Act0-20 初代英雄
結局、デスクローラーからは、大した素材も採取できず、大量にある生ゴミと評されてしまった。だからこそ勇ちゃんは爆笑していた。
「あ、あれだけいれば、その時点で金貨十枚を稼げたっていうのに。それを全部生ゴミにしちゃうんだもの。カレンちゃんは持っているねぇ」
お腹を抱えながら、勇ちゃんは俺の背中を叩いていた。怒っているわけではなく、単純に笑っているからだ。あれだ。人の不幸は蜜の味というところだろう。俺にとっては笑いごとではないのだけど。
「まぁ、初めての戦闘なんだ。このくらいのミスであれば、構わないだろう。死人が出るような失敗ではなく、素材が生ゴミになってしまっただけだ。人命と金であれば、人命を優先するのが当然だろう?」
物思いをやめたアスラさんが言って、お説教は終わった。なぜか俺は戦闘力が高いけれど、まだ冒険者にもなっていないうえに、それが初めての戦闘だった。誰もが最初はひどいものだというのが、アスラさんの言い分で、その言い分が正しいことは、アルゴさんがため息混じりにだが、頷いたことで明らかだった。
「誰もが最初から、目を見張るような戦果を出せれば、誰もが「ベルセリオス様」になれるだろうさ」
アスラさんは最後にそう締めくくった。聞いたことがあるような人命を口にしながら。誰のことだろうと思ったけれど、俺以外の全員が頷いていた。特に顕著なのが、勇ちゃんだった。
「そうだよな。みんながみんなすごいことができれば、誰も「ベルセリオス様」を尊敬などしない。誰もできないからこそ、「ベルセリオス様」の軌跡をみな憧れるんだよな」
勇ちゃんは、目をきらきらと輝かせながら言った。それまでの爆笑から一転し、夢見る青年みたいな顔つきになってしまっていた。あまりの変化に俺は唖然となった。が、それが失敗だったと、この後すぐに俺は知ることになる。
「ああ、そっか、カレンちゃんは、「ベルセリオス様」の偉大さを知らないんだよな」
勇ちゃんは目を輝かせながら、俺の両肩を掴んだ。身の危険をひしひしと感じた。襲われるという意味ではなく、まるで別の意味での身の危険を俺は感じ取っていた。そしてそれは現実のものとなった。
「「ベルセリオス様」というのはね」
そう言って、勇ちゃんが語りだしたのは、大昔の「英雄」の話だった。
数千年前、六人の仲間と協力し、当時の「七王」全員を討った、人類史上最強かつはじめて「英雄」に至った青年だという。現代では、六人の仲間を「六聖者」と呼び、「ベルセリオス」本人を「初代英雄」と呼んでいるらしい。そして勇ちゃんは、その「初代英雄」の熱狂的なファンらしい。それこそ、昔からの友人であるアスラさんが引くほどに。俺の感覚で言えば、「ベルセリオスオタク」というところだろうか。そしてそういう人を前に下手なことを言うと、ヤバいことになるのは、地球でもこの世界でも変わらないことを俺は知ることになった。
「そ、そう言えば、勇ちゃんの名前って、アルク・ベルセリオスだったよね? その「ベルセリオス様」となにか関係が?」
吟遊詩人や書籍から得た知識を、これでもかと教えてくれる勇ちゃんの、「ベルセリオス様講義」から逃れるためにあれこれと考えていたら、勇ちゃんのファミリーネームがベルセリオスだったことを思い出した。なにかしら関係があるのかなと尋ねたのだけど、その質問は完全に藪蛇だった。アスラさんをはじめとした、勇ちゃんのパーティーメンバーが、「あー、それを聞いちゃうかぁ」と完全にやってしまったな、という顔をしていた。実際、勇ちゃんは、待っていました、と言わんばかりにそれまで以上に目を輝かせていた。
「いい質問だね! 実は俺のベルセリオスっていう名前は、もともとの俺の名前ではないのさ!」
「というと?」
「うん、このベルセリオスって名前は、なにを隠そう「ベルセリオス様」からいただいた名前なのさ」
「……数千年前の人ですよね?」
「そうだよ! まぁ、いただいたとは言っても、無断拝借ってところだけど。ただそれは俺だけじゃないのさ! 俺以外っていうか、俺よりも前、いや「ベルセリオス様」以降の勇者はみな、ベルセリオスと名乗ることを許されているのさ。いわば、勇者だけに与えられる「称号」ってところさ! 俺もベルセリオスと名乗りたいからこそ、勇者になろうと決めたんだもの。いや、男の子はみんなベルセリオスと名乗ることを一度は夢見るものさ!」
勇ちゃんの言う男の子であれば、誰もがというのは、まるで地球で言う、「男であれば、ロボットものや特撮ヒーローもので育つものだ」という格言に近い気がする。まぁ、なかにはそういうのが苦手な人もいるみたいだけど、わりと大多数の人はロボットものや特撮ヒーローものが好きっていうのはよく聞く話だから、たぶん、こっちの世界でのロボットものや特撮ヒーローの代りが、「ベルセリオス様」なんだろう。試しにアスラさん、アルゴさん、クラウディウスさんを見やると、苦笑いしながら頷いていた。どうやら勇ちゃんの言っていたことは事実ではあるが、勇ちゃんほど熱狂的というわけではないようだ。ますます勇ちゃんが「ベルセリオスオタク」という説が濃厚になってしまった。
「さて、生ゴミの処分は、その辺の魔物や動物がしてくれるだろうから」
勇ちゃんはにっこりと笑った。その笑顔はとても怖い。その時点ですでに勇ちゃんの「ベルセリオス様講義」は一時間以上続いていた。が、その笑顔を見て、延長されるんだろうな、と気づいてしまった。そしてそれは予想通りだった。
「まだまだ「ベルセリオス様」の話は尽きないんだ。今日は夜通し語ってあげよう」
親指を立てて、勇ちゃんはありがたく迷惑なことを言ってくれた。そしてそのありがた迷惑な話は、実際に夜通し続くことになったのは言うまでもない。その日以降から、下手に「ベルセリオス様」について聞くことはやめようと俺は心の底から誓ったのだった。




