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Act1-ex-2 ある姉妹のやりとり

本日は二話更新です。

まずは一話目です。

 妹が口を動かしていた。


 口を動かしているときは、だいたいが食事中だが今日の「メニュー」はあまりお気に召さないようだ。顰め面になっている。


「……お食事中のところ悪いね、アリア」


 アリアが首を傾げている。口の端からは脚が見えている。


 これが鶏肉の脚であればまだかわいいが、アリアが咥えているのは人の脚だ。


 いや人だったものと言った方がいいか。すでにその脚の持ち主は脚しか存在していないのだから。


「どうしたの? アイリス姉さん」


「どうしたのじゃないよ。今日は姉さんと会う約束でしょう?」


「あ、そっか。忘れていた」


 アリアはえへへと笑いながら、残っていた脚を一気に飲み込んだ。


 自分たちの存在を知る者を消す方法は、それぞれに父から任されていた。


 だがアリアの消し方は見ていてあまり気持ちのいいものではない。


「うぇ、やっぱりまずい」


「まずいなら食べなきゃいいのに。そもそもあなたであれば、別の食べ方があるじゃない。そっちであればまだましでしょうに」


「それはそうだけどさぁ、もったいないもん」


「なら我慢しなさい」


「はぁい」


 アリアはふてくされていた。それだけを見るとかわいらしいものだが、口元が血でべったりと汚れているのは、見る人が見れば心臓が止まりかねないほどの衝撃を与えるだろう。


 一番の衝撃は見目麗しい美少女が、人間を頭から丸のみにするところだが、それ自体はいまさらだ。


「男はやっぱりダメだね。食べるのは女の子がいいな。すごく柔らかくて、甘いもん」


「……まぁ美味しいことは確かだけどね」


「でしょう? やっぱり女の子だよねぇ」


 ニコニコとアリアは笑いながら、口元を拭う。かわいらしい笑みだ。だが言動はその笑顔とは、まるで合っていない。


 しかし男よりも女の方が美味いというのは、同意見ではある。


 男の精気は苦みがある。しかし女の精気はとてもまろやかで後を引く。男よりも自分の好みに合っていることはたしかだ。


 だがいまはそのことを話すよりも、もっと大事なことがある。


「しかし姉さんのお相手はなかなかね」


 姉の相手はなかなかの強さの持ち主だ。父に言われた通り、アリアが適当な捨て駒をぶつけてみたが、なんの障害にもなりえていなかった。


 姉に致死量ギリギリまで血を吸ってもらったはずだったのだが、それでも圧倒的な強さを見せつけてくれた。あれで本調子ではないのだから、本調子のときはどれほどに強いのだろうか。少し興味が沸いた。


「そうだね。小さくてかわいいのに、すごく強いもんね。それにとても美味しそう」


 ぺろりとアリアが唇を舐める。今しがた食事をしたというのに、まだ足りていないようだ。本当にこの妹は大喰らいだ。


「やめておきなさい、アリア。あれは姉さんのものよ? 下手をしたら姉さんが怒り出すわ」


「右手、ううん、指一本だけでもダメ?」


「ダメよ。姉さんが怒るわ」


「ちぇ~」


 アリアはつまらなそうに唇を尖らせた。


 能力は強力だが、この子は見た目とは違い子供だ。


 気に入るとすぐに欲しがるが、すぐに飽きて壊すという悪癖がある。


 物であれば壊すだけですむが、人であれば生きたまま喰らう。さきほどの冒険者のようにだ。


「あなたの悪癖にも困ったものね」


「なにが?」


「あなたが食べた冒険者よ。まだ会って二週間くらいだったのに、何度も夜を過ごしたのでしょう?」


「そうだよ?」


「なのに、もう飽きたの?」


 咎めるつもりはないが、今回ばかりは致し方がない。妹の興味が姉の相手に向いてしまっている。ありていに言えば、運がなかったのだ。


「だってあの子がすごく好みなんだもん。あんな華奢な体なのにすごく強くて、お人形さんみたいにかわいいんだもん。手足を一本ずつ食べていったら、どんなにかわいく鳴いてくれるかな? 手足を食べたら、ベッドに寝かせて飼うの。死にたいって言うまで、犯しながら飼ってあげるんだ。最期には私への愛を言わせながら、脚の付け根から食べてあげるの。あぁ堪らない。堪らないなぁ。姉さん変わってくれないかな? 変わってくれたら、すぐにでもっ!?」


アリアが急に動きを止めた。全身から汗を掻いていく。


 調子に乗りすぎていたのだから無理もない。だが今日ばかりは同情せずにはいられない。


「アリア? いまなんて言っていたの?」


抑揚のない声。いつもの姉の声。しかし今日の姉はいつもとは違う。


「黙っていたらわからないよ? かわいいアリア」


 姉はいつもであれば無表情なのに、今日の姉には表情があった。


 怒りという名の表情が。姉が怒るのを初めて見た。


 そんな姉の怒りを一身に浴びるアリアは震えていた。


 真っ青な顔をして肩を震わせている。


 歯を噛み合わせることができないのか、がちがちと耳障りな音が聞こえる。


 だが姉はまるで気にせず、アリアに詰問していく。


「ダメだよ、アリア? あの人は姉さんの標的なの。姉さんはアリアをかわいく思っているけど、あの人だけは譲れないの。ごめんね?」


アリアの頬を撫でながら、姉が言う。アリアはなにも言えずに頷いた。頷くことしかできなくなっている。姉の力の影響だった。


たとえ力を使っていなかったとしても、いまの姉には敵わない。そう思わせるほどの圧力が全身を打っていた。


 汗が止まらない。逆鱗に触れるというのは、こういうことなのだろう。


「どうしてなにも話さないの? アリア」


アリアの頭に姉が右手を置いた。アリアが小さく悲鳴を上げる。まずい。とっさに姉の右腕を掴んだ。


「落ち着いて姉さん」


「邪魔をしないで、アイリス」


「アリアがお転婆なのは、姉さんもわかっているでしょう? お茶目だと思ってくれないかしら」


姉と睨み合う形になった。アリアの激しい息づかいだけが聞こえる。


 対峙しているだけなのに、汗が止まらない。次々に噴きだしていく。


 目に汗が入り込むが、構わず姉と目を合わせていく。


 一瞬でも逸らしたら終わる。いまの姉には姉妹という言葉は、なんの抑止にもなりえない。


「……次はないよ、アリア」


 しばらくして姉が折れた。どうにか冷静になってくれたようだ。姉が普段通りに表情を消す。


 アリアは姉の相手がお人形みたいだと言っていた。


 たしかにそう見えなくもないほどに姉の相手はかわいらしくはある。


 ただ意味は異なるが、姉もまた人形のようだ。見目麗しいが、感情というものが一切見えない。


 少なくとも「家」にいるときの姉には、感情というものは感じられなかった。


 父の命を淡々とこなす殺人人形。それが自分とアリアの姉だ。


「ありがとうございます、お姉さま」


 アリアが跪く。「家」にいるときのように丁寧な言葉使いになっている。


 しなければ殺されると思っているのだろう。アリアは明らかに怯えている。


 無理もない。アリアよりも長く姉と一緒にいた自分でさえ、さっきの姉は恐ろしかった。


 この人は怒らせるべきではないのだ。


 それでもアリアは怯えすぎだ。たしかに気持ちはわからなくもないが、いまの姉はさきほどの姉のように怒っているわけじゃない。


 さきほどまでとは違ってかなりわかりづらいが、いまは笑っている。


 いつもよりも機嫌がいい。目がいつもよりも楽しそうなのだ。


 だがアリアに言ってもたぶん信じてはくれないし、少しアリアを休ませてあげるべきだろう。明らかに消耗していた。


「姉さま、アリアを先に帰らせてあげたいのですが、よろしいでしょうか? 少々疲れているようですので」


「構わない。アリアは少し休んだらこの国を出なさい。お父さまからの命があるはずでしょう? 次はどこ?」


「アリアは「蠅の王国」に行くようにと言われております。私は「獅子の王国」に行くようにと」


 アリアの代りに答えた。消耗しているアリアでは、まともな返答はできそうにないと思ったからだ。


 アリアの顏はまだ青い。相当の恐怖を姉に与えられたということだ。


「どちらの国も内乱が起きてもおかしくはない状況とのことだけど、気をつけなさいね。特にアリア」


「わ、私ですか?」


「ええ。あなたは少しお転婆で飽きっぽい性格だからね。少し心配なの。間違っても怪我をするようなことはしちゃダメよ? 私のかわいいアリア」


 姉が口角を上げて笑う。その笑顔にアリアは顔を赤くして頷いていた。


 アリアには本当に甘い。見た目も年齢も同じではあるが、中身が少し幼いということもあって、姉にとってアリアは大きな子供として映っているのだろう。あながち間違っていないはずだ。


「はい、お姉さま」


 アリアは嬉しそうに頷くと、一礼をしてこの国の拠点へと帰って行った。その足取りはとても軽やかだった。

続きは二十時になります。

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