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Sal2-65 ごめんなさいを告げながら

 なにをしているのだろう、とは思う。


 目の前にいるのは旦那様じゃない。


 旦那様のお姉さんである香恋さんだった。私の愛する人に酷似する別の人。いや、旦那様のお体を使う別の人。


 別人である香恋さんに、私は「抱いてほしい」と願ってしまった。


 どうしてそんなことを言ったのか。


 自分でもよくわからない。


 ただ、昼間にアンジュに言われたことが、「ルクレも抱いて貰えばいい」と言われたことが、やけに頭に残っていただけ。


 私は旦那様に操を捧げている。


 実際にはっきりと口にしたこともある。


 だというのに、私は旦那様以外の人の前で、肌を露わにしていた。


 香恋さんは驚いたように私を見上げている。


 旦那様のお体だけど、中身は別人だ。そう、わかっているはずなのに、私の体は自然と反応していた。


 抱かれる準備を始めていた。


 お腹の奥がひどく疼いていた。


 旦那様がおられなくなって一月近く。


 旦那様がおられたときは、定期的に閨の相手をさせてもらっていた。


 昼間はとても優しい人なのに、ベッドの上の旦那様はとても意地悪で、言いたくないことを無理矢理言わされてしまう。


 口にするのも憚れるようなことを、恥ずかしい内容を言わされる。


 言わない限りは、旦那様はそこで止められてしまうから。


 言えば、「ご褒美」と称して続きをしてくれるけれど、言わない限りは「ご褒美」をいただくっことができない。


 本当に旦那様は意地悪な人。でも、そんな旦那様を私は心の底から愛している。


 それこそ、旦那様のお子を授かりたいと思うほどに。


 まぁ、私と旦那様は同性だから、一般的な方法では子供を授かることはできないのだけど、それを理解してもなお、旦那様のお子を授かりたいと思ってしまうほどに、私は旦那様を愛している。


 その愛する旦那様のお体を使う香恋さんは、別人だとはわかっている。


 わかっているのに、私は香恋さんに肌をさらけ出しただけで準備を整えてしまっていた。


 きっと触れられれば、私はそれだけで理性を捨て去ることでしょう。


 それこそ獣のように香恋さんを求め、そのまま香恋さんに抱かれてしまうことでしょう。


 その光景はひどく淫靡なものでした。


 淫靡でかつとても汚らわしい。


 だというのに、その光景に心惹かれていた。


 旦那様に知られたら、きっと軽蔑されるかもしれない。


 関係を切られてしまうかもしれない。


 それこそ、捨てられてしまうかもしれない。


 それでも、と私は香恋さんの手を取っていた。


 手を取ると、そのまま人差し指と中指に舌を這わせた。


 旦那様にもしてさしあげたこと。


 旦那様以外にはもうする気もなかったはずのことを、私は気付いたらしていた。


 リヴァイアサン様に、かつての狂われていた頃のリヴァイアサン様に仕込まれたことの応用だった。


 その応用を旦那様はとても好まれていたし、私の体を存分に堪能された後は、いつも「きれいにしてくれる?」と言って手を差し出されていた。


 その手を丹念に舌できれいにすると、旦那様は「よくできました」と褒めてくださった。


 もしくは、旦那様をその気にさせるために、お手に舌を這わせると、旦那様は一瞬ぽかんとされるけれど、すぐに目を細められる。


 香恋さんはどうなのだろうか。


 アンジュからはベッドの上での話を聞いたことはあまりない。


 聞いたのはせいぜい最初の日の感想くらい。


 曰く、「あまり上手ではなかった」ということだったけれど、あれから一月近く経った。


 香恋さんはアンジュだけではなく、エレーンさんとも関係を持っていた。


 その分、技術は向上しているはずなのだけど、旦那様と比べたらどうなのだろう。そんなことをふと考えてしまっていた。


 いつもの私らしからぬ思考だった。


 逆に言えば、そんな思考をしてしまうほどに、私はいつもの私たりえていないということなのだけど。


 いつもの私ではいられなくなる出来事があったということもあるのだけど、旦那様に最後に抱かれたのはほぼ一か月前というのも事情のひとつ。


「母」としての私が否定されたいま、私に残るのは「女」としての私だけ。


 その「女」としての部分が表に出てしまっていた。


 まずいとは思う。


 してはいけないともわかっている。


 それでも。


 それでも、と私は香恋さんを求めてしまっていた。


「……ルクレティア、なにをして」


 香恋さんは驚いたように、私を見つめている。


 でも、私は目を薄く開くだけでなにも言わない。無言で香恋さんの人差し指と中指に、淡々と舌を這わせていく。


 指の付け根から、腹を通り、指先へと至ると爪と指の間をゆっくりとなぞる。


 香恋さんはくすぐったそうにしているけれど、同時に変化が訪れた。


 ごくりと生唾を飲む音が聞こえた。


 香恋さんの目が徐々に据わり始めている。あとほんの少し押せばいい。


 そう思ったときには、私はトドメを差すべく行動に出ていた。


 香恋の空いている手を取り、そっと私の下腹部へと誘い、そして──。


「……来て」


 ──一言だけを囁いた。誘ったことで距離が近くなった香恋さんの耳元で、唇を鳴らした。


 そこで香恋さんの理性は飛んでしまったみたい。


 それまで私が上にいたはずだったのに、気付いたときには視界がぐるりと回転し、香恋さんを見上げる形になっていた。


 香恋さんはとても興奮していたみたいで、息づかいが荒かった。


 まるで一頭の獣のよう。


 でも、それは私も同じ。


 理性なんてとっくに消し飛んでいた。


 私は「母」でもなければ、「王」でもない。


 いまの私は「女」になっていた。


 香恋さんを求める「女」になってしまっていた。


「少しの間だけでいいの。少しの間だけでいいから、辛いことを忘れさせてください。……だからめちゃくちゃにしてください。私を、ルクレをめちゃくちゃにして」


 香恋さんの背中に腕を回し、唇を重ねる。


 香恋さんの目が見開かれるも、すぐに口の中に異物が入り込んできた。


 入り込んできた異物を、私は抵抗することなく受け入れていた。


 くぐもった声とともに、いくつもの水音が奏でられる。


 奏でられる水音と声による二重奏を聞きながら、私は香恋さんという奏者の手で、楽器となった。


 数多の聴者からの称賛の拍手はない。


 あるのはただ奏者の手によって施される熱だけ。


 その熱に翻弄されて、私はひとつの楽器となっていった。


「ごめんなさい」と旦那様に謝りながら、私は与えられる熱に夢中になっていったのでした。

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