Sal2-27 調査
「エルシディア」の王城から見て南側にある広場。
巨大な黒い建築物が、巨大な黒い塔を中心にした広場には、相変わらず大勢の人々がいた。
広場の一角では大道芸人たちによるパフォーマンスが行われているし、別の一角ではいくつもの屋台が軒を連ねている。
他にも広場に元々あったのであろう喫茶店や服飾関係の店にも多くの人々が来店していた。
誰もが今日という日を楽しんでいることがわかる光景。
その光景を、私たちは広場の片隅にあった寂れた喫茶店から眺めていた。
寂れたとは言うものの、他の店に比べればというだけのこと。
エレーン殿が責任者を務めるメイド喫茶と同じように、内装はシックかつ落ち着いている。外観も含めると、昔ながらの喫茶店という風情を感じられる。
そんな喫茶店の中で、私たちは六人掛けのテーブル席に腰を下ろしていた。
通常であれば、四人掛けまでであるが、隣のテーブルを繋げて六人掛けにしてもらっている。
私とトワだけであれば、カウンターでもよかったのだが、いまは私とトワのふたりだけではなかった。
『いやぁ、まさかクーたちもいるとは思っていなかったなぁ』
『なんだか、人混みができているなぁと思っていたらでしたからねぇ』
『大道芸かなぁ言うてましたものね』
私とトワが隣り合って座るソファー側の反対側の通路側では、タマモとマドカ、それにフブキの順で腰を下ろしていた。
『それを言うのであれば、おまえたちがここに来ていたことに私は驚いたのだが』
『マドカ様とお買い物に行かれるというお話でしたからね。……まぁ、十分にお買い物は楽しまれたようですが』
トワが自身の隣の席を、本来であれば空席であるソファー側の残りの席を見やる。そこにはタマモたちが購入した服が、店名のロゴが入った紙袋が置かれていた。
紙袋は三人がそれぞれ両肩に掛けることができるほど。話を聞けばすべて服らしい。それもほとんどがフブキ用の服だということ。
タマモとマドカは「楽しかったね」や「とてもかわいかったですよね」と楽しげに話していたが、当のフブキは「は、ははは」と力なく笑っていた。
その反応を見る限り、フブキがどのような目に遭っていたのかは想像に難くない。
さしものトワもフブキの惨状を思い浮かべたのか、気遣うような視線を向けていた。
……まぁ、惨状という意味合いであれば、私も大して変わらないのだが。
というか、下手をすれば私の方がフブキよりも悲惨だったと思う。
なんでこんな意味のわからない格好でトワとともに絵画のモデルになんぞならなければならないのか。
一応モデルの代金として、少なくない金額を受け取りはしたものの、後世にもこんな意味不明な服を身につけた私とトワの絵が残るのかと思うと、頭が痛くなってしまうよ。
その反面、嬉しくもあるのだが、こればかりは誰にも明かすことはできない、私だけの隠し事だ。
『ところで、おまえたちはなんでここに? まぁ、予想はできるが』
『どう考えてもアレ以外にありませんものね』
私とトワは店の窓から見える巨大な建築物へと視線を向ける。
天高く屹立する柱のような物体。
少なくとも、私たちが「エルシディア」へと潜伏した際に、このような建築物はなかったはずだった。
だが、あれから半月ほどでこのような建築物が建造されたというのも考えづらい。
仮にされたとしても、住民たちの建築物へと向ける視線があまりにもなさすぎる。というか、建築物を当たり前にあるものとして受け入れすぎている気がしてならない。
半月でアレを作り上げることができたとしても、すぐにアレを受け入れられるというわけではない。
普通の感性であれば、入り口も見当たらない巨大な謎の柱なんて見たら、「あれはなんだ?」とか、「いったいなんの目的で?」と思うものだ。
出来上がったばかりであればなおさらだ。
だが、住民たちの様子を見る限り、あの建築物は当たり前に受け入れられている。
どういうものかもわからない謎の建築物を、いや、謎の物体を受け入れられるようになるには、私であれば、それなりの期間が必要だろう。
あの物体がなんの危害も加えてこないという前提あってだが。
その点だけを言えば、あの物体が住民たちになにかしらの危害を加えているわけではないようだ。
それこそただの街のシンボルとして建てただけという可能性もありえる。
とはいえ、シンボルとして建てるのであれば、なにかしらのバックボーンは必要不可欠だ。
それこそ、あの物体の麓に由来などが書かれた碑は必須だろう。
だが、私とトワが周囲を確かめた限り、その様な碑の存在は見当たらなかった。
由来もわからない謎の物体を街のシンボルとするなんて、普通の為政者であればやるはずもない。
が、私が知る情報によれば、「エルシディア」を擁する大国「エルヴァニア」の現国王は暗愚だった。
名君とはとてもではないが言えない王であり、自分の欲望のままに国を治めている男だ。
そんな暗愚の王であれば、意味のない物体を、それも巨大すぎる物体を建築するというのもわからなくはない。
というか、アレがなにかしらの意味があるとすれば、あまりにも直球すぎた。
あれでは「これは悪巧みのためのものですよ」と宣伝しているようなものだ。
しかし、その悪巧みがいまのところ私とトワには見当がつかなかった。
『あれはなんなんだろうな?』
『入り口がない以上、柱なのでしょうが、いったいなんの意図があるのでしょうね』
あの柱の意図を私とトワが測りかねていると、タマモたちは「聞きかじったものだけど」と前置きをして知り得た話を聞かせてくれた。
タマモたち曰く、あの黒い物体は「階の塔」と呼ばれるもので、「エルヴァニア」と「ルシフェニア」の友好を示すために建てられたものだということだった。
『友好の証、か。であれば、もう少し見栄えのするものになりそうなものだが』
『あれでは、ただ不気味な物体としか思えませんわね』
友好の証というのであれば、もっと見栄えのするような造詣にするのが一般的だろう。
だというのに、アレこと「階の塔」とやらは、全面が黒塗りの巨大な柱だ。
あれを見て、「ルシフェニア」との友好の証と言われても、頷ける者などいるわけがない。
友好の証と謳うには「階の塔」は、あまりにも威圧的であるし、不気味でさえもある。
いったいなんの目的でああいう風にしたのかが私にはまるでわからない。
それとも暗愚であるからこそ、私たちのわからないなにかを踏まえているというのだろうか?
『愚者と天才は紙一重とも言うが、今回ばかりはその言葉に頷かざるを得んな』
『同意しますわ、姉様』
あまりにも意味不明すぎる「階の塔」について、私もトワも素直な感想を漏らしていく。
素直な感想を口にするも、同時に「もしかしたら」という可能性も脳裏に浮かびあがっていた。
『……あまりにも直球だが、あれは洗脳装置ということも考えられないか?』
そう、「階の塔」というのは友好の証とは表向きで、実態は巨大な洗脳装置という可能性だ。
あまりにも直球すぎる可能性ではあるが、ただの友好の証だと言われるよりも、よっぽど信憑性がある。
信憑性はあるんだが、あまりにも直球すぎる可能性でもあった。
が、その直球すぎる可能性は、タマモたちは支持してくれた。
『私たちが最初に休んだお店のマスターさん曰く、「感動する」って言っていたね』
『ですが、麓に来ても「これで感動ってどうしたらできるんだろうなぁ」としか思えませんでした』
『むしろ、怖おす』
タマモたちも素直な感想を口にしていた。
その感想を聞いて、洗脳装置という可能性が強まっていく。
むしろ、そう考えるのが妥当だと思っていた、そのとき。
「ホットコーヒーと、アイスコーヒーふたつ、バルナジュースがふたつ。おまちどうさま」
私たちが休んでいた喫茶店のオーナーが、高齢の女性オーナーが、私たちが頼んだ注文の品を運んできてくれた。
「あぁ、ありがとう」
注文の品を私たちの前にそれぞれ置いてくれるオーナー。
私たちはそれぞれの注文の品を受けとると、再び窓の外の「階の塔」を見やると──。
「お客さんたちもあの不気味なもんが気になるクチかい?」
──オーナーが思わぬことを口にされたのだ。
「不気味ですか?」
トワが驚いたように尋ねると、オーナーは「あぁ」と頷いた。
「だって、そうだろう? あんな入り口もない、バカでかい真っ黒な塔なんて不気味でしかないよ」
「彼女たちが言うには、あれを見て「感動する」と言った人もいるそうなんだが」
「まぁ、人によってはそうかもしれんね。だけど、私の目には不気味に見えて仕方がないよ」
「人によっては?」
「あぁ。この街の住民っていう意味ではみんな同じだけど、実態は違うのさ」
「そうなんですか?」
「あぁ、古くからこの街に住む私みたいなのは、あの塔を不気味と言っているよ。だけど、あの塔ができてから移住してきた連中はあんなもんをありがたがっているのさ」
「そうだったのですか。初耳ですわ」
「みんな表立って口にしないだけだよ。それにあくまでも感性が私らと異なるってだけで、同じ街に住む仲間みたいなもんだからねぇ」
オーナーはそう言って笑いながら、「では、ごゆっくり」と言い残してカウンターの中へと戻って行かれた。
その姿を眺めつつ、私は「旧住民」と「新住民」の違いについてが気になっていた。
『……エレーン殿にもこの件は話してみるべきかもしれんな』
『ですね。特に「新住民」たちについては念入りに調べてみた方がいいかもしれません』
『あと「階の塔」についても調査が必要だと思う。クーが言う通りの洗脳装置の可能性も捨てきれない。ただ』
『あのオーナーさんのような「旧住民」に通じていないのが気になりますね』
『ほんまに意味わからへんどす』
「階の塔」と「新住民」たち。
このふたつの関連性の調査こそが、この街の攻略に必須かもしれない、と全員が思った。
『……今日の夜にでも会議でも開いてみるか。そのためにも、もう少し調査をしようか』
『賛成ですわ。でも、このまま纏っても仕方ありませんし、二手に分かれますか?』
『そうだな。いままで通りの二組でそれぞれ調べてみよう。刻限は夕方までにして、集合場所は本拠地としようか。いいか、タマモ?』
『うん、構わない。内容はどうする?』
『そうだな。私たちは「階の塔」についてを。タマモたちは「新住民」についてでどうだ?』
『うん。それでいいよ。ただまぁ』
『うん?』
『なんとなくだけど、同じ内容になりそうな気がするね』
タマモは自身の目に触れながら言った。その理由はタマモ自身から聞いている。
『「先見」の力ゆえか?』
『そんなところ。まぁ、今回は勘の方が強いけど』
『なるほどな。だが、最終的には同じになるとしても、それぞれの視点からの情報は欲しいからな。やはり調査内容は分けておこう』
『了解。それじゃ、いつから動く?』
『注文品を堪能してからだ。ただでさえ、私たちは目立つからな。堪能して一休みをしてという体を取っていないと怪しまれる可能性もある』
『そうだね、同感だ』
タマモは笑いながら頷いていた。
その笑う理由がなんであるのかは聞くまでもなかった。
『とりあえず、一休みしてから調査開始だ。みんな気を引き締めて欲しい』
私がそう言うと、皆は一斉に頷いた。
降って湧いた休日だったが、思わぬ展開になってきたなと思いながら、果たしてどんな結果になるだろうかと、これからの調査に私は気を向けながら、頼んでいたバルナジュースにと手を伸ばすのだった。




