Sal2-61 プロキオンのお礼
「──おやすみなさい、ママ」
「うん、おやすみ、プロキオン」
激動と言ってもいい一日は、あっという間に終わりを告げていた。
昼間の騒がしさが嘘のように、夜は穏やかな時間を過ごせていた。
その時間も終わり、いまは就寝前。
ベティはとっくに夢の中に旅立ち、健やかな寝息を立てていたのだけど、当のプロキオンはなかなか眠ろうとはしていなかったんだ。
隣で眠るベティにつられて、何度もあくびをしていたけれど、「ママとまだお話ししたい」と言って、起きていたのだけど、それも限界が来たみたい。
時間はもうすぐ日付が変わる頃。以前のプロキオンでもここまで起きていることは珍しいくらい。
とはいえ、それはあくまでも本を読んでいなければの話。
本を読んでいたら、すっかりと日付が変わってしまっていたからね。
それでもなお知識欲が勝って、あわや寝不足ということが多々あったのだけど、そのときはそのときで、「刻」属性を行使して、擬似的に睡眠時間を増やすという裏技をしていたんだけども。
この調子だと今日もそうなるかなぁと思っていたんだけど、そうなる前にプロキオンに限界が訪れたんだ。
まぁ、昼間のことを考えると、プロキオンでも体力の限界が訪れるのも当然かな。
その状態で、私とお話がしたいという一心で、いままで起きていた。
本当にかわいい子だなぁとつくづく思いますよ。
ベティのために部屋の明かりはできるだけ消していたのだけど、それでもプロキオンは私とのお話に夢中になっていた。
話の内容はいままでのこと。
私たちと別れてから、プロキオンがどんなことをしていたのか。
逆に私たちがなにをしていたのかも話したよ。
主にるーちゃんやマドカちゃん、そして板長さんと女将さんについての話だったけれど。
板長さんと女将さんは、この場にはいないから話だけになってしまったけれど、プロキオンは「会ってみたいなぁ」と言ってくれた。
ベティを孫のようにかわいがってくれたおふたりのことだから、プロキオンも孫のようにかわいがってくれるだろうと思ったし、そのままのことを伝えると、プロキオンは「楽しみ」と笑っていたんだ。
で、るーちゃんとマドカちゃんについては、昼間のうちというか、例のお店の食材食べ尽くし事件の前に紹介はしておいたんだ。
ちなみに、すでに名前が出た通り、プロキオンはお店の食材すべてを食べ尽くしてくれました。
途中からエレーンちゃんの目からは光が消え失せていたけれど、プロキオンが「ごちそうさまでした」と言ったことで、少しだけ目に光は戻っていた。
それでも食材すべてを食べ尽くされたという無情の現実を前にエレーンちゃんの目からは再び光がなくなった。
まさかの食べっぷりを見せてくれたプロキオンは満足そうにお腹を撫でていたね。
口の周りはソースでべったりと汚れていて、以前のプロキオンとは、あまり手が掛からなかったプロキオンとは別人みたいに思えた。
「がぅ、美味しかった」
でも、食べ終わったときに見せてくれた笑顔は、以前のままだった。
私とあの人の娘のプロキオンのままで、その笑顔に私は自然とプロキオンの頭に手を乗せていた。
「満足した?」
「うん。美味しかった」
「そう、ならよかった」
プロキオンの頭を撫でつつ、口元を拭いてあげると、プロキオンは擽ったそうだけど、嬉しそうだったよ。
まぁ、私としてはそれで問題はなかったんだけど、エレーンちゃんとお店にとってはまさかすぎる大打撃だった。
昨日の臨時休業に引き続いての、まさかの二日連続の臨時休業に追い込まれてしまったわけだもの。
しかも、食材をすべて食べ尽くされるというおまけ付きで。
プロキオンがイレギュラーすぎたということもあるけれど、二日続けての臨時休業は、今回のような形での当日になっての臨時休業だと、エレーンちゃんとしても今日出勤予定だったスタッフさんたちに賃金の補填をせざるをえない。
食材と人件費のダブルパンチはエレーンちゃんのお腹に重たくのし掛かってしまった。
しかも、それだけではなく、事前の告知なしの臨時休業となったことをお客さん側にサービスという形で補填しなきゃいけないし。
ダブルパンチどころか、トリプルパンチになってしまい、エレーンちゃんはもはや完全にグロッキーになっていたね。
エレーンちゃんをそこまで追い込んだプロキオンは、満足そうに笑っていたね。
そんなプロキオンに私は苦笑いし、香恋さんとルクレは被害総額の分の補填をどうするべきかで話し合っていたよ。
あのルクレでさえも顔を青くするほどの、被害額となってしまっていて、後で金額を聞いて私も顔を青くしてしまったよ。
さすがに星金貨までは行かなかったけれど、金貨でも相当の額を手放すことになったのは言うまでもないね。
とはいえ、それでプロキオンを取り戻せたというのであれば、致し方のない犠牲だったよ。
……エレーンちゃんにしてみれば、勘弁してよと言いたくなるようなことだっただろうけれども。
そうしてお店の被害を補填し、どうにか事件は終息したのだけど、今度は別の事件が勃発したんだよね。
「がぅ、そうだ。エレーンさん」
「ははは、なんでしょう?」
「お礼がしたいの」
「お礼ですか?」
「うん、美味しいご飯のお礼……でも、私ができるのはお金じゃないんだけど」
エレーンちゃんにお金を渡す以外のお礼がしたい。
そう言ったプロキオンは、辺りをキョロキョロと見回して、テーブルの上にあったまだ使われていないナイフを手にしたんだ。
「ん」
ナイフを手にしていたプロキオンだったのだけど、その手にあったナイフが突然消えてなくなったんだ。
「え?」
いきなり消失したナイフに、エレーンちゃんはあ然としていた。そんなエレーンちゃんを見てプロキオンが笑いながら、「ん」と言うと、その手になくなったはずのナイフがまた出てきたんだ。
「これをお礼にしたいんだけど、どう?」
「えっと、手品ですか?」
「んーん、違うよ」
一見すると手品のようだったけれど、私とベティ、あとカティちゃんはそのからくりを理解できたんだ。
「ばぅ、おねーちゃんのなかからナイフがしゅっとはいって、ばってでたの」
ベティは舌足らずな言い方ではあったけれど、プロキオンがなにをしたのかを説明したんだ。
私とカティちゃんはまさかの出来事に言葉を失っていたよ。ベティが言ったのはことの重大さに気付いていなかったからだね。
とはいえ、ベティの口振りだとエレーンちゃんを始めとした、ほぼ全員が「え?」とプロキオンがなにをしたのかが理解できないでいたんだ。
ただ、理解していた人はいたんだ。というか、ベティの言葉でなにがあったのかを理解したのが香恋さんとタマモさんにマドカちゃんだった。
三人は「まさか」と言いながら、プロキオンに「もう一度やってもらえる?」とお願いしたんだ。
三人のお願いをプロキオンは聞いて、「ん」と言ってナイフを消して、出してをもう一度行ったんだよ。
その光景に「あー」と三人は完全に理解すると──。
「……プロキオンちゃん、とんでもない魔法を作りましたね」
「……物流にとんでもない革命が起きますね」
「……まぁ、使い手はかなり選ばれるけれど、それでも大革命と言ってもいいくらいね」
──揃って頭を抱えていたよ。
気持ちはすっごくよくわかる。改めて、三人の言葉を聞いて、私もカティちゃんも頭を抱えてしまったもの。
「……プロキオンお姉ちゃんさぁ。いくらなんでもアイテムボックスを再現する魔法はダメだよ」
「しかも、これ、あの人のアイテムボックスを参考にしているでしょう?」
「うん。パパのアイテムボックスみたいなのが私も欲しかったから作ったんだ。でも、そのまま再現はできなかったから、無限に入るけれど時間は少しずつ経ってしまう倉庫と、時間の流れから切り離されるけれど、そこそこしか入らない倉庫の二つの魔法を作ったんだ」
えっへんと胸を張るプロキオン。
まるで褒めてと言わんばかりの態度だったね。
でも、その発言にそれまで理解できていなかったみんなも「はぁぁぁ!?」と叫んでくれることになりました。
 




