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Sal2-3 潜入

「エルシディア」への潜入は、そこまで難しいことじゃなかった。


 私たちが潜伏していた北方の岩山から見える、「エルシディア」の北門周辺には、警備兵がほとんどいなかったの。


 最初は警備兵の交代の時間なのかと思っていたけれど、いざ岩山を降りようとして、ようやく警備兵がいない理由についてがわかったのよ。


「……なるほどね。これなら警備兵なんてほとんど配置しないわよね」


「……少なくとも、これでは私でも警備兵の数は減らしますね」


 警備兵がいない理由についてを確認し、私とルクレティアは揃って頷いたわ。


 盲点と言えば盲点ではあったけれど、同時に致し方がないかとも思ったわね。


「……ばぅ~。したがみえないの」


「ベティ。あまり乗り出すと危ないよ」


「はーいなの」


 警備兵がいない理由、というか原因を眺めながらベティが尻尾を丸めていた。そんなベティをアンジュはひょいと抱きかかえながら、ゆっくりと後退していったわ。


 アンジュと一緒に後退しながらも、ベティの丸まった尻尾が元通りに戻ることはなかったわね。


 とはいえ、それも無理もないわ。


 だって、私たちの眼下にはまっすぐに伸びた崖が見えているのだから。


 しかも麓が見えないほどの高さの崖がね。まぁ、麓が見えないという点に限って言えば、単純に夜だからということもあるけれど、それと同じくらいに高すぎるということも理由なのよね。


 そしてその高すぎる崖こそが、警備兵が北側にはほとんどいない理由だったの。


 わたしたちがいまいる岩山は、「エルシディア」の北側にあるのだけど、「エルシディア」の北側、つまり北門の外には岩山くらい目立ったもものはないの。


 そしてその岩山に私たちは潜伏しているの。


 ガリオンさんの背に乗って来たからこそ、ちょうど停泊できる程度のスペースがあったから、たまたま降り立っただけだった岩山。


 でも、まさか、その岩山が、岩山とは名ばかりの、四方が切り立った崖だったとは思わなかったわね。


 そう、私たちが降り立ち、潜伏していたのは、もはや岩山というよりかは、崖と言った方が正しいほどの場所だったの。


 それもただの崖ではなく、切り立ったような垂直に伸びた崖よ。


 切り立っているため、当然登れるような場所はない。よしんば登れたとしても足を踏み外せば、そのまま垂直落下することになるような崖が四方にあるの。


 当然「エルシディア」側も、この崖のような岩山については理解していることでしょう。


 理解しているからこそ、人が潜伏するような場所とは考えない。


 そんな崖のような岩山しか北側にはない。


 となれば、そんな僻所にわざわざ大量の警備兵を配置する必要などない。


 これに関しては「エルヴァニア」のタヌキだからではなく、ルクレティアも警備兵を減らすと断言するほどだったわ。


 私だって限りある兵を、潜伏場所など存在しないであろう僻所に、警備兵をまともに配置などしないわよ。


 逆に言えば、だからこそ盲点が生じるわけだけど、普通は盲点だと理解したところで、「では、実際にどう活用すればいいのか」という疑問が立ち上り、その疑問に対する答えなんて早々浮かぶわけがないのよ。


 っていうか、その時点で詰みでしょうね。


 私たちだって、ガリオンさんという反則技があったからこそ、潜伏できていただけで、もしガリオンさんが空飛ぶ幽霊船なんてトンチキじみた存在にならなかったら、この岩山を利用しようなんて考えもしなかったでしょうね。


 それは「エルヴァニア」側も同じ。


 王都の警備という点で言えば、警備の穴ができるものの、警備する意味のない場所に、限りある兵を多数配備するわけにもいかない。


 となれば、警備兵の数を、配備する警備兵の人数を減らすというのは至極真っ当な答えとなるのよね。


 でも、それが私たちにとっては、事実上の福音となったのよ。


 北側の門には警備兵はいなかった。


 近くにある詰め所からは、警備兵たちの笑い声が聞こえてきたので、配備されてはいるの確実だった。


 でも、警備兵も北門は、僻所と考えているからなのか、警備自体をサボっていたの。


 そんなことをしていたら、上司に知られたら叱られそうなものだけど、それもルクレティアやイリアが言うには「無理もない」ということだったわ。


「門の警備という意味合いであれば、重要性は非常に高くはあります。ですが、ここの門のように、門という体をなしているだけの場所に配備されたということは、その程度の場所という風に上からは思われているということでしょう」


「同時に、そんな場所に配備されるということは、まともに仕事をするような兵ではないということでもありますね。不真面目かつ練度も低い兵が集中する場所。つまりは掃きだめのような場所というところですか」


「……要は問題児だけが集まっていると?」


「そういうことですね」


「だからこそ、上司が視察に来るなんてことはほぼありえません。掃きだめにいる連中を視察したってなんの意味もありませんからね」


「……なるほどね」


 ふたりの言葉に私はしみじみと頷いたの。だって、まさにその通りとしか言えない状況だったんだもの。 


 そのときの私たちは、岩山から降りて、北門から見える場所に立っていたの。


 それも数人でではなく、北門の前に全員で立っていたのよ。


 なのにも関わらず、詰め所から警備兵がやってくる様子はなかった。


 その時点で仕事なんてまともにやらない連中がここには集まっているということなのだけど、まさか警備兵にそんな連中がいるとは考えていなかったので、いくらか驚かされてしまったわ。


 驚く私を見て、イリアもルクレティアも顔を見合わせて笑っていたわね。


 とにかく、警備兵も不真面目なおかげで、私たちの潜入はすんなりと行えたのよ。


 最初に蝶姉妹が鍵縄を手にして門の上部に飛び、あとの面々はその鍵縄を頼りにして壁を昇っていったの。


 正直なことを言うと、この時点で気づかれるかもとは思っていたのだけど、詰め所から警備兵が出てくることはなかった。


 それどころか、門の上部にある通路にも兵が訪れることもなかったの。


 門の上部にある連絡通路は東西南北をぐるっと一周する形で構成されているのだけど、どういうわけか北方まで来る他の警備兵たちは一切見かけなかったの。


 どうやら北側だけを省くようにして巡回ルートが作られているみたいだったの。


 実際、ある程度近くまで巡回しているであろう警備兵の持つ松明の光が見えたけれど、その光はある程度のところで折り返していったの。


 しかもそれがひとりだけではなく、ほかの警備兵も同じだったのだから、北門が警備兵の掃きだめであることは間違いないことのようだったわ。


「……まさにザルね」


「だからこそすんなりと潜入できるんだけどね、っと」


 上部の連絡通路から街の内部に、私はルクレティアを背負いながら降り立ったわ。


 降り立ったのは、誰もいない路地。街の喧騒からも離れた住宅街だったわ。


 本来ならもっと人の気配もしたのでしょうけど、日付が変わるくらいの時間帯だったこともあり、住宅街は静まりかえっていたの。


 そんな中で、私たちはできる限り音を消して、次々に街の中へと入っていった。


 先陣を切ったのは私。というか、連絡通路にあがったのも最後が私だったので、今度は私が先陣を切って街中に潜入することになったのよ。


 ルクレティアを背負っていたのは、さすがのルクレティアでもウォールクライミングは無理そうだったので、私が背負ってあげることにしたの。


 ルクレティアは最後まで「申し訳ないです」と謝っていたけれど、私は「気にしないでちょうだい」とだけ言ったわ。


 今回のことは単純に向き不向きがあっただけで、ルクレティアがなにかやらかしたわけじゃなかった。


 謝られるようなことはなにもなかった。だから、ルクレティアが気にすることではなかった。それだけのことなのだから。


 それでもルクレティアは申し訳なさそうにしていたけれど、「なら今度軍学でも教えてちょうだい」と言ったら、「そんなことでいいなら、是非に」と言ってくれたわね。


 正直軍学にはあまり興味はなかったけれど、そうでも言わないとルクレティアが引っ込まなかっただろうから、仕方がなかったのよ。


 ただ、そのせいで面倒な約束をすることになってしまったけれど、必要経費ってところかしらね。


 私とルクレティアの次に降り立ったのはベティを抱っこしたアンジュで、「香恋さんがルクレを口説いている」なんてバカなことを言ってくれたわ。


 なに言っているのよ、この女と思ったのは言うまでもないわ。


 ルクレティアも「なにを言っているの」と呆れていたけれど。


 とはいえ、それ以上騒ぐのはさすがに問題だったこともあり、その後は黙ってみんなが降りてくるのを待ったの。


 アンジュ以降はこれと言った問題もなく、みんなそれぞれに降りきて、最後に降りてきたのが蝶姉妹だった。


 もう少し苦戦するかと思った潜入は、思いのほか、あっさりと終わりを告げたのよ、


「……まぁ、とにかく。潜入班との合流をしよう」


「そうですね。いくら警備がザルだからといって、いつまでも姿を見せたままなのはさすがに問題でしょうし。移動することといたしましょう」


 最後に降りてきたトワさんとカナタが先導して、私たちはその場を離れたの。


 もちろん、全員が全員警戒をしながら、先んじて潜入している「ドラグ二ア軍」の元へと私たちは闇の中を静かに、でも、素早く移動していったのよ。

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