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rev5-70 最後に見た色

 プロキオンが腕の中で震えていた。


 噛みつかれた右肩は、大部分が砕けていた。動かそうにも痛みが走るだけで、動いてくれない。


 少し前までは、プロキオンを抱きしめたり、頭を撫でたりした際には動いていたのだけど、いまはもうぴくりとも動いてくれない。


 骨が砕けただけなら、時間はだいぶ掛かるけれど、治すことはできる。魔法のあるこの世界なら、そこまで時間は掛からず治すこともできるだろう。


 元の世界だったら、下手をしたら障害が残るほどの大怪我だ。もしかしたら、この世界でも障害が残る可能性は否定できない。


 でも、プロキオンを取り戻せるなら、悪くない代償だ。


 いや、悪くないどころか、代償としては軽すぎる。


 たかが右腕一本で、大切な愛娘を取り戻せるなら、あまりにも安すぎる代償だよ。


 ……プロキオン本人が聞いたら、落ち込むんだろうけどね。


 俺としては気にしなくてもいいことなのだけど、プロキオンはたぶん気にしちゃうと思う。


 この子はそういう子だ。優しすぎる子だから、自分のせいだって気にしすぎてしまうと思う。


 そうならないように、予め言い聞かせておかないといけないけれど、それは後にしよう。


 というか、まだプロキオンを取り戻せるかがわからない。


 香恋曰く──。


『ここまでやって、ようやく七分ってところね。まだ確定とは言えないわ』


 ──ということらしい。


 右腕がもう二度と動かせなくなるかもしれない重傷を負ってもまだ七分。


 でも、五分五分を超過できたことを考えれば、悪くない状況にあるんだと思う。


『というか、あんたカッコ付けすぎ。下手したら、その右腕動かせなくなるわよ? その体は私の体でもあるんだから、無茶しすぎるんじゃないわよ』


 悪くないと思っていたら、香恋からのお小言が始まった。


 いや、お小言というよりかは、苦情かもしれない。


 まぁ、この体はもともと香恋のものであるから、香恋がそういうのもわからなくもない。


 もう少しオブラートに包んでくれてもいいとは思うけど、心配させてしまったのは事実だから、反論ができない。


『一応言っておくけどね? 私程度のお小言でいっぱいいっぱいになっていたら、この後が大変よ?』


 この後と香恋が告げた言葉の意味はすぐにわかった。


 むしろ、わからない方がどうかしている。


 なにせ、さっきからずっと視線を感じていた。


 ちらりと背後を見やると、ルクレやサラにティアリカが明らかに怒っているのが見えた。


 ルリやイリアたちは怒りを通し超して完全に呆れているし。


 ベティはひとり嬉しそうに笑っている。祖の笑顔だけが現状では救いだ。


 でも、ルクレたちの反応はまだいい。


 なによりも問題なのは、アンジュだ。


 アンジュは大粒の涙を流しながら、その場でへたり込んでしまっている。


 ルクレたちが心配してないというわけじゃない。


 ルクレたちにも心配を掛けてしまった。


 でも、誰よりもアンジュは俺の身を案じてくれていたのか。大粒の涙を流しながら、しゃくり上げている。


 お説教を受けるよりも、嫁の涙はなによりも堪えてしまうもんだ。


 それだけ心配を掛けさせてしまったと、それだけの無茶をやらかしてしまっていたという証拠だからね。


 どう謝るべきだろう。


 この件に関しては、香恋は絶対力を貸してくれないだろうし。


『当たり前でしょうが。そもそも、私たちは止めていた側なんですけど? それをあんたが無視して、無茶したんじゃないの』


 香恋は想定通りの言葉をぶつけてくれました。


 大いに呆れられてしまっていた。


 まぁ、そうなるだけのことをやらかしていたのだから、無理もないんだけど。


『でも、まぁ、今回ばかりはフォローしてあげてもいいわよ? あんたが無茶をしなかったら、プロキオンはきっと邪神になっていたでしょうからね。この場であの子を止めなかったら、殺すか殺されるかのどちらかしかありえなかったもの』


 香恋はため息交じりにそう言った。その声は思っていた以上に真剣なものだった。


 どうやら、かなりの瀬戸際だったみたいだ。そりゃアンジュたちが「殺して救わないと」なんてことを言い出すわけだ。


 俺だって感覚としてはわかっていた。


 あぁ、もうプロキオンではないんだ、って。


 それでも俺は諦めたくなかった。


 愛娘の血に染まるのはもうごめんだ。


 なにがなんでも助けたかった。


 だから、香恋たちの制止を振り切って、無茶をした。


 その結果が、七分だ。


 うん、本当に悪くない。


 そのうえ、香恋もフォローに回ってくれるのであれば、もう憂いはない。


『これも一応言っておくけどね? 今後同じような無茶はするんじゃないわよ? もししたとしても、今度はフォローなんてしてあげないからね? 今回はプロキオンをほぼほぼ取り戻せる状況まで持っていけたことへの報酬みたいなものなんだから。今後は絶対にフォローなんてしないからね、肝に銘じておきなさいよ、愚妹』


 香恋はそう言って釘を刺してくれた。


 たぶん、その言葉は事実で、今後は本当にこの手のフォローはしてくれそうにない。


 してくれそうにはないけれど、今回は香恋もきっと喜んでいるんだと思う。


 相変わらずツンケンしているけれど、言葉の端々から喜びが窺えた。


 プロキオンを取り戻せるのが香恋は嬉しいんだろう。それだけこの子を香恋も愛してくれていると思うと、俺も嬉しかった。


『なぁに、笑ってんのよ、あんた? キモいんですけどぉ?』


 ……うん、全力で前言撤回したい気分だわ。まぁ、こういうツンデレなところも香恋らしいっちゃらしいのかもしれんね。


『誰がツンデレか。そんなことを抜かすんなら、せっかくフォローしてやろうとしていたけど、こっちから前言撤回してやろうかしらねぇ?』


 いやぁ、まったく、うちのお姉様ったら、お優しすぎて素晴らしいですよ! うんうん、俺はいいお姉様を得たものです、あはははは。


『……あんたがお姉様とか言うと、キショいわ。まぁ、その態度に免じて、前言撤回はやめてあげる。感謝しなさいよね』


 ふふんと得意げな声をあげる香恋。相変わらず、こいつチョロいわぁと思いつつ、ここからどうしようかなぁと思っていた、そのときだった。


 不意に足音が聞こえたんだ。


 誰だろうと振りかえるよりも早く、俺は背中を斬られていた。


 アンジュとルクレたちの悲鳴とともに鮮血があがった。


「恋、香っ」


 呼吸を乱しながら、犯人である恋香を、俺の背中で白い剣を振るった恋香を見やる。


『カレン!』


 香恋が心配するように声をかけてくれるのだけど、返事をする余裕はなかった。


 背中に走る痛みに顔が歪んでいく。


 浅く斬られただけなら、まだよかったのだけど、だいぶ深く斬られてしまった。幸い、臓器にダメージはない。


 でも、臓器近くまで、恋香の剣は俺の背中を深く斬っていた。


 ただでさえ重傷を負っていたのに、いまの一撃はまさに致命傷だ。


 プロキオンをより強く抱きしめることしかできなかった。


 そんな俺の姿に恋香は得意げに嗤っていた。


「ははは、これ以上好き勝手にはさせませんよ、お姉ちゃん」


 嗤いながら、その手にある白い剣を逆手に握ると、もうまともに動けない俺にと向けて、その切っ先を全力で振り下ろしてきた。


『カレン! 避けて!』


 香恋が叫ぶ。


 でも、叫ばれても俺はもうどうすることもできなかった。


 唯一できたのは、唯一とっさに動けたのは、腕の中のプロキオンを守ることだけ。


 恋香の一撃を俺だけに届くように、体の向きを微調整した。


 恋香の一撃は俺の背中を抜けて、胸まで貫通した。


 プロキオンに届くか届かないか、ギリギリの位置で恋香の白い剣は止まった。とっさにプロキオンを離し、飛びだした剣の切っ先を両手で掴んだ。


 動かないと思っていた右腕は、不思議と動いてくれた。


 おかげでプロキオンに怪我をさせないで済んだ。


 問題はない。


『バカ! 問題だらけでしょう!?』


 香恋が叫んでいる。でも、いまは返事をしている余裕はない。


「ぱ、ぱ?」


 プロキオンが呆然とした様子で、俺を見詰める。


 俺の血に染まった顔で、俺を見つめていた。


「怪我は、ないかい? プロキ、オン?」


 血を吐きながら、プロキオンの頬を最期の力で撫でていく。


 できたら、その顔の血を拭ってあげたいのだけど、俺の手は自分の血で汚れていて、血を拭ってあげることはできそうにない。 


「怪我は、ない」


「そう。……なら、いい」


 たった一言。


 残されたすべての力を振り絞って、大切な愛娘に笑いかけると。俺はそのままプロキオンに寄りかかる形で倒れ込んだ。


 色が消えていく。


 世界の色が徐々に消えていく。


 それでも、プロキオンの瞳だけは。


 きれいな紅い瞳だけは、いつまでも残っていた。


 その紅が俺が見た最後の色だった。

https://kakuyomu.jp/works/16818093080456940494


13話まで更新中です。よろしくお願いします

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