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Sal1-20 クルージング

 きらきらと水面が輝いていた。


 ずいぶんと高くなった日差しによって、湖面が煌めいていた。


 その湖面からは時折飛び跳ねる魚が見えていた。


 岸からはよく見えなかった魚だけれど、近付いてみると、きれいな銀色の魚だった。目は赤く、体もそれなりに大きい。


 そんな魚が次々に湖面へと飛び跳ねていく様は、銀色の輪のようで、その銀色の輪が私たちを先導するように続いていた。


 先導する輪を私はベティとともに「脚」の汗に座りながら眺めていた。


 湖面を進んでいる影響か、それとも「脚」の影響か、風が私の髪を靡かせている。


 靡く髪を片手で押さえながら、もう片方の手でベティを押さえこむようにして抱いていた。


 ベティはベティで目の前にある背びれを小さな手で掴んで「ばぅ~」と機嫌良さそうに鳴いている。


 本来ならベティを押さえることはしなくてもいいんだろうけど、念には念を入れないとね。


 特にいまの「脚」は、サービス精神が旺盛すぎるからね。


 いや、サービス精神旺盛というか、先導する例の魚たちに対抗意識を燃やしているのかな?


「私の方がもっと凄いことできますから!」と言わんばかりに、その巨体をぴょんぴょんと飛び跳ねさせてくれている。


 おかげで、何度かベティが背中からずり落ちそうになったもの。


 そのたびに、掬い上げるようにして抱きかかえさせられることになったよ。


「なにしてくれんのよ」と言いたくなったのは当然だよね?


 でも、まぁ、「脚」にも悪気があるわけではなく、あくまでも私とベティを楽しませようと躍起になってくれているだけ。


 あくまでもやや過剰なサービス精神を見せてくれているだけなんだよね。


 そう、あくまでもサービスのつもりなんだ。……若干暴走気味なサービスではあるのだけど、ベティはずり落ちそうになっても気にすることなく、「ばぅ~」と楽しげに笑っているから、私も咎めることはしないでいる。


 せいぜい、ベティが背中から落ちそうになるたびに、「脚」のお腹を指でトンと突っつくくらい。


 そのたびに「脚」の体はびくんと震えて、スピードを抑えてくれる。


 スピードを抑えてくれるのであれば、少し特殊なクルージングで済むのだけど、どうにも私たちを背に乗せることを誉れかなにかと思ってくれているようなので、ついつい頑張りすぎてしまうみたいだね。


「ばぅ~! かぜがきもちいいの~」


 ベティが呑気なことを言ってくれる。「そうだね」と笑いかけながら、髪を押さえていた方の手で「脚」のお腹をトントンと突っつく。


「わかっているよね?」と言外で伝えたつもりだったのだけど、どうにも威圧しすぎみたいで、「脚」は「わかっております!」と言うかのごとく、勢いよくスピードを上げてくれました。


「ちょ、ちょっと!?」


「脚」の思っていなかった行動に私は慌ててしまう。


 でも、ベティは「ばぅ!」とまたもや楽しげに鳴きながら、ぎゅっと背びれを掴んだ。そのことを確認した「脚」は「行きますよ」とそれまで以上にスピードを上げて、そして──。


「ばっうぅぅぅーん!」


 ──いままで以上に楽しそうなベティの声とともに、水しぶきを上げながら、空中を舞ってくれました。


「脚」とともに舞い上がる水しぶきが、日の光を浴びてきらきらと輝く様は、とても美しい。


 美しいのだけど、舞い上がった水しぶきに反射する私とベティのいまの姿は、なんとも奇妙なものだった。


 なにせ、私もベティも「脚」の、一頭のオルカの背に乗っているのだから。


 ベティは跨いでいるけれど、私は横座りになっている。靴に関しては、ベティの分も含めてクルージングを始める前に、岸に残っているメアさんたちに預けてあるので、靴が濡れる心配はない。


 濡れるとすれば、服だけど、その服にしても私の分は替えを持っているし、ベティの分も替えは持ってきているので、濡れることにはなんの問題もない。


 問題があるとすれば、水に落ちた後に体を温める方法だけど、それも一案があるからやっぱり問題とは言えない。


 総じて、いまの私とベティのクルージングで問題と言える問題はなにもない。


 そう、なにもなかったはずなのだけど、まさかの問題が浮上してしまっている。


「脚」こと私たちを背に乗せてくれているオルカが問題だった。


 先述したとおり、この子はやたらとサービス精神が旺盛すぎるんだよね。


 おかげでさっきからヒヤヒヤとさせられ続けているし。


 そもそもこの子に乗ってクルージングすることになったのも、お昼ご飯の前にベティがひとりでクルージングしている際に乗っていたオルカがこの子だったから。


 つまりは、お昼ご飯後もベティはこの子に乗ってクルージングをするつもりだったんだよね。


 私は当初岸から見守っているつもりだったんだけど、ベティが「ままもいっしょなの」と私の手を引いて、このオルカの元へと連れてきてくれたことで、私もクルージングせざるをえなくなってしまった。


 オルカが重量オーバーみたいな顔をしてくれればよかったんだけど、私も一緒に背に乗ると言われたとたん、それまで以上にやる気に満ちた顔をしてくれたことで、断りづらい状況になった。


「おみずのうえ、きもちよかったの」


 そのうえ、ベティもきらきらと目を輝かせてくれるものだから、余計に断ることができなくなってしまったんだよね。


 私にできたのはベティと一緒にクルージングを楽しむことだけでした。


 その際、某おかーさんからの嫉妬に満ち満ちた視線がとても痛かったのは言うまでもありません。

「アンジュばっかり。なんでですかぁ~」


 ぶつぶつぶつと呪詛を唱えるルクレに、「いまの私」になってから一番の恐怖を抱いたよ。


 そんなルクレにメアさんとティアリちゃんはなんとも言えない表情を向けていたのが、とても印象的だったね。


 そうしてルクレたちに見守られる形で、私とベティはオルカの背に乗ってクルージングを楽しむことになったんだ。


 最初は楽しかったよ。


 湖面に吹く風を浴びたり、素足を濡らす湖水に涼を感じたり、とか。とても楽しく過ごせていたんだ。


 だけど、その途中で事は起きてしまったんだよね。


「あ、おさかなさんなの」


 ベティが指差したのは、湖に来て最初に目にした例の飛び跳ねる魚だった。


 岸から水上へと移動したことで、魚の姿をよりはっきりと見ることができたんだ。


 魚は銀色の、弧を描くような体の大きな魚だった。あの人や香恋さんの持つ刀に少し似ている気もした。


 そんな魚が次々に飛び跳ねていく様に、ベティは「ばぅ~」と目を輝かせ、私も「すごいねぇ」と感嘆したんだ。


 すると、突然オルカがやる気になってしまったんだ。


 まるで「あれくらい私もできますから!」と言うように、突如加速してからのジャンプをしてくれました。


 あまりにも唐突だったゆえに、私もとっさに反応できなかった。


 あ然としていた私だったけれど、目の前ではしゃぎすぎたせいで、掴んでいた背びれから手を離し、ずるりとずり落ちていくベティを見て慌てて再起動したよ。


 ベティはきゃきゃとはしゃいでいるだけだったからよかった。


 そう思っている矢先に、オルカは着水し、その勢いで波と供に大きな水しぶきが上がった。


 その波と水しぶきにベティは「お~」と楽しげだった。


 幸いなことに濡れはしなかった。


 でも、その一連の光景にベティのテンションは際限なく上がってしまっていてね。


「るーちゃん、もういっかいなの!」


 オルカにとおかわりを要求してしまったんだよね。


 その要求にオルカは「任せてください!」とばかりに応じてくれました。


 そうしていまに至るわけ。


 ちなみに、ベティの言う「るーちゃん」はいま私たちが乗っているオルカの名前。


 この子には額に特徴的な三日月の形をした痣があるんだ。その三日月の痣と「レイクオルカ」からベティが「るーちゃん」と命名したんだ。


 そのるーちゃんなんだけど、命名されてからとうもの、とってもテンションを上げてしまっている。


 おかげで何度となく湖面を飛び跳ねながら、なんとも派手なクルージングを楽しませてくれています。


 私としてはもっと落ち着いた、上品なクルージングがよかったのだけど──。


「すごい、すごい、すごぉーい!」


 ──ベティが喜んでくれているから、まぁいいかな?


 ただし、るーちゃんにはちょっと釘を刺しておこうか?


「るーちゃん、安全運転でね?」


 念には念を入れての指示を出すも、るーちゃんは「きゅい」と鳴くだけ。


 はたして、その「きゅい」にはどういう意味が込められているのやら。


 なんとも言えない感慨を抱きつつも、はしゃぐベティとノリノリのるーちゃんとともに私はしばらくの間湖上クルージングを楽しむことになったんだ。


 なお、クルージング後にベティが「るーちゃんといっしょがいいの」と言ったため、るーちゃん本人にしっかりと説明したうえで了承を得て、るーちゃんをベティ付きの使い魔にしてあげたのは、まぁ、別の話だね。

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