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rev5-63 寵児のため

 雷鳴が轟いていた。


 見慣れた家の中で、雷の音だけが聞こえていた。


 家の中はいつもとほとんど変わらない。


 基本的に、家の中は真っ白だった。


 天井も壁もすべてが白で覆われていた。


 調度品までは白ではなかったものの、その意匠はあまりパッとしないものばかり。


 パッとはしないが、見ているだけで穏やかになるようなものが多かった。


 それこそ日だまりの中でうたた寝をするかのように、不思議と体の力を抜くことができるような、住んでいる者を落ち着かせてくれるような、温かみのある意匠が多かった。


 だが、家の中の中度品の中には、やけに尖っていたり、なぜか鎖をふんだんに使われていたりなど、いまいち「どうしてそうするのか」というのがわからない調度品もあった。


「どうしてそうするのか」と思うような調度品は、基本的に姉上が用意されていた。


 逆に温かみのある意匠のものは母上が用意されたものだった。


 我や焦炎王、そしてふーこが用意したものはほとんどなく、家にあるのは母上ないし姉上が用意されたものだけだった。


 母上の用意された調度品に関しては、誰もが口出しをしなかった。が、姉上の調度品に限って、ふーこはいつも「ギョウ様のご趣味は悪すぎるのです」と口を尖らせておった。


 ……まぁ、その後、ふーこはいつも姉上からの折檻を受けていたが。


 とはいえ、趣味が悪いとまでは言わぬが、姉上の用意されたものは大抵意味がわからんものが多かった。


 というのも姉上はどういうわけか、そういう「どうしてそうするのか」というものを蒐集する趣味があられた。


 その手の収集品は、調度品だけではなく、身につけておられた服や装飾にも及ばれていた。


 両目ともに見えておられるはずなのに、なぜか片目を眼帯で隠していたり、鎖やらベルトなどのじゃらじゃらとしたものを服の上からなぜか身につけられたりなど。


 用事を申しつけられたときや、我が君にお会いするときは、その手の装飾品は外されておられたが、個人的な外出をなされる際は、その手の装飾品をどっさりと身につけられておられた。


 正直、いまでも姉上の趣味は理解できぬ。母上は「個性的やねぇ」と笑っておられたが、おそらくは母上も姉上の趣味を御理解されておられなかったであろう。


 それでも。


 それでも、母上と姉上が用意された調度品が置かれたあの家は、我らにとっては大切な場所だった。


 だが、その大切な家は、あの日、真っ赤に染まっていた。


 それは家全体を包む炎の色でもあったが、それ以上に家の内部が、みなが共に食事をするリビングが赤に染まっていた。


 真っ白なリビングに赤い大きな水たまりが生じていた。


 その水たまりの中に姉上はおられた。その手に赤く染まったミカヅチとムラクモを握りしめ、足元には血の気を失った母上が倒れておられた。


(あぁ、またか)


 またあの日のことを思い出している。


 いや、思い出さされている。


 忌まわしき種を植え付けられてから、我はすっとあの日の夢を見ている。


 なにもできなかったあの日を。


 いや、あの日になるまで、なにも気付いていなかった頃のことを思い出していた。


 千年以上の時が経ってもなお、あの日の光景はいまだにまぶたの裏に焼き付いていた。


 稲妻が鳴り響く中、家が燃え盛っていた日。


 ふーこたちの抑止を振り切って、家の中に飛び込み、事切れた母上と、壊れたように笑いながら泣いていた姉上の姿を、我は一度たりとも忘れたことはない。


 あの日の無念を我はいまでも憶えている。


 忘れることのない日。


 忘れようのない記憶。


 それを我はいま延々と見せつけられていた。


(……これが、「混沌の胚」か)


 我が体に植え付けられた種、ご息女が言う「混沌の胚」とやらの能力の一端がこれなのだろう。


 植え付けた対象に、絶望の記憶を延々と思い出させ続ける。


 そうして思い出させた絶望を糧に、対象者の体内で胚は花を咲かせるのだろう。


 趣味が悪いにもほどがある。


 が、その趣味が悪すぎる種は、ことのほか、強力なものであった。


 あえて種を受け入れたが、その支配力は凄まじいの一言に尽きる。


 ご息女が主導しているとはいえ、所詮は人が作り上げたものと侮りすぎていた。


 まさか、この身を反転させるほどに強力な呪いが込められていようとは。この呪いはそれこそ神々さえも呪いかねないほどに強力だ。


 いったいどのようにして生成したのか、皆目見当もつかないほどに。


 まぁ、その疑問に対する答えは、レンに似た白い女の口から語られたわけだが。


 あの女は言うた。


「ヒナギクを触媒とした」と。


 その言葉を聞いて、「道理で」と思ったものわ。


 もし、触媒がレンかタマモであれば、ここまで強力な呪いとなることはなかったであろう。


 いや、あのふたりの場合は、また別の指向性を得ていた可能性はある。


 が、それでも「神々さえも蝕む呪い」などにはならなかったであろう。


 そうなったのは、すべてヒナギクの力によるもの。


「ヴェルド」の頃から、ヒナギクにはある力があった。


 当時はまだ片鱗が見え隠れしていただけ。しかもその片鱗は「調理」ということに関してのみ発揮されておった。


 それはおそらくこの世界でも同じ事であっただろう。


 異界に転じたものは、なにかしらの力に目覚めることがある。


 それは小さなものもあれば、大きなものもある。


 が、ヒナギクのそれは、あまりにも強大だ。


 人の手に負える力ではない。それこそ、神々のみが十全に扱える力だった。


 タマモやレンが持つ力と同等の力である。


 タマモが母上の裔であることは知っている。そのタマモの遠い縁者であるヒナギクもまた母上の裔である。


 だからこそなのだろう。


 ヒナギクも神々の力を以て産まれてしまった。


 もっとも、ヒナギクの場合は、母上がなにかしらの細工をなさったのだと思う。


 わずかに漏れ出る程度に留められたのだろう。もしくは、母上であっても完全に封じきれなかったのかもしれぬ。


 どちらにしろ、その力をご息女は利用し、「神々さえも蝕む呪い」を新たに作り上げたのだろう。


 恐ろしいものだ。


 同時に、哀れである。


 同情心は不思議と沸き起こりはせぬが、不憫とは思う。


 それさえも、あの方にとっては不要なのだろうが。


 だからこそ、あえて我は種を受け入れた。


 あの方の策略をすべて崩壊させるためにだ。


 ただ、想定以上に呪いが強かった。


 その結果がいま。


 あのくたばりぞこないに言いたい放題、殴り放題されているという現状だった。 


(まったく、なにも知らん分際で、言いたい放題しおってからに)


 そう、あのくたばりぞこないはなにも知らん。


 なにも知らんくせに、言いたい放題と来ている。


 我がどんな想いで、タマモたちに牙を剥いていると思っているのか。


 見えぬ涙だと?


 そんなものとっくの昔に見えておるわい!

 

 それでも、我はなにもできなんだ。


 ただ、見ていることしかできなかった。


 だというのに、好き勝手言いおってからに。


 なによりも腹が立つのは、あのくたばりぞこないの言葉を受けて、種の呪縛に打ち勝てそうになっているということよ。


 これでは、まるであのくたばりぞこないに助けられたようではないか。


 冗談ではない。


 我は我の力を以て、呪縛に打ち勝つのであり、あのくたばりぞこないに手伝ってもらってではないのだ。


 そればかりは断じて違うのだ。


 そう、だから。だからこそ──。


「今宵コソ、勝ち越させてモラウぞ!」


「はん! それはこっちのセリフじゃ!」


 ──このくたばりぞこないを叩きのめして、我だけの力で呪縛に打ち勝ったということを証明せねばならぬ。


 でなければ、我はもう二度とタマモに「お爺さま」と呼ばれる資格はないのだ。


 我が愛おしき寵児のために、我が愛する孫娘のためにここで踏ん張らねば、あまりにもカッコが悪すぎる!


「ユクゾ、くたばりぞこない!」


「掛かってこい、クソジジイ!」


 人の姿になりながら、我はくたばりぞこないとの喧嘩を、我が我を取り戻すための戦いを行う。


 すべては我が寵児のため。寵児の笑顔を取り戻すために我は我の戦いへと没入していった。

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