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Sal1-1 日常への想い

本日から第三部となります。

第三部は香恋が主役となります。

 空がよく晴れていた。


 昨日までとなんら変わることなく、燦々と日の光が地上を照らしている。


 手で遮りながら空を見上げると、いつものように太陽が顔を覗かせている。


 実際の太陽はこの星から遠く離れた場所に存在しているというのに、地上からまともに見上げることも敵わないほどに、その光は眩しい。


 手を伸ばしたところで意味もないほどに、途方もないほどに距離がある太陽を、なぜか私は眺めていた。


 眺めたところで、ただ眩しいだけ。


 でも、その眩しさが不思議と心地いい。


 ずっとあのバカ越しに見ていたからなのか、あのバカというフィルターなしで見る太陽に私は感動していた。


 さすがに泣きじゃくるほどではないけれど、泣きたくなるくらいにきれいだった。


 その一方で、あまりの眩しさに目が眩みそうでもある。


 いつもそこにある見慣れたもの。


 十人に聞けば、十通りの答えが返ってくるだろうけれど、もしその問いに「誰にとっても」という言葉を付け加えたら、真っ先に上がるであろう存在。それが太陽だ。


 少なくとも私であれば、そう答えるだろう。万人に共通して「いつもそこにある見慣れたもの」なんてものは、ほぼほぼ存在しない。


 逆に言えば、答えを大幅に絞れるということでもある。


 絞られた答えでもっともポピュラーだと私が思うのが太陽だった。


 その太陽を私は手で隠しながら眺めていた。


「どうしたの、香恋?」


 太陽を眺めていると、タマモに声を掛けられた。声の聞こえた方を見やると、エプロン姿のタマモがおたまを片手に立っていた。


「……太陽を見ていたの」


「太陽?」


「ええ。思えば、カレン越しに見ることは何度もあったけれど、私自身で太陽を眺めたことってあったかなと思ったら、ついついと眺めていたの」


「そう。それで初めての太陽はどう?」


「……素晴らしいわ。素晴らしく美しい。あの恒星がなければ、この星を始めとした一団はなかった。この星は奇跡の惑星と呼ばれることも多いけど、一番の奇跡はあの太陽でしょう。あの恒星がなければ、この星は誕生せず、生命さえも産まれなかった。それを素晴らしいと呼ばず、なんと言えと言うのかしらね」


「……レンさんはロマンチストだったけれど、君も意外とロマンチストなんだね? しかもレンさんよりも饒舌だ」


「ふふふ、当たり前よ。私はあれの姉なのだから。そもそも本来の「鈴木香恋」は私なの。あれは私の影響を受けただけだもの。まったく困った愚妹だこと」


「そっか。ふふふ」


「なぁに? いきなり笑って? どうしたの?」


 いきなりタマモが笑い始めたので、どうしたのだろうと尋ねると、タマモは「いや、ね。ついついおかしくてさ」と目尻に涙を浮かべていた。


「君もレンさんと同じで、素直じゃないよねぇと思ってね。愚妹とか言っているけれど、その顔で愚妹なんて言っても信じられないよ?」


「その顔ってどんな顔よ?」


「それはね」


 くすくすと笑いながら、タマモが口を開こうとした、そのとき。


「おねーさまうえ~! ごはんなの~!」


 パタパタと駆け込んでくる音が聞こえてきたと思ったら、タマモの隣を灰色の塊が「びゅん」という音と一緒に通りすぎてきた。


「え」とタマモとともにあ然としてすぐ、私の腹部に灰色の塊が猛然と突き刺さったのだ。


「ごはぁっ!?」


「か、香恋っ!?」


 突進の衝撃は凄まじく、私は踏ん張ることもできずに、ガリオンさんの甲板の手すりに背中を強かに打ち付けた。


 前後からの衝撃を与える技が、たしか神威流にもあったなぁと思いながら、手すりを背にしながらずるずると倒れ込む私。


 そんな私のお腹に頭をぐりぐりと埋めながら、「ばぅ~」と楽しげに灰色の塊は笑っていた。


「こ、こんの悪戯姪っ子ぉ! なにしてくれんのよぉ!?」


 灰色の塊こと姪であるベティの首根っこを掴んで視線の合う高さまで持ち上げるも、当のベティはこてんと首を傾げるだけだった。


 ……その仕草に「本当にかわいいわね」と思うあたり、私もなかなかにまずいのかもしれない。


「ばぅ? でも、おとーさんにはいつもこうしていたよ」


「そ、それはそうだけど、って、いつもこの衝撃を受け止めていたの?」


「ばぅ? そーなの」


「……そーなのかぁ」


 ベティが無垢な笑みを向けてくれるが、その際に言い放った内容に私は戦慄したわ。


 カレンはいつもあっさりと受け止めていたけれど、まさか踏ん張りも利かないほどの衝撃を伴った突進だったなんてね。


 ……わかっていたはずだったけれど、あのバカの親バカっぷりを甘く見ていた気分だわ。 

 

「……あのね、ベティ。とりあえず、これからはもう少し加減をしてほしいのだけど」


「ばぅ? なんで?」


「……なんでと来たかぁ」


「あ、あははは」


 ベティが再び小首を傾げてくれました。それも、私の言いたい意味を理解してくれないというおまけ付きで。


 いや、わかるの。わかるのよ? ベティが「なんで」と言うのも理解できるの。


 なにせ、常日頃からこうしてあのおバカに体当たりしていたのに、今後はそれを加減しろなんて言われても理解できないのは当然のことよ。


 なにせ、昨日まではこの体をメインに使っていたのはカレン、この子の「おとーさん」なのだから。


 その「おとーさん」の体にいつものようにぶつかっただけなのに、なんで加減をしろと言われなきゃいけないのか。


 ベティの言いたいことはよくわかるのよ。理解できるのよ。


 だけど、私はベティの「おとーさん」ではなく、「おねーさまうえ」なわけであり、ベティの全力タックルを受け流す技術なんて修めていないの。それができるのはベティの「おとーさん」であるあいつだけなの。


 でも、そんなことをこの子に言えるわけがねえでしょうに。


 とはいえ、言わなきゃ私は今後もこの子の全身全霊の一撃を受け止めなきゃいけないわけで──。


「……お腹が痛くなってきたわ」


「ばぅ? おねーさまうえ、ぽんぽん、いたいの?」


「……え、ええ。物理的な、意味でね」


 ベティは私のお腹をぽんぽんと叩いてくれた。それをされると昨日の夕食を戻しそうになるのだけど、気合いで堪えました。


 だって、ベティを吐瀉物塗れにしたら、あのバカになんて言われるのかわかったものじゃないもの。


 それに、ベティのように愛らしい子を吐瀉物塗れになんてしてたまるものですか。


 なによりも吐瀉物を吐き出すなんて、淑女としてありえないことだもの。


 だから、気合いよ。気合いで乗り越えました。


 ……若干、「うぷ」と来たのはナイショだけど。


「あぁ、やっぱりこうなっていた」


 衝動との戦いを気合いで乗り越えた私と、そんな私のお腹をなぜかベティは触っていたのだけど、そのベティは不意に、私の手からひょいと回収されてしまった。


 顔を上げるとそこにはタマモ同様にエプロン姿となったアンジュが、ため息交じりに立っていた。


「こぉら、ベティ? お姉様上はおとーさんとは違うんだから、いつもみたいに飛びついたらダメってさっき言ったよね?」


「あ、そうだったの。ごめんなさい、まま」


 回収したベティを抱っこしながら、アンジュはこつんとベティに額を当てて注意してくれた。


 さすがはアンジュね。ちゃんと事前に注意を促してくれていたとは。


 でも、その注意をまるっと無視して、いや、完全に忘れてベティは突撃してきたのね。


 ベティらしいと言えば、ベティらしいことかしらね?


 ……若干無理をしているなぁというのもわかるのだけど。


 その証拠にベティの目の下が若干赤くなっていた。


 昨晩はアンジュとルクレティアに挟まって寝ていたはずだけれど、それでもおとーさんが恋しかったのかもしれないわね。


 夜は大抵ベティはカレンと一緒じゃない。カレンは嫁の誰かと夜を過ごしている。最近の割合で言えば、アンジュが多かった。


 アンジュの次がルクレティアで、サラとティアリカは同じくらいかしら。


 そしてひとりがカレンと一夜を共にしている間は、空いている三人のうちの誰かがベティとプロキオンの三人で眠っていたみたい。


 ベティにとっては、誰かと一緒に眠るのは当たり前だった。


 いつも一緒なのはプロキオン。そのプロキオンはいなくなり、カレンも深い眠りに就いてしまっている。


 ベティにとっての日常は崩れてしまっている。


 それでも、ベティは必死に日常のままで振る舞おうとしている。


 ……私に大ダメージを与えた一撃も、その一環と考えたら、文句は言えないわね。


「……はぁ、仕方がないか」


「香恋さん?」


「おねーさまうえ?」


 私は気合いを入れて立ち上がると、両頬を叩くと、両腕を広げた。


 私の姿にアンジュは怪訝そうな顔を、ベティは再び小首を傾げていた。


「来なさい、ベティ!」


「ばぅ?」


「香恋さん、なにを言っているの?」


「……香恋」


 私が意を決して叫ぶと、ベティ、アンジュ、タマモがそれぞれの反応を示してくれた。


 ベティは意味がわからないとばかりにまた首を傾げ、アンジュはあ然とした顔を浮かべ、タマモに至ってはため息を吐いてくれた。


 ……ベティはともかく、残りのふたりはそんな反応をしなくてもいいじゃない! 私なりに考えた答えなのだから!


 ベティが必死に日常を取り繕うとするのであれば、私もそれに付き合うだけよ! なぜなら、私はお姉様上なのだから!


「おねーさまうえ、ドンってしてもいいの?」


「と、当然よ! なぜなら私はお姉様上なのだから! 全力で来なさい!」


 ベティがきらきらと目を輝かせている。その輝きに背筋が寒くなるけれど、さっきくらいの威力であれば、どうにかなる。


 さっきは不意討ちだったから、受け流し切れなかっただけ。


 でも、今回は不意討ちではない。いつ来るかわかっている状態で、さっきの威力程度であれば、どうとでもなる。


 私は胸を叩きながら、自信満々に言い切ったわ。


 ……でも、どうしてかしら?


 アンジュが「あー、やっちゃった」と言わんばかりに気の毒そうな顔をしているのだけど?


 ……気のせい。ええ、きっと気のせいだわ!


 もう一度両頬を叩きながら、「来なさい」と叫ぶ私。


 その声にベティは「ばぅん!」と元気よく鳴くと、アンジュの腕の中から飛び降りた。


 その際に「あ、ベティ!」とアンジュが慌てるけれど、特に問題はない。


「ドォンってするね、おねーさまうえ!」


 ベティはそう言って、なぜか駆け出した。それもなぜかガリオンさんの船首に向かってだ。


 ……あれ?


 なんで、そんなに距離を取って、っていうか、いま「ドォン」って言っていなかった? さっきは「ドン」って言っていたのに。聞き間違いかしら?


「……あー、やっぱりドォンになっちゃった」


 私が疑問を感じていると、アンジュがため息を吐いた。


 それも、なにやら気の毒そうに私を見ているのは気のせい、かしら?


「えっと、アンジュ? ドォンになっちゃったってなにかしら?」


「そのままの意味って言ってもわからないよね。えっと、ベティの飛び掛かりって、二種類あるの」


「……二種類?」


 なぜかしら、とても嫌な予感がしてきたわ。

 

 いえ、落ち着きなさい、香恋! まさか、そんなことがあるわけが──。


「ドンが普通の飛び掛かりで、ドォンが全力の飛び掛かりになるの」


 ──そんなことがあったんですけどぉぉぉぉぉ!?


 いや、ちょっと待って!


 落ち着いて私!


 もしかしたら、さっきのが「ドォン」の可能性もあるじゃない!


 きっとそうよ。そうに決まっているわ!


 まさか、さっきのが普通のドンであるわけが──。


「ちなみに、さっきのがドン。ドォンは助走距離を取ってから全力で飛び掛かってくるの。ほら、あんな風に」


 ──またなのぉぉぉぉぉぉぉぉ!?


 って、だから私から距離を取ったわけ!? ガリオンさんの船首に向かって走っていったのは、助走距離を作るためなの!?


 そんなの初耳なんですけどぉ!?


「おねーさまうえー! ついたのー!」


 狼狽える私とは裏腹に、船首にまで至ったベティは、両手をぶんぶんと振っていた。


 元から小さいベティが、より小さく見えるのに、その顔が満面の笑みになっているのがはっきりとわかってしまった。


「ちょ、ちょっと待って。ベティ、やっぱり「ドン」で──」


「いっくのー!」


「ま、待ってぇぇぇぇぇ!?」


 ベティを制止させようとしたのだけど、すでに時遅し。


 ベティは四つん這いになり、そしてふっとその姿を消した、と思ったときにはすでに目の前にいた。


「は、速す──」


「ばっぅぅぅぅぅーん!」


 ベティの元気な声とともに、先ほどの比ではない衝撃が私の全身を駆け巡った。


 踏ん張ることなど到底できるわけもなく、私はベティの本当の全力タックルである「ドォン」の直撃を受けた。


「か、香恋ーっ!」


 タマモの叫び声とドゴォンという破砕音、そして──。


「やっぱり、ドォンはきもちいーの!」


 元気いっぱいに笑うベティの声を聞きながら、私は意識を手放すのだった。

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