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Sal2-66 ストッパーと書いて、苦労人と読む←

 窓ガラスに街並みが映っていた。


 寝静まった街は、とてもひっそりとしている。


 どこのお店も夜になる前に店じまいをしてしまう。


 どの国の、どの街でも同じ。


 パパがいた世界にある「街灯」というものがこの世界にはない。


 だから、夜が来れば、みんな家に帰ってしまう。


 夜になる前に店じまいをする。


 あとは家の中ですごすことになる。


 家の中ですごすといっても、いつまでも起きているわけじゃない。


 夜に家の中ですごすためには、灯りの元が必要なわけで、その燃料もただで手に入るわけじゃない。


 だから、みんな夕飯を食べたら、それほどしないうちに、早めに眠ってしまう。


 その代わり、朝は夜明け前に起きて、仕事を始める。


 それがこの世界の営み。


 連綿と受け継がれてきた営み。


 人が人として当たり前のように享受してきたもの。


 そんな街並みを私はぼんやりと眺めていた。


「……楽しいですか、カティ?」


 窓ガラス越しに街並みを眺めていると、手元に紅茶が置かれた。紅茶を置いたのは、ティアリカママだった。


 私たちがいるのは、喫茶店の二階にある休憩室。


 休憩室は、というか、二階は従業員専用のスペースなので、お客さんは入れない。


 その二階の窓から私は街並みを眺めていた。


 私がここにいるのは、ティアリカママにここまで連れてこられたからだね。


 尤も、私とティアリカママだけではなく、サラママもいる。


 そのサラママは、いまは階下にいてお茶菓子を用意してくれている。ご機嫌みたいで、サラママの鼻歌が階下からは聞こえてきていた。

 

「ん~、別に?」


「別に?」


「うん。ただ、ぼんやりと眺めていただけだもん」


 ママが置いてくれた紅茶を手にして、ゆっくりと啜る。


 パパの好きな夏詰みの紅茶だった。


「……うん、美味しいね」


「すっかりと味の嗜好も変わったみたいですね」


 くすくすとママが笑っている。


 遠回しな言い方だけど、大人になったと言いたいみたい。


 まぁ、大人になったと言われても実感なんて私にはないわけなんですけどね。


「そうかな? おばあちゃんの影響だと思うよ」


 ずずっと紅茶を再び啜ってから、ママを見やると、ママはなんとも言えない顔を、喜び半分、怒り半分というなんとも微妙な顔をしていた。


 ママからしてみれば、そういう態度になってしまうのも無理もないよね。


「……やっぱり、まだ怒っている?」


「なにをですか?」


「いや、あの、ママの胸を後ろから、こうずぶっと」


「……あれは、手前の油断ゆえのものですから」


 ママは「だから、気にしていない」と首を振っていた。


「ママならたしかにそう言うよなぁ」と思うけれど、その一方で「なら、なんで怒っているのかな」とも思う。


 ……大体の予想はできるわけなんだけどね。


「……やっぱり、おばあちゃんが私の体を好き勝手に使っているのが嫌なの?」


 上目遣いでママを見上げる。ママは口に運んでいたティーカップをソーサーに戻しながら、「……ええ」と頷いた。


「あなたの体はあなたが使うべきものですからね」


「でも、それを言ったら、お姉様上の立場がなくなるけれど?」


「……それはそうですが。でも、フェンリルの横暴さにはほとほと呆れるほどですよ?」


 ママの言い分もわからなくもない。


 この体は私のもの。私の両親から、本当の両親から貰った最初のプレゼントだ。


 その体を私以外の誰かが使う。


 ママからしてみれば、許せることではないのだろうね。


 だから、言い分はわかる。ママの気持ちは理解できる。


 でも、納得はできない。というか、納得はしてあげられないんだよね。


「単純に寂しいだけだよ、おばあちゃんは」


「寂しい? あの魔狼がですか?」


 ママはおばあさんの言動を「横暴」と言ったけれど、実態は「横暴」ではないんだ。


 おばあちゃんはただ「寂しいだけ」なんだよね。


 寂しいからこそ、ついついやり過ぎてしまった。ただそれだけのことなんだ。


「おばあちゃんは、寂しいからこそ、やり過ぎてしまうだけだよ。寂しさが心の根底にあるからこそ、その寂しさに揺れ動いてしまっているだけだよ」


「……言っている意味がわかりませんね。そもそも、寂しいからと言って、なんでもしていいわけではないでしょう?」


 ママは唇を尖らせている。ママの言い分はいちいちもっともなものだ。


 なにも間違ってはいない。


 ママの意見は正しい。いわば、正論だ。


 だけど、正論がいつでも正しいとは限らない。


 正論を振りかざしたところで、いつでもみんなを納得させられるわけじゃない。


 正論を振りかざしても、誰も納得はさせられない。


 むしろ、誰かを傷付けることに繋がってしまうのだから。


「ティアリカさん。ちょっと落ち着きましょうか」


 どうしたものかなぁと思っていると、お茶菓子を用意してくれていたサラママが、クッキーを手にして戻ってきた。


 プロキオンお姉ちゃんのおかげで、お店の食材は空になってしまった。


 その空になった食材も、プロキオンお姉ちゃんがメインの荷物持ちになって、すべて買い終えてあるんだけどね。


 その際に見せてくれた、とんでも魔法にはさすがに開いた口が塞がらなかったけれど。


 いくらパパの持つアイテムボックスが羨ましいからと言って、アイテムボックスを再現した魔法なんてとんでもないものを作らないでよ、と言いたかったね、マジで。


 あの姉はこの世界の物流を完全に破壊するつもりなのかと言いたかったよ。


 実際、プロキオンお姉ちゃんがその気になれば、この世界の物流は完全に破壊できる。


 プロキオンお姉ちゃんが物流系の会社を立ち上げて、「時限倉庫」と「無限倉庫」を伝授した社員が数十人もいれば、この世界の物流をプロキオンお姉ちゃんが掌握するにはさほど時間は掛からない。


 ルクレティアさんなんて、その有用性に気付いていたから、目の色が完全に変わっていて、王の顔になっていたもんね。


 まぁ、絵空事ではあるんだけどさ。


 そもそも、プロキオンお姉ちゃんの開発した「時限倉庫」と「無限倉庫」を伝授できる逸材なんて早々いるわけがないもの。


 仮にいたとしても、片手で数えられる程度じゃないかな?


 その程度の人数では、世界の物流を掌握することはできないと思う。


 ……できないのだろうけれど、あの天然天才お姉様のことだから、なにかしらの裏技でも思いついて、あっさりと実現してしまいそうで怖いデス。


 そのときにパパなり、アンジュママなりが止めてくれればいいんだけど、パパは論外だし、アンジュママはアンジュママでプロキオンお姉ちゃんに激甘だったから、たぶんダメだろうねぇ。


「どうしました、カティちゃん? なにやら遠くを見つめていましたけど」


「あー、その、どこぞの天然天才お姉様のやらかしが、将来的にもっとヤバい魔法ないし裏技を開発しそうだなぁと思ったら」


「「あぁ、なるほど」」


 ふたりとも、私の言わんとしていることを理解してくれたよ。


 というか、ベティ以外はみんなあの天然天才お姉様のやらかしがどれほどのものなのかを理解していたよ。


 ベティは単純に「プロキオンおねーちゃん、すごいの」と褒めていたけれど。


 当のプロキオンお姉ちゃんは、ベティに褒められてまんざらではなかったみたいだけど。


 あのふたりって、前からああなのかなとつい思ってしまったよ。


 念のために、おばあちゃんにも尋ねてみたけれど、概ね間違っていないとのこと。


 ストッパーのいない天然さん同士かぁと私がつい溜め息を吐いてしまったのは、言うまでもない。


 シリウスお姉ちゃんがいたら、きっと「なにしてんの!?」と叫んでくれたはず。……あ、いや、ダメだな。


 あの姉は姉で、「プロキオンにできたことが、私にできないわけがない」とか言って、無駄に対抗心を燃やしそうだよ。


 特に今回はパパ関係のことだからね。余計に対抗心を燃やすはずだよ。


 ……あれ?

 

 するってーと、ストッパー役って、姉妹の中だと私だけってことですかね?


「……ねぇ、ママたち?」


「なんですか?」


「どうしましたかぁ~?」


「……仮に、今回のようなやらかしを、パパ関係のなにかをあの天然天才お姉様がされたとします。その場合、ツンデレ長女と無邪気な妹はストッパー役として機能する光景を想像できますか?」


「「……」」


「無言で顔を逸らさないでほしいんですけどぉ?」


「「……頑張って」」


「「頑張って」ってなに!? 私ひとりがストッパー役になれ、と!?」


「「……」」


「無言はやめてぇ!?」


 あー、もう! 嫌な未来の光景を幻視してしまったよ!


 どう考えても、シリウスお姉ちゃんもベティも今回みたいなやらかしに関しては、絶対ストッパー役として機能してくれないに決まっているよ!


 ってなると、ストッパー役は私に決定じゃん!


 あぁ、いまから頭が痛い! ついでに胃も痛い!


 なんなの、これぇ!?


「……まぁ、カティちゃんが苦労人になるのは、致し方がないとしてですねぇ~」


「ねぇ、サラママ? 致し方がないってなんですか? どうして私だけが人身御供になるんですか?」


「……諦めなさい、カティ。そういう運命です」


「そんな運命、認められませんけどぉ!?」


 抗議します。徹底抗議します! こんな横暴を認めてなるものですか!


 でも、悲しいかな。


 ママふたりは、かわいそうなものを見るような目で私を見ているではありませんか。


 ……やめて?


 マジでやめて?


 泣くよ?


 私、泣くよ?


 ふたりがドン引きするくらいに、泣きじゃくりますよ?


 いや、むしろ、ドン引きさせるくらいに泣いてやる! 


 そうでもしないと、この私の気持ちはわからないんだ!


「……これ、やめんか、カティ。癇癪など起こすでないわ」


 はぁ、とおばあちゃんの溜め息がいきなり聞こえてきた。


 え、と私が慌てて声の聞こえた方へ顔を向けると、いつのまにか私の隣の席におばあちゃんが、私と寸分違わぬ姿になったおばあちゃんが、頬杖を突きながら座っていたんだ。


「え、お、お、おばあちゃん? いったいどうして」


「……まぁ、ちょっとした裏技だよ。それよりも、だぇれぇが、寂しがり屋だと?」


 にっこりと笑うおばあちゃん。その笑顔に、「あ、やべ」と思ったけれど、時すでに遅しでした。


「覚悟はよいな、カティ?」


「お、お手柔かに」


「うん、ダメだな」


「デスヨネェ!?」


 おばあちゃんがとってもステキな笑顔を浮かべていた。その笑顔に私が恐怖したのは言うまでもありません。


 その後、私はたっぷりとおばあちゃんによる折檻を受けることになったのだけど、それも言うまでもないのだけど、私としては解せぬの一言に尽きます。


「……カティちゃんって、成長すると、中身が旦那様そっくりになるんですねぇ~」


「あぁ、道理で見覚えがある光景だなぁと思ったわけです」


 サラママとティアリカママのやりとりを聞きながら、私はふたりに必死にヘルプを叫んだのだけど、ふたりが私の手を取ってくれることはありませんでした。

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