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Sal1-44 見送りの時

 タマモとマドカちゃんによる寸劇とともに穏やかだけど、騒がしい朝食は無事に終わった。


 無事にと言っていいのかどうかは、微妙なところではあるのだけど。


 でも、誰も彼も身体的に傷付くことなく、終わりを告げられたことは事実ね。


 ……マドカちゃんは精神的に痛めつけられてしまったけれど、それでも無事に終わったことはたしかね、うん。


 ほぼ満席に近かった大食堂の中は、私たちが席を立つ頃にはがらんどうとしていた。


 どの部隊の人たちもゆっくりと食事を取っていたのだけど、ある程度の時間が経つとそそくさと席を立っていたの。


 集合時間が、と誰もが口々にしていたことを踏まえれば、それぞれの部隊での集合時間が定められていたみたいね。


 土轟王様は朝にと仰っておられたけれど、土轟王様がお越しになる前に集合しておこうということなんでしょうね。


 私たちの場合は、時間の指定はされなかった。ただ、ヨルムさんが来たら土轟王様の準備ができたということになっている。


 そのヨルムさんがつい先ほど、大食堂に現れたのよ。


「お迎えにあがりました」


 いつもの老執事然とした佇まいをしながらも、ヨルムさんからは独特の気配が漂っていた。


 緊張によるものなのか、それとも血気が溢れんばかりに盛んになってしまっているのかはわからない。


 それでも、普段とはまるで違うヨルムさんが現れたのよ。


「これは大事よね」と私たちが気を引き締めようとしたのだけど──。


「……本当はもう少しゆっくりとしていただく予定だったのですが」


 ──とヨルムさんが苦笑いされたことで、私たちは全員揃って「え?」とあ然となったわ。


 だって、昨日の段階では、ヨルムさんが迎えに来たら準備が完了したという話だったの。


 なのに、いざ今日を迎えたら、巻きになったと言われれば「どういうことだろう」と思うのは当然よね。


 なにか理由でもあるのかしらと思っていると、タマモが「……まさか」と顔を苦々しそうに歪めたのよね。


 その表情を見て、私とマドカちゃんは「あ」と声をあげたのよ。


 ……とても身に覚えがある、というか、ありえそうな光景が思い浮かんでしまったからね。


 というか、タマモが顔を苦々しく歪めることなんて、早々あるわけがないのよ。


 あるとすれば、それは身内の恥というか、居たたまれないほどの恥ずかしさゆえというか、ね。


「……そのまさか、ですな。お二方が「待つのが面倒」と仰られましてなぁ」


「……なる、ほどね」


「らしいと言えば、らしいんだけど」


 ヨルムさんが溜め息交じりに口にされた一言に、私とアンジュは苦笑いを浮かべた。


 苦笑いしているのは私たちだけではなく、タマモとマドカちゃんを除いたほぼ全員が苦笑いを浮かべていた。


「……はぁ、お爺さまは」


「姉様、大丈夫ですか?」


「……うん、大丈夫。ちょっと頭が痛くて、ちょっとお腹がきりきりと痛んだだけだから」


「……それはもう大丈夫とは言わないと思いますけど」


「……大丈夫だよ。アンリとエリセの板挟みに、嫉妬に狂っているときのふたりの板挟みに遭うときよりかは、だいぶましだし」


「……それを聞かれたらおふたりがお怒りになられると思いますよ?」


「ははは、大丈夫だよ。話せばきっとわかってもらえるさ。そう、話せばきっと。……ははは」


「……姉様」


 タマモは力なく笑っていた。笑っているのだけど、その目にはもう光はなく、ずいぶんと空虚な笑みだったわね。


 そんなタマモにマドカちゃんはほろりと涙を流していたわね。


 話の内容はタマモの言う通りなんだろうけれど、マドカちゃんの指摘も間違っていないのよねぇ。


 というか、本当にアンリちゃんとエリセさんが聞いていたら、怒りに怒っていた可能性が高いわ。


 ふたり揃って、とてもいい笑顔で、「旦那様?」ってそれぞれにタマモの肩をこれでもかと握りしめていたでしょうね。


 ……その光景を幻想していたら、なぜか私のお腹もきりきりと痛み始めたけれど。


 私にはタマモやカレンのように嫁はいないのだけど、この体はカレンのものでもあるから、たぶん反射的に痛み始めたのかもしれないわね。


 ……考えてみれば、カレンもタマモに負けず劣らずの大変な嫁たちに囲まれていたのよねぇ。


 タマモの場合はふたりだけだったけれど、カレンの場合はその何倍もいたわけだから、そりゃ反射的にお腹が痛くもなるわよねぇ。


 いま思えばカレンには、もう少し優しくしてあげたほうがよかったのかもしれないわね。


 起きたときには目いっぱい優しくしてあげようと決意するまでに時間はさほど掛からなかったわ。


「それでは、参りましょう」


 ヨルムさんに促され、私たちは揃って席を立ったの。


 そのときには全員が朝食を取り終え、まったりとしていたの。


 すでに片づけも終えていて、後はヨルムさん待ちであったからね。


 調理場の方も洗い物を終えて、談笑タイムだったようで、私たちが席を立つのと同時に、板長と女将さんを先頭にして全員が見送りをしてくれたの。


 すでに大食堂内にいたのは、私たちグループだけ。


 調理場もすでに一仕事を終えて、談笑を始めていた頃合いだったこともあり、板長と女将さんを先頭にして全員が調理場から出てきてくれたのよ。


「俺らにできることは、飯を作ることだけだ」


「だからこそ、せめてお見送りはさせてください」


「姉弟子方の武運長久をお祈りいたします!」


 板長、女将さん、ハーンさんの順番で一礼をしてくださったの。


 他の人たちもハーンさんの一言を合図にしたように、一斉に「武運長久を」と言ってくれたのよ。


 私たちだけが戦うわけではない。ハーンさんたちもわかっていることだけど、それでもハーンさんたちの気遣いは嬉しかったわ。


「ええ、行ってきます、ハーンくんたちも頑張ってください」


「タマモは必ず連れて帰ると約束するわ」


「姉様だけじゃありません。全員でまた戻ってくることを約束しますよ」


 ハーンさんたちに私とタマモ、マドカちゃんは声を懸けると、ハーンさんたちは「はい」と声を揃えて頷いてくれたの。


「板長、女将さん。行ってきますね」


「あぁ、頑張ってくんな、狐ちゃん」


「無事に帰ってこられることをお待ちしていますね」


 ハーンさんたちの次に、タマモは板長と女将さんに挨拶をしたの。


 タマモは穏やかに笑っていた。板長も女将さんも笑っていた。


 でも、タマモとは違って、おふたりの笑顔には少しだけ影はあった。


 無事に帰ってくることが、どれほどに難しいことなのかは誰もがわかっていた。


「もしかしたら」の可能性は誰にも例外なくありうること。 


 その「もしかしたら」がタマモの頭上に降りそそぐ可能性は否定しきれなかった。


 だからこそ、板長も女将さんも曇った笑顔を浮かべていたのよ。


 おふたりの娘さんであるマリーさんとタマモは少し年齢は離れているけれど、それでも近い年齢であることには変わらない。


 娘と近しい年齢のタマモの身を案じるのも、当然ではあるのよね。


「必ず戻りますよ。だって私は神様ですからね。神様は嘘を吐かないのですよ」


「……そうさな。わかった」


「ええ。そうですね」


 おふたりはタマモの言葉に一瞬あ然としたけれど、すぐにおかしそうに笑うと、お互いを見合い、頷き合うと、声を揃えられたの。


「「行ってらっしゃい」」


「はい、行ってきます」


 タマモはおふたりに敬礼をし、おふたりはタマモをじっと見つめていた。


 その光景は歴史の授業かなにかで見た、第二次世界大戦の、戦地に向かう我が子を見送る親御さんの写真とそっくりだった。


 考えようによっては、私たちがしようとしていることも世界大戦だった。


 ただ、違うのは相手取るのが国ではなく、この世界を支配する神であること。


 堕ちた神を打倒することを目的とした戦であるということだった。


「参りましょう」


 ヨルムさんが再び声を懸けてくれた。


 その声に私たちは揃って返事をし、板長と女将さんたちに見送られながら、大食堂を後にしたのよ。

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