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rev5-55 模倣

 暴風だった。


 全身を打ち付ける荒々しい風。その風の中に身ひとつで飛び込んでいく。


 ミカヅチと鞘を手にしながら、暴風の中を、恋香が放った剣風の中を駆け抜ける。


 風の中心には恋香がいる。水平に薙いだ態勢になった恋香目がけて、ただまっすぐに駆け抜けていく。


 背後でなにやら騒がしいけれど、いまは恋香の戦いに集中していたかったので、背後でなにが起こっているのはかわからなかった。


「っ! いい加減にしてよ、お姉ちゃん!」


 恋香が実にらしくないことを言いながら、薙いだ態勢から、剣を無理矢理振り上げると、手首を返して全力の振り下ろしを放ってくる。


 手加減を一切感じられない一撃。致死の一撃としか思えないそれに対して、回避も防御も選ばなかった。


 いや、選ぶ必要を感じられなかった。


 体が自然に動いていたんだ。


 下から掬い上げるようにしてミカヅチを振り上げ、鎬を削りながら交錯するようにして受け流していた。


 青白い地下世界の中で紅い火花がわずかの間散ったのが見えた。


「っ!?」


 恋香が目を見開いて、信じられないものを見るような目をしている。そんな恋香へと左手で持っていた鞘を叩き込む。


 さきほどの薙ぎのお返しとばかりに、水平に鞘を放つ。狙いは顎だ。


 振り下ろしを受け流したことで、恋香の態勢は崩れ、顎ががら空きになっていたからだ。


 そうして放った横薙ぎの一撃だったけれど、恋香はとっさに白い剣から右手を離すと、腰に佩いていた鞘で受け止めた。


 最初は鞘と剣の二刀流だった恋香だけど、いまは白い剣の一刀流がメインで、緊急時に鞘を抜くという変則的な二刀流を行っている。


 その緊急の鞘を抜いた時点でわかりきっていることではあるが、いまの攻防を恋香はどうにか凌ぎきったということだ。


 いましがた「いい加減にしてよ」と言われたが、こっちのセリフだと言い返したい気分だ。


 いったい、いつになったらまともに受けてくれるんだと言いたい。


 ……まぁ、得物によるクリーンヒットという意味合いではだけど。


「また防がれた、か」


「っ、ごほ!」


 ぽつりと呟きながら、躊躇なく恋香の脇腹に膝蹴りを入れた。


 さすがにこの状態で蹴りを入れてくるとは思わなかったんだろう。


 恋香は膝蹴りをもろに受けて、態勢を崩した。追撃することはできたけれど、あえて俺は後ろに下がり、左手の鞘を前に突き出す形で構えを取る。


 恋香は咳き込みながら、乱暴に左腕で口元を拭うと、鏡映しのように俺と同じ構えを取っていた。同じ構えだけど、左右で得物が異なっていたけれど、構え自体は同じだった。


「お姉ちゃん、かわいい妹のお腹に膝蹴りはひどいですよ? 赤ちゃんを産めなくなったらどうしてくれるんですか?」


「産む予定があるのか?」


「そんなものありませんよ。そもそも、なぜ私が誰かに抱かれなきゃいけないのですか?」


「おまえが赤ちゃんを産めなくなるって言ったからだよ」


「私だって女だからですよ。その女の子のお腹に膝蹴りを叩き込むなんて、鬼畜じみたことをしたお姉ちゃんへの意趣返しです」


「……わかりづらいな」


「そうですか、ね!」


 軽口を叩き合っていると、今度は恋香から突進してきた。


 白い剣と鞘を水平に構えながらの突進。どちらが本命なのかを絞らせないためなんだろう。


 鞘による殴打を狙っているのか、それとも剣による致命の一撃か。


 意趣返しと寸前に言っていたことを踏まえると、鞘での殴打ないし拳か蹴りを狙っている可能性がある。


 もしくはそう思わせておいて、剣による一撃が狙いなのか。


 どちらにしろ、そう簡単に当たってやるつもりはないけれど。


「そろそろわかってよ、お姉ちゃん!」


 恋香が叫びながら、鞘と白い剣の両方を一斉に振り上げた。まるで万歳しているような態勢を見て、「なにをしているんだ」と思った。


 が、すぐに視界の端になにかが見えた。とっさに体が動き、なにかの動きに合わせるようにして体を回転させて受け流す。


 その勢いを利用して水平に鞘を放つ。両腕を上げているおかげでがら空きになった顎を再び狙う。


「そうは、させない!」


 恋香は両腕だけではなく、足を振り上げた態勢というとんでもない状態になっていた。


 どうやら視界の端に見えたのは恋香の足のようだ。


 とはいえ、ここからどうやって凌ぐのか。


 恋香の動きを見つめていると、恋香は背中を反らすとその反動を使って両手の剣と鞘を一気に振り下ろしたんだ。


 まるで地面に叩きつける勢いだったけれど、そのおかげで離れていた足を着地させられていたし、とんでもない状態からは抜けだすことはできていた。


 もっとも無理をした反動でより態勢は崩れていたけれど、恋香は気にした様子はない。


 そんな恋香を俺は少し離れた場所で眺めている。


 恋香が背中を反らしたのを見てすぐに、俺も攻撃を止めたんだ。


 攻撃を止めて、そのまま回転しながら恋香の横を通り過ぎ、いまの恋香の起死回生とも言える一撃を眺めていた。


「ずいぶんと無理をするんだな、恋香」


「お姉ちゃんこそ、無理矢理攻撃を止めて、体が軋むんじゃないですか?」


「さてね?」


「意地っ張り」


「どっちがだよ」


「決まっています。お姉ちゃんですよ!」


 肩を上気させながら、恋香は再び突進してくる。突進の際に、また鞘を腰に戻すと、白い剣を両手で握りしめながら突っ込んでくる。


 いわゆる八相の構え、顔の脇に剣を立てて構えながら突っ込んでくる。


「示現流に倣ったのか?」


 かつて薩摩藩で隆盛した流派にして、「二の太刀いらず」と呼ばれた剛剣。


 恋香の戦いは、俺自身は実際に見たことはないけれど、示現流の流れを汲んでいるように見えた。あくまでも現実という意味合いにおいては、示現流の戦いを見たことはない。


 でも、現実でなければ、一度だけ見たことはある。その対処法の一例もまた。


「借りるよ、マドレーヌちゃん」


 そう一言断りを入れてから、俺はミカヅチを鞘に納め、右脚を一歩踏み出しながら、腰を落とした。


 恋香は「なにをしても無駄ですよ!」と叫びながら両手で握る剣をより強く握りしめていく。そんな恋香を見やりながら、俺は大きく深呼吸しながら、ミカヅチの柄をそっと掴む。


 ほどなくしてお互いの距離が縮まったとき、恋香が八相の構えから白い剣を振り下ろしたの同時に、俺は全速でミカヅチを抜き放った。


 抜き放ちながら、恋香とすれ違った。地面に固いものが転がる音が聞こえた。


「ごほっ!」


 背後で恋香が咳き込む。いや、吐血したようだ。


 ミカヅチを手に振り返ると、恋香は白い剣を手放して片手で口元を、片手で胸元を押さえながら咳き込んでいる。


「……いったい、なにを」


「「神威流抜刀術」のまねごと、だよ」


『マドレーヌちゃんが見たら、黄色い声を出しそうね』


 恋香はなにがあったかわからないでいるようだった。だから説明してあげた。まぁ、説明にはなっていないだろうけれど。


 俺がしたのは、かつて「ヴェルド」で見た光景の焼き直しだ。


 二回目の武闘大会のビギナークラスのクラン部門の決勝戦において、「フィオーレ」の妹分だった「一滴」のエースのマドレーヌちゃんが放った一撃の焼き直しだ。


 あのときまでは、マドレーヌちゃんが俺と同じ「神威流」の使い手だとはわからなかったけれど、あの一撃を見て相当の使い手だってことがわかった。


 いまの一撃は正直なことを言うと、マドレーヌちゃんのあのときの一撃にはまだ及んでいないと思う。


 あの子は分派における天才児だ。その天才の技をそう簡単に模倣できるわけもないから、及ばないのは当然だった。


『……マドレーヌちゃんが聞いたら、卒倒するわね、いろんな意味で』


 なにやら香恋が呆れているが、いまいち意味はわからないけど、あえていまは聞き流そう。


「とにかくだ、恋香。おまえの一撃はすごい。すごいけど、どんな剛剣でも、当てられなきゃ意味はないんだよ」

 

 恋香の血を滴らせるミカヅチを振るいながら、膝を突いた恋香を見やる。


 恋香は口元を紅く染めながら、俺を見上げている。


「……それをわからせるためにかわいい妹を斬るなんて、鬼畜すぎませんか」


「あくまでも薄皮一枚だけだよ。それ以上は斬っていない、はずだ」


『そこは断定しなさいよ、あんた』


 香恋が呆れたように言われたので、「うるせえ」と返しながら、恋香を改めて見やる。


 致命傷にならないように手加減したけれど、それでもすぐに戦える状況ではないのは明らかだった。


「おまえの負けだ、恋香」


 ミカヅチを恋香に突き付けながら、勝利宣言を口にした。そのとき。


『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉーっ!』


 底冷えするような絶叫が地下空間で突如として響いたんだ。

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