Sal1-37 祈りを捧げて
清純という言葉がある。
清く純粋という言葉の通り、清楚な女性に対して使われる類いのもの。
ルクレティアも当初は清楚系な美少女だったこともあり、清純という言葉を体現しているように思えたものだわ。
……まぁ、いまとなっては、それがただの幻想であったことは言うまでもないのだけど。
その点、いま目の前にいる円香ちゃんは、清純という言葉をこれでもかと体現していると言えるわね。
「──どう、でしょうか」
真っ白な上衣とズボンタイプの緋袴。長めの髪は高い位置でポニーテールでまとめている。
タマモを凛としたいうのであれば、円香ちゃんは艶やかに見えるわね。
その一方でひどく緊張した様子で、彼女は私たちの前に立っているの。
身につけているのは、湖水で濡れる前の「マドレーヌ」の装備ではなく、タマモの予備用の巫女服。
かつてのタマモや、エリセさん、アンリちゃんも身につけていた巫女服とデザイン自体は酷似している。
ただ違うのは、下の袴がズボンタイプのもの、たっつけ袴と呼ばれるタイプのものというくらいかしら。
巫女服というには、少々趣が異なるものだけど、タマモにはよく似合っていたし、円香ちゃんにもまたよく似合っていた。
ただ、ふたりの似合うはそれぞれ意味合いが異なるわけだけども。
タマモの場合は、なんというか、武士って感じがするのよね。要はカッコよさが先行しているって感じなの。
では、円香ちゃんはと言うと、タマモの逆なのよね。
円香ちゃんの場合はかわいらしさが先行しているというべきなのかしら?
同じ服装であるはずなのに、女性らしさが際立っているって感じね。
和装がわりと体のラインが出やすいというのも、拍車を掛けているのかもしれないわね。
円香ちゃん本人としては、どう反応すればいいかわからないことでしょうけども。
円香ちゃんにとってみれば、自分の体つきのことは場合によってはコンプレックスになっている可能性はある。
なにせ、この場ではタマモに続くほどのスタイルの持ち主であり、同年代であるはずのルクレティアが「完敗」と認めるほどだものね。
……まぁ、正直なことを言えば、そもそも勝負をしていないのだから、敗北もなにもない。
それでも、乙女としては気になってしまうのでしょうね。
……かく言う私も、その乙女の端くれではあるのだけど、どうにも自分のスタイルということに関しては無頓着というか、気にならないのよね。
この世界に来るまでのカレンもわりと気にしていたけどね。
だけど、私から言わせれば、半神半人の短所が、人と神のデメリット部分をなぜか集中的に背負ってしまった以上、仕方がないかなぁと思うのよね。
もっとも、当時のカレンにしてみれば、自身が半神半人であることを知らなかったのだから、発育がすこぶる悪いことを気にしてしまうのは、ある意味当然だったかもしれない。
そんなカレンとは違い、円香ちゃんは当時のカレンが羨むレベルで発育が著しいようね。
女性の場合、和装は胸が大きいことはデメリットになるのだけど、円香ちゃんはなぜかデメリットになっていないのよね。
むしろ、かえってメリットになっているように見えるのはどうしてかしらね?
おかげで、ベティやフブキちゃんは絶賛しているし。
ルクレティアは、完敗を認めて項垂れているし。
アンジュはと言うと、息を呑んで目を奪われていた。
その様子はいつものアンジュとは異なっていた。
なんというか、ありえないものを見ているように思えるのよね。
それこそ、思わぬところに思わぬ存在がいたというか。
……もしかしたら、という可能性が頭をよぎった。
アンジュの反応を見て、不意に思いついた程度のものなのだけど、可能性としてはありえるかもしれないわね。
その可能性を前提として、改めて円香ちゃんを見やると、感じ入るものがたしかにあった。
もし、この場にいるのが私ではなく、カレンであれば気付かなかったでしょうけどね。
とはいえ、私もよく目を凝らして見てようやく気付けたレベルだから、仮にカレンが気付けなかったとしても無理もないわね。
それくらい、いまの円香ちゃんは定着しているのだから。
新しい神として、この世界に定着してしまっているのだもの。
カレンが知れば、「どうして」とか「なんで」と言い募ったでしょうね。
無理もないわ。
神になるということは、人であることを捨てたということなのだから。
どうして人を捨てたのかまでは私にはわからない。
ただ、人を捨ててでも神にならなければならなかった理由が、彼女にはあったのでしょうね。
その決意と覚悟が彼女を彩っている。
元々の見目の美しさと女性らしい体つき、そしてその心の有り様が噛み合って、いまの彼女を形成している。
アンジュが息を呑むのも当然よね。
思いもしなかったところに同胞を見つけたのだから。
そして、そのことはタマモはとうにわかっている。
もしかしたら、着替えとして連れて行ったときに、そのことを話していたかもしれないわね。
私の知るタマモであれば、まず間違いなく、円香ちゃんを叱責するでしょうし。
タマモがどれほど円香ちゃんをかわいがっていたのかは、「ヴェルド」の頃から知っている。
あまりにも円香ちゃんをかわいがるものだから、希望は嫉妬し、もともとタマモに憧れていたユキナちゃんは羨望するほどだったもの。
かわいい妹分である円香ちゃんが、人であることを捨てて、自分と同じ神となったことを知れば、タマモは必ず円香ちゃんを叱責する。
それこそ「憧れなんかで人から神になるな」とか言いそうだわ。
そのタマモの表情は穏やかだった。
もし、叱責して仲違いのような状況であれば、そんな顔を浮かべることはないでしょう。
穏やかな表情をしているということは、少なくともタマモはいまの円香ちゃんを受け入れているということ。
円香ちゃんの有り様に、その決意と覚悟を受け入れいたということでしょう。
タマモは、私とカレンの頼れる友人はそういう人だからね。
だからこそ、私もなにも言う気はない。
タマモがきっと私が言うべき言葉をすべて言ってくれているはずだから。
だから、私からなにかを言うつもりはない。
口にすることがあるとすれば、ただひとつだけだった。
「──とても似合っているわ。すごくきれいよ」
ただ、褒めるだけだった。
言葉だけを捉えれば、きっと服装がという風に思えるでしょうね。
でも、私が言ったのは服装という意味合いだけじゃない。
服装はもちろんのこと、その決意と覚悟によって彩られた彼女の有り様を私は褒めたの。
……あまりにも眩いその有り様を、タマモ同様に私も受け入れたのよ。
円香ちゃんはそのことを理解したみたいで、一瞬泣きそうな顔をしたけれど、すぐに笑ってくれた。
「はい、ありがとうございます、香恋様」
彼女は笑った。
その笑顔は仮面のようなものではなく、心の底からの笑み。
でも、これからの彼女の道程は、きっと笑えるものではないでしょう。
厳しく険しいものとなる。
それでもなお、彼女はきれいな笑顔を浮かべている。
その笑顔と有り様に、私は心からの喝采を送った。
そのあまりにも悲壮な光を宿す双眸を眺めながら、ほんのわずかでも、その道程に幸があらんことを祈って。
私はただ喝采を送ることしかできなかった。




