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Sai1-23 異世界での再会

 もう一度会いたい人がいる。


 板長が、母さんへの返事として、「ひとつだけ願い事を叶える」という言葉への返事として口にされたもの。


 当の板長は食堂の各テーブルに備え付けられたお茶を啜りながら、「まぁ、叶わん夢みたいなもんだがな」と笑われていた。


 笑いながらも、板長の目は寂しそうだった。寂しそうに笑いながら、板長はその人との再会を熱望しているということはわかった。


 それが誰のことなのかも私とタマモにはなんとなくわかったわ。


 というか、板長のことを知っているなら、答えなんてひとつしかないものね。


「ちなみに、板長?」


「うん?」


「ソウルブラザーさんではないですよね?」


「かかか、まぁ、あいつにも会いてえと言えば会いてえかな? 結局リアルで会ったのは一回こっきりだったからなぁ。それもガリガリに痩せちまった頃に一回っきり。それ以降はもう来んなよと言ったから、来なくなっちまったし」


 タマモはあえて別人のことを口にした。まぁ、板長のソウルブラザーことにゃん公望さんも、当てはまると言えば、当てはまるのよねぇ。


 なにせ、お互いに「ソウルブラザー」と呼び合うほどに仲が良かったわけだし。


 仲の良かった友人と再会したいと思うのは、誰だって同じでしょうし。


 それも最初で最後のときに、突き放したことで疎遠になってしまったのだから、当然と言えば当然かしら。


 もっとも、疎遠になったわけじゃないとにゃん公望さんは言っていたわけだけども。


「板長、そんなことを言ったんですか?」


「おう。前途有望な若者に、当時のくたばりぞこないの俺なんかにいつまでも関わらせるわけにはいかねえって思ってな。だから強い言葉で「もう来るな」と言ったのさ」


「……にゃん公望さんが傷付くだけでしょうに」


「それでも、あいつには前を向いていて欲しかったからなぁ。まぁ、当時の俺のエゴみたいなもんさ」


「「みたいなもん」じゃなくて、完全にエゴですよ、板長」


「かかかかか、言えてらぁなぁ」


「まったく」


 板長の言葉にタマモは呆れていた。


 呆れながらも、板長の気持ちをわかってはいるみたいだった。


 とはいえ、タマモの言葉は少し的外れではあるのだけどね。


 実際のことを知らなければ、あの世界の中でしか会ったことがなければ、タマモの反応は当然なんでしょうねぇ。


「心配はご無用よ、タマモ、板長。にゃん公望さんは、板長の気持ちはちゃんと理解していたから」


「え?」


「そうかい」


 タマモは意外そうに、板長は「やっぱりなぁ」と言いたげに満足したように頷かれていた。


「なんで香恋が」


「まぁ、簡単に言えば、うちの兄と親友なのよ、にゃん公望さん」


「にゃん公望さんの親友さん、っていうと、ツヨさんとシンさん?」


「そのツヨさんっていうのがうちの一番上のお兄様のこと。で、シンさんはその長年のご友人かつあんたの親戚かつ希望の従兄よ」


 淡々と事実を告げると、タマモはあんぐりと口を大きく開けて驚いていた。


 さすがのタマモも今回ばかりは度肝を抜かされたのかしらね。


 というか、まさか私とタマモの身内ににゃん公望さんの言う親友がいるなんて普通は思わないでしょうし。


「ってことは、にゃん公望さんの就職先って」


「そう、うちの実家のこと。うちのお兄様をよく支えてくれる頼りになるお兄さんだったわよ、にゃん公望さんは」


「EKO」を始める前から、頼りになる人ではあったし、うちの父さんもにゃん公望さんを頼りにしていた。


 他の社員の人たちも、にゃん公望をさんをお兄様の右腕として扱っていたわね。


 しかも、あの和樹兄さんと協力してブレーン役をしていてくれていたし。その和樹兄さん自身が、にゃん公望さんを自身の上の存在として認めるほどだったもの。


 言うなれば、うちの実家の会社の、三番手みたいな立ち位置ってところね。社長である父さんと次期社長であるお兄様を除けば、事実上のエースでありトップ。そんな人だったわ。 


 で、カレンもそうだけど、私も現実でのにゃん公望さんをわりと慕っていたわ。セクハラ好きなのが玉に瑕だけど、頼りになる兄貴分のひとりって感じだったし。


 でも、まさか、そのにゃん公望さんも「EKO」をプレイしていたとは思っていなかったけどね。


 しかも生産職として、こつこつとプレイしていたうえに、タマモと交流があったとは考えてもいなかったわ。


 ゲーム内でもにゃん公望さんと関わり合いを持ってから、日に日に私もカレンも「あれ?」と既視感を抱くようにはなっていたけれどね。


 で、ある日に現実のにゃん公望さんに、「相談に乗って欲しいことがあるんだけど」と言われて、その内容を聞いて、長年頼りにしてきた兄貴分がにゃん公望さんだってことを知ったのよね。


「──とまぁ、そういうわけよ。私とカレンも「まさか」とは思ったけれど、世間って意外と狭いものよねぇ」


 しみじみと頷きながら、にゃん公望さんのことを語り終えると、タマモは呆然としながら、板長は喉の奥を鳴らしながら笑っていた。


「姉さんの言うとおりだなぁ。まさか、そんな関わり合いがあったなんてなぁ。だが、そうかい。あいつはあいつで俺の気持ちを汲んでくれていたってわけかい」


「まぁ、言われた当初はちょっと荒れていましたけど。お兄様たちとうちの家でやけ酒していましたし」


「……あー、それは申し訳ねえことをしたな」


「いえいえ、お兄様たちも「ガス抜きにはちょうどいい」って言っていましたよ」


「そうかい。なら、いい」


 板長が再びお茶を啜る。気がかりが杞憂であったのが嬉しいんでしょうね。


「さて、にゃん公望さんでなければ、板長が本当に会いたい人のことは確定ですね?」


 そこに追撃とばかりにタマモが畳み掛けるように言った。


 その言葉に啜っていたお茶を板長が噴き出してしまう。


 口を押さえて噎せる板長と、してやったりとにんまりと口元を歪めるタマモ。……この悪狐さん、本当にいい性格をしていると思うわ、マジで。


「……狐ちゃん、いい性格しているな、本当によ」


 口元を拭いながら、板長はタマモを睨み付けるも、当のタマモはどこ吹く風という体で涼しげだった。


 そんなタマモに板長は「はぁ」とため息を吐くと、がしがしと後頭部を掻きむしられた。


「……まぁ、なんだぁ。狐ちゃんの言う通りではある、な。とはいえ、だ。いくらなんでも、元の世界にいる彼女とまた会えるなんて、都合がよすぎるしなぁ」


 遠くを眺めるように、板長は目をすっと細めていた。


 板長が言う「彼女」が誰のことなのかは明らか。でも、わかっているのは私とタマモだけだった。


「あの、板長さんのいう「彼女」って?」


「どなたのことですか?」


 アンジュとルクレティアが目をやけに輝かせている。いや、ふたりだけじゃないわね。メアさんとティアリさんも食いついているわね。


 特にティアリさんなんか、あからさまに興味津々って顔をしているもの。メアさんはティアリさんを注意しつつも、興味を隠せないでいるみたいだし。


「……女子って本当に恋バナが好きよね」


「……ねぇ、香恋? そういう君も女子だよ?」


「あんたも同じだけどね?」


 さらりと突っ込んでくれるタマモに反論する。でも、それ以上はお互いにやぶ蛇であることはわかっていたので、それ以上やり取りが発展することはなかった。


 それよりもいまは板長のことよ。板長はなんとも言えない顔をしながら、今度は頬を搔いていたけれど、観念したようで、「はぁぁぁ」と大きめなため息を吐かれたわ。


「……あー、その、なんだ。元家内のことだよ。家内って言っても、とっくの昔に娘を連れて出てちまったんだが、死ぬ直前に十数年ぶりに会いに来てくれてな。それから死ぬ半年間、一緒にいてくれたのさ」


 頬を染めながら、お茶を再び啜る板長。その内容に女子ズが色めき立ったわ。なにせ、メアさんまでもが目を輝かせているほどだもの。


 本当になんで女子って恋バナが好きなのかしら?


「だが、さしもの女神さんでも、別の世界にいる彼女と会わせてくれるなんて、都合のいいことはできねえだろうよ」


 色めき立つ女子ズに冷水を浴びせるように、板長は寂しそうに笑った。


 板長としてはそういうつもりはないんだろうけれど、事情を踏まえたら仕方がないわよね。


 板長の言葉にさしもの女子ズも大人しくなってしまう。アンジュさえも、「さすがに難しいかも」と表情を暗くしていたほどだもの。


「まぁ、俺としては、家内が元気でいてくれればそれでいいさ。俺なんかのことは忘れて、新しい人を見つけてくれれば、それで──」


「──ご期待に応えられずごめんなさい。新しい人なんて、早々見つからなくてね。気付いたら、あなたの後を追うことになっていましたよ」


 ──それでいいと板長は言おうとしていた。


 でも、その言葉を遮るように、食堂の扉が大きく音を立てて開いたの。


 なんだろうと全員が振り返ると、そこには妖狐族らしき見た目の、板長と変わらない年齢の若い女性が、見覚えのある割烹着姿で立っていた。


 その女性には既視感があった。


 板長は女性を見て、手に持っていたグラスを落としてしまっていた。


 そんな板長に向かって女性は申し訳なさそうに謝っていた。


「もしかして」


「女将さん?」


「ええ。お久しぶりですね、タマモさんに、そちらはレンさんの、お姉さんでしたか? スカイスト様が仰っていた通りですね」


 くすくすと女性が、女将さんが笑っていた。

 

 女将さんを見て、板長は言葉を失いつつも、椅子から立ち上がり、よろよろとした拙い足取りで女将さんの元へと向かっていく。


 板長の姿に、女子ズは再び色めき立った。そこにちょうどまかないを作り上げて、覚悟を完了した調理班の皆さんが姿を現したの。


 普段とはまるで異なる板長の姿に困惑しているみたい。


「あ、あの、姉弟子? あの女性は?」


「板長の奥さんですよ」


「! つ、つまり女将ですか!?」


「その通りです。今後は板長と女将さんのダブル態勢になりますから、覚悟してくださいね?」


「は、ははは」


 ハーンさんたちは言葉をなくして笑っている。


 そうしてハーンさんたちが笑っている間に、板長と女将さんの距離はほとんどなくなっていた。


 あと一歩それぞれに踏みだせば手が届く距離。そこまで距離を縮めたものの、板長はそれ以上脚が動かないのか、それともどうすればいいのかわからないのか、私たちに背を向けたまま、佇んでいる。


 佇む板長を見て、女将さんは穏やかに笑っていた。


「本当に。本当に真希、なのか?」


「あら? 長年付き添った私のことがわからないのですか?」


「そ、そんなことあるものか! いまの姿になってから数十年、俺はずっと、ずっと君と会いたかった。君ともう一度一緒にいたかった!」


「……私も同じ。どうしてかしらね? 普通離婚したら、前の旦那のことなんて考えないものなんでしょうけど、私はずっとあなたのことを考えていた。それはこうしてこの世界に転生してからも同じだった。ずっと会いたかった。……ずっとこうして話をしたかった」


 女将さんの目から涙がこぼれ落ちた。それは板長も同じなのか、全身を震わせていた。全身を震わせながら、お互いに一歩踏みだし、ふたりはそっとお互いを抱きしめたの。


「……いまさらなことを言っていいかい?」


「……私もいまさらなことを言っていい?」


 お互いを抱きしめながら、板長と女将さんはそれぞれに言いたいことを口にしたの。


「……どの世界であっても、君を一番愛している」


「……私も、どんな世界でもあなたが一番ですよ」


 泣きながらお互いに笑い合うふたり。そんなふたりに誰かが拍手をする。


 その拍手は一瞬で伝播し、いつしか食堂内を包み込むような大歓声が産まれた。


 その大歓声の中で、板長と女将さんは笑っていた。恥ずかしそうに。でも、幸せそうにふたりは笑っていたの。


 そんなふたりへと祝福の拍手と歓声はやむことはなく、いつまでも続いていった。

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