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Sal1-10 母と娘

「──しかし、娘のためとは聞こえはいいですが、なんでまたその女性は、聖風王殿に依頼をしたんでしょうね」


 聖風王様の話が終わった。


 そう、ひとつの話は終わった。終わったのだけど、まだすべての話が終わったわけじゃなかった。


 聖風王様がいま語られたのは、エンヴィーという女性が、聖風王様に依頼をした理由について。


 すべては愛する娘のために、みずから罪を背負うという悲壮な覚悟を抱いた母親の話だった。


 娘、いや、みずからの子供のためであれば、母親という存在は時に禁忌を犯すこともある。


 聖風王様が語ったエンヴィーという女性は、禁忌とまではいかないけれど、大量虐殺を願い出た。


 エンヴィーがどうしてそこまでのことをしたのか。


 大量虐殺をすることのどこが、娘のために繋がるのかはわからなかった。


 そもそも、なんで大量虐殺をしなければならなかったのか。


 緑溢れる草原だった「狼の王国」を文字通りに更地にした、いや、しなければならなかった理由とはいったいどういうものだったのかしら。


 そう思ったのは私だけではなく、土轟王様も同じだったようで、土轟王様はまっすぐに聖風王様を見つめられていた。


 その視線を浴びて、聖風王様は「ふむ」と顎髭を撫でつけられながら、わずかに目を細められた。


「理由。理由のぅ。我が輩が知るのは、「彼女が娘のために願い出た」というところまでじゃ。なぜ広大な草原地帯を不毛な砂漠へと変えねばならなかったのか。その理由までは我が輩も知らなんだ」


「尋ねられなかったのですか?」


「いや、尋ねようとしたというか、実際に尋ねたのじゃがな。何度聞いても「時間がない」の一点張りでのぅ」


「時間がない?」


「うむ。彼女はなぜか焦っておったのじゃ。なぜ焦るのかは我が輩にもわからぬ。が、逆を言えばじゃ。焦りが生じるほどのことだったということじゃよ。そしてそれは彼女の娘に通ずることなのだということでもある」


「……娘と焦り、ですか」


「どういうことでしょうね」


 土轟王様とアンジュが首を傾げている。首を傾げているのはふたりだけではなく、この場にいる全員が揃って首を傾げていた。


 草原地帯を砂漠にしないと、エンヴィーの娘になにかしらの不都合が生じるということなのでしょうが、まるで意味がわからなかった。


「……あの、風王様」


「ん? なんじゃ、ルクレティア女王よ」


 全員が共通した疑問に頭を捻っていると、ルクレティアが手を挙げて、聖風王様に声を掛けた。聖風王様は細めていた目を開き、ルクレティアを見やった。


「そのエンヴィーという女性は、そもそも種族はなんだったのでしょうか?」


「そうさなぁ。我の目には通常の人族に見えたな。この世界で言う魔族には見えなかったな」


「魔族ではなかった。では、魔物という線は?」


「それはないな。魔物が人の姿を模すには、「人化の術」が必須となる。我が輩たち三人もやはり「人化の術」で本来の竜ではなく、人の姿でそなたたちと向かいあっている。我が輩たちでもそうなのだ。他の魔物たちとて例外はない」


「ですが、巧妙に正体を隠していたということでは?」


「それはないね、ルクレティア女王よ。聖風王殿が仰るように、僕たちでも「人化の術」を用いないと人の姿にはなれないんだ。そして「人化の術」を用いると、特徴的な波動があるのさ。その波動はどうあっても隠しきれるものではない」


「土轟王の言うことを補足するとじゃな。どれほどの力量があろうとも、我らにも見通せぬほどに波動を隠すことは不可能じゃ。そのエンヴィーという女子がどういう存在なのかはわからぬが、少なくとも聖風王が「普通の人族だった」と言うのであればエンヴィーという女子は魔物ではなく、普通の人族だったのじゃろうよ」


 ルクレティアの疑問を土轟王様と氷結王様が切り捨てられた。


 たしかに、「人化の術」を用いると、特定の波動を常に発するというのは私の知識にもあることだった。


 その波動を聖風王様という上位存在相手に隠しきることは不可能と言ってもいいわ。


 となると、エンヴィーは普通の人族だったと考えるのが妥当でしょう。


 そう、あくまでもエンヴィーは、ね。


「エンヴィー自身は人族だけれど、娘は魔物だったという可能性があるのでは?」


 私は思いついたことを口にした。


 そう、エンヴィーが娘と称した相手が魔物だったという可能性はありえた。


 現にカレンの娘たちは、みんな狼の魔物たちだった。


 同じようにエンヴィーの娘も、なにかしらの魔物だった可能性がある。


 ただ、その場合、ひとつ引っかかりがあるのだけども。


「あの、香恋様。風王様はエンヴィーという女性が「産まれたばかりの娘のために」と仰っていましたよね? ベティちゃんたちのように魔物だった場合は「産まれたばかり」というのは違和感があるのですが」


 イリアがおずおずと挙手をする。


 そう、イリアの言うとおり、エンヴィーの娘が魔物だった場合、彼女とは血が繋がっていない可能性が高い。


 でも、エンヴィーは「産まれたばかりの娘のために」と言っていた。


 魔物の子を子供として引き取ったというのに、エンヴィーの言い分では、まるでみずからが産んだばかりの娘のような扱いをしていて、どうにも違和感が拭えなかった。


「……あの、ひとついいですか?」


 違和感の理由について考えていると、タマモがすっと挙手をした。


「エンヴィーという女性のことはたしかに気になりますけど、いまはこれからのことを話す方が先決ではないでしょうか? どれほど過去のことを考えたところで事実はわかりませんし。なら、いまはこれからのことについてを考えるべきかと思うのです。特にプロキオンちゃんのことをです」


 タマモの言葉は正論だった。ずれていた会話を元の軌道に戻すために、あえて冷水を掛けてくれた。


 その言葉にようやく私自身、少しずれていたことに気付いた。


 タマモの言うとおり、エンヴィーの事情はたしかに気になる。


 でも、いまはエンヴィーのことよりも、いまとこれからを考えたい。


 特にプロキオンをどうするのかという問題を片づけるのが先決だった。


「ですけどぉ、具体的にはどうするんですかぁ~?」


「プロキオンちゃんがどう動くのかは、ギリギリまでわからないかと思います。少なくとも、手間がプロキオンちゃんであれば、動くときは絶対の自信といいますか、必勝の策を練れるまでは動かないかと」


 そして、サラとティアリカの言う通り、プロキオンのことをどうにかすると言っても、あの子のことだ。


 ギリギリまでその動きを勘付かせないで動くでしょうね。


 そして動くときは、必勝の策を引っさげてくるに違いない。そうでないとプロキオンらしくない。


 でも、逆に言えば、ギリギリまであの子の居場所はわからないということでもある。


 これじゃ対応策を練ろうにもやりようがなかった。


「……いや、やりようはあるよ」


 プロキオンへの対応策。エンヴィーの事情以上の難問だったのだけど、アンジュがすっと手を挙げた。


 全員の視線が集まる中、アンジュはアンジュの考えを口にしていった。 

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