Sal2-26 モデルと高鳴り
人が多かった。
ごった返しとまでは言わない。
だけど、そう言いたくなるほどに、周囲には人々が多くいた。
それも当然か。
私たちがいるのは、主都である「エルシディア」にとってランドマークとも言える場所だった。
一番のランドマークと言えるのは、主都の象徴である王城。
その王城は「エルシディア」の中央に位置していた。
城という拠点を中央に置くのは当たり前のこと。
城の周囲にある城下町が、事実上の防壁として利用できるからだ。
でも、周囲の環境や地形等によっては、中央からあえて外すということもある。
たとえば、四方において崖がある場合などは、その崖を背にする形で城を築くこともある。
崖を登って襲撃するなんてことはほぼありえない。
あるとしても、せいぜいが少人数程度。崖を登って軍が襲ってくることはほぼないと言っていい。
「エルシディア」の場合は、崖はない。せいぜいが私たちが潜入する際に潜伏した切り立った岩山くらいで、後はほぼすべて平坦となっていた。
平坦は平坦でも、広がっているのは荒野だけ。自然というものはほぼ見かけられないほどに、「エルヴァニア」という国は荒れ果てた土地のようだった。
そんな荒れ果てた国土を持つ「エルヴァニア」の主都である「エルシディア」は、主都の周辺とは違い、ずいぶんと繁栄していた。
私たちはいま王城の南側にある広場にいる。
その広場には様々な人々が集まっていた。
大抵は一般階級の人々が、楽しげに笑う人々が今日という日を謳歌している。
その人たち向けなのか、広場の一角では大道芸を行う方々もおり、その見事な芸におひねりを投げていた。
その手にはソーセージの串焼きだったり、ソフトクリームなどの本格的な食事というよりかは軽食がある。
それらの軽食は、近くで開かれている屋台で購入したようで、それらの屋台にも人が列をなしていた。
大道芸が進むたびに、歓声が響き、その度におひねりが宙を舞う。
ある程度大きな都市であれば、普遍的に見られるであろう光景。
その光景を眺めながら、私たちは広場の中央に鎮座するそれの麓にいた。
「……ずいぶんと大きいですね」
「そうだな」
それはずいぶんと背の高い建築物だった。
よく晴れているからか、普段以上に空が高く見えている。
なのに、その空へと向かって高く高く伸びる建築物があった。
それは先の尖った円柱状に伸びる真っ黒な塔のような建築物だった。
「……まるで「アルト」の時計塔ですね」
「そうだな」
私たちの前に聳え立つ建築物は、「ヴェルド」における「始まりの街」と呼ばれた「アルト」の時計塔のよう。
だけど、あの時計塔とは違い、目の前に聳える建築物にはこれと言った装飾が施されているわけじゃない。
ただ天に向かって聳え立っているだけだった。
その聳え立つ様は、塔のようにも見えるのだけど、入り口にあたる部分は一切見かけられないし、上部に登るための階段もなかった。
建築物の四囲を巡ってみたけれど、あるのは一面の壁だけ。その壁が延々と空に向かって続いていた。
塔というよりかは垂直に伸びる柱という方が正しいかもしれない。
柱であれば、入り口がないのはわかる。
だけど、柱というのであれば、いったいなんのための柱なのかがわからない。
「……いったい、なんのためのものなんでしょうね、これは?」
「うむ。見当もつかん」
「……」
「どうした?」
「いえ、いままで「そうだな」としか仰らなかったので、てっきり姉様がそれしか言えなくなったのかと思いまして」
「……おまえなぁ」
私の素直な感想に、姉様は「はぁ」と大きな溜め息を吐かれてしまった。
でも、私がそう思ってしまうのも無理からぬこと。
というか、姉様がいままで「そうだな」としか仰らなかったのも原因なので、私は悪くありません。
「私としても、頷くだけの機械になろうとしていたわけじゃないさ」
「そうなのですか?」
「当たり前だ。そもそも、そういう反応をしていたのもすべておまえのせいだろうが、トワ」
姉様は半眼となられて私を睨まれてしまう。
その視線に私は少しばかり顔を逸らしたが、「顔を逸らすんじゃない」と姉様に無理矢理顔を元の向きに戻されてしまう。少し痛い。
「痛いですよ、姉様」
「当然だな。痛いようにしているからな」
「ひどい人です、姉様は」
「どの口が言っているんだ、どの口が」
姉様は顔をずいっと近づけてくださった。どうやらすっかりとお冠みたい。
でも、そうなるのも無理からぬこと。なにせ、いまの姉様は普段の姉様とはまるで違うのだから。
普段の姉様は、「ドラグニア軍」の軍服を、私と姉様に支給された白い軍服をいつも身につけられていた。
でも、この街に来てからは姉様は軍服を脱がれていた。
曰く、「軍服姿で街を練り歩くことなどできるわけがない」ということ。
まぁ、その通りですけど。
これがもし「ドラグニア軍」の領地内であれば、なんの問題もない。
けれど、ここはいまのところは敵地。その敵地によその国の軍服を着た女性が練り歩けば、どう考えても騒ぎにしかならない。
姉様にとっては苦渋の選択だったのでしょうけど、最終的には軍服を脱がれて私の用意した私服を身につけるようになった。
私が用意したのは、いわゆるワイシャツとスラックスというありふれた格好でした。
そのありふれた格好でも、姉様はいわゆるモデル体型であるため、ありふれた格好でも非常に目立ってしまう。
そこで私は思い立ち、ならば今日は徹底的に目立つような服装を用意しようとしたんです。
そうして用意した今日の姉様の私服は──。
「……なんで、私がこんな無駄にきらきらと輝いた服なんぞ着ないといけないんだ?」
──とってもぴかぴかと光る軍服のような私服です。タマモ様いわく、「ラメ加工」された服と仰っておりました。
おかげで、姉様は動かれるたびにぴかぴかと光られておいで、非常に目立っておりますね。
軍服は軍服でも、さすがにこんなにぴかぴかと光るものは、どの国の軍にもないからなのか、時折見回りの兵士と遭遇しますけど、いまのところ声を懸けられることはありません。
それどころか、率先して顔を背けておりますね。かくいういまも見回りの兵士が来ましたけれど、あ然とした顔をすると、そっと顔を背けて私たちとは別方向にと向かっていきました。
その際、「え、なに、あの人? 怖い」と呟いているのが聞こえました。
その声は姉様のお耳にも届いておいでなのか、姉様は顔を真っ赤にしてぷるぷると震えられています。
「……お、お似合いですよ、姉様、くすくすくす」
「笑うんじゃない!」
姉様は涙目になって私を睨み付けられました。
が、まったくと言っていいほどに怖くないです。
むしろ、涙目になられたおかげで、かえってかわいらしいほどです。
「ふふふ、そんな涙目で睨まれても怖くありませんわ」
「……こんの、性悪妹がぁっ」
ぶるぶると体を震わせて姉様は、私の頬を掴まれました。ちょっと痛いですけど、姉様のおかわいいところを見られたので、私とは特に問題は──。
「見て、すごい」
──問題はないと思っていたところに、なにやら熱に浮かれたような声が聞こえてきました。
なんだろうと思い、視線を向けるとそこにはなにやら、ほぅと熱い息を吐く女性陣がおられました。
「……なんだ、彼女らは?」
「さぁ?」
熱い視線を投げ掛けてくる女性陣を見て、私も姉様も首を傾げていると、女性陣は続けられたのです。
「なんて。なんてお似合いのカップルなの」
「ええ、絵に描いたような美男美女よねぇ」
「羨ましい」
「まるで物語のお姫様と王子様みたい」
「いえ、どちらかと言えば、深窓のご令嬢とご令嬢に仕える騎士」
「いや」
「いやいや」
女性陣はなにやら激しい討論を行われ始めました。
が、その内容はなんともおかしなものです。
というか、美男美女ってもしかしなくても──。
「……どうやら私と姉様を恋人同士と勘違いされた模様ですわね」
「……そのようだな。というか、もしや美男というのは」
「姉様のようですね?」
「……私は女なんだがな」
はぁと大きな溜め息を吐かれる姉様。いまの姉様は例のぴかぴかの軍服を着たうえに、髪を上げられており、たしかに見ようによって男性という風に見られるお姿をされておいでです。
やはりタマモ様曰く「タカラヅカの人みたい」ということでした。その言葉にマドカ様も「納得です」と頷かれていましたわね。
「タカラヅカ」がなんのことなのかはさっぱりとわかりませんでしたが、とにかくいまの格好が姉様にはとてもよく似合っておいでなのは確かでした。
「というか、だな。おまえはなんで平気なんだ?」
「これはこれで楽しいので」
「……そう、か」
ちなみに、姉様だけがぴかぴかとされて目立っているのはと思い、私も今日はあえてのドレスを着ています。
もしかしたら、タマモ様たちが「タカラヅカ」と言ったのは私も含めてなのかもしれませんわね。
なお、私たちはいま例の建築物の前で、ポーズを取っています。
どうしてなのかと言うと、たまたまここまで歩いてきたら、やはりたまたま訪れられていた画家の方がおられたみたいで、「お金を出すので、モデルになってほしい」と頼まれたのです。
まぁ、小一時間ほどであれば、と私も姉様も頷き、こうしてモデルさんになっているわけなんですけど。
画家の方には時折「次のポーズを」と言われ、そのたびにポーズを変えていたのですが、いまは姉様に頬を掴まれているのですが、画家の方は「それです! それでお願いします!」と興奮されながら、いままで以上の速さで筆を動かされていますね。
どうにも姉様の怒りの行動が画家の方の琴線に触れられたみたいです。
「……このままじっとしていないといけないんですよね?」
「……なんでこんな格好が」
「さぁ? そればかりはあの方の感性ですもの」
「……だよなぁ」
はぁと姉様の溜め息が響く。その溜め息を聞きながら、不思議と私の胸は高鳴っていました。その理由についてはまるでわかりませんが、まぁ、いいかと思い、私たちは画家の方が満足するまでモデルさんになり続けたのでした。




