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rev5-59 圧倒的優位

 ふたつの咆哮がこだましていた。


 ついで金属同士がぶつかり合うような鈍い音が、金属がひしゃげるような音が響いていく。


「かかかかか! 軽い軽い軽い! その程度か、クソジジイ!」


 漢服のような服を身につけた老人が、反転した氷結王様とひとりで闘っていた。そう、闘っていた。あの氷結王様をひとりで相手取りながら。


 そのあまりにもありえない光景は、この場にいる全員の言葉を失わせるには十分すぎた。


 反転し、狂った氷結王様を相手に、本来の竜の姿となって攻撃を行う氷結王様を相手に老人は優位に戦闘を進めている。


 いや、優位どころか、氷結王様を圧倒していた。


 そこらの大木の幹よりも太い尻尾で薙ぎ払われようとも。


 名工と謳われる鍛冶師が鍛えた剣よりも鋭い爪を振るわれようとも。


 極寒という言葉さえも生ぬるいほどの、魂さえも凍えそうな氷のブレスを受けようとも。


 老人は「その程度か」と笑いながら、氷結王様の攻撃をすべてその身で受け止めていた。


 誰かが「ありえない」と呟いた声が聞こえたけれど、気持ちはわかる。


 もし、あの場にいるのが俺だったら、少なくとも一回の攻撃だけで致命傷を受けているはずだ。その致命の一撃を老人、いや、あの方はどれほどまでに受け止めたのか。


 数えることなんて、とっくにやめてしまった。


 そもそも数えようにも、あまりにも規格外すぎる光景に脳がほぼ停止してしまっているので、数えることなんてできるわけがなかった。


 それほどまでに目の前の光景はありえないものだった。


 でも、それもある意味当然だ。


 なにせ、いま行われているのは、同格同士の戦いなのだから。


 氷結王様を相手取る方は、聖風王様。「四竜王」の長にして、氷結王様の盟友であり、曰く喧嘩友達という間柄の方。


 聖風王様であれば、氷結王様の攻撃を受けても致命傷に至らないというのはある意味当然なことだった。


 でも、喧嘩友達というのは、あくまでも本来の氷結王様であればの話のようだ。


 本来、氷結王様と聖風王様は互角の実力の持ち主。


 だというのに、聖風王様は互角の氷結王様の攻撃を受けてもものともしていない。


 それどころか、「軽い」と嘲笑われるほどだ。


 普通に考えれば、空元気とか、無理をしているように感じられるのだけど、聖風王様のパフォーマンスは一切低下されていないところを見る限り、本気で効いていないようだった。


 俺であれば、もう何度も死んでいるような攻撃を受け続けているにも関わらず、「その程度」と断言されるほどに、いまの氷結王様の攻撃は聖風王様に通用していないようだ。


「……バカな。そんな、なんで」


 聖風王様たちの戦いを見て、一番衝撃を受けているのは恋香だった。


 氷結王様の攻撃をものもとしていない聖風王様に恋香は呆然としていた。


 正直なことを言えば、恋香の気持ちはよくわかる。


 何度も言うけれど、俺であれば、もうとっくに何回も死んでいる。


 それほどの攻撃を氷結王様は躊躇なく放たれている。


 それでも聖風王様に通じていなかった。


 この世界で散々規格外の存在を目の当たりにしてきたけれど、その中でも聖風王様は段違いに規格外すぎた。


 ルリやリヴァイアサン様という、この世界における最強格でさえも、聖風王様の足元にも及ばない、とルリ自身が言っていたけれど、その言葉の意味もよくわかる。


 そのルリが目の前の光景に固まっていた。「怪獣大決戦、って奴じゃな」とぼそりと呟きながら。


「これ、そこのフェンリル。聞こえとるぞ。だぁれぇが、怪獣じゃ」


「え!? い、いや、これは、その、ですな。言葉の綾というものでありまして!」


 ルリの声は聖風王様にはしっかりと聞こえていたようで、氷結王様の尾の一撃を受け止められながら、聖風王様は不満げにルリを見やっていた。


 当のルリはしどろもどろになりながら、大慌てしていた。


 聖風王様は不満げに鼻を鳴らされながら、静観していたリヴァイアサン様に、ルクレの手の中にいるリヴァイアサン様へと声を掛けられた。


「言葉の綾のぅ? そなたはどう思う? リヴァイアサン?」


『え!? ぼ、僕ですか?』


「うむ。答えてみよ」


『え、えっと、その、なんと申しますか。えっと、その、大姉上の言う意味もわからなくもないというか、いや、なんでもありません』


「語るに落ちているぞ、貴様? まったく、そなたら姉妹は後で折檻じゃ」


「『そ、そんなご無体な!?』」


 ルリだけじゃなく、リヴァイアサン様も折檻されてしまうのが決定づけられてしまった。ふたりが絶望するも、聖風王様の機嫌は直られていない。まさに万事休すかと思われた、そのとき。


「ばぅ、おうさま。ルリおねーちゃんとしんじゅーさまをいじめるのはだめなのです」


 ベティが聖風王様に懇願したんだ。それも頬を少しぷっくりと膨らまして。


 とてもかわいらしいけれど、相手は神獣様さえも凌駕する実力者たる聖風王様。その聖風王様に意見なんて、本来なら「無礼者」と誹られても文句さえも言えないはずなのだけど──。


「……むぅ、仕方がないのぅ。ベティが言うなら、折檻はなしにしておいてやるか。貴様ら、ちゃんとベティに感謝するのだぞ?」


 ──ベティの懇願を聖風王様は渋々ながら受け入れられたんだ。


 その言葉にふたりは「ベティぃぃぃ! ありがとぉぉぉぉぉーっ!」と泣きながら礼を言っていた。


 リヴァイアサン様なんてわざわざ人の姿になってまでお礼を言っているし。


 当のベティは「ばぅ?」と首を傾げるだけなのがなんとも言えないが。


「……聖風王様にも意見を言えるとか、ベティちゃん凄いですね、レンさん」


 あははは、とタマちゃんが苦笑いしていた。俺も苦笑いしたい気分だった。というか、すでにしていた。


 それほどにベティと聖風王様のやり取りは障礙的なものだったからね。


 というか、うちの娘たちはどれほどまでに地位を爆上げすれば気が済むのやら。


「がぅ。みんなしてベティばっかり」


「かかか、そういじけるでない、プロキオンや。このクソジジイを痛めつけたら、ちゃんと相手するからのぅ」


「本当?」


「うむ。この聖風王、嘘はつかぬ」


「約束だからね?」


「うむ。約束しよう」


「わかったの、爺様」


「ほっほっほ、プロキオンも聞き分けのいい良い子じゃなぁ」


 ……そう、たちと言った通り、聖風王様はプロキオンもすっかりと気に入られているんだよね。


 そのプロキオンからは「爺様」と呼ばれていた。


 そう呼ばれ始めたのは、氷結王様と戦い始められてからすぐの頃だ。


「ところで、そこな娘よ」


「え? わ、私ですか?」


 氷結王様の攻撃をすべて受け止めながら、聖風王様はプロキオンに声を掛けられたんだ。


「うむ。ベティとよく似ておるが、そなたはもしやベティの姉かのぅ?」


「そうですけど」


「ふむ。ならば、そなたも我が寵児じゃな」


「……私、ベティみたいに巫女じゃないけど?」


「かかかかか! 巫女だからといって寵児にするわけではない! 巫女であっても気に入らぬ者は我が輩は相手になどせぬ。その点、そなたは実に好ましい心の持ち主よ。ゆえに我が寵児にするのになんの不満もない」


 戦いながらも、余裕たっぷりの様子で聖風王様は告げられた。


 プロキオンはぽかんとあ然としていたけれど、すぐに噴き出して笑っていた。笑ってからプロキオンは──。


「じゃあ、ちゃんと名前を呼んでください。私はプロキオンです」


「かかかかか! なるほど、道理であるな。では、プロキオンよ。我が輩のことは今後好きなように呼ぶといい」


「ん~。じゃあ、爺様でもいいの?」


「うむ。そなたがそう呼びたいのであれば、そう呼びなさい」


「わかったの、爺様」


「かかかかか! まるで曾孫が、いや、玄孫というべきかの? そのくらいのかわいい子ができたような気分じゃわい! どうじゃ? 羨ましいか、クソジジイ?」


 氷結王様に向かって聖風王様はにやりと笑いかけられていた。あいにく、実際の表情は見えなかったけれど、たぶん渾身のドヤ顔を浮かべられていたのは間違いない。


 そのドヤ顔に氷結王様の攻撃がより激しくなったのは言うまでもない。狂っていても、苛つくことはしっかりと苛つかれるようだった。

 

 が、その攻撃も聖風王様に通じていなかった。そうなるとプロキオンとベティからの称賛の声がこれでもかと聖風王様に注がれ、その称賛により聖風王様が張り切られるという好循環が生じたんだ。


 それさえも、恋香にとってはより顔を青くするほどの光景だったようで、「なんなんですか」と呆然と呟くことしかできなくなってしまっていた。


 氷結王様は狂われてしまっているけれど、聖風王様に完封され、その聖風王様に恋香は身動きを封じられている。


 恋香にとってみれば、完全に詰みの状況だった。ここから逆転はどう考えても不可能だった。


 俺が、いや俺たちがすることは、聖風王様が勝つまで恋香を見張ることだけだと思った、そのとき。


「こ、こうなれば!」


 恋香が突然叫びだした。


 まるでヒステリックを起こしたように。


 余裕を失った顔で恋香は懐から丸いなにかを取り出すと──。


「質で勝てないのであれば、量で押し潰すだけです!」


 ──その丸いなにかを地面に向かって叩きつけたんだ。


 次の瞬間、丸いなにかから黒々とした魔力が解き放たれると、ガシャンという硬質的な音が連続的に響きだしていき、あっという間に恋香を囲むようにして見覚えのある真っ黒な鎧を身に纏った軍勢が現れたんだ。

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