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rev5-Ex-4 目指すべき場所へ

 無数の光が見えていた。


 頭上にある無数の光たち。


 それは遠い星々が放つ光で、地上からはとても小さい光としか見えない。


 小さいのは、ここからでも同じだった。


 どれほど地上から離れたところで、星と星の間の距離に比べたら、とても短い距離でしかない。


 そんな短い距離を埋めても、光の大きさも、強さもそこまで大きく変化はしない。


 光の強さはそこまで大きな変化ではないけれど、なによりもの変化をここでは感じられる。


 それは星の光をいつでも見られるということ。


 地上では、昼間には星は見られない。夜の間だけしか星々の光を眺めることはできない。


 それに大した変化ではないけれど、距離が近くなった分、地上よりもいくらか大きくて強い光がここではいつでも見えた。


 地上よりも大きく強い光を視界いっぱいで見ることができる。


 ここでの生活はそれがなによりもの楽しみではあった。


 逆に言えば、ここではそれくらいしか楽しみがないわけなのだけど。


 こういうのを無聊の慰めと言うのかな?


 退屈すぎる日々の中での唯一の楽しみなのだけど、いまはその光を眺めている気にはなれなかった。


 いま私が見ている光に比べれば、希望を灯した光とは比べようもないから。


 希望を灯したのは母神様だった。


 さっきまでの母神様は絶望を灯していた。


 私と同じ紅い瞳は、さっきまで絶望に染まっていた。


 暗く澱んだ光を帯びさせながら、母神様は呑んだくれていた。


 ……気持ちはよくわかるけれど、呑んだところでなんの意味もない。


 お酒を飲むことは、ここで空を眺めるのと同じで、退屈を慰める程度の行為でしかない。


 でも、さっきまでの母神様のそれは、自傷行為でしかない。


 どれだけ呑んだところで、事態の解決には繋がらない。


 繋がるはずがない。


 だって、呑んだところで地上で起きている事態の解決に結びつくことは絶対にありえない。


 だから、意味はない。


 せいぜい呑みすぎて倒れてしまうことくらいで、ほぼ意味はない。


 ……もしくは、お酒を飲むことで辛い現実を忘れられることはあるかもしれない。


 でも、得られるのはわずかな間の逃避だけ。


 目の前で起きている現実には、なんの関わりもない。


 ほぼ意味のない行為でしかなかった。


 そうなったのも、すべては旦那様が眠ってしまったから。


 深い、深い眠りにあの人は就いてしまった。


 レンゲに刺されてしまったことで、プロキオンを護るために、みずから致命傷を負ったことで旦那様は深い眠りに就いてしまった。


 母神様はそれだけで旦那様が死んでしまったと勘違いしてしまったみたいで、とても落ち込んでしまい、お酒に逃げてしまった。


 ドラームスさんに呼ばれて来てみたら、酒場の呑んだくれよりもひどい状態になっていた母神様を見たときは驚いたよ。


 普段は聡明で、きれいな母神様が、見る影もなかったのだから。


 ずっと泣いていたみたいで、目元は赤く腫れていたし、うわごとみたいに「香恋」って旦那様を呼んでいた。


 どれだけ母神様が旦那様を愛しているのかは、それだけでよくわかった。


 私もシリウスたちを愛しているから。娘たちを愛しているから気持ちはよくわかる。


 ……まだお腹を痛めて。いや、命を懸けて産んだこともない私が言うことではないのかもしれないけれど、それでも私はあの子たちを心の底から愛している。


 だから、母神様の気持ちもわかると言いたい。


 まぁ、呑んだくれ状態の母神様に言ったところで、鼻で笑われるだけなのは目に見えていたから、あえて言わなかったけれど。


 子供を産んだことがない私が、母神様に子供を愛する気持ちを語ったところで認めて貰えることはない。


 だけど、最愛の人を想うことだけは語れた。


 だからこそ、私は旦那様のことを語った。


 その結果、母神様の目は変わった。


 絶望に染まった瞳から、希望を灯した瞳へと変わってくれた。


 大好きな旦那様と同じ目になってくれた。


 母神様はそこまで旦那様とそっくりというわけじゃない。


 似ているところはたしかにあるけれど、「言われてみれば」という程度で、びっくりするくらいにそっくりというわけじゃない。


 私とアンジュのようにうり二つというわけじゃない。


 似ている部分はたしかにあるけれど、似ていない部分の方が多いくらい。


 それくらいに似ていない旦那様と母神様だけど、唯一、誰からも似ていると言われるものはある。


 それが瞳の光。強い意志と希望に満ちた瞳。瞳の光だけは旦那様と母神様はよく似ていた。


 それは母神様が呑んだくれになっていたときも似ていた。


 呑んだくれになった母神様と「聖大陸」に移ってからの旦那様はやはり同じ目をしていた。


「レン・アルカトラ」と名乗るようになってからの旦那様は絶望を瞳に宿すようになっていた。その旦那様と呑んだくれの母神様は同じ目をしていた。


 それを見て親子だなぁと思ったのは秘密。旦那様も母神様もこんなことで「親子」であることを感じられても嬉しくもなんともないだろうから、ナイショ。


 ……母神様には気付かれている節はあるのだけど、それはそれとして。


 とにかく、母神様を元通りにできたのはよかった。


 反面、根拠のないことを言うことになってしまったけれども。


 旦那様が生きているというのは、私の希望的観測でしかない。


 母神様の手前、ああ言いはしたけれど、普通に考えれば旦那様がもう目覚めない可能性は高い。


 さしもの旦那様と言えども、心臓を貫かれてしまったら、どうしようもないはず。


 それでも、旦那様ならばと思えてしまうのはどうしてなんだろう。


 あの人が親バカだからというのも大きい、いや、親バカだからこそだと思うからなのかもしれない。


 旦那様はとびっきりの親バカさんだもの。


 それこそ、あまりにも娘たちを溺愛するものだから、私を始めとした嫁みんなが、「あの子たちばかり」と思ってしまうくらい。


 本当に旦那様はどうしようもないくらいの親バカさんだった。


 そう思う一方で、そんなあの人だからこそ愛しているとも思えてしまう。


 あの子たちを溺愛する姿にヤキモチしつつ、その姿に心を奪われてしまっている。


 本当に旦那様は困った人だ。


 そんな困った人を愛してしまっている私たちも、同じようにどうしようもないのだけどね。


 だからなんだろうね。


 冷静に考えれば、旦那様はもう目覚めないとわかっているのに、「この程度であの人が死ぬわけがない」と思えてしまうのは。


 そう思ってしまうと、悲観的な思考になることはなかった。 


 せいぜい、どんな危機的状況であの人は目覚めるのかなと考えることくらいかな?


 あの人はどうにも神懸かり的なタイミングで事を起こしてくれる。


 今回だって、絶望しかない状況下でいつものようにしれっと起きてくれるんだろう。


 母神様が少し前に、「香恋は主人公属性が強いからねぇ」と笑っていたことがあった。


 どういう意味なのかがわからなくて、母神様に聞いたら、「物語の主人公みたいに、神懸かったタイミングで最善手を打ったり、絶望的な状況だというのに、一気に盤面をひっくり返せる様な人」という意味らしい。


 それを聞いて、まさに旦那様だなと思ったよ。


 だからこそ、今回もいつもと同じように「主人公属性」をこれでもかと発揮してくれるはずなんだと思えるんだよね。


 ある意味旦那様に毒されているのかもしれない。


 でも、そんな自分が私は困ったことに嫌いじゃないんだよねぇ。


「ふふふ」


「カルディアちゃん?」


「なんでもないよ、母神様」


「そう? なんだか楽しそうだけど」


「うん。そうだね。旦那様のことを考えていたから」


「あなたは本当にあの子を愛しているわよね」


「当たり前だよ。だって、私の最愛の人だもの」


 母神様に笑いかけると、母神様は「本当にあの子はタラシよねぇ」と苦笑いしてくれた。


 その苦笑いの内容に関しては、否定はできない。


 というか、事実そのもの。


 いまは眠ってくれているから、これ以上タラされる人はいないだろうけれど、あまりうかうかはできない。


 なにせ、アンジュったら、私を差し置いて正妻の座を盤石にしつつあるんだもの。お姉ちゃんは悲しいよ。


 だけど、それも私が地上に戻るまでの話。地上に戻ったらいままでの鬱憤を晴らすくらいに挽回するつもりなのだから。


 いまはアンジュに半ば譲っているようなものだけれど、旦那様の正妻は私のものなのだから。こればかりはアンジュにだって渡すつもりはないよ。


「母神様。修行はあとどれくらい掛かるかな?」


「そうね。早ければ、一月。遅くとも数ヶ月くらいかしら?」


「そっか。……崩壊までは間に合うかな?」


「遅くともギリギリ間に合うとは思うわ。でも、すべてはあなた次第よ、カルディアちゃん」


「……わかっている」


 私がここ「天空殿」にいるのは、修行のため。


 旦那様の側に居続けるための修行のために、私はここにいる。


 いまの私は昔とは違う存在になりつつある。私自身は地続きではあるけれど、その存在自体は別物に変わりつつある。


 アンジュがそうであったように、私もまた変化を続けている。


 ただ、アンジュのように一気に変化したわけじゃなく、時間を掛けて変化させている。


 時間を掛けないと、一気に変化をさせると、精神が壊れかねないらしいんだよね。


 だからこそ、こうして時間を掛けて私は、私が望むべき存在へと変わろうとしている。


 すべては旦那様の側にずっと居続けるために。


「さて、遅くなったけれど、今日の修行を始めましょうか?」


「できるの?」


「……若干辛いけれど、大丈夫」


「……母神様がいいなら、私はいいけれど」


 母神様は親指を立てて笑っている。笑っているけれど、若干膝が笑っている。


 本当に大丈夫かなぁと思うけれど、本人ができるというのだから、その言葉を信じるしかなかった。


「じゃあ、今日もよろしくお願いします」


「……任されたわ。うっぷ」


「……本当に大丈夫?」


「だいじょーぶ、よ」


 今度は親指を立てたまま、ぷるぷると震え始める母神様。


 本当に大丈夫かなと心配になりながらも、私は私のするべきことを始めた。


 旦那様の元に帰るために。


 もう二度とあの人を置いていかないために。


 私は私のなすべきことを、私が目指すべき場所へと辿り着くための修行を今日も行っていった。

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