Sai1-27 いつもより遅い朝食を
……えー、またPONやらかしました←汗
まさか、予約し忘れていたという、マジもんのPONをやらかしました←汗
今後は気をつけます。
大食堂の中はとても静かだった。
昼食の光景を考えれば、普段の食事時間であれば、大変賑わっているであろう大食堂も、いまはとても静まりかえっていた。
数え切れないほどの座席に腰掛けているのは、ほんのわずかだけ。
わずかに点在している、と言ってもいいくらいに、容易に数えれると思える程度でしかない。
……あくまでも、元々の母数が多いからであり、実際のところは数えるのが結構億劫になるくらいには、大食堂の空席を埋めているのだけど。
そんな大食堂の一角で、私たちは遅めの朝食を取っていた。
「──はい、おまちどう様です」
本来なら、声がけが行われて自分から取りに行くというスタイルであるのに、人が少ないということでわざわざ席まで持ってきてくれていた。
今回持ってきてくださったのは女将さんだった。
昨日とは色違いの割烹着を身につけられていた。違いはそのくらいなのだけど、いままでの大食堂になかった華やかさが加わったように思えるわね。
ただし、美しい花には棘があるように、女将さんは怒ったらめちゃくちゃに怖いわけだけども。
ハーンさんたち以下調理班の面々は、すでにその恐怖を骨の髄までわからさせられているようで、女将さん同様に点在する席にまで朝食を運んでくれていた。
盗み聞く内容によると、座席までの配膳サービスは女将さん立案によるもののようね。
いまみたく暇なとき限定ではあるようだけども。
それでもいままでにはなかったサービスに、朝食に遅れた面々は驚いているようね。
そのたびに調理班の面々が、「今日から始めた」ことを説明して回っている。
その説明を盗み聞きしながら、私たちの前には、それぞれのメニューが置かれた。
私の前にはもつ煮込み丼が、ベティの前には昨日も散々食べたはずのにクリームあんみつが五杯、そしてアンジュの前にはトーストとベーコンエッグが置かれていく。
「ばぅ! おいしそーなの」
ベティが目の前に置かれたクリームあんみつを前に、目を輝かせていた。
「たくさん、おあがりなさいね」
目を輝かせるベティの頭をそっと撫でつけられる女将さん。ベティは「わぅん」と元気いっぱいに頷いたわ。
朝からクリームあんみつを、しかも五杯も置かれると言う光景は、なかなかにレアな光景で、たまたま近くにいたウルフ部隊のひとりが目を見開いて驚いていたけれど。
……もしくは私の前に置かれたもつ煮込み丼に驚いていたのかもしれないわね。
自分でも朝からどうよと思わなくもないけれど、注文時にたまたま板長が通りかかって、「朝の分はまだ一杯残っているけれど」と言われたのよね。
その一言に気付いたら、もつ煮込み丼をオーダーしていたわ。
私もトーストとベーコンエッグにする予定だったのだけど、朝食はしっかりと取った方がいいというのは世の常であるからね。
「朝からヘビーなものを選ぶのは、レンさんと同じですね」
くすくすと女将さんが笑っている。その一言に私はなにも言い返すことができなかったわ。
「……姉妹、ですから」
「まぁ、ベティちゃんという前例もありますから、お気になさらずに」
指摘しておいて、とは思うものの、現にベティもクリームあんみつを朝から五杯食べると言い出しているのだから、私のこれも問題はないでしょう。
そんな私とベティに普段であれば、アンジュは呆れるか苦笑いしていたのだろうけれど、今日のアンジュはどこかぼんやりとしていた。
「……アンジュ」
「……本当に大丈夫ですか、アンジュさん」
いまも私と女将さんが声を掛けても、心ここにあらずというか、あらぬ方をじっと見つめているだけなのよね。
ぼんやりとしていても、アンジュの美しさは決して損なわれることはなく、むしろ、茫洋としたまなざしがかえって美しさを強調しているようだったわ。
とはいえ、それはあくまでも通常時のアンジュであればの話。いまのアンジュは茫洋としているというわけではなく、単純に寝ぼけているだけなのよね。
実際、私とベティの注文を聞いても、これといったリアクションを取ることもなかった。普段であれば、おかしそうに笑いそうなものなのに、今日に限ってはとくにリアクションもなかったのよ。
アンジュ自身はトーストとベーコンエッグのトラディショナルな朝食を注文したけども、それだってなんとなく目に入ったからという感じで、食べたいから注文したというわけではなかったの。まさに心ここにあらずのままなのよね。
「……アンジュさん、大丈夫ですか?」
注文時に女将さんが、アンジュの前で手を振ると、アンジュは「ふぇ?」とようやく反応を見せていた。普段とはまるで異なる様相に、私も女将さんも顔を見合わせたものよ。
「眠そうね、アンジュ」
「あまり無理はなさらないようにした方がよろしいですよ?」
ぼんやりとしているアンジュに、私と女将さんがそれぞれに声を掛けるけれど、アンジュは「……え?」と少し間を置いて反応していた。
よく見ると、目の下にわずかに隈のようなものがあり、寝不足ないし、寝ていないというのは明らかだった。
「……大丈夫?」
「……なにが?」
普段とはまるで違うアンジュを見て気遣ったのだけど、アンジュは理解できていないみたいで、不思議そうに首を傾げるだけだったわ。
どう考えても、というか、誰がどう見ても寝不足なのは確定で、でも、それを指摘してもどうにもならないのもまたわかりきっていた。
「……なんでもないわ」
「……そう? ならいいけれど」
「あ、アンジュさん!? そっちは」
ぼんやりとしながら、アンジュは注文を終えると、ふらふらと左右に揺れ動きながら、ベティと手を繋ぎながら、座席の方へと向かっていたのよね。
そう、なぜかすでに埋まっている座席にね。
アンジュの足取りで目的地を真っ先に解した女将さんは慌てていたわね。
というか、すでに使用中の面々も「え?」とあ然となっていたからね。
なのに、当のアンジュは気にすることなく、ずんずんと座席に向かっていったの。
女将さんに次ぐ形になったけれど、私も慌てて、ベティと手を繋いでいない方の手を取り、注文カウンターからそう離れていない座席へと連れてきたわけよ。
アンジュは「香恋さん?」と状況を察していないようだったけど、ベティは「……まま」と心配そうにアンジュを見上げていたわね。
ベティの様子を見て、さすがにアンジュも自分の行動がおかしいことに気づけたみたいで、「……あー」とようやく察したようだったわ。
そうして、どうにかアンジュを無事に座席へと連れて行けたのだけど、そのときにはすでに座席はだいぶ空いていたの。
そもそも、私たち三人が大食堂に来たときには、すでに朝食にはだいぶ遅めだったのよね。
そうなったのも、すべてアンジュがベッドからなかなか出なかったのよね。
最初はなかなかベッドから出ないわねと思っていただけだったのだけど、いざベッドから出ても珍しく呆けたような顔をして、あらぬ方向を見ていたから、「寝不足なのかしら」としか思っていなかった。
が、まさか、自分の行動を理解できないほどに、重度の寝不足だったとは思っていなかったわ。
でも、いま思えば思い当たる節はあったのよね。
なにせ、アンジュったら、私が部屋を出る前から服を脱ぎ始めたのだもの。
普段であれば、私が部屋を出てからないし、私が起き出す前には着替え終えているというのにね。
しかも無言で服を脱ぎ出してくれたものだから、私は慌てて部屋を出たわね。
そうして部屋を出てしばらく経ち、アンジュはいつも通りのギルドの制服姿でベティと手を繋いで出てきたのよね。
それも、真っ白な制服を。昨日と同じ新人時代の制服を身につけていたのよね。
「あれ?」と思ったけれど、アンジュは気にすることなく、「……お待たせ」とだけ言って、ベティを手を繋いでふらふらと宿舎の廊下を進んでいったのよ。
私がその後をまたもや慌てて追いかけて、いまに至るってわけ。
本当なら他のみんなとも朝食を取る予定だったのだけど、アンジュがなかなかベッドから出なかった影響で、私たち三人だけ遅れて朝食を取ることになった。
その間、ベティはずっと「おなかすいたの~」とお腹をさすっていたわね。
実を言うと、一度ルクレティアが「ベティちゃん、先に食べますか?」と訪ねてきてくれたのだけど、ベティは少し迷った後、「ままがおきるのをまつの」と言ったのよね。
普段であれば、ベティも即答で「たべる」と言いそうだったのだけど、今日は不思議と待つことを選んで、その返答にルクレティアも「そうですか。わかりました」と笑って頷いていたの。
ルクレティアも普段であれば、ベティが「まつの」と言えば、「じゃあ私も」とか、「またアンジュばっかり」とヤキモチを妬きそうなものだったのけれど、今日はやけに素直に頷いていたの。
その際に、ルクレティアから「香恋さん、ベティちゃんをお願いしますね」と言われて、私も素直に頷いたのだけど、正直ちょっと後悔しているわ。
でも、まぁ──。
「まーま、まーま? ごはん、ぽろぽろしているの」
「……え?」
「「え?」じゃないの。ごはん、ぽろぽろなの!」
──こういうアンジュの一面を見られたと思えば、悪くないかしらね?
いまも「ほら」とベティが指差すと、アンジュはかじりついたトーストの一部をぼろぼろと零したり、目玉焼きの黄身部分を服にべったりと垂らしたりと、まるで小さな子供みたいな食べ方をしているわね。
私たちの元から離れて、別の座席にと注文品を届けに行っている女将さんも、しきりにこちらを見ているみたい。
まぁ、それだけ今日のアンジュが危なっかしいということなのでしょうけどね。
その危なさに拍車を掛けるように、今日のアンジュの服装は白。そう、汚れが目立ちやすい白。その白い制服に黄身部分が垂れればどうなるのかなんて考えるまでもないわ。
「あー、もう、ままってば、だらしないの」
「……あー、ごめんね」
普段の逆の立場になって注意を促すベティと、やはり逆の立場になって注意されてしまうアンジュ。
なんだか、今日はまるで母娘が逆転しているみたい。そんなふたりの姿に私はついついと笑ってしまった。
「香恋さん? どうして笑っているの?」
「ん~? まるで普段とは真逆みたいだなぁと思ってね」
「……真逆、かな?」
「ええ。ベティもそう思うでしょう?」
「ばぅん。きょうのままはてがかかるの」
「……あ、あははは」
ベティから「手が掛かる」と言われたら、さすがに二の句も告げなくなったみたいで、アンジュは困ったように笑っていた。
笑いながらもやっぱり朝食をぽろぽろと零して、そのたびにベティがお世話をするという、やはり普段の真逆のやり取りを、私は間近で眺めながら、遅めの朝食の時間を過ごしていったの。
「こういう時間も悪くないわね」
ふたりには聞こえないくらいの声量で、ぼそりと呟きながら、穏やかな光景を間近で眺めていったの。




