Sal2-54 風雲急
お尻が痛かった。
きっと私のお尻はもうとっくに真っ赤になっているよね。
これこそまさに虐待と言えることであり、もし法廷の場に立てたら、私は声高にティアリカママを訴えるよ。
まぁ、それはそれとして。
私の目の前にはティアリカママだけではなく、お姉様上たちがいる。
お姉様上にはお腹を思いっきり蹴られたことがあったけれど、お姉様上はあのとき力をうまく制御できなかったみたいだから、仕方がないとは思う。
当のお姉様上にとっては、「やりすぎだった」と考えているみたいだけども。
やっぱり、お姉様上はパパのお姉ちゃんなんだなぁと思ったよ。
パパもなんだかんだで真面目さんだからね。お姉様上も同じように真面目さんだったみたい。
見た目もそっくりではあるけれど、パパの体をお姉様上が使っているから、そっくりなのは当たり前だけど、その影響で精神性も引っ張られてしまっているのかもしれない。
……本当にパパは人誑しというか、どんどんと他人に影響を与えちゃう人だなぁと思うよ。
元々のお姉様上は、封じられていた期間が長すぎたこともあって、いろいろと拗らせていたからね。
いまこうして触れ合って、優しい人なんだなというのはわかるけれど、当時は本当に恐ろしい人だとしか思えなかった。
パパもお姉様上を散々にこけおろすほどだったもの。
……そんなお姉様上がいまやびっくりするほどに優しくなっていた。
「パパ、どんな魔法を使ったの?」と言いたくなるくらいだ。
まぁ、そんな魔法なんて存在しないんだけどね。
パパはただお姉様上に寄り添っただけ。
たったそれだけのことだけど、それだけのことが結構効果あるんだよね。
特別なことなんてしなくてもいい。
特別なことではなく、当たり前のことを当たり前のようにするだけ。
お姉様上みたいに拗らせていた人は、それが特に効いてしまうんだよね。
おかげで、ベティは優しいお姉様上と接することができたわけだけども。
「カティ?」
お姉様上が「どうしたの?」と怪訝そうにする。
いけない、いけない。
ついついとお姉様上の変化に思うところがありすぎた。
うん、こんなお姉様上だから守ってあげなきゃいけないって思うんだよねぇ。
もうかなり近付いているみたいだし、おばあちゃんだとやりすぎちゃう可能性が高い。
いや、おばあちゃんだと話を聞いてもらえない可能性が高い。
なにを言ったところで、「守ってくれなかった」とか言われるだろうからねぇ。
おばあちゃんにとってみれば、それがなによりもの痛恨事だ。
おばあちゃんだって手を拱いていたわけじゃない。
あの状況はもうどうしようもないことだった。
って言っても聞いて貰えそうにないよね。
あっちはあっちでだいぶ拗らせてしまっているみたいだし。
そもそも、ベティが抱っこしてもらうタイミングで横取りするなんてことをする人だもの。
……まぁ、それだけパパのことが大好きなんだろうけど。
そこは、さすがのシリウスお姉ちゃんの片割れなんだなぁと思う。
……シリウスお姉ちゃんにしてみれば、「誠に遺憾だ」とか言いそうだけどね。
まぁ、シリウスお姉ちゃんはパパに対して、ツンデレさんだったから仕方がないけど。
シリウスお姉ちゃんとは違い、あの人はパパに対する好意をストレートに伝えていたし。
パパにとっては双子。私にとってもあの人はシリウスお姉ちゃんの双子の妹という風に見えていた。
双子なのに、好意の伝え方が真逆というのはなんとも面白い。
だからこそ、ふたりが出会うと非常に面倒くさいことになりそうだよね。
パパを巡って骨肉の争いが勃発する可能性が非常に高いデス。
……自分で言っておいてなんだけど、その光景が容易に想像できてしまったよ。
とはいえ、すぐに起きることじゃないから、問題はないよね。たぶん。
「カティ? どうしたの? なんだか百面相みたいになっているけれど?」
「あ、いや、うん。将来的に起きるであろう骨肉の争いを想像したら、ちょっと」
「……どういうことよ、それ」
お姉様上が「なに言ってんだ、こいつ」みたいな顔で私を見ている。
うん、お姉様上がそう言うのはわかる。
私だって、そう言いたいところだもの。
でもね。
現実的に勃発する可能性は非常に高いんだよ。
お姉ちゃんズはどっちもパパが大好きだからねぇ。
いや、私ってパパは好きだよ? 好きどころか、パパが大好きだって大声で言えるもん。
それでも、ね。
お姉ちゃんズのパパの大好きっぷりは、尋常じゃないもん。
そんなふたりが出会ってご覧なさい?
確実にヤバいよ。
もう悲惨すぎる光景が待ち受けている可能性しかないよ。
「……まぁ、とりあえず、お姉ちゃんズが揃うと危険かなぁということで」
「言いたいことはなんとなくわかったわ」
お姉様上も、ようやく危険について理解してくれたみたい。
安心だね。
でもね。
それは将来的な危険に対して。
いま迫り来る脅威に対してじゃなかった。
「なら、わかるよね? いま私がなんでお姉ちゃんズなんてことを言ったのかを」
じっとお姉様上を見やると、お姉様上は目を見開いていた。
「近くに、来ているの?」
「うん、だいぶ近くにいるみたい。アンジュママが気付いているかどうかはわからないけれど」
「なんで、わかったの?」
「おばあちゃんと同化しているからだよ。おばあちゃんは大元のフェンリルだからね。だからフェンリル化したあの人、プロキオンお姉ちゃんが近付いてきたらわかるんだよ」
「プロキオンおねーちゃん、きているの?」
カティが反応していた。カティは複雑そうな顔をしている。
嬉しいような、悲しいような、なんとも言えない顔をしている。
「あくまでも近くにいるってだけだよ。お姉ちゃん自身、私たちが近くにいることを気付いているかはわかんない」
「わからない?」
「どういうことですか、カティ?」
「あー、その、私は大元のおばあちゃんがいるからわかるけれど、プロキオンお姉ちゃんは大元のおばあちゃんから派生しているからね。大元と派生だと上下がはっきりとしているというのが理由かな?」
説明しづらいことだけど、私の中にいるおばあちゃんはフェンリル本人で、プロキオンお姉ちゃんは狼の魔物が潜在的に持っている「フェンリル」の因子が目覚めた状態なんだよね。
要は大元と大元から派生した存在の差だね。もっと言えば、本物と偽物の差だね。
まぁ、プロキオンお姉ちゃんは偽物が行き着いて、本物を超えてしまった存在にまで至ってしまっているんだけど。
でも、本物を超えてしまったけれど、大元とその派生という関係まで変わったわけじゃない。
そこはしっかりと上下関係が確立されている。
だからこそ、私はおばあちゃんを通じてプロキオンお姉ちゃんを感じられる。
でも、プロキオンお姉ちゃんは私たちのことを感じられない。
それでもプロキオンお姉ちゃんが私たちの近くに来ているのは、偶然なのか、それとも必然なのかはわからない。
「だからこそ、私は表に出てきたんだ。おばあちゃんだと話を聞いて貰えるかわからないし。でも、私ならきっと話を聞いて貰えると思うからね」
プロキオンお姉ちゃんと会ったことはない。
それでも、お姉ちゃんの中にあるシリウスお姉ちゃんの記憶から、私のことは知っているはずだから、少しは話を聞いて貰えると思う。
「なるほど。つまりプロキオンを取り戻せる可能性があるということか」
「あくまでも可能性だけどね。でも、手を拱いているだけよりも」
可能性はあるよと言おうとした、そのとき。
突然、大きな魔力が頭上から感じた。
しかも困ったことに、アンジュママたちの近くにいるっぽい。これはまずいね。
『カティ、来たぞ!』
おばあちゃんが叫んでいた。
「これは、プロキオンの」
お姉様上が反応を示していた。
お姉様上だけじゃない。
会議室の中にいるほぼ全員が頭上を見上げていた。
「行くわよ!」
お姉様上が会議室を駆け出した。
その後を皆が追っていく。
どうなるかなと思いながら、私たちは地上へと向かったんだ。




