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Sal2-7 勧誘

 カナタが実践してくれた合図によって、私たちは「ドラグニア軍」の潜入部隊の本拠地に辿り着けたの。


 その本拠地こそがメイド喫茶だったというのは、なんともおかしなものだったけれど、よくよく考えてみれば、メイド喫茶も悪いものではないのかと思えたの。


 メイド喫茶というのは、あくまでも見目麗しいメイドさんたちが在籍するお店であって、レジスタンスと関わり合いがあるようなお店じゃないもの。


 むしろ、反抗組織の拠点かもしれないなんて、誰が考えるというのよ。


 少なくとも、私が「エルヴァニア」側の人間であれば、真っ先に可能性からは除外するわ。


 そもそも、どう見ても一般人しかいないメイドさんたちを怪しむ暇があれば、もっと怪しいごろつき連中が屯っている場所を探すわよ、普通は。


 だからこそ、メイド喫茶という隠れ蓑は、あながち悪いものじゃない。


 そう、悪いものではないのだけど、だからこそかえって困惑が勝ったのよね。


「どうぞ、皆さん。粗茶になりますけど」


 そう言って、紅茶を出してくれたのは、エレーン。


 かつて、「竜の王国」の山中にてスカイディアとの決戦の際に、カレンの前でスカイディアに倒されたはずの天使であり、カレンの嫁のひとりだった女性。


 かつてとは違い、エレーンは仮面を被ることなく、素顔を晒していたの。


 でも、その素顔は、「モーレ」だった頃とも、かつてのエレーンとしての顔とも違い、より大人っぽくなっていた。


 体つきも顔立ちに引っ張られているのか、以前よりも女性らしさが際立っていたの。


 まぁ、タマモやマドカちゃんほどではないけれど、少なくともルクレティアよりもグラマーだったわね。


 そのエレーンが、手ずから全員分の紅茶を用意してくれたの。


 ただし、紅茶を出してくれたのは、夜の店内ではなく、バッグヤードの奥から入れる隠し部屋の中でだけどね。

 

 隠し部屋は、バッグヤード内にあるエレーンの部屋の中にあったの。


 部屋の隅にある本棚の裏という、なんともお決まりな扉を潜った先に隠し部屋があるの。


 もっとも、その隠し部屋はブラフ。中にあるのはメイド喫茶の売り上げの一部、本来なら国への上納金として支払うべきものをちょろまかしたもの。要は脱税ね。


 まぁ、その金も本物は表面に置かれている一部だけ。残りはそれっぽく作ったイミテーションなんだけど。


 なら、本命の隠し部屋の入り口はどこかと言うと、エレーンの使っているベッドの下という、これまたベタな隠し場所なのよね。


 まぁ、そのベタな隠し場所もやはり大半はブラフなのだけど。


 ベッドの下の入り口は、地下へと続く階段になっているのだけど、その途中に本命の隠し部屋へ続く扉が隠されていて、私たちが案内されたのもその部屋なのよね。


 ベティは最初から最後まで興奮していたわね。隠し部屋に続くギミックに目を輝かせていたのよ。


 こういうのってわりと男の子が好きそうなイメージなのだけど、ベティもそういう男の子が好きなものを好むことがあるのよね。


 今回の隠し部屋のギミックもベティの感性を大いに刺激してくれたみたいで、アンジュに抱っこされながら、すごくはしゃいでいたのよね。


 はしゃぐベティを見て、エレーンは笑っていたけれど、その目は少し寂しそうでもあったの。


 寂しそうな理由がなんであるのかは、考えるまでもなかったわ。


 そうして本命の隠し部屋へと通された私たちが目にしたのは、「ドラグニア」の本営内にある会議室とよく似た部屋だったの。


 ただ違うのは、会議室の壁には、いくつもの地図が張られていたの。


 地図は王都である「エルシディア」周辺のものみたいで、周辺の情報についてがびっしりと書き込まれていたわ。


 書き込まれた情報は、ルクレティアが「……凄いですね」と感嘆とするほどで、かなり精密な情報ばかりのようだったわ。


 それこそ周辺にある小石の数さえも書かれているんじゃないかしらね。


 そんな本命の隠し部屋は、かなり広大で、表層部にあたるメイド喫茶の敷地すべてがすっぽりと入るほどだったわ。


 当然、そんな広大な隠し部屋が会議室だけなわけもなく、会議室は隠し部屋の一角、いや、会議室は隠し部屋の最初の部屋なのよね。


 会議室からは、他の部屋にも通じる扉がいくらかあったわ。


 逆に言えば、会議室を通らない限りは、他の部屋にはいけないわけ。


 重要である会議室が最初の部屋なのは、どうかとは思ったわ。


 でも、よく考えてみれば、会議室ということは詰めている人は確実にいるし、その護衛もやはりいる。


 会議室を必ず通らないといけないということを踏まえれば、会議室に予め人員を配置しておけば、たとえ表層を突破されても立てこもることは可能なのよね。


 加えて、相手方は狭い階段を通らないと行けないわけで、大勢を一気に送ることが難しいというおまけ付き。


 仮に会議室を突破されても、以降の部屋も問題なく突破できるとは限らないけれどね。


 なにせ、ここに至るまでふたつもブラフを用意するのだから、当然会議室の先も、用意されているであろう脱出ルートは本命以外はブラフだけなのは目に見えている。


 本命以外のルートには人員ではなく、罠でも仕掛けておけば相手方の人員を相応に削れる。


 相手の人員を削っている間に、こちらはまんまと逃げおおせるという寸法。


 まぁ、それでも確実にうまくいくとは言えないけれど、逃げおおせるだけの時間を稼ぐことは十分に可能でしょうね。


 考えれば考えるほど、相手方にとってはなかなか陥落させづらい拠点なのかもしれないわね。


 そんな拠点の最初の部屋の会議室に通された私たち。


 エレーンは相変わらずのメイド服姿で、全員分の紅茶を用意してくれたの。


 ベティにはハチミツ入りのホットミルクだったけれど、ベティは大いに気に入っていたわね。


 そうして各人の飲み物を用意した後、エレーンは会議室の上座に腰掛けたの。


「さて、改めまして。ようこそおいでくださいました。カナタ将軍、トワ将軍。まさか、両将軍がお越しになるとは思っていませんでしたよ」


「それはこちらのセリフだな。メイド喫茶を表層に置いた拠点とは聞いていたが、まさか地下にこれほどの拠点を敷いたとは思っていなかったよ」


「ええ、たった一年でこれほどの拠点をご用意されるとは。さすがは天使様でありますわね、エレーン様」


「お褒めにあずかり光栄です」


 ふふふ、と楽しげに笑うエレーンと、素直にエレーンの手腕に脱帽するトワさんとカナタ。


 三人とも素直な感想を口にしあっている辺り、険悪な関係というわけではなさそうだったわ。


「しかし、両将軍がお越しになるだけでも、十分すぎるほどでしたが、まさか、メア部隊長とティアリ部隊長もご一緒とはね。そして、加えて、ね」


 トワさんとカナタの次は、メアさんとティアリさんに視線を送りつつ、エレーンは私をじっと見つめていたわ。


 私自身エレーンと会話をしたのは、昨日がはじめてだった。


 それまではカレンを通してエレーンがどういう人であるのかを知っていただけだった。


 意味深な視線を送るエレーンに対して、私はなにも言わず、ただじっと見つめるだけだった。


 でも、それも少しの間だけ。


 エレーンは息をひとつ吐くと破顔すると──。


「ようこそ、カレンちゃんのお姉さん」


「……ええ。迎え出ていただき光栄だわ。エレーン」


「こちらこそです。スカイスト様からお教えいただいたあなたよりも、いまはずいぶんと落ち着かれているようですね」


「……以前は、自分でもどうかと思うくらいに荒れていたからね。それもどこぞの愚妹に絆されてからはすっかりと落ち着いちゃったわ」


「そうですか。カレンちゃんらしいです」


「ええ、そうね」


 エレーンは笑っていた。


 笑っているけれど、その目尻にはわずかばかりに光るものが見えていた。


 その理由がなんであるのかは考えるまでもないことだった。


「エレーンさん。おひさしぶりですねぇ~」


「まさか、こうしてあなたとお会いできるとは思っておりませんでしたよ」


「それは、私のセリフですよ。サラさん、ティアリカさん。まさか、「魔大陸」から遠く離れたこの地で再会するなんてね。人生っていうのはわからないものですね」


 サラとティアリカが場を和ませるためか、それともかつての親交を温めるためなのか、そろってエレーンに声を掛け、三人はかつてのように穏やかな会話を始めたの。


 三人とも再会できたことを喜んでいたわ。関係としては三人とも恋のライバルであったけれど、友人でもある。


 その友人同士の会話を私たちはしばらく聞いていたの。


「さて、このまま話をしていたいところですが、こちらにも事情がありますでの、話はまた後日にしましょうか」


 しばらく三人の会話が続いていたのだけど、ふと時計を眺めたエレーンが会話を切ったの。


「事情と言うとなにかあるんですか~?」


「ええ、実を言うと、今日の仕込みがまだ残っていましてね」


「仕込み、ですか? もしやメイド喫茶なるもののですか?」


「はい。意外と繁盛していまして、ある程度の仕込みをしておかないといけないんですよ。今日も先ほどまでは仕込みの途中だったので」


 バツが悪そうにエレーンは事情を語ってくれたの。

 

 ダサい店名ではあるけれど、エレーンのメイド喫茶は相応に人気があるみたいで、先んじて仕込みをしないと間に合わないみたいだったわ。


「そうだったのか? 悪いことをしてしまったかな?」


「いいえ、お気になさらずにです、カナタ将軍。いつもなら何人かのスタッフに残ってもらうのですが、今日はどうにも都合が合わなかっただけですので」


「それでも、おひとりで仕込みは大変でしょう?」


「まぁ、たまにあることですから、慣れましたよ」


 はははと苦笑いするエレーンだけど、その顔には隠しきれない疲労が刻み込まれていたの。


 その様子を見て、アンジュとルクレティアは揃って立ち上がったのよ。

 

「でしたら、お手伝いしましょう」

 

「そうだね。できることがあればいくらでも」


「ですが」


「お任せください。こう見えてもスイーツであれば、プーレリアにも負けませんから」


「スイーツはちょっとだけど、それ以外の調理ならそれなりにできるから任せて欲しいな」


 アンジュとルクレティアの言葉に、エレーンは少し迷っていたけれど、時計を見やり、少し唸ってから「でしたら、お願いします」と頷いたの。


 結果から言うと、仕込みの手伝いをしたのはふたりだけではなく、私とルリとベティ以外の全員が行い、瞬く間に終了したのよね。


「……こんなにも早く終わるなんて。想定外です。ありがとうございます、皆さん」


 エレーンは嬉しそうに笑っていたのだけど、すぐに申し訳なさそうな顔をしてアンジュを見つめていたの。


 アンジュが「なにか?」と尋ねると、エレーンは再び唸った。唸ったのだけど、すぐに「アンジュさん」と声を掛けて、彼女が口にしたのは──。


「メイドさんにご興味ありませんか?」


「……はい?」


 ──まさかの内容だったのよね。

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