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Sal1-14 懐かしい味

「──ここにいたんだね、香恋」


「どうしたの? タマモ」


 湖へと出かけていくアンジュたちの背中を眺めていると、不意にタマモに声を掛けられた。


 その当のタマモは手ぶらというわけではなく、その手にはなにやらトレイと、トレイの上には湯気立つなにかがあった。


 スープを入れる器状の食器が見えるけれど、その中身がなんであるのかは私からは見えない。


 そしてその器状の食器はふたつあり、その他にもお椀状の食器もふたつ、加えてお箸もふたつあった。


「……それはお昼かしら?」


「うん。ここの食堂のシェフ、いや、「板長」お手製のね」


「板長?」


 この世界には馴染みのない言葉だった。


 地球では馴染みのある言葉ではあるけれど、少なくともカレンは板長がいるお店には行ったことはない。


 というか、高校生の身分で板長がいるお店に行ける子なんているわけがないのだけどね。


「板長なんているのね、ここの軍勢には」


「うん。いるよ。()()()()()()()「板長」がね?」


 にんまりと笑うタマモ。


 なんでそんな笑顔を浮かべているのだろうと思いながらも、お昼を食べるにしても場所がないなぁとは思った。


 ここのテラスには座る場所は土轟王様の椅子くらいしかないし、テーブルもない。


 どう考えてもここで食事をするのは不向きと言えるでしょうね。


 でも、そんな私の考えを一蹴するように、タマモはどこからともなくテーブルのセットを取り出してしまう。


「……アイテムボックス?」


「ううん、インベントリから取り出したんだよ。私もこの世界の神だからね。この程度のことであればどうとでもなるし」


「……神様がどんどんと増えていくわねぇ」


 もともとこの世界には神はクラウディアおばあ様を筆頭に、スカイディアと母さんしかいなかった。


 いまはそこにアンジュとタマモも加わっている。


 ほんの短期間で二柱も神が増えるなんて、教会の信者がいれば卒倒するでしょうね。


 その信者を卒倒させかねない神様は、のほほんとした様子で取り出したテーブル一式を設置していく。


「タマモ様、ここで?」


「うん、そのあたりでいいと思うよ、フブキ」


「了解どす」


 しかもいつのまにかにいたフブキちゃんもセッティングを手伝っているし。……いったい、いつのまに現れたのかしらね、この子は。


「なにか?」


「いや、なんでもないわ、うん」


「そうどすか?」


「フブキ、そっちにランチョンマットを」


「あ、はい」


 でも、私の疑問にふたりとも答えるつもりはないようで、次々に食事のセッティングを整えていく。


 元はエリセさんの補佐役だったフブキちゃんだけど、いまはすっかりとタマモの補佐役を立派にこなしている。


 エリセさんが見たら、きっと褒めてくれるんでしょうね。


 あ、でも、エリセさんもそれなりにヤキモチを妬かれていたから、もしかしたらプロキオンがベティの頬を引っ張るみたく、エリセさんもフブキちゃんの頬を引っ張るかもしれないわね。


 それはそれでとても平和な光景ではあるのだろうけれども、その光景を目にすることはない。あるわけがない。


「どうかした? 香恋」


「……いいえ、なんでも。なんでもないわ」


「そう? ならいいけれど」


 私の変化に目ざとく気付いたタマモが首を傾げていたけれど、私は「なんでもない」と言い繕った。


 言い繕いはしたけれど、当のタマモには気付かれているでしょうね。


 タマモにとっては、エリセさんについては触れて欲しくない話題のひとつにして、ある意味逆鱗のようなもの。


 逆鱗ではあるけれど、エリセさんのことに関して言えば、私も当事者ではある。


 正確にはカレンを通して私も一部始終を知っているという方が正しいけども。


 一部始終を知っている私だからこそ、タマモもあえてなにも言わないのかもしれないわね。


 もっと言えば、タマモなりに気を遣ってくれたということなのでしょう。


 気を遣うべきなのはどちらなのかは明らかだというのにね。


 申し訳なさを憶えつつ、私はあえてなにも言わずに、ふたりがテーブルの設置を終えるのを待った。


 その後、テーブルの設置が終わると、ふたりはトレイに載っていた食事をテーブルの上に置いていく。


 置かれた食事を見て、私は懐かしさを憶えた。


「……()()()()()とご飯、ね」


 テーブルの上に置かれたのは、もつ煮込みとご飯のセットだった。


 なんとも懐かしいメニューに、つい頬が緩んでしまう。


「懐かしいよね」


 ニコニコと笑うタマモだけど、残念ながら私は、もつ煮込みに関しては口うるさくなるわよ。


 なにせ、最高のもつ煮込みをカレンは食べていて、その味を私も知っているのだから。


 ……そう、おやっさんという最高の料理人手製の最高のもつ煮込みを、ね。


 だからこそ、もつ煮込みに関しては私も口うるさくなってしまうのよね。


「ふふふ、懐かしいけれど、はたして私を唸らせることができるかしら?」


 おやっさん手製という最高の味を知る私にとってみれば、そんじょそこらのもつ煮込みでは唸らせることなどできない。


 はっきりと言外で示すも、タマモもフブキちゃんもお互いを見合うと「にやり」と笑っていた。


「……なによ、その意味深な笑みは?」


「食べればわかる」


「どすなぁ」


 にまにまと笑うふたりに、「なんなのよ」と思いつつ、私は用意されたテーブルセットに腰掛けた。


「じゃあ、私はここで」


「うちはここで」


 タマモは私の対面側に、そしてフブキちゃんは空いたスペースに、自身の分であるもつ焼きのセットを置いていた。


 そのもつ焼きのセットもとても美味しそうだったけれど、どこかおやっさんのもつ焼きに似ているように見えた。


「……()()()()()()()()()()()()()()()


「そうだね」


「どすなぁ」


「……なによ、その笑みは?」


 つい、おやっさんのに似ていると言うと、ふたりはまた「にまにま」となんともいやらしい笑みを浮かべている。


「本当になんなのよ」と思いながら、手を合わせて「いただきます」と食前の挨拶を口にして、もつ煮込みを頬張った。


「──っ!」


 その瞬間、懐かしい味が、私の知る最高のもつ煮込みの味そのものが口の中いっぱいに広がった。


「うそ、これは」


「……うん、やっぱり美味しい。()()()()()()()()()()()()()()だね」


「もつの下処理もえらい丁寧どす。やっぱし、()()()は最高の料理人どすなぁ」


「あの方、って」


「ここの「板長」のことだよ」


 もつ煮込みを食べ進めるタマモ。フブキちゃんもまた惚けたような笑みを浮かべながらもつ焼きを食べ進めていると──。


「ん? なんでぇ、ここにいたんかい」


 ──懐かしい声が耳朶を打った。


 当時よりも甲高くはあるけれど、とても懐かしい声。


 恐る恐ると声の聞こえた方を見ると、そこには長身の狐系の獣人が、妖狐族の男性が立っていた。


 顔立ちはイケメンというよりは、だいぶ無骨。見た目で言えば二十代くらいだけど、妖狐にとっては見た目と実年齢が「=」にはならないのは通例だった。


 その獣人も若い見た目に反して、ずいぶんと歳を感じさせる、べらんめぇ口調だった。でも、その口調はとても懐かしく感じられるものだったわ。


「まさか」という思いが沸き起こるけれど、そんな私をスルーしてタマモは「板長」と親しげなやり取りを交わしていく。


「あ、「板長」、今日も最高ですよ」


「おう、そいつは嬉しいねぇ。()()()にそこまで言って貰えると料理人冥利につきらぁな」


「いえいえ、「板長」も()()()()のひとりですから」


「俺が教えたのは()()()()()()だけだぜ?」


「それでも、あなたが私の師匠であることには変わりませんよ」


「……そうかい。そう言ってくれるのは嬉しいぜ」


 妖狐族の男性、いや、「板長」は笑いながら鼻を擦っていた。その笑顔と仕草は不思議とおやっさんに重なって見えた。


 いや、なにからなにまでおやっさんに重なって見えてしまう。


 それこそ。


 それこそ、生まれ変わりのようにさえ思えるほどに。


 でも、それはさすがにありえない。ありえないはずだ。


 いくらなんでも異世界に転生するなんて、そんなことはさすがにないはず。


 内心で否定する私を、逆に否定するように、今度はフブキちゃんが「板長」に親しげに話し掛けたの。


 人見知りのきらいがあるフブキちゃんが、まるで昔からの知人相手をするように。


「うちも最高や思てますで、「板長」さん」


「そうかい、フブキの嬢ちゃんもそう言ってくれるとはなぁ」


 そう言って「板長」は、ぽんとフブキちゃんの頭に手をおいて優しく撫で始めた。フブキちゃんはほんのりと頬を染めながらくすぐったそうに身を捩っていた。


「う~、くすぐったいどすえ~」


「がははは、すまねえが、ちいっとばっかし我慢してくんな。……こうして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「……しゃあないどすなぁ。思う存分にどうぞ」


「おう、お言葉に甘えさせて貰うぜ」


 フブキちゃんはくすぐったそうにしつつも、「板長」に頭を撫でられるのを嫌がっている様子はなかった。


 むしろ、嬉しそうに背中の尻尾を緩やかに揺らしていく様は、祖父と孫のように見えた。


 外見だけで言えば、兄と妹ないし、父と娘という方が正しいはずなのに、なぜか私の目には祖父と孫娘という風に見えてしまった。


 その姿には私はかつての光景をデジャブしてしまう。


 確信はない。


 確信はないけれど、状況証拠が揃ってしまっていた。


「……あ、あの、もしかして、なんだけど」


 私は恐る恐るとタマモとフブキちゃんに声を掛けた。


 すると、「板長」は「うん?」といま私に気付いたように、フブキちゃんの頭を撫でつつも私をじっと見つめると──。


「……ほぉ、本当にそっくりだなぁ。なるほど、なるほど。()()()()が言っていた通りってことかい」


 ──タマモを「狐ちゃん」と呼んだのよ。


 その呼び名はヴェルド時代のタマモの呼び名のひとつ。


 由来はかつて「生産板ならぬ凄惨板」と呼ばれた生産板スレッドにおけるタマモの「通りすがりの狐」というHNから。


 なおかつ、タマモを「狐ちゃん」と呼ぶのは、生産板の住人である生産職の、タマモの最初のファンたち以外に存在しない。


 そして生産板において、料理人と言えば、「板長」という名前が相応しい料理人はひとりしか存在しない。


「おやっさん、なんですか?」


「おう。久しいな、レンの兄貴。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 親指を立てて、「板長」、いや、おやっさんはかつてと変わらない、若干暑苦しい笑顔を浮かべてくれた。

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