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Sal2-19 いますべきこと

 静かな夜だった。


 夜のとばりはとっくに落ちて、日付はすでに変わっている。


 昼間であれば、地上にある店舗部分は大いに賑わいを見せるも、昼間でもこの地下の本拠地部分は静まりかえっている。


 それが深夜を迎えれば、より静けさを孕むこといになる。


 この拠点に訪れてからまだ数日ではあるけれど、夜が静寂に包まれているのはいつものことだった。


 でも、今夜ばかりは静寂ではなかった。


 正確には、いま静寂が終わりを告げたと言うべきでしょうね。


 いまはもう誰もが寝静まっている時間。


 昼間の店舗での営業のこともあり、夜になると皆部屋に戻るとそのまま寝てしまう。


 中には寝酒を飲んだり、祖国への報告書を認めたりする者もいるでしょう。


 かく言う私と姉様も、いまのいままで「ドラグニア」本国というか、本拠点におられる三陛下への報告書を認めていた。


 なお、この拠点内での私と姉様は、「ドラグニア」本拠点内の私室と同じで同室となっている。


 この拠点の責任者である彼女、エレーン殿からは「おふたりそれぞれの個室を用意できますが」と言われていたのだけど、私も姉様も断った。


 というか、いまさらすぎた。


「ドラグニア」本拠点でも、私室は同室なのだから、この拠点内だけは別室というのは、なんだかいまさらだった。


 それにいまさら部屋を分けたところで、違和感しかない。


 だから、せっかくの申し出ではあったけれど、お断りをさせて貰い、私と姉様はこの拠点内でも同室とさせて貰っている。


 私だって広い部屋でのびのびとひとりで過ごしたいという気持ちはある。


 でも、ひとつの部屋を共同で使うというのもそれなりにメリットはある。


 たとえば、うたた寝をしてしまっても起こして貰えたり、訓練や任務に関しての話し合いを自分たちの秘密裏に行えたりと。


 私と姉様の立場、将軍という立場であるからこそ、同室というのはメリットとなることが多い。


 反面、姉様にあれやこれとお小言を貰うこともあるけれど、デメリットと言えばそれくらい。


 そもそも、お小言だってデメリットとは言えない。


 なにせ、お小言を貰うということは、姉様がちゃんと目の前にいてくださっているということなのだから。


 ……「ヴェルド」では死に別れることになった姉様が、ちゃんと私の前にいてくださっていることにほかならない。


 たとえ耳が痛くなるような内容であっても、それをデメリットとはあまり思わない。


 デメリットの例として挙げはしたけれど、あくまでも一例であり、本当にデメリットとして捉えているわけじゃない。


 ……たまにお小言が「面倒だ」と思うこともあるけれど、本当にたまにだけですから。


 そんな「面倒だ」と思う姉様のお小言だけど、それ以上の「面倒だ」と思う事態が現在着実に進行していた。


 重ねて言うけれど、いまはもう誰もが寝静まっている時間帯。


 だというのに、廊下からは遮二無二に駆けていく足音が聞こえていた。


 その足音は徐々に遠ざかっていき、会議室の方へと向かっていく。


 ほどなくして会議室の扉をやや乱暴に開ける音が聞こえてきた。


 緊急の伝令というわけじゃない。


 むしろ、その手の伝令であれば、すでに大声で叫んでいる。


 でも、足音の主は叫ぶこともなく、ただ駆け抜けていっただけ。


 その時点で伝令ではない。


 そもそも、拠点内を会議室へと逆走する緊急の伝令などあるわけがない。


 緊急の伝令でなければ、足音の主が誰で、なぜこんな深夜に廊下を駆け抜けていったのか。その答えは私と姉様には手に取るようにわかってしまっていた。


「……やはり、面倒事になったか」


 ぽつりと姉様の声が響いた。


「そうみたいですね」と私は返事をした。


 ようやく報告書を認め終え、さて寝るかとお互いにベッドに入り込んですぐに、件の足音は聞こえてきた。


 正確には報告書を認めているときに、部屋の前を横切る足音は聞こえていたのだけど、そのときは気を向けている余裕はなかったし、特に問題もなさそうだったから、スルーした。


 が、いま聞こえてきた足音を踏まえる限り、どうにも問題が起こったようだ。


 ただし、諍いがあったわけじゃない。


 その手の声は聞こえなかったから、単純に居たたまれなくなった結果というところでしょうね。


 姉様も同意見のようで、いかにも「困ったものだ」と言わんばかりに呆れ顔を浮かべられている。


 その横顔を眺めながら、うんうんと私は頷いた。


 同室であるからか、いや、同室にしたからなのか、私たちの部屋のベッドはひとつだけだった。


 いわゆるキングサイズのベッドを私と姉様は共同で使っている。


 同じベッドのシーツに包まれながら、私たちは廊下から聞こえてきた物音に対して、深く溜め息を吐き合った。


「……なにかしらの面倒事が起こるだろうとは思っていたが」


「ええ、まさか、ここまでの事態になりますか」


「うん。まさに想定外だな」


 姉様はやれやれとまた溜め息を吐かれた。私も同じ気持ちだから、姉様の言い分には納得する。


「彼女はなにを考えているのでしょうね」


「さて、な。実際のところは彼女にしかわからんが、少なくとも本人は「よかれ」と思ってやっているんだろうということはわかる。わかるんだが、少々やりすぎだな」


「傍から見ても、やきもきする関係ではありましたから、彼女がお節介を焼くのもわからないではありません。ですが、今回ばかりは」


「あぁ、完全に裏目に出たな」


 そう、彼女の、ここの責任者であるエレーン殿の行動は完全に裏目となっている。


 誰がどう考えても、そのやり口はおかしなものだろう。


 とはいえ、気持ちはわからないでもない。


 それだけ香恋様とアンジュ様の関係は、傍から見るとやきもきするようなものだった。


 香恋様は、明らかにアンジュ様に思慕していた。まだ再会したばかりの私たちでさえもわかっていた。


 ただ、レン様のことがあるからか、レン様とアンジュ様がご夫婦であることが影響しているようで、香恋様はアンジュ様と関係を持ちつつも、それ以上の関係にはなれないと諦めておられた。


 アンジュ様のお気持ちがレン様に向けられているのだから、そこに香恋様が入り込む余地はないと思うのは当然のことで、香恋様が無意識にそれ以上の関係となることを諦めるのも当然だった。


 本来ならば、おふたりが関係を持ったとしても、それはあくまでも肉体的な繋がりまで。精神的な繋がりにはなりえない。


 実際、アンジュ様は香恋様ではなく、レン様を想い続けられているのは、あの方とあまり話をしない私や姉様でも明らかに見て取れる。


 時折、アンジュ様は物憂げなまなざしをすることがあるし、そのときのアンジュ様はベティちゃんでさえも見えていない。


 愛娘であるあの子でさえも見えないほどの相手が、誰なのかなんて考えるまでもないでしょう。


 それがわかっているからこそ、香恋様はいまのところで踏み留まっていた。


 いや、無意識下でそれ以上踏みこまないようにしていた。


 でも、そのブレーキを彼女は壊してしまった。


 ブレーキを壊しつつ、その先に繋がるのをアンジュ様ではなく、自分になるようにと先手を打ったうえでだ。


 非道だとは言わない。


 可能性なんてないことに対して、見切りを付けてあげることは優しさと言ってもいい。


 恋愛関係であればなおさらでしょう。


 ただ、彼女の場合、香恋様を思慕しているわけではないということがこの場合問題なわけだけども。


 そう、エレーン殿は香恋様を思慕しているわけではない。


 彼女が思慕するのもまたレン様なのだから。


 本当にあの人は、と思う。


 タマモ様も大概ではあったけれど、レン様もあまり人のことをとやかく言える筋合いはないほどに、いろいろとやらかしすぎている。


 タマモ様とは違い、レン様の場合は不可抗力というか、よろしくない意味での神懸かり的な可能性が発露するからこそのやらかしではあるのだけど。


 スカイスト様から、レン様と香恋様のご母堂様からこの世界に来てからのレン様のやらかしっぷりを聞かされて、私も姉様も変な笑いをしてしまったほどだ。


 そのやらかしが、いまに及んでいる。


 本当に困った人だ。


 困った人だからこそ、愛されてしまうのかもしれないんだろうけれど。


 でも、その結果、いまの面倒事に繋がっていると思うと、なんとも言えない気持ちになってしまう。


「……レンは本当に困った奴だな」


「ええ、まったくです。お目覚めになられたらお説教ですね」


「まったくだ。こってりと絞ってやらないとな」


 姉様と一緒に笑い合う。


 当のレン様にしてみれば堪ったものではないんでしょうけど、こればかりは自業自得と受けとって貰いましょう。


「しかし、どうするものかな?」


「……そうですね。なるようになるしかないでしょうが、アンジュ様次第ではありますね」


「そうだな。あの方次第か」


「ええ。アンジュ様次第ですべてが決まりますわね」


 そう、拗れた関係に終止符を打てるのは、アンジュ様以外に他ならない。


 アンジュ様がレン様を想い続けられるのであれば、香恋様はそのままエレーン殿と想い合えばいい。


 が、それをよしとしないのであれば、アンジュ様が動けばいい。


 どちらにしろ、アンジュ様次第。


 そのアンジュ様だけど、ご自分の気持ちがどういうことになっているのかは、たぶん気付かれていないでしょうね。


 まぁ、私や姉様が傍から見ただけの話ではあるのだけど。


「やはり、アンジュ様は香恋様を憎からず思われておりますよね?」


「あぁ、たぶんな。だが、そのことにあの方自身が気付いていない。レンがいるのだから当然だろうが、な」


「……香恋様にとっては辛いことでしょうけど」


「そうだな」


 そう、香恋様にとってアンジュ様の気持ちはどうあれ辛いことになるのは間違いない。


 香恋様がお望みになる展開になるによせ、そうでないによせ、香恋様の心が傷付くことは変わらない。


「……私たちにできることは見守り、導くことだけですわね」


「あぁ、それしかないな。そもそも、傍からできることはそれくらいだからな」


「ですね」


 私たちができることはほとんどない。


 この手のことは、本人たちでどうにかするしかない。


 だけど、そのための手助けくらいはできる。


 いや、手助けもできないのであれば、年長者としては恥ずかしすぎるでしょう。


 手助けをするときまで、私たちは私たちのするべきことに集中するべきでしょう。


 それもできなければ、やはり年長者としては恥ずかしいです。


 だけど、いまは──。


「とりあえず、姉様?」


「あぁ。いまはとりあえず寝るか」


「ええ、寝ましょう」


 ──いまは面倒事は後回しにして、寝て体を休めることにしましょう。


「おやすみ、トワ」


「おやすみなさい、姉様」


 香恋様たちには申し訳ないと思うけど、いま私と姉様がするべきことは寝て体を休めること。


 いざというときに備えて、いまはただ体を休めるのが先決なのですから。


 私と姉様はやはり意見を一致させて、揃ってまぶたを閉じた。


 おやすみなさい、とお互いに言いながら、私たちは意識をゆっくりと手放していったのでした。

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