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Act1-ex-3 「天」は怒り、「刻」は変わりゆく

本日二話目です。

視点は引き続きですね。

 アリアが見えなくなると姉がため息混じりに呟いた。


「……あの子は本当に扱いやすいね、アイリス」


 姉が表情を消す。そうですね、と頷きながら姉を見やる。


 姉はなにかを考えているようだった。まず間違いなくアリアのことではない。


「姉さんは本当にひどい人ね」


「なぁに急に?」


「アリアが姉さんに依存するように仕向けているくせに、いざとなったら平然と切り捨てようとするんだもの。それをひどいと言わずになんて言えばいいの?」


 あのとき、とっさに止めなければアリアは死んでいた。姉の手にかかって殺されていた。


 アリアのことは嫌いではないが好きでもない。


 妹だからこそ面倒を看てあげているが、そうでなければとっくに見限っている。


 あれは子供すぎる。それも悪い意味で子供すぎるのだ。正直相手をしているのが面倒だった。姉も同じ気持ちだろう。


 ただアリアには利用価値がある。


 だからこそ反旗を翻されないように、間違っても逆らうことがないように、姉の掌の上で踊らされている。


 かわいそうとは思うが、あまりにも自分勝手すぎるのがいけない。自業自得だ。そしてそれはきっと自分とて同じだろう。


 だが自分とアリアとでは明確に違っている。


 利用価値があるとしか思われていないことを理解しているか、理解していないか。


 わずかな違いではあるが、その違いが明確な差となっている。


 それでも気を抜けば、あっという間に使い潰されてしまう。


 姉はそういう人だ。いや、そういう人だったはずだ。だがいまの姉は少し違っている。


「違うよ。あれはただのお仕置き。あの子ったら私の標的に手を出そうとするんだもの。あの人は私が手に掛けると決めているの。誰にも邪魔はさせない」


 姉が笑う。笑うが表情はほとんど動かない。姉らしい笑顔だったが、いつもとは違っていた。


「……姉さん」


「うん?」


「笑っているつもりなのだろうけれど、私の目には笑っているようには見えないよ?」


 笑ってはいた。


 だがいつもとは違う。


 姉の笑顔はどこか悲しそうだ。


 泣いていると言ってもいいくらいに、いまの姉の笑顔は笑顔とは言い切れないものだった。


「あまり無理はしないでほしいな」


「……無理なんて」


「そんないまにも泣きそうな顔で言われても、説得力なんてないよ」


 今日は本当にいろんな姉を見られている。


 すべてはあの子のおかげなのだろう。


 いやあの子のせいと言った方がいいのだろうか。


 こんな姉を見られるなんて考えたこともなかった。


 姉は「父」の最高傑作だった。その姉が変わっている。いや変わりつつある。


 人間なんて自分たちにとっては、ただの餌でしかなかった。その餌に心を奪われてしまった。


 自分やアリアであれば、まだ考えられたが、まさか姉がそうなるとは考えてもいなかった。


「あの子はそんなに姉さんを夢中にさせたんだね」


「バカなことを言わないで」


「……素直になればいいのに。聞くけど私がアリアみたいに、あの子をちょうだいって言ったら──」


 姉が目を鋭く細めた。


 冗談でこれだ。誰がどう見ても姉の気持ちは明らか。それでも想いを否定する姿は滑稽でさえある。


 むろん口にする気はないけれど。


「言うまでもないね。今日の姉さんはわかりやすい」


 おかしくて笑った。姉が舌打ちをして顔をそらす。


 顔が赤い。よく見れば耳まで赤くなっていた。


 いつもの姉らしくない姿だが、すごくかわいい。


 そんな姉を見ていると少しだけ嫉妬した。


 あの子はこんな姉をいつもそばで見ているのかと思うと嫉妬せずにはいられない。


「あの姉さんが、まさか年下の女の子に心を奪われるとはね」


 利用価値があるとはいえ、アリアをかわいがっている姉だから、年下に惹かれやすいのかもしれない。


 それとも姉という立場であるからこそ、年下に惹かれてしまうのだろうか。


 同じ姉ではあるが、自分にはよくわからない。


「アイリス」


「なに?」


「私は心を奪われてなんていない」


 顔を赤く染めたまま、姉が睨み付けてくる。強がりもそこまで言えれば立派なものだ。


「ふふふ、そういうことにしておいてあげる」


 強がる姉はかわいかった。こんな姉をそばで見られるなんてずるい。自分も見ていたい。


「違うってば」


「じゃあ、あの子はいらないのね?」


「そういうことは言っていない!」


「じゃあ、好きなのね?」


「そうじゃないって言っているでしょう!?」


「ふふふ、そうしてむきになって否定するところが、特に怪しいね。本当は大好きなんでしょう?」


「あ、アイリス! いい加減に!」


 姉が顔を赤くして怒り始める。


 姉らしくないが、こういう姉も悪くはない。


 なんだか普通の姉妹のようだ。


 自分たち姉妹には、とてもではないが言い表せない言葉のはずなのに。


 それでもいまのやり取りは、普通の姉妹のようだ。


 もし本当に普通の姉妹であれば、こういうやり取りもできたのだろうか。


 子供っぽいアリアに、そんなアリアに辟易する自分、そして自分とアリアを大切にしてくれる姉。そんなどこにでもいるような姉妹になれたのかもしれない。


 ありえないことだとわかりきっているが、それでもそう思わずにはいられなかった。


 それだけいまの姉とのやりとりはとても楽しい。


 姉がどう思っているのかはわからないけれど、本当に嫌がっていたり怒っていたりしていれば、今頃自分はとっくに死んでいるはずだ。


 姉がその気になれば自分を殺すことなんてたやすいはずだ。


 そうしないということは、姉も少なからず楽しんでくれているという証拠だと思う。


 とはいえやりすぎもよくない。そろそろからかうのはやめておくことにしよう。


「冗談よ。怒らないで姉さん。じゃないと「旦那さま」に嫌われちゃうよ?」


「アイリス!」


 姉が顔を赤くして叫ぶ。


 本当にいまの姉はかわいい。理性的に耐えるのが辛いほどにかわいかった。


 からかうのはやめようと思った矢先に、またからかってしまった。


 意地が悪いからなのか、それともいまの姉がそれだけ魅力的だからなのか。


 どちらでもいいが、個人的には後者であってほしいものだ。


「だから冗談だってば。せいぜい年下の「旦那さま」に可愛がってもらえば」


「あの人、私たちよりも年上よ?」


「……冗談でしょう? だってあんなに小さいよ?」


 姉の相手はかなり小柄だったし、顔つきも幼かった。


 だから年下だと思っていたのだが、まさか年上だとは。


 いや待て。これは姉なりの意趣返しかもしれない。


 そうだ。そうに決まっている。


 さすがにあんなにも小さい年上なんているわけがない。


 それこそエルフやドワーフでもない限りありえないだろう。


「私も最初は驚いたけど、でもすごく包容力がある人なんだ。小柄だけど鍛えているからなのかな、体ががっしりとしている。女の子しい柔からさはあるけれど、その柔からさを損なわない程度に鍛えられているって感じなんだ」


 姉の相手が決闘をしているのを何度か見ていたが、あの小さな体には不釣り合いなほどの力があった。


 てっきり身体能力を魔力で向上させていると思っていたが、どうやら素の力もそれなりにはあるようだ。


「ふぅん。じゃあ姉さんを軽々とベッドまでお姫さま抱っこできるんじゃない?」


 にやりと笑い掛けると、姉の顏がさらに赤く染まった。


 恥ずかしいことは恥ずかしいのだろうが、いままでのそれとはなにかが違っている。


「……もしかして」


「ち、違う! そんなことあるわけがないでしょう!? た、ただ「旦那さま」にそうしてもらったら、嬉しいなって思っただけで。って違う! いまのなし!」


 姉が叫び狼狽える。こんなあからさまなのろけを言い放っておきながら、そういう感情はないと言い切る。


 ちょっと意味がわからない。


 なにを言っているんだろうか、この姉は。誰がどう見てもぞっこんだろうに。


 父からの命を忘れているのではないだろうか。


 だが個人的には忘れてしまっても構わないと思っていた。


 アリアとは違い、姉のことは好きだ。好きだからこそ幸せになってほしいとは思っている。


 叶わぬ夢であることもわかっているが、願うことだけであればなんの問題もなかった。


「私いまなにも言っていないよ? 姉さん、どんな想像したの?」


 姉がぱくぱくと口を開いては閉じていく。


 墓穴を掘ったと思っているのだろうが、アリアがいなくなってからずっと墓穴を掘り進めているのだから、いまさらだろうに。そんなこともわからないほどに染められてしまっているのだろう。


「姉さんが誰とねんごろしようが、私には関係ないけどね」


「わ、私は無差別にそんなことはしないもの!」


「うん、知っている。だってまだ処女だよね、姉さんって」


「な!?」


 姉が顔を真っ赤に染め上げた。


 今夜の姉は本当に面白くてかわいい。


 ただそろそろ釘を刺しておくべきなのだろう。


 妹としてはしたくないことだけど、姉には姉の役割があるのだから。


「あの人に処女を捧げたいと思っているのは結構だけどさ」


「そ、そんなこと思ってなんていないよ!」


「ちゃんと父上からの命をこなしてよね、姉さま。ううん、「刻のアルトリア」」


「……わかっています。あなたも命をこなしなさい。「天のアイリス」」


 姉はまぶたを閉じて、両手を強く握りしめていく。


 とても辛そうな顔をしている。そんな顔を浮かべさせたくなかったが、父からの命は絶対だった。


 自分たちには父しかいない。だから父からの命は絶対だった。


 その父の命をも超えるものを姉は見つけられた。


 少し羨ましく、そして疎ましい。姉ではなく、姉の心に住みついたあの女がだ。


「カレン・ズッキー。いやスズキカレンの身柄の拘束もしくはその死体の回収。方法は任せます。アルトリア姉さま」


「……わかっている」


「……ごめんね」


「謝らなくていいよ」


「そっか、でもごめん」


 そっと姉を抱き締める。姉はなにも言わない。なにも言わずに抱き返してくれた。


 久方ぶりの抱擁は、ひどく苦いものだった。


 それもすべてはスズキカレンのせい。


 あれがいるからこそ姉は変わった。


 以前よりも人らしくなった。


 それは感謝しよう。しかし姉の心に土足で踏み入ったことは許せない。


「……必ず殺してやるわ、この手で」


 姉に聞こえないように決意をする。まだこの国でやることがある。


 それが終わったら、「獅子の王国」へ行くことになる。


 あの女もいずれは訪れるだろう。星金貨一千枚などという夢物語を叶えるためには、この国だけでは不十分だ。


 必ず「魔大陸」のほかの六国にも脚を伸ばす。


 そのときに殺す。なにを以てしても殺す。息の根を止める。


「アイリス?」


「なんでもないよ」


 体を離しながらアイテムボックスから赤い剣を取り出す。


 姉はなにもない空間へと手を伸ばし、金色の剣を引き抜いた。姉の能力のひとつだ。


「相変わらず便利ね」


「あなたの剣だって相変わらずきれいだよ」


「ありがとう」


 お互いに笑い合いながら、剣を軽く打ち付け合う。そして声を合わせて「誓いの言葉」を口にする。


「「すべては神聖なるルシフェニアのために」」


 姉と行う「誓いの言葉」は久しぶりだった。


 アリアとはよくやるが、あの子は面倒そうにやるので、ちょっと目に余っていたが、姉であればなんの問題もなかった。


 もっとも姉には問題があるようだが、致し方のないことだった。


「じゃあね、アルトリア姉さん」


「またね、アイリス」


 姉が笑う。いままで見たことがない姉の笑顔。その笑顔を自分ではなくあの女が浮かべさせられるようになった。


 それがひどく腹立たしい。だが顔に出さず姉に背を向ける。


 姉は見送ってくれるようだ。アリアだけではなく、自分にもまた優しい。本当に困った姉だ。


「だからこそ許せない。おまえだけは許さない、スズキカレン」


 父の命で数えきれないほどの命を奪ってきた。


 しかしはじめて殺意を抱けた。その殺意を以てあの女を殺す。必ず殺してやる。


 アイリスは奥歯を強く噛みしめながら、人気のない路地へと向かって脚を踏み入れた。

明日は十六時更新です。

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