表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1982/2053

Sal2-8 外堀を埋められて

 エレーンがアンジュを真剣に眺めた結果、口にしたのは想定外にもほどがある一言だったわ。


「──メイドさん、ですか?」


「ええ、メイドさんです。ご興味ありませんかね?」


 じっとアンジュを見つめながら、エレーンは熱いまなざしを向けていたの。


 熱視線を受けてアンジュは、少し引き気味になっていたけれど、「えっと、なんで?」と顔を引きつらせて尋ねたのよ。


 アンジュの言葉に対するエレーンの返答はというと──。


「アンジュさんならメイドさんに相応しいと思ったからです!」


 ──アンジュの両手を握りながら、エレーンは目を輝かせていたの。


 なに言ってんの、この人と私が思ったのは言うまでもないわ。


 アンジュも同じ事を思っていたのか、「はぇ?」と珍しく素っ頓狂な声をあげていたわね。


 エレーンの言葉は、正直言って理由になってなかったのよね。あくまでも私にとっては。


 でも、エレーンにとっては、理由になっていたようで、目を輝かせながら、「是非、メイドさんになってください」と熱望したのよ。


 エレーンの熱望とは裏腹に、アンジュの顔はより一層引きつったものになっていたわね。


 引きつるというか、もはや、理解不能ななにかを見ているかのようだったわ。


「えっと、その、なんで私なのかなと思うんだけど」


 またもや珍しく、しどろもどろになりながら、アンジュはどういうことなのかと尋ねていたの。

 

 エレーンはアンジュの両手を強く握りながら、「簡単なことです!」と叫ぶと──。


「アンジュさんほど、メイドさんに相応しい人材はそうそういないと思ったからですよ!」


 ──またもや、理由になっていない理由をぶちまけてくれたのよね。


 アンジュはぽかんと口を大きく開けていたわ。


 そんなアンジュを見て、ベティは「ままは、メイドさんになるの?」とこてんと首を傾げていたわね。


 アンジュは「えっと」と言葉を選んでいたのだけど、それを遮るようにしてエレーンは再び叫んだのよ。


「その通りです! アンジュママはこれからメイドさんとしての道を歩み出すのですよ。そう、永遠に続くメイドさん坂を──」


「……そんな坂道なんて聞いたことありませんけど」


「っていうか、女神様が永遠にメイドさんってどういうこと?」


「そこ! 外野は黙っていてください!」


 エレーンの突飛すぎる言葉を、マドカちゃんとタマモが指摘するも、エレーンは外野扱いして黙らせたのよね。


 エレーンにとって、ふたりの言葉はクリティカルヒットだったのでしょうね。


 もっとも、それで折れるほどエレーンはやわな天使ではなかったのよね。


 ずいっとアンジュに顔を近づけながら、エレーンは、さらなる思いの丈をぶちまけたのよ。


「とにかく! アンジュさんであれば、今世における最高のメイドさんとなれます! 私が保証します! だから、アンジュさん!」


「は、はい?」


「メイドさんに、我が店ナンバーワン、いえ、世界最高のメイドさんになってみませんか!?」


 目を輝かせたうえに、興奮を隠さないまま、エレーンは叫んだの。


 その叫びは、まさに咆哮と言ってもいいほどのもので、地下でなければ、たちまち近所迷惑になっていたであろうものだったわ。


 しかも地下だからか、無駄にエコーが掛かって、何度も反芻してくれたものだったから、やかましいことこの上なかったわね。


「……ばぅ~、うるさいの~」


 ベティは耳を押さえながら、エレーンにと唇を尖らせると、エレーンは「あ、ごめんなさい」と素直に謝ったわね。


 でも、謝ってすぐに、アンジュの両手を再び掴むと、「それでアンジュさん、どうでしょうか!?」とまた叫んだのよね。


「ど、どうでしょうか、と言われても」


 あははは、と苦笑いするアンジュ。その頬は引きつりっぱなしだったわね。


 いや、引きつるを通り越して、もはや恐怖に染まりきっていたわね。


 それだけエレーンの熱量は凄まじかった。


 熱量というよりかは、狂気と言ってもいいくらいだったわ、マジで。


 その狂気を、本来ならはるかに格上であるはずのアンジュに対して向けていたんだから、「やっぱりカレンの嫁になる子って、一筋縄じゃないわねぇ」と思ったわ。


 そうしてエレーンに迫られるアンジュは、だらだらと滝のような汗を搔きながら、「えっとぉ~」と非常に困っていたわね。


 私もできることなら、助け船を出してあげたいところだったのだけど、あまりのエレーンの狂気っぷりに足が竦んでいたわ。


 まぁ、新神とはいえ、女神様を臆させるほどの狂気を見せるエレーンなのだから、足が竦んでしまうのも無理もないことなのかもしれないわね。


「……あ、あの? エレーン様、ですよね?」


 私でさえも足を竦ませるほどのエレーンを前にして、ルクレティアは勇気をふりしぼったかのように声を掛けたの。


 ルクレティアの声に、エレーンは振り返ると、「なんでしょうか?」といかにも平静とした様子で首を傾げたのよ。


 二面性ありすぎでしょう、この子と思ったけれど、それを言うよりも早く、ルクレティアは胸に秘めていた言葉を口にしたのよ。


「なぜ、アンジュなのでしょうか?」


「理由は答えたはずですが?」


「ええ、たしかにお答えいただきました。ですが、それでもあえてお尋ねしたいのです。なぜ、アンジュだけをメイドさんとして指名されるのでしょうか?」


 ルクレティアは実にシリアスなお顔で、そんなおバカなことを言い出したのよね。


 この残念お清楚様はと頭を抱えたくなったわ。


 そう思ったのは私だけではなく、当のアンジュさえも「……ルクレ」と呆れていたわね。


 でも、ルクレティアは無数の呆れの視線を浴びても躊躇することなく続けたのよ。……私たちの斜め上すぎる回答を口にしてくれたのよ。


「たしかにアンジュは圧倒的な美人です。それこそ私では逆立ちしても負けてしまうほどの美人であることは事実です。そのアンジュがメイドさんとなれば……なるほど、たしかに世界最高のメイドさんとして君臨できるでしょう」


 淡々とルクレティアは続けたの。その言葉にエレーンは「ふむ」と頷きながら、仕草だけで続きを促したの。


 その仕草にルクレティアは──。


「ですが、ならばなぜ! なぜ、ベティちゃんもメイドさんに含まれないのでしょうか!?」


 ──くわっと目を見開きながら、そんなおバカなことを言い出したのよね。


 その言葉に全員が「……はい?」と首を傾げるのと、エレーンが落雷を受けたかのような顔を、とてつもない衝撃を受けたかのような顔を浮かべたのよね。


「その手がありましたかっ!」


 エレーンが叫んだ内容に、私は言葉を失ったわ。

 エレーンは「なんたること」と自身の至らなさを責めていたわね。


 そんなエレーンにルクレティアは微笑みを浮かべながら言ったの。


「……私は思うのです、エレーン様。最高のメイドさんと、最高の幼女メイドさんのセットはより映えるのではないかと。むしろ、それなくして世界最高のメイドさんとはなりえないのではないか、と!」


 再び目を見開くルクレティアと、感銘したのか、涙を流すエレーン。


 そのあまりの突拍子もないテンションに、私たちはもう着いていけなくなっていたわ。


 だけど、渦中のふたりは、自分たちの中でだけ話を完結させていったのよ。


「ゆえに、ベティちゃんとアンジュをセットで、母娘メイドさんとして売り出すのが、最上であると私は愚考します!」


 三度目を見開いたルクレティアの一言に、エレーンは「その通りです!」と叫び、アンジュの手を離し、ルクレティアと熱い握手を交わし合ったのよ。


「……こいつら、なんなの、マジで?」


「……残念な人たち、ですかね?」


「……ふたりとも、顔立ちが整っているからより残念さが加速しているよね」


 私とマドカちゃん、そしてタマモが思ったことを言うけれど、すでにルクレティアもエレーンにも私たちの声は届いていなかったの。


 それどころか──。


「ねぇねぇ、まま、まーま」


「な、なあに?」


「ベティ、メイドさん、してみたい」


「……え?」


 ──狂人ふたりのおかげで、ベティが乗り気になってしまったのよね。


 その気になってしまったベティを説得することは難しい。


 その点は、カレンの性質を色濃く受け継いでしまっているせいで、ベティはなかなか諦めてくれないのよねぇ。


 そのことを誰よりも理解しているアンジュは、静かに天を見上げたわ。


 その横顔には色濃い疲労と、諦めの色が浮かんでいたわ。


 その後、アンジュがどう答えたのかは言うまでもないでしょう。


 こうしてアンジュとベティが母娘メイドとしてデビューすることは、なし崩し的に決まってしまったのよ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ