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Sal2-64 水の瞳に魅入られて

 水色の糸のようだった。


 さらりと流れるそれは、きめ細やかな糸のよう。絹糸のように感じられた。


 絹糸の髪がふわりと私の顔に触れている。


 すぐ目の前には、やけに緊張した顔があった。


 普段はおすまし顔をしているというのに、いまは語るのもかわいそうなくらいに緊張していた。


 緊張している彼女を、私は下から見上げる形で

ぼんやりと眺めていた。


「……えっと、ルクレティア?」


「……なんですか?」


 顔を真っ赤にしたルクレティアが、唇を真一文字に結んで、私を見下ろしている。


 その身を包むのは、真っ白なバスローブだけ。バスローブの結び目からはシャワーを浴びたことで血流のよくなった肌が、ほんのりと紅潮した肌が見えている。


 アンジュの肌に見慣れている私でも、どきりとしてしまうほどにルクレティアの肌は美しかった。


「いや、「なんですか」は私のセリフなんですけど」


 そもそも、なんで私はこんな状況に陥っているのかがわからないのよね。


 昼間、いろいろとあって、ルクレティアがかなり精神的に追い詰められていたというのもあったので、アンジュからルクレティアを任されたのよ。


 任されはしたけれど、どうすればいいのかはさっぱりだったわ。


 アンジュがルクレティアをひとりにはしておけなかったというのはわかるの。


 気持ちはすごくわかるわ。


 うん、気持ちはよくわかるの。


 わかるのだけど、なんでそこで私に白羽の矢が立つのかがまったく理解できなかった。


 任せるのであれば、タマモやマドカちゃんでも問題なかったと思うんだけど、どういうわけか、アンジュはルクレティアを私に任せたのよね。


 たしかに、この体はルクレティアが「旦那様」と呼んだカレンが使っていたもの。


 気落ちしたルクレティアを慰めるのであれば、私は適任かもしれない。


 が、体は同じでも中身は違う。


 私とカレンの体は同じでも、私とカレンは別人なの。


 同じ体であっても、その精神性がまるで違う相手に慰められても落ち着けるものなのかしらとは思ったわ。


 疑問を投げかけたかったけれど、当のアンジュは戻ってきてくれたプロキオンたちを連れて行ってしまったのよね。


 おかげで私が部屋までルクレティアをエスコートすることになったのよ。


 まぁ、エスコートと言っても、途中まではタマモとマドカちゃんもいたんですけどね。


 ただ、あの友人様はまぁた余計なことを口走ってくださいましたけれども。


「ルクレティアさんにまで手を出したらダメだよ、香恋?」


 別れ際にあの友人様が宣ってくださった一言に、私は呆然となったわ。


 なに言ってんのよ、こいつと思ったわよ、マジで。


 その隣にいたマドカちゃんなんて、「ね、姉様。ハレンチですよ」と顔を赤くしていたわね。


 が、当のルクレティアはなにも言わなかった。


 私の知るルクレティアであれば、冗談であっても、「旦那様」と慕うカレン以外に体を許す気などないと豪語しそうなものだったのだけど、どういうわけか、ルクレティアは無言だったの。


 タマモのおバカな言葉になにも言わずに、「おやすみなさい」とだけ告げると、「行きましょうか」とだけ言って、割りふられた部屋にずんずんと向かっていったのよ。


 私は慌てて、その後を追いかけて、ルクレティアの部屋にと一緒に向かい、そのまま部屋の中にと招かれたの。


 正直なことを言うと、アンジュ以外の女性の部屋って思うと、めちゃくちゃに緊張したわ。


 緊張はしたけれど、「どうとでもなれ」という精神で部屋に入ったわ。


 部屋の中は、ルクレティアが普段使いしている香水の香りに満ちていたわ。


 アンジュとは違う。でも、嗅ぎ慣れた香り。


 その香りを感じていると、ルクレティアは備え付けのテーブルに腰かけると、対面側に座るように勧めてくれたの。


 お言葉に甘えて、ルクレティアの対面に座ると、そのまま私たちはたわいのない話を始めたわ。


 任せるとアンジュには言われたけど、実際任せると言われてもなにをすればいいのかはさっぱりだった。


 ルクレティアからも「こういうことをしてほしい」と言われてはいなかったので、たわいのない会話をしている間は、ずいぶんと気が楽だったわ。


 まぁ、その内容はだいたいベティのことだったのだけど。


 ベティとの出会いから始まり、いままでのベティとの思い出を淡々と話すルクレティア。


 カティに対して怒り狂っていたときとは違い、とても落ち着いて、ベティのことを語る姿は、ルクレティアがどれほどまでにベティを愛してくれているのかがよくわかったわ。


 この子もまた母親なのだ、と。


 愛する娘の幸福を願う、ひとりの母親なのだということがよくわかったわ。


 実際に子供を産んだ母親からすれば、鼻で笑われるかもしれない。


 もしくは、実際に産んでから言え、とも言われるかもしれない。


 だけど、そのとき、私の目の前にいたルクレティアは、ひとりの母親だったの。


 愛娘との関係に悩む、ひとりの母親だったわ。


 ルクレティア自身、まだ若かった。


 私やカレンよりも年下なんだもの。


 それこそ、今年でようやく、日本であれば高校生になるくらいの年齢だもの。


 子供の頃は、高校生は大人に見えたわ。


 背丈も大人と変わらないし、大人と混じって働くこともできる年齢だからね。


 だけど、実際に自分たちがそのくらいの年齢になってみると、高校生が大人という考えは消し飛んだわ。


 どんなに大人びて見えても、高校生は未成年で、大人ではない。


 かと言っても子供と言えるほどに幼くもない。


 どっちつかずの年齢であり、「子供」とも「大人」とも言われる年頃。それが高校生だった。


 そんな高校生になったばかりくらいのルクレティアが一児の母となっている。


 しかもルクレティアの場合は、そこに女王という役職も得ている。


 その双肩にどれほどの重みがのし掛かっているのかは、私には想像もつかない。


 まだ母親に甘えてもいいくらいの年齢だというのに、大人として振る舞わなければならないのに、そこに母親の責務まで加わっている。


 その心労がいかほどなものか。


 私にはわからなかった。


 だから、せめて話だけは、と。


 たわいもない話ではあるけれど、その会話の間だけでも、と話を続けていたのだけど──。


「えい」


 ──気付いたら、私はルクレティアにベッドに押し倒されていました。


 いきなりすぎる展開に、私の思考はぴたりと止まったわ。


 なにがあったのかまるで理解できなかったわ。


 なんで押し倒されたのかはわからないのだけど、経緯としては、話をしていたら、ルクレティアがシャワーを浴びると言っていたので、そこでお暇しようかと思っていたのよ。 


 だけど、どういうわけか、「待っていてください」と言われて待っていたのよね。


 ルクレティアがシャワーを浴び終えて、バスローブ姿で出てきたのかを確認してから、私はそこでお暇しようとしたの。


 だけど、そこにすかさずルクレティアがなぜか突っ込んできたのよね。


 いきなりすぎて、「え?」とあ然となったわ。


 でも、当のルクレティアは私の困惑をまるっと無視して、そのまま私をベッドへと押し倒してくれたというわけ。

 

 ……うん、経緯をかいつまんで話しても、まるで理解できわないわね。

 

 いったい、どういうことよ、これ?


 私が呆然となっていると、ルクレティアはバスローブの結び目に触れると言ったの。


「……香恋さん。お願いがあります」


 ルクレティアは私を見下ろしていた。見下ろしながら、ルクレティアは──。


「──私を抱いてください」


 ──そう言って、バスローブの結び目を解き、その肌を晒したの。


 晒されたルクレティアの肌を見て、私はただただ言葉を失いながら、その肌を眺めることしかできなかった。

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