Sal2-53 ごめんなさい
土曜日更新できなかったので、ゲリラ詫び更新です←
会議室の中が静寂に包まれていた。
少し前まではルクレティアの泣き声が聞こえていたのだけど、そのルクレティアはアンジュに付き添われて会議室を出ていったの。
それからは会議室はすっかりと静寂に包まれてしまっていた。
いや、正確には包まれていたのだけど──。
「あなたという子は! あなたという子は! あたなという子はぁ!」
「や、痛っ! 痛いってばぁ! もう、反省しているからぁ!」
「いいえ。いいえ! この程度ではたりません! 猛省しなさい、カティ!」
「は、話を聞いてよぉ!」
「話を聞いて欲しければ、ちゃんと反省をしなさい!」
──いまやすっかりと別の意味で私たちは絶句させられています。
私たちの前では、鬼のような形相になったティアリカとティアリカの膝のゆえで涙目になって痛がるカティがいる。
ビリビリと大気が震えそうなほどの声量でティアリカは叫び、ティアリカに抱え込まれて、身動きが取れない態勢からお尻をこれでもかと叩かれていくカティ。
誰がどう見ても折檻中の光景であり、その証拠にティアリカは甲高い音を奏でてカティのお尻を叩いているの。
まさか、この世界でお尻ペンペンを見ることになるとは思っていなかったわ。
ティアリカがカティのお尻を叩き始めたのは、アンジュがルクレティアを連れていってすぐのことよ。
「……覚悟はいいですね、カティ?」
突如、ティアリカが席を立ったのよ。
どうしたのだろうと思っていると、ゆらり、ゆらりと揺れ動きながら、ティアリカがカティへと近付いていったの。
でも、カティを見やる目には優しさというものは欠片も存在しておらず、その目はどこまでも冷徹なものだったわ。
その目を見て、カティは「ヤバっ!」と慌てて会議室を出ようとしていたのだけど、そこはさすがの「剣仙」様よね。
カティが動き出すよりも早く、その体を拘束するように抱え込んだのよ。
あまりの早業で、私でも見えなかったほど。
ベティなんて「ばぅ! ティアリカまま、すごいの!」と目をキラキラとしていたほどだったわね。
でも、当のカティにしてみれば、ティアリカの動きがどれほど凄かろうとも、これから自分の身に降りかかる不幸を省みたら、ティアリカを絶賛なんてできるわけもなく──。
「てぃ、ティアリカママ? お、落ち着いて、ね? ほ、ほら、久しぶりに会えたのだから、そんな目くじらを立てなくても」
──声を震わせながら、どうにかティアリカを落ち着かせようとしていたのよ。
だけど、ティアリカはすでに聞く耳持たずだったわけで──。
「目くじら? ふふふ、違いますよ、カティ? これは」
「こ、これは?」
「あなたの母としてするべきこと。つまりは、調子に乗ったおバカな娘への躾ないし、折檻ですからねぇ?」
──カティへ向かって、口元を大きく歪ませながら笑ったのよ。
その笑顔にカティは涙目になっていたわね。
そして次の瞬間、ティアリカは大きく手を振り上げて、勢いよくカティのお尻を叩き始めたの。
きれいにスナップを利かせながら、情け容赦なくカティのお尻を叩くティアリカ。その一撃を受けてカティは「きゃん!?」と叫んだわ。
でも、折檻は一撃で終わるわけもなく、ティアリカは連続でカティのお尻をパシィィィンという乾いた音を立てて叩き続けたの。
そしていまに至るってわけ。
「手前はたしかに母としては失格でしょうね。ですが、失格な母であっても、おバカな娘への折檻はできるのですよ?」
「ち、違うの! あ、あれにはわけがあってぇ!」
「理由も事情もわかってはいますよ? だからと言って、あんなにルクレティア陛下を傷付ける必要はないでしょうが!」
「きゃん!? だ、だって、そうでもしないと」
「黙りなさい、このバカ娘!」
「きゃうぅんん!?」
ティアリカの怒りの折檻はいまだに続いていた。
お尻を露出してはいないけれど、もう軽く数十分はお尻を叩かれているわね、カティは。
……どう考えてもまともに椅子に座れないレベルに腫れ上がっていそうだわ。
「……あー、その、ティアリカ? そろそろその辺で」
「香恋様、止めないでくださいませ。手前はこのバカ娘をですね」
「まぁ、その、ね。カレンも「その辺で」って言っているみたいなのよね。さっきから胸の奥でなんとも言えない感情が沸き起こっているの」
苦笑いしながら私は事情を伝えた。
どうにもカレンがいまのカティを哀れんでいるみたいなのよね。
まぁ、カティがちょっとやりすぎたというのは事実なんだけど、それでもカティだってやりたくてやったわけではない。
それに本当ならば、今回のことはカレンがやるべきことではあったの。
正確にはカレンがいれば、今回のことはなかったはずだったし。
まぁ、カレンがいても起こっていた可能性はあるけれど、カレンがいれば予めルクレティアを掣肘していたはずなの。
決してカティに嫌われ役を演じさせる必要はなかった。
……まぁ、演じたというには、いささか堂が入っていたから、おそらくは素の可能性が高いんですけどね。
それでもカティだってやりたくてやったわけではないはずなのよね、たぶん。
だから、あまりティアリカを責めすぎない方がいいと思うの。
カレンも望んでいないわけだからね。
「……旦那様が」
「そう。あの子もその辺でって思っているみたいだから。それにカティだって話をしたいだろうからね」
カティを見やると、カティは「お姉様上~」と涙目になっていたわ。
……めちゃくちゃに心苦しいわね。
っていうか、私一度この子にひどいことをしちゃっているのよねぇ。
なんとも申し訳ないわ。
「……気にしないでちょうだい。私もあなたに謝りたいこともあるのよ」
「謝りたいことって?」
なんのことと言わんばかりに首を傾げるカティ。
どうやら、カティにとって私の行動はもう終わったことだったみたいね。
それでも言うべきことはある。
「……あのとき、ひどいことをしてごめんなさい。悪いことをしてしまったわ」
「私は気にしていないよ?」
「でも」
「いいの。だって、お姉様上もパパのこと大好きなんだから。パパが大好きな人に悪い人はいないの」
ふふんとカティは笑っていた。
その笑顔を見て、私も素直に笑ったの。
「……そう。でも、最後にもう一回謝らせて頂戴。ひどいことをしてごめんなさい、カティ」
「……そういうところはパパそっくりだね。まぁ、パパのお姉ちゃんだもん、仕方がないか」
カティはまた笑っていた。その笑顔に「ええ、そうね」と私は頷いたの。
同時に、胸の奥がまた疼き、今度は妙な恥ずかしさを感じたわ。
それがどういうことなのかは、考えるまでもなかったわ。
「とりあえず、カティ。話を聞かせて頂戴。特になんであなたがいま表に出てきたのかも含めてね」
胸を押さえながら私はカティを見つめた。カティは「はーい」と頷きながら、表に出てきた理由を話してくれたの。




