rev5-53 私のするべきこと
甲高い音が地下深くで響いていた。
響き渡る音とともに、私の目の前では穏やかな光景が広がっている。
プロキオンちゃんがメアさんに頭を撫でられていた。
その向こう側では、レンさんが恋香さんと戦っている。もちろん、レンさんの中のもうひとりのレンさんはレンさんに協力して、恋香さんと戦っていた。
「お姉ちゃん、なんで。なんでわからないんですか!」
「なんでじゃねえわ、この愚妹!」
ふたりは言い合いをしながら、お互いの剣をぶつけ合っていた。
恋香さんが持つのは刀身から鞘に至るまでが白で統一された長剣。余計な飾りは一切ないけれど、その見目はまるで新雪のように美しい。
その長剣を恋香さんは、上段から振り下ろしすようにして振るっている。
恋香さんの一撃をレンさんは見覚えのある真っ黒な長刀で、「ヴェルド」時代に使っていたミカヅチで受け流すと、お返しとばかりに鞘と長刀での連撃を放っていく。
恋香さんはレンさんの連撃に対して、鞘と長剣の二刀流で防いでいた。
鞘と剣での二刀流は、レンさんのお得意な戦法だった。
以前に聞いたときは、レンさんの流派である「神威流宗家」においては、基本の型のひとつということらしい。
「神威流宗家」の技を、恋香さんも同じく操っていた。
技は同じであるけれど、その有り様は異なり、真逆と言っていい。
もっと言えば、柔と剛の戦いと言うべきかな。
レンさんの技は圧倒的に速い。恋香さんが一発放つのと同じ時間で四、五回は斬りつけている。
対して恋香さんはレンさんが四、五回斬りつけている間に一発しか放てていないけれど、その分一撃一撃の威力は凄まじく、離れたここにも空振りをした風圧が飛んでくるほどだ。
まさに柔と剛。技と力の対決だった。
見目だけではなく、その戦い方からしても対極的なふたりの戦いは、状況が状況であれば目を奪われてしまいそうだった。
でも、現状においては、ふたりの戦いは引き立て役のようなものにしかすぎない。
現状においてメインであるのは、私の目の前のふたり。プロキオンちゃんとメアさんのやり取りなのだから。
いや、私だけじゃないか。たぶん、レンさんたちを除く全員が、プロキオンちゃんとメアさんのやり取りを見守っていた。
薄々勘付いてはいたけれど、やはりメアさんはプロキオンちゃんの伯母にあたる人のようだ。
この一年近く、お師匠様の軍でお世話になっていたからこそ、メアさんのことはそれなりに知っていた。
一目見て「誰かに似ている」とは思ったけれど、それが誰なのかはわからなかった。わかったのはつい最近になってだ。
元々メアさんは狼部隊の六部隊長のひとりであり、それなりに多忙な人であるから顔を合わせたのはせいぜい片手で数えられるくらいだ。
その少ない対面でも、「誰かに似ている」と思うほどにメアさんは特徴的な人だったのだけど、生憎とこの一年ほどは私も忙しかったこともあり、その「誰か」を突き詰めることはなかった。
でも、レンさんたちが現れたことで、答えは得られた。
プロキオンちゃんと接するメアさんを見て「似ている」と思ったんだ。
どうしてかふたりはやけに重なって見えた。
親子というほどではないけれど、親族ではないかと思うほどにふたりは似ていた。
それでようやく似ているのがプロキオンちゃんだということがわかった。
正確にはプロキオンちゃんではなく、プロキオンちゃんの元となったシリウスちゃんに似ていたということがわかった。
私が知っているシリウスちゃんは、いまのプロキオンちゃんくらいの十歳児くらいの姿をしていた。
が、それはあくまでも仮初めであり、本来の姿は二十歳前後の成熟した女性としての姿だった。
その姿のシリウスちゃんとメアさんは酷似している。唯一の違いは肌の色が異なることくらい。あと強いて言えば、少々顔の作りが異なるくらいだけど、ほぼ誤差の範囲みたいな違いでしかない。
そのことにプロキオンちゃんとメアさんが触れ合うことでようやく気づけた。
……気づいたところで、なにができたのかという話でしかないのだけど。
アンジュさんもレンさんも、なんとなくふたりの関係には気づいていたみたいだった。
が、私のそれもレンさんたちのも、あくまでも推測にしかすぎない。
その気になれば、スカイスト様に聞くこともできたのだけど、あえてやめた。
知らないからこそ築ける関係というのもある。それにメアさん自身がプロキオンちゃんに本当の関係を伝えていないことを踏まえたら、所詮外野である私がとやかく言うことじゃなかった。
言えるとすれば、プロキオンちゃんを引き取ったレンさんとアンジュさんくらいだ。
だが、当のふたりもメアさん自身が言い出さないまでは、あえて話題に出すつもりもなかったようで、結果的にいまようやくふたりの本来の関係が日の目になった。
プロキオンちゃんを隣で支えているフブキは、ふたりの関係を知って涙目になっている。……感受性高いなぁとその姿を見て思う。
アンジュさんは、プロキオンちゃんを抱きしめているアンジュさんは、穏やかにふたりのやり取りを見守っている。
サラさんやティアリカさんたちもやはり穏やかにふたりの関係を見守っていた。
「……ばぅ。おねーちゃんのおばさん」
ただ、ベティちゃんは、少し寂しそうな顔をしている。
プロキオンちゃんもベティちゃんも天涯孤独の身ゆえに、揃ってレンさんの養子となり、血の繋がらない姉妹として仲良く過ごしている。
でも、その前提がいま覆ってしまったんだ。
ベティちゃんにはもういない親族が、プロキオンちゃんには残っていた。
そのことがベティちゃんの心に影を差してしまっている。
ベティちゃんの変化に気付いた人は、私以外にはいないようで、ベティちゃんは寂しそうにプロキオンちゃんとメアさんを眺めていた。
「……妹君」
穏やかなふたりのやり取りを眺めていたベティちゃんに、ティアリさんが声を掛けられた。
少し前までティアリさんはメアさんのそばにいたはずだったのだけど、気付いたらベティちゃんのすぐそばで目線を合わせるようにして屈んでいた。
「……なぁに? ティアリおねーちゃん」
ベティちゃんはティアリさんに声を掛けられてすぐに表情を戻した。普段通りの笑みを浮かべているけれど、ティアリさんには通じなかったようだ。
「寂しい、ですよね?」
「……なんで」
「……母神様より妹君の事情は聞かせて戴いておりますから」
「……ばぅ、そうなんだ」
「……はい。だから、妹君のお気持ちは察しました。というのは、失礼になりますか」
「……そんなことないよ?」
普段の快活さはどこへやら、ベティちゃんはとても弱々しくなっていた。そんなベティちゃんにティアリさんは言葉を選びながら笑いかけた。
「だからこそ、このティアリは考えました」
「……なにを?」
「刻の君が羨ましいのであれば、妹君も倣えばいいのだと!」
「……ならう?」
こてんと首を傾げて、意味がわからないと言わんばかりの顔を浮かべるベティちゃん。だけど、ティアリさんはとんでもないことを言い出してくれた。
「そうです! 刻の君のように、メア姉様を「伯母上」と慕われればよいのだと!」
目をきらきらと輝かせながら、ティアリさんはなんともおバカなことを言い出した。
ティアリさんの言葉にベティちゃんは「……ばぅ?」とあ然としました。うん、当然ですね、私も同じ意見だもん。
でも、当のティアリさんは乗りに乗っているようで、上機嫌に続けていた。
「妹君が不安になられるのもわかりますが、ご安心ください! うちのメア姉様は胸だけではなく、そのお心も大きく、広いのです! 血の繋がりはなかろうと刻の君の妹君であらせられるあなたをも姪として扱ってくださるはずです! さすがはメア姉様! 大きいのは胸だけじゃないのですよ!」
ふふんと胸を張りながら、ドヤ顔を浮かべるティアリさん。
言いたいことはわからなくもないのだけど、胸が大きいを連続で言い放つのはどうなんだろうかと思う。
実際、メアさんが凄みのある笑顔を浮かべてティアリさんを見つめている。……この後、ティアリさんがどういう目に遭うのかが手に取るようにわかる。
が、メアさんもいまはティアリさんの暴走しているとしか思えない発言をあえて聞き流すようで、「妹君」とベティちゃんに声を掛けられると──。
「……そこの馬鹿な妹分が言ったからというわけではありませんが、あなたはこの子の、プロキオンの妹です。であれば、あなたもまた私の姪ですよ」
メアさんはにこやかにベティちゃんに笑いかけていた。ベティちゃんはその笑顔を見て、わずかに顔を俯かせると──。
「……ダメだもん」
「なにがです?」
「けいごはだめなの。ちゃんといってほしいの。ベティもめいなら、ちゃんとよんでほしいの」
「……そう、だね。ごめんね、ベティ。あなたも私のかわいい姪だよ」
ベティちゃんの言葉の意味を察して、メアさんは優しげに笑いながら、口調を崩した。その言葉にベティちゃんは「ありがとーなの、おばうえ」とようやく笑ってくれた。
その笑顔を眺めながら、私は「なにをしているんろう」と思った。
メアさんは勇気を振り絞った。メアさんだけじゃない。ベティちゃんもだ。
ふたりともそれぞれの気持ちを口にした。切っ掛けはあれど、最終的に気持ちを口にしようと決めたのはふたり自身の意思。
ふたりに対して私はどうだろうか?
私はいままでなにをしてきただろうか?
この場に来るまで私はなにもしていない。
この場に来たのは、氷結王様を目覚めていただくため。
でも、いま私はなにもしていない。
目の前に横たわる氷結王様を。反転した氷結王様を前にして、一切の行動を起こしていない。
いったい私はなにをしているのだろう?
レンさんはプロキオンちゃんのために、恋香さんと戦っているというのに、私はなにをしているんだ?
なにをしにここに来た?
いや、なんのためにこの世界に来て、なんのためにいまの私になった?
「……クー、トワさん。手伝ってください」
気付けば、そばにいたクーとトワさんに手伝いをお願いしていた。
ふたりは一瞬息を呑むも、揃って頷いてくれた。
「妖狐よ、私も手伝わせて欲しい」
シュトロームさんも氷結王様のためにと協力を願い出てくれた。
氷結王様のためになにができるのかはわからない。でも、いまのまま放っておくことはできない。
そもそも、それではここに来た意味がないじゃないか。
ならば、私にできることは、いや、するべきことはひとつだけだ。
「あちらはレンさんに任せて、私たちは氷結王様の反転を治し、目覚めてもらおう」
元々の目的を達成するために、私は私のするべきことをしよう。
そう決意した私は、「ヴェルド」からの相棒たちを取り出したんだ。




