Sal2-5 喫茶店
「ドラグニア」軍の潜伏場所は、大通りから外れた路地裏にあった。
カナタがメモを片手に潜伏場所を確認し、トワさんも同じようにメモに書かれた住所と目の前の建物を確認し、間違いないと断言されたの。
そうして断言された潜伏場所というのは──。
「……本当に、ここ?」
──私にとっては、想像を絶する場所だったわ。
私だけじゃなく、ほぼ全員が絶句していたわね。
特に、タマモとマドカちゃんは「はぇ?」と、間の抜けたような声を出してるし。
でも、そうなるの無理もない。
だって、目の前にある建物は、私たちの想像の埒外にあると言ってもいいものだったの。
埒外と言っても、見た目はそこまでおかしなものではないの。
たとえば、露出の多いセクシーな服を着たお姉さんのイラストが描かれていたりとか、一時間でいくらですよという値段が張られていたりとかの、あからさまにいかがわしいお店というわけではないの。
むしろ、見た目は純粋な喫茶店のように見えるわ。
そう、目の前にあるのは「「喫茶店」といえば?」と言われたら、誰もが想像する古き良き喫茶店、いわゆる昭和レトロな喫茶店のように見えるのよね。
入り口側は一面のガラス張り。ガラスの向こう側には質のよさそうなカーテンが掛かり、上質なテーブルとソファーが置かれているの。
テーブルとソファーが置かれているのは一環所だけではなく、窓から見える範囲すべてに等間隔で置かれているわね。
壁は白で統一されており、ところどころに花の刺繍が施されていて、少し派手ではあるけれど、他の調度品と合わせると、そこまでおかしな雰囲気はない。
そんな壁とは真逆に、床は黒い絨毯が敷き詰められていて、昭和というには少し無理があるわね。
でも、シックな色の絨毯はかえって大人っぽさをかもちだしてくれているし、それに壁の白と床の黒のコントラストはツートンカラーみたい。
壁と床だけを見ると昭和感は薄いけれど、ふたつを合わせてみると、昭和レトロ感が深まったように思えるわね。
そのうえ、壁にはいかにもなアンティークなランプが備えられていて、大人っぽさをより強調しているように思えるわ。
ランプがあるのは、壁だけではなく、カウンター席ひとつひとつにもあって、ランプもまたお店の雰囲気をかもち出すためのアイテムになっているようね。
窓の外から見る限り、「ドラグニア軍」の潜伏場所は、昭和レトロな純喫茶という風に見えるわ。
……あくまでも看板を見なければ、ね。
看板さえ見なければ、目の前にあるのは昭和レトロ満載な純喫茶なのだけど、看板を見たら、昭和レトロ感さんは、あっさりとテイクオフされるのよね。
その看板をちょうど私が背負っていたルクレティアが、不思議そうな声色で読んでくれたわ。
「「メイド喫茶「天使☆天資☆天賜」ですか? 喫茶はまだしも、「メイド喫茶」ってなんでしょうか?」
昭和レトロ感満載な純喫茶は、まさかのメイド喫茶だったのよ。
それも看板と名前と星にはそれぞれ別の色で書かれているという、とてもカラフルな看板でね。そのうえ看板に一番人気さんであろうメイドさんのイラストが添えられているというおまけ付き。
「「「……だっさ」」」
店名を読んで、私とタマモ、マドカちゃんは異口同音の感想を漏らしていたわ。
まだ天使はいい。百歩譲って天使はいいわ。
でも、天資と天賜はどこから来たのよ?
というか、なんで「てんし」って言葉を重ねているのよ?
ゴリラの学名みたいになっているじゃない。
なに? この潜伏場所になっているはずの喫茶店の店長さんは、天使コスのゴリラとでも言いたいわけ?
その思考ごと握りつぶされちゃいなさいよ! と私が心の中で突っ込んだのは言うまでもない。
でも、事情を知らない、この世界の現地民的には私たちの衝撃を理解できないみたい。
まるで代表のように店名を読んだルクレティアは「メイド喫茶」という言葉に疑問を抱いているようだし。
いや、ルクレティアだけじゃなく、私とタマモ、マドカちゃんの三人を除いたほぼ全員が「メイド喫茶」がどんなものかを理解できずにいるわね。
「ほう、これがメイド喫茶か」
「お噂には聞いていましたけれど、こういうものなんですのね」
「うむ。興味深いものだ」
「まったくです」
私たち以外は理解できないと思っていたのだけど、どうも勘違いだったみたい。
まさかの蝶姉妹が理解を示してくれたわ。
「ちょっと待って。本当に待って。マジで待って」
……あまりの展開に私までもが三段活用しちゃったわ。
これもすべてゴリラ、いや、「てんし」のせいよ!
「ゴリラ、じゃなくて、なんでメイド喫茶を知っているのよ!?」
「か、香恋、気持ちはわかるけれど、抑えて抑えて」
「あ、ご、ごめん。つい」
「……大丈夫です。香恋様のお気持ちはよくわかりますから」
「うん。私も同じ気持ちだよ」
タマモとマドカちゃんが理解してくれて、ちょっと嬉しい。
嬉しいのだけど、いまはどうしてこんなトンデモ店舗が存在しているのかという方が重要であり、その存在をファンタジー世界の住人である蝶姉妹が知っているのかということなのよ!
「なんでと言われてもな」
「ここの店長、というか、この部隊の隊長が報告をしてくれたからですね。その方はスカイスト様から教わったと仰っておりましたね」
「うちの母さんが?」
「ええ。……すごい熱量で、ちょっと怖かったそうですよ?」
「……あー」
「なるほどねぇ」
「スカイスト様なら、そうなりますよね」
私とタマモにマドカちゃんは、トワさんの言葉に頷いてしまったわ。
たしかに、うちの母さんならメイド喫茶のなんたるものかを熱く語りそうだわ。
というか、宏明兄さんのメイドさん好きなのって、母さんからの遺伝なのかもしれないわねぇ。
ありえそうで怖いんですけど。
「……とりあえず、あの、裏手に回りませんか? ここだと目立ちそうですし」
「そうだね。たしか、裏手のドアで合図を出すんでしょう?」
私たちが驚愕としていると、ルクレティアとアンジュが裏手に回ろうと言い始めたの。
たしかに、いつまでも表にいても仕方がない。
大通りの裏手にある路地とはいえ、いつまでも大人数が屯っているのも問題よね。
「では、こっちだな」
カナタが先頭に立って、裏手へと回っていく。その後を追いかけていくと、カナタは一度角を曲がったの。
店舗の裏手には、左手側にある角に入り、その先にある表側からは見えない角を曲がってすぐのところに、店員用の通用口があったの。
その通用口の前にカナタは立っていて、私たちが追いついてくるのを待っていたの。
「いいか、これからする方法を憶えていてくれ」
カナタは真面目な顔で言うと、ドアに向かってノックを四回、それを三度続けて行ったの。
すると、通用口ではなく、脇の壁の一部が突如としてわずかに開いたの。
「……ご用件は?」
「「母なる大地とともにあらんことを」」
「……少々お待ちください」
開いた壁の一部が閉じ、次いで通用口が開いたの。
その通用口にいたのは、ひとりのメイドさんだったわ。
それもとても見覚えのあるメイドさんが、ね。
「エレーン?」
「……初めまして、でいいのかな? カレンちゃんのお姉さん」
通用口に立っていたのは、かつてカレンが失ったひとりにして、天使として生まれ落ちたエレーンだった。
エレーンは私を見ると、悲しそうに眉を顰めながら、穏やかに笑いかけてくれたの。




