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rev5-Ex-5 ハジメマシテ

 ごぽごぽと空気が漏れていく。


 漏れ出していく空気の玉。


 少し前まで眺めていたもの。


 でも、いまはそんなものを眺めている気にはなれない。


 シリウスちゃんから教えられたこと、私が女神の真体として選ばれたというのが切っ掛けだった。


 でも、一番の理由は、私が私の想いを取り戻したから。


 いまだに私は私自身を取り戻したとは言い切れない。


 私自身のことをどれだけ教えられたとしても、まだ私の中で「私」と私は紐付けられていなかった。


 だけど、「香恋」のことだけははっきりと思い出せていた。


 それだけ、私の中で「香恋」が大きな比重を占めていたということ。


 ……私が「香恋」を愛していたということ。


 身動きがまともに取れない試験管の中で、私はようやく私自身の気持ちと向かいあうことができた。


 遅すぎる自覚だった。


 挽回ができるかどうかもわからない。


 そもそも、ここから脱出できるかどうかもわからなかった。


 それでも私は、ようやく気づけたこの想いを忘れることはできない。


 どうにかしてここから脱出したい。


 脱出して「香恋」に会いたかった。


 たとえ、どんな形であったとしても。


『シリウスちゃん。私、ここから出られるかな?』


『……ノゾミママは本当にパパのことになると、一直線だね? まぁ、ノゾミママらしいけれど』


『そ、そうかな?』


『そうだよ。というか、私の話まだ終わっていないよ?』


『あ、ごめん。つい』


『……本当にパパとママは仲良しさんすぎるんだよねぇ』


 はぁとシリウスちゃんがため息を吐く。ため息と言っても、念話でされただけなのだけど。居心地が悪いことには変わりない。


『えっと、たしか、私が女神の真体に選ばれたのが、私が香恋と一番近しいからって話だったっけ?』


『そうだね。間違っていないよ。ちゃんと話を聞いて貰えていて、安心したよ』


『だ、だから、ごめんってば』


 シリウスちゃんが呆れ声になっている。体がちゃんと動けたら、平謝りしていたと思う。


 ……娘相手に平謝りするママって、たぶん私くらいじゃないかな。


 ママと言っても、まだ自覚はそこまで芽生えていない。


 でも、シリウスちゃんにママと呼ばれることに違和感はもうないし、この子を愛していることは思い出せた。


 だからこそ、自分の体たらくになんとも言えない気持ちになってしまっていた。


『まぁ、ちゃんと憶えてくれているみたいだから、続きを話すね。「アマミ」の家は「オノデラ」や「タマモリ」とは違い、一般人だけど、それでもその体にはたしかに神の血が流れているの。「タマモリ」は当然として、「オノデラ」よりもはるかに薄いけれど、それでも神の血は流れているんだ』


『正直、「本当に?」としか思えないけれど』


『だろうね。ノゾミママはまだ覚醒していないから、神の血が流れているという感覚は乏しいと思う。でも、これは間違いのないことなの』


 シリウスちゃんははっきりと私の中の血は神の血であることを断言してくれている。


 大元が神様の末裔なのだから、その流れを汲む私も末裔のひとりだから、当然神の血を受け継いでいる。


 わかるけれど、自覚なんてものは私にはない。


 シリウスちゃんが言うには私がまだ覚醒に至っていないからというけれど、覚醒すればわかるものなのかな?


『そもそもの話、神の血も流れていない相手の体を、女神の真体として選ぶわけがないよ』


『……そう言われると否定できないかな?』


 元も子もない話ではあるけれど、シリウスちゃんの言う通りだ。


 女神の真体として選ばれたということは、神様となにかしらの繋がりがあるということ。


 なんの繋がりもない相手の体を、女神の真体として選ぶことなんて、よっぽど追い詰められていない限りはありえない。


 いま私とシリウスちゃんの状況を踏まえたら、私の体を奪おうとしている人たちは、そこまで追い詰められているようには思えない。


 むしろ、「香恋」が追い詰められていると思う。


 相手さんはどう考えても、万全の態勢を以て私を試験管に捕らえている。 


 つまり、相手の狙いは元から私だったということ。


 無作為に選んだというわけではなく、元から私に狙いをつけていた。


 それも私が「香恋」と一番近しいから。神様の血筋の中で、一番近しい私を最初から狙い打ちしていたということ。


 そして、その狙い通りに私は相手の手の中にいる。


 ある意味では、詰みに近い状況だった。


『……ねぇ、シリウスちゃん』


『なに?』


『私が選ばれた理由って、本当に「香恋」と一番近しいからなの? それだけの理由なのかな?』


『……と言うと?』


 シリウスちゃんが少し言い淀んでいた。


 私が選ばれた理由に関しては、たぶんシリウスちゃんの言う通りなんだと思う。


 でも、相手の「目的」ではないはず。


 考えてみれば、シリウスちゃんは私が真体として選ばれた理由に関して言っていたけれど、相手の目的に関しては、「女神の真体をどうするつもりなのか」という、相手の目的に関してはなにも言っていない。


 その「目的」のためには女神の真体が必要で、その真体に一番相応しい条件に当てはまったのが私だった。


 シリウスちゃんが教えてくれないことの中には、一番上にあるはずの目的がない。


『本当は相手には別の目的があるんじゃないの?』


『……やっぱり、ノゾミママには気付かれちゃうか』


『やっぱりってことは、本当の目的があるってことだよね?』


『……本当は気付いてほしくなかったんだけどね。知っているのと知らないのでは全然違うからね。だから、教えたくなかった』


『どういうこと、かな?』


『……スカイディアの本当の目的は、ばぁばに、パパのママであるスカイスト神に肉体を与えること。そして自分をひとりにしない「家族」を得ること。そのためには、三つの力を欲しているんだ』


『三つの力?』


『うん。有を無に帰する破壊の力。無から有を生み出す再生の力。そして破壊と再生を操る平定の力。そのうち、破壊の力に関しては目処が立っているの。でも、平定の力は再生の力がないとどうにもならない。だからこそ、スカイディアは再生の力を、ノゾミママの中に眠っている力を狙っているんだよ』


『私の中に?』


『うん。だから、スカイディアは──っ!?』


 シリウスちゃんがいきなり狼狽えた。どうしたのだろうと思ったけれど、すぐに理由がわかった。


 私が収められている試験管の中に満ちていた培養液が音を立てて試験管の底へと吸い込まれていた。


『まさか、気付かれて──』


「そのまさかよ? 本当に私をコケにしたがるワンちゃんよねぇ~。ねぇ、シリウスちゃん?」


 培養液が半分を過ぎたところで、声が聞こえた。


 目を開けないように、必死に眠ったふりを続けようとしたのだけど、大きな音を立ててガラスが割れる音が聞こえ、すぐに顎の下辺りを強い力で掴まれた。


「眠ったふりはだめよぉ~? ほぉら、目を開けなさい、希望ちゃん?」


 くすくすと笑う声が聞こえる。その声に導かれるようにして閉じていたまぶたを開くと、そこにはさっきの女性が、いや、真っ白な髪をした赤い瞳の女性が、写真で何度も見た人が立っていた。


「空美、おばさん」


「そうよ。こうして会うのは初めてね。初めまして、希望ちゃん。私のかわいい香恋の、かわいいお嫁さん?」


 空美おばさんが、写真の中のままの姿で「香恋」のお母さんが口元を歪めて笑っていた。その笑顔はとても、とても悍ましいものだった。

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