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Sal1-21 母のやらかし

 ふらり、ふらりと尾が揺れていた。


 ふさふさの毛並みの尾ではなく、流線型の白い尾。その尾がふらり、ふらりと左右に揺れている。


 流線型の尾というと、真っ先に思いつくのは魚類のもの。魚類ないし海洋哺乳類の尾を想像することでしょう。


 実際、私の目の前で揺れている尾は、まさに水中をテリトリーとしている生物の尾びれだった。


 でも、そう言った生物には珍しい真っ白な尾びれが目の前で揺れている。


 とはいえ、全身が白い水中の生物が、尾びれを持つ真っ白な生物がいないわけじゃない。


 たとえば、ザトウクジラのミガルーだったり、シロイルカことベルーガだったり、と水中の生物にも真っ白な生物はいる。


 でも、私の目の前にいるそれを、水中の生物と言っていいのかはわからない。


 というか、これを「水中の生物」と呼ぶにはなかなかに無理がある。


 たしかに、目の前にいる生物は「水中の生物」と呼ぶに相応しい存在だ。


 詳しく言えば、ザトウクジラやベルーガと同じく、鯨の一種であり、海のハンターと称されるシャチが目の前にいた。


 もっともシャチが目の前にいると言っても、水族館で飼育されているものもいるため、シャチが目の前にいるからと言って、必ずしも危険というわけではない。


 が、残念ながらここは水族館ではない。水族館ではないけれど、目の前にはたしかにシャチがいる。


 そう、シャチがいるのだけど、ここは水中でもなければ、海上でもないし、かといって砂浜というわけでもない。


 私たちがいまいるのは、シャチのテリトリー範囲外である陸上。


 もっと言えば、土轟王様の拠点内にある「大食堂」の中。少し前までは多種多様の種族たちが挙って昼ご飯を食べに来ていたのだけど、いまや食堂内はすっからかんとなっている。


 でも、調理場内は戦場と化しているわ。


 おやっさんこと板長とタマモが悪ノリをしてとんでもない無茶振りのまかないを要求したのよね。


 その内容は、「ひとりひとりが協力した最高の一品」よ。


 どんな無茶振りよと思ったけれど、板長も「いいねぇ」と言い始めた結果、ハーンさんたちの地獄が始まったわけよ。


 災難ねぇと思っていた矢先に、アンジュたちが食堂に入ってきたと思ったら、件のシャチがいたってわけ。


 そしてその件のシャチはその陸上を通り越して空中でぷかぷかと浮遊しているというおまけ付きでね。


 もう一度言うわ。水中がテリトリーであるはずのシャチがなぜか空中でぷかぷかと浮いているの。


 しかも、なぜかやけにデフォルメされてかわいらしくなったうえに、とても小さな姿でね。


 まぁ、小さいと言っても一メートル以上は優にあるので、そこまで小さいかと言われると首を傾げてしまうけれど、シャチとしてはかなり小型であることは間違いない。


 本来は棲息しない場所で、ぷかぷかと浮かぶ様子はまるでオフィスソフトの「ヘルプ」を選ぶと出現する邪魔なイルカの如く。


 もっとも、あのイルカとは違って、目の前のデフォルメミニシャチはなんともいえない愛嬌があって、とてもかわいらしくはある。


 かわいらしいというのに、時折見える口の中にはギザギザの歯があったり、目元は若干邪悪そうに吊り上がっていたりと、ただかわいらしいだけの存在ではないとみずから言っているかのようね。


 そんなシャチは現在私たちの前で空中をぷかぷかと浮遊している。いや、空中を泳いでいるという方が正しいかしらね。


 そうして泳ぐシャチの背中にはきゃきゃとはしゃぐベティが乗っているのよね。


「るーちゃん、るーちゃん、もっとなの」


「きゅい!」


 ベティは楽しそうに笑いながら、シャチこと「るーちゃん」に指示を飛ばしていた。


 ……指示というには、あまりにも抽象的ではあったけれど、その指示を受けて「るーちゃん」はなにもない空中をいままでよりも早く泳いでいく。


 当のルーちゃんは邪悪そうに目をつり上げさせながらも、ベティ同様に楽しそうに空中を泳いでいるのがなんとも印象的ね。


 そうして楽しむふたりを私とタマモは呆然となりながら見守っているの。そばにはあ然と立ち尽くす板長と、「フブキおねーちゃん」とベティに呼ばれて、苦笑いしながら手を振り返すフブキちゃん、そして──。


「──というわけで、ベティがるーちゃんをすっかりと気に入っちゃってね。だからああして、使い魔になってもらったんだ」


 ──どうしてこうなったのかの説明をするアンジュたちがいるの。


 土轟王様の拠点内にある湖から帰ってきたと思ったら、まさかの空舞うデフォルメミニマム白シャチを連れて帰ってきたアンジュたち。


 その内容を聞いて、私とタマモは呆然となっていたのがいままでの経緯なわけ。


 正直な話、「そこまでする?」と言いたいくなる状況ではあるのだけど、ベティがるーちゃんと離れたくないと駄々をこねた以上、ベティに強く言い出せないアンジュたちにしてみれば、ある意味仕方のない結果と言えるでしょうね。


 アンジュの話を聞く限りは、るーちゃんにもしっかりと説明をしたうえで、使い魔、つまりは眷属にしたみたいだし。


 るーちゃん本人が了承したというのであれば、その場にいなかった、いわば外野である私とタマモがとやかく言う筋合いはない。


 それでも、あえて言うことがあるとすれば、だ。


「……ねぇ、アンジュ? なんでるーちゃんはあんなにかわいらしい姿になっているのかしら?」


 そう、なんでるーちゃんはデフォルメされた姿になっているのということね。


 魔物を使い魔化することは、そこまで珍しいことじゃない。


 この世界で、魔法に心得があるのであれば、大抵の人は一度や二度は魔物を使い魔にしたことはあるでしょうね。


 とはいえ、使い魔にできるのは、屈服させた魔物に限られる。はるかに格上の存在を使い魔にすることなんてできない。


 仮にできたとしても、あっさりと反逆を受けて殺されるだけ。


 反逆されて殺されないためには、自身が打ち勝ち屈服させた魔物に限られる。


 もしくは強大な魔物の赤ん坊ないし卵を攫い、一から育てて隷属化させるという方法もあるけれど、それだって命懸けの所業となる。


 その赤ん坊ないし卵の親が、自分の子供が攫われるのを黙って見ているわけがない。子供を大切に想うのに魔物も人も変わらないのだから。


 下手をすれば、屈服させるよりも難易度が高い可能性も否めない方法よね。


 それでも、時間を掛ければ強大な魔物の使い魔が手に入る可能性が高い。


 もっとも、そうして隷属化させても、調子に乗りすぎた結果、隷属化させた使い魔に殺されるということもあるみたいだけどね。


 どちらにしろ、使い魔という存在を得るには、相応の手段を踏む必要がある。


 でも、そうして使い魔を得たとしても、るーちゃんみたいにデフォルメされることはありえない。


 そのありえない光景が目の前に存在しているわけなのよね。


 いったい、どうしてこうなったのかしら、と私とタマモは揃ってアンジュを見やると、アンジュは困ったように視線を泳がしていく。


 なにかやらかしたみたいね、と思っていたのだけど、アンジュが答えたのは想定外のものだった。


「……わかんない」


「……うん?」


「なんて?」


 私とタマモは揃って首を傾げた。当のアンジュは視線を泳がすどころか、顔を背けていた。よく見ると、若干汗ばんでいるわね。


 どうやらアンジュの言った言葉が事実であることはたしかなのだけど、それでいいの、女神様と思ったのは言うまでもないよね。


「……るーちゃんが、なんでああなったのか、私にも全然わからないの。もともとは特徴的な痣がるレイクオルカだったのだけど、使い魔にして、ベティと紐付けさせたら、体が真っ白になったなぁと思っていたら、ああなっていて」


 もはや顔どころか上半身まで背けながら告げるアンジュ。


 いったい全体どういう理由でああったのかは、アンジュにもわからないということなのだけど、私にはなんとなく心当たりがあるのよね。というか、タマモがなにやら感受したみたいで、誰かと話し始めているし。


「……あー、その、香恋、アンジュさん」


「……もういいわ。誰の仕業かはすでにわかったから」


「もしかして、お義母さん?」


「……あなたに心当たりがないということと、タマモが誰かと話をしていたということは、つまりそういうことよ」


 ふぅと私はため息を吐いた。どう考えてもうちの母がやらかしたんでしょうね。


 タマモがなんとも言えない顔で頷いているものね。


「……あの人、本当になにやってんのよ」


「……デフォルメミニマムな白シャチに乗るベティちゃんが見たかったんですもの、だそうだよ?」


「……」


「……」


 タマモが告げた内容に私とアンジュは揃って絶句する。


 絶句する私たちを尻目にベティはるーちゃんの背に乗ってきゃっきゃっとはしゃいでいた。


 いや、ベティだけじゃないか。いつのまにかフブキちゃんもるーちゃんの背に、体が少し大きめになったるーちゃんの背に乗っている。


「可変機能付きなのね」


「……可変機はロマンじゃないの、だそうだよ?」


「……Oh」


 そんなロマンなんて捨ててしまえと言いたくなったわ。


 でも、そんな私の嘆きは母さんにはきっと届かないんでしょうね。


 再びため息を吐きながら、私はフブキちゃんとともにるーちゃんの背に乗ってはしゃぐベティをしばらくの間見守ったのよ。

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