rev5-60 動じぬ心
地下空間に、突如として現れた黒騎士たち。
まるで黒い波が押し寄せてきたように、その数は圧倒的だった。
青白い地下空間が、一瞬で黒に染まっていくようだった。
もう嫌になるくらいに見たカオス兵だが、いま目の前にいるのは、その上位にあたるカオスロイヤルだろう。
ただ、通常時とは異なり、全員が素顔を晒している。
いままではフルフェイスの兜、ナイトヘルメットを被っていたけれど、いまはサークレットとなっているようで、その素顔がはっきりとわかる。
そう、希望を模した顔を全員が晒している。
「……希望」
タマちゃんが辛そうに声を漏らす。
声を漏らしたのは、タマちゃんだけではなく、希望のことを知るトワさん、クー、シュトロームさんも同じだ。
ただ、三人の場合は目の前に現れた雑兵たち全員が、希望と同じ顔をしていることに驚いているからだ。
俺やタマちゃんとは理由が違う。
タマちゃんは嘆きゆえに声を漏らした。辛そうにその表情を歪めて、いまにも泣きそうな顔でカオスロイヤルたちを見つめていた。
タマちゃんもすでにカオスロイヤルたちが、どういう存在であるのかはわかっているようだ。
だからこその慟哭だ。体を小さく震わせながら、タマちゃんは辛そうに顔を歪めていた。
それはフブキちゃんも同じ。
フブキちゃんも波のようにこの場を覆い尽くすカオスロイヤルたちを見て悲しそうに顔を歪めている。
「……ほんまに、ヒナギク様なんどすなぁ」
ぽつりと漏らしたフブキちゃんの声は、完全に涙声だった。
「えげつなすぎる。……こんなん、あってええわけがあらへんどす」
希望と過ごした日々を思い出して、フブキちゃんは泣いていた。
泣き出したフブキちゃんにプロキオンが「フブキ」と声を掛けるも、どうすればいいのかわからないでいるようだった。
「……醜悪という言葉が、これほどまでに似合う光景も早々あるまいな。婿殿と比べて、ヒナギクと会ったことはそう多くはない。そんな我が輩でも、来るものがあるわ。……おまえはそう思わぬか、氷結王よ」
聖風王様も嘆かれていた。嘆かれながら、氷結王様と対峙されていく。対峙されながら氷結王様にお声を掛けられているけれど、氷結王様が答えられることはない。
「わかっていたことではあるが、こうも反応がないのはのぅ」と聖風王様はため息を吐かれながら、氷結王様を抑えるべく攻撃を仕掛けられていた。
「あはははは! どうですか! このカオスロイヤルたちは!? まさに軍勢ですよ! さしもの原初の竜王とて、同格を抑えながら対応なんてできないでしょう!?」
対して、恋香はとても楽しそうに笑っていた。カオスロイヤルたちはまるで恋香を守るようにして、文字通りの壁として恋香の周囲に立っていた。
その中心で恋香はさも得意げに笑っていた。笑いながら俺たちを見下していた。
たしかに恋香の言う通りではある。
さしもの聖風王様も氷結王様を抑えられながら、カオスロイヤルたちの相手は難しいだろう。
たとえ、どれほど余裕で攻撃を受け止めておられても、そこに数で押し込まれれば、同じパフォーマンスを続けることはできないはず。
加えて、カオスロイヤルたちの素顔を見て、聖風王様以外の面々は動揺し、浮き足立っていた。こんな状態で押し寄せる軍勢の相手なんてできるわけがない。
恋香が余裕を見せているのはそういう理由だ。
あと加えて言えば、希望と同じ顔をしているカオスロイヤルたちを攻撃などできないと思っているのかもしれない。
普通に考えれば、恋香の考えは正しい。
じゃれ合いの延長線の喧嘩であれば、問題はないだろうけれど、これは殺し合いだ。
友人と殺し合いをしろ、と言われても普通の人間はできない。できるわけがない。
でも、相手は、カオスロイヤルたちは問答無用にこちらを殺しにくる。
躊躇していたら、一方的になぶり殺しに遭うだけ。
だけど、相手は躊躇なんてしない。
こっちだけが堂々巡りをして、相手は一方的に攻撃を仕掛けてくる。
ある意味完璧な作戦と言えなくもない。そう、あくまでもこの場に俺がいなければの話だけど。
「さぁさぁさぁ! どうしますか!? 原初の風王! 寵児たる子たちを見殺しにしますか? それとも──」
「ぎゃーぎゃー騒ぐな、愚妹」
恋香の顔が黒く染まった。恋香は「……え?」とあ然とした顔をしながら、顔に付着した黒いそれをなぞる。
恋香が顔をなぞると同時に恋香の前方にいたカオスロイヤルたちの首が胴体と分かれていた。
「……は?」
恋香は呆然と呟いた。恋香が呆然賭している間に、首を失ったカオスロイヤルたちが地面に倒れ臥す。どくどくと体から黒い血を流しながら。
「……おねえ、ちゃん?」
目の前で起きたことを理解できないでいるのか、恋香は呆然と俺を呼ぶ。
だが、俺は答えるつもりなどない。
「香恋、やるぞ」
『……そうね。せめて楽に殺してあげましょう。じゃないとあまりにも哀れすぎるわ』
香恋に声を掛けると、香恋は頷いてくれた。いつもとは違って神妙そうに頷く香恋に対して、思うところはあるし、香恋に悪いとは思うけど、いまはどうでもいい。
いまするべきなのは、カオスロイヤルたちを、希望を元に造られた彼女たちを楽にしてあげること。
希望は基本的には相手を傷付けることは嫌う。俺相手には平然と暴力を振るうけれど、他者を傷付けることはできるだけしない。
そんな希望を元に造られた彼女たちが、これ以上暴力装置に使われることだけは我慢ならない。
その手を血で染めていくことを許容することはできない。
だからこそ、この場にいるすべてのカオスロイヤルたちを殺し尽くす。
……「巨獣山」でカオスロイヤルたちはすでに一度殺し尽くしているから、いまさらだ。
いや、違うか。
カオス兵という存在事態を俺は何度も何度も殺している。
この御山の山頂で事実を知るまで、ただの雑兵としか思っていなかった。
その雑兵だと思っていた連中が、実際は希望のクローンたちだった。
すでに俺の手は希望の血で汚れていた。愛していた人の血で汚れきってしまっている。
だからこそ、いまさらなんだ。
いまさら、カオスロイヤルをいくら出してこようと、もう俺の心は動かない。
抱くのはただひとつだけ。
「解放するよ、君たちを。その呪われた運命から」
左手に深奥の剣を生み出し、右手にミカヅチを握る。左右に握ったふたつの剣を頭上に掲げながら合わせた。
「鳴轟──」
『──同一』
深奥の剣とミカヅチを合わせ、無敵の刃を作り出す。
カオスロイヤルたちに使うような剣ではない。それでも俺は、いや、俺たちはあえて「鳴轟」を振るう。
「吼えろ! 「鳴轟」!」
『我らが花嫁たちを忌まわしき呪縛から解き放たんがために!』
すべては彼女たちをその呪われた宿命から解き放つため。そう、俺たちが抱くのはただひとつ。彼女たちの鎮魂。その哀れな運命からの解放を行うことだけ。
それ以外のことはすべて思考の外へと追いやって、「鳴轟」を構える。
「は、ははは、はったりです! はったりに決まっています! いまのはなにかの間違いで、お姉ちゃんがこいつらを殺せるわけが──」
「……なにもレンさんたちだけじゃないですよ?」
恋香の声を、動揺しきった恋香の声を遮るようにして、タマちゃんの声が響き、カオスロイヤルたちを焦土の炎が包み込んだ。




