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Sal2-52 おかーさんじゃない

 唐突なカティの登場だけでも、十分すぎるほどの衝撃だった。


 だというのに、カティったらまさかの煽りをルクレティアに対してしてくれた。


「──パパにとって、二号さん以下にしかなれないことがそんなに認めたくないんだねぇ?」


 それもド級の煽りをしてくれたわけよ。


 あまりにもな煽りに、当人であるカティと言葉の意味がわかっていないベティ以外の全員が凍り付いたのよ。


 ベティは「ばぅ?」といつものように首を傾げていたけれど、腕の中のるーちゃんは、「あわわわ」と言わんばかりに右往左往しているあたり、どうやらカティの言葉の意味をしっかりと理解しているみたいね。


 そのうち、「るーちゃん、いまのってどういういみなの?」とか尋ねられそうな予感がするわね。


 その場合はもう「お労しや」としか言いようがないわね。


「……どういう意味、ですか」


 るーちゃんに迫り来る未来を夢想していると、それまで黙っていたルクレティアがあからさまな怒りの色に表情を染めたのよ。


 カティを見やる目には憤怒、いえ、憎悪という方が正しいかしら。人に向けるにはあまりにも業が深すぎる感情が宿っていたの。


「どういう意味って、そのままの意味だけど?」


 なにを言っているのと言わんばかりに、カティは笑いながら首を傾げていた。


 顔は笑っている。でも、その目は明らかにルクレティアを蔑んでいたの。


 カティの視線にルクレティアの怒りはより増大していったの。


「っ、ふざけています?」


「ふざけていませーん。理解力が足りないんですかぁ~? それともパパに抱かれなさすぎて、発情期にでも突入しているから、脳内おピンク様になられておいでですかぁ? 女王様?」


 くすくす、と嘲笑うカティ。その言葉にルクレティアは拳をまっすぐにテーブルに突き刺したわ。


 その目は大きく見開かれていて、私たちが知る「ルクレティア」とはまるで違っていたの。


「私を誰だと!」


「脳内ピンクで、年中発情している余裕なさすぎ女」


「貴様!」


 ルクレティアらしからぬ怒号が響く。いつものルクレティアとはまるで違っている。もはや別人と言ってもいいほどに。


『主! 落ち着け!』


「黙りなさい、リヴァイ! いますぐにこの小娘の息の根を止めます! たかが犬風情の分際でよくも!」


 目を見開きながら叫ぶルクレティア。


 冷静ではないのは明らかだった。


 だからこそ、ルクレティアは自分がいまなにを言ったのかを理解できないでいるみたいだった。


「……おかーさん」


 怒り狂うルクレティアにと、ベティが静かな、でも、はっきりとわかるほどの怒りを乗せた声をあげたの。


「ベティ。やめな。ベティが怒ることじゃないよ」


 そんなベティをカティは諫めようとしていたのだけど、ベティは「ううん、ベティがいうべきなの」と強い意志の篭もった目でカティを見つめたの。


 カティは溜め息を吐きながら、ぼりぼりと後頭部を搔いていたけれど──。


「……まぁ、聞いてくれないよね。そういうところんは、本当にそっくりだ。私もあんたもやっぱりパパの娘だよね」


「ふふん、あたりまえなの。ベティはおとーさんのむすめだもん」


「そっか……でも、無理をしなくていいんだよ? いまのはあんたに対してじゃなくて、私に対してなんだから。あんたが気にすることじゃない」


「それでも、ベティはいうべきだとおもうの」


「……本当に頑固なんだから」


「おとーさんのむすめだもん」


「まったく……本当にパパってば困ったさんなんだから。すーぐ娘に影響を与えるんだもん。本当に困ったパパなんだから」


 カティはベティとのやりとりを通して、ここにはいないカレンを想ってくれていた。


 メスガキっぽい言動が目立っていたのに、いま

のカティは頬を淡く染めて笑っていた。


 その笑顔に、私の胸のうちがやけに熱くなっていく。この熱さがどういうもなのかは考えるまでもないことだった。


 でも、なにを言えばいいか。そう思っていると、ベティに呼びかけられたルクレティアが、ベティを見つめながら、「なんですか、ベティちゃん」と早く用件を言えとばかりに声を懸けたのよ。


 ……どうやらあまりにもぷっつんしすぎて、自分の言動がどういう結果を招いているのかも理解できないでいるみたい。


 ルクレティアの現状に、アンジュは「……ルクレ」と悲しそうにルクレティアを呼ぶも、その声はルクレティアの耳には届いていなかった。


 いまのルクレティアが見えているのは、娘であるベティと憎い小娘であるカティだけみたい。


 余裕がない。


 カティが言い放った言葉は的を射ているとしか言いようがないわ。


 ……だからこそ、ルクレティアは認められないんでしょうけども。 


「おかーさん。おかーさんはいまなにをいったの?」


 我を忘れているルクレティアを、ベティはまっすぐに見つめながら問いかけたの。……るーちゃんを抱きしめる手をかすかに震わせながら。


 カティはベティの震えに気付いているみたいで、気遣うようにベティを見つめている。ベティは笑いながらカティにと頷き、カティは「やれやれ」と肩を竦めていた。


 ほとんど関わりがなかったはずなのに、しっかりと姉妹をしているふたりに、胸の奥が熱くなっていく。


 ……本当に、親バカなんだから、と苦笑いして、私は改めてルクレティアを見やる。


 ルクレティアはベティの言葉の意味がわからないのか、「なにを言って」と怪訝そうに言っていた。


 その一言にベティは大きく溜め息を吐き、そして──。


「……おかーさんは、カティおねーちゃんを「いぬ」っていったの。カティおねーちゃんは、ベティとおなじで、おおかみなの。「いぬ」じゃないの」


 ──強い意志の篭もった瞳で、ルクレティアを睨み付けたの。


 いままで、ベティがルクレティアを睨んだことはなかった。


 あくまでも私が知る限りは、ね。


 睨み付けてはいなかったけれど、散々呆れたり、どうしようもないものを見るような目を向けてはいたけれど、睨み付けるなんてことはいままで一度もなかったはずなの。


 その証拠にルクレティアは、それまでの怒りがどこへやら、いまさら狼狽え始めたわ。


「ち、違うんです。お、おかーさんはあくまでも、その子に対して」


「そのこじゃないの。カティおねーちゃんは、ベティのおねーちゃんのひとりなの。シリウスおねーちゃんと……プロキオンおねーちゃんといっしょで、ベティのだいすきなおねーちゃんのひとりなの」


 ベティははっきりとカティを、自分の大好きな姉のひとりだと言い切ったわ。


 その際、いままで「おねーちゃん」とだけ呼んでいたプロキオンを、「プロキオンおねーちゃん」と呼んでね。


 その変化にアンジュは「……ベティ」と感極まったようで、涙目になっていたわ。


 でも、対してルクレティアは困惑の最中にあるようだったわ。


 当然よね。


 ルクレティアにとってカティは、忌々しい「犬っころ扱いだった。


 その「犬っころ」がベティにとって大好きな姉のひとりだと言われたのだから。


 動揺を見せるのも当然よね。


 だからこそ、その一言は言い放たれてしまったの。


「なのに、おかーさんはカティおねーちゃんを「いぬ」といったの。じょうだんであっても、ベティはゆるせないの。ベティたちは、おおかみは「いぬ」あつかいはゆるさないの。たとえ、それがだれであっても」


「ち、違うんです。そうじゃない。そうじゃないんです! あれは、あれ、は」


 狼狽えながら、ルクレティアは泣いていた。


 どう言い繕えばいいのかわからず。


 どうしてあんなことを言ってしまったのかと、後悔をしながら。


 だけど、ベティは止まらなかった。


 目尻に涙を溜めながら、はっきりと告げたの。


「……きらいなの。ベティは、ベティのだいすきなおねーちゃんを、ベティたちの、おおかみのほこりをきずつけるひとはきらい。だから、ベティは、おかーさんがきらい。ううん、もうあなたは「おかーさん」じゃない! ベティのすきだった「おかーさん」は、じょうだんでも、ベティたちを「いぬ」なんてよばないもん!」


「っ!」


 ベティの宣言にルクレティアは泣きながら崩れ落ちたの。


 カティはベティを気遣うように、申し訳なさそうに、わずかに顔を俯かせていた。


 当のベティは途中から完全に顔を俯かせていた。


 途中からルクレティアを見ていなかった。見る余裕がなかったのでしょうね。むしろ、見られるわけがなかった。


 誰もなにも言わなかった。


 会議室は静寂となった。


 静寂が覆う中、ぽたぽたと雫がこぼれ落ちる音が聞こえた。


 誰と誰のものであるのかを確認する気は起きなかった。


 誰もが目を伏せながら、声もなくこぼれ落ちる雫の音を私はただ聞いていった。

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