ、魔法を改良するっていうのはまだわかるの。


 わかるのだけど、それをよりにもよって「刻の世界」という大魔法でやらかすという考えが理解できないのよ。


 というか、普通は「刻の世界」にまで至れたら、たとえ自分以外の使い勝手が悪かったとしても、気にすることはしないでしょうよ。


 むしろ、特別な存在であることを自認して調子に乗りはしても、使いやすく改良しようなんて考えるわけがないのよ。


 なのに、天然天才姪っ子様は、そのまさかの改良をしてくれたわけよ。


 たしかに便利にはなったわ。


 改良前の「刻の世界」は、「刻」属性の素養があるか、「刻」属性の使い手以外では、まともに動くことはできなかったのに対して、プロキオンが改良した「刻の世界」は限定された範囲内だけではあるけれど、その範囲内であれば、自由に行動することができるのよね。


 しかも、あろうことか、プロキオンったら、改良版の「刻の世界」の発動方法まで教えてくれたのよね。


「これで使い勝手がよくなったでしょう?」なんて言ってね。


 ……アンジュを始めとした面々がみんな頭を抱えていたわよ。


 カティなんて「やっぱりやらかしたよ、この姉はぁぁぁ」と虚空を見つめながら笑っていたほどよ。


 気持ちはすっごくよくわかったわ。


 というか、普通はそういう反応になるわよね。


 むしろ、ならないはずがないの。


 そのうえ、プロキオンは恐ろしいことを言ってのけてくれたわ。


「「刻の世界」の改良で、「刻」属性の魔法を改良する方法は掴んだんだ。いまはいろんな「刻」属性の魔法を改良しているんだ。目下の目標は「時限倉庫」と「無限倉庫」をひとつの魔法にすることなんだ。感覚的には「時限倉庫」を元にして、「無限倉庫」の容量を移植していくのが簡単かなぁって思っているんだ」


「時限倉庫」と「無限倉庫」に関して言えば、昨日の段階でありえないと頭を抱えたものだったわ。


 しかも、そのふたつを組み合わせたいと言っていたけれど、いまのところは難しいって話だったはずなのに、その具体的な改良案まで出しているんだから、もう笑うしかなかったわ。


 アンジュも笑っていたわね。それも疲れきった顔でね。


 そんなアンジュを見て、プロキオンは喜んでいると思ったのかしらね。


 もしくは褒めてくれると思ったのでしょうね。


 きらきらと目を輝かせていたわ。


「ママ、ママ! すごい? 私すごいかな?」


 プロキオンは目を輝かせて、「褒めて褒めて」と言わんばかりに尻尾をぶんぶんと振っていたわ。


 ……本当に狼なのかしらと思わずにいられなかったけれど、下手なことを言うと怒られるというか、へそを曲げられるのは目に見えていたから、私はなにも言わなかったわ。


 当のアンジュは恨めしそうに私を一睨みしてから──。


「……う、うん、すごいね。頑張った、ね」


「うん!」


 ──プロキオンの頭を撫でてあげたの。


 プロキオンは頭を撫でられて嬉しそうに笑っていたわ。


 もう誰もなにも言えなかったわね。


 というか、言える人なんているわけがないんだけども。


 アンジュから褒めて貰ったプロキオンはとても上機嫌になり、実情を聞いた私たちが揃ってお腹を痛めたのは言うまでもないわ。


 でも、結果的に言えば、プロキオンが改良した「刻の世界」のおかげで、劇的に作業が早くなったのも事実。


 実際は、早くなったというか、時間の流れを極限まで遅くしたってだけなのだけども。


 それでも十分すぎるほどの効力だったわね。


 本当に末恐ろしいったらないわね。


 そうして営業終了して十分で、私たちは地下の本拠地に戻ることができた。


 エレーンは今日の売り上げが過去最高となったこともあって、ほくほく顔になっているわね。


 エレーンもプロキオンのやらかしに絶句したひとりだったのだけど、現金なものだわ。


「さて、それでは今日の営業についてですが」


 エレーンがいつものように今日の営業についてのまとめを口にしようとした、そのとき。 


「エレーン部隊長!」


 会議室のドアが、店から続く階段側の反対側のドアが、居住区に続くドアが勢いよく開き、隊員のひとりが会議室に飛びこんできたの。


 その表情は焦ったものだったわ。


 そしてそれが穏やかな時間の終わりを告げる切っ掛けとなったの。

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