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rev5-51 関係

 剣戟の音が響いていく。


 青と白の光に染まった世界の中で、甲高い金属音が響き合っていた。


 響き合う剣戟の音をぼんやりと聞きながら、私はフブキに支えてもらっていた。


「いける? プロキオンちゃん」


「……うん。大丈夫だよ」


「無理したらあかんさかいね?」


「うん、ありがとう、フブキ」


 フブキは私を抱きしめるようにして支えてくれていた。


 とても不安げな顔で私をじっと見つめてくれている。


 大丈夫だとは言ったけれど、本音を言えば、ちっとも大丈夫じゃない。


 パパやお姉様上、フブキに心配をして貰っているのに、私の胸は張り裂けそうなほどに苦しかった。


 その原因が、パパとお姉様上と戦っている人だ。


 私自身はあの人を知っているわけじゃないけど、パパとお姉様上は知っているみたいで、パパは親しげにあの人を「レンゲ」と呼んで、あの人はパパを「お姉ちゃん」と呼んでいる。


 パパに対しては、あの人は親しげに話し掛けていたけれど、お姉様上には「化け物」なんてひどい呼び方をしていた。


 当のお姉様上はまるで気にしていないみたい。お姉様上は本当に強い人だなぁと思う。


 私がお姉様上の立場だったら、あんなに気にしていない素振りはできないもの。


 私だったら傷ついて泣いてしまう。いまもそうだ。そもそも、パパとお姉様上が、白い人と戦っているのもすべて私のせい。


 ふたりが白い人と戦っているのは、パパもお姉様上も白い人に怒っているから。


 ふたりが怒っている理由が、白い人の言葉に私が泣いちゃったせい。


 白い人はルシフェニアの関係者みたいで、かつての私を知っていた。私は会ったことがないけど、あの人は私のことを知っていたみたいだ。


 いまの私はロード・クロノス・オリジンだけど、以前の私はシリウスの不完全なクローンでかつアンデッドになってしまった個体だった。


 その当時のことをあの人は知っていたから、私を出来損ないやシリウスの代替品って言った。


 それらはすべて事実だったけど、事実だからといって、受け入れられるわけじゃない。


 その受けいられないことをあの人に言われてしまって、気付いたら私は泣いてしまった。


 パパとお姉様上は私が泣いたことで、あの白い人に怒っている。


 お姉様上は「かわいい姪」と言ってくれた。お姉様上はあまり話し掛けてくれないけれど、パパやママに負けないくらい私を愛してくれているんだってわかった。


 パパはパパで慰めてくれたときに、「大切な娘」や「愛娘」とか言ってくれた。わかっていたことではあるけれど、パパにそう言って貰えてすごく嬉しかった。


 それでも、涙は止まってくれなかった。


 ルシフェニアにいた当時のことを思い出してしまったから。


 あの頃の私はあの女の玩具だった。あの女を「まま上」と慕って、あの女のためになんでもした。あの女に愛してもらうために、したくないことだってなんでもした。……それがより私を追い詰めていたことに気づきもしないで。


 あの白い人が言うように、当時の私が出来損ないの、シリウスの代替品程度でしかなかったことは否定できない。


 いまは出来損ないでもないし、代替品でもない。

 でも、かつての私がそういう存在だったことを否定はできない。


 ママに拾ってもらって、ようやく私は真っ当な意味での愛情を注いでもらえるようになった。


 それどころか、ママのおかげで私は出来損ないのシリウスではなく、プロキオンとして生きることができるようになった。プロキオンとして生まれ変わることができた。


 言うなれば、ルシフェニアでの日々は、私にとっては前世のようなもの。


 あの日々のことを思い出すことはない。でも、あの日々がなかったことになったわけじゃない。いまもあの日々は私を蝕んでいる。それをあの人は思い出させてくれた。


 おかげで、すっかりと私は弱ってしまい、パパのお手伝いどころか、こうしてフブキに支えて貰わないといけなくなってしまっている。


 あの頃に比べて強くなったと思っていた。


 でも、たった一言で悪夢を思い出してしまうほどに、私は弱っちいままだったみたいだ。


「……情けないなぁ」


 いまの自分の姿を客観的に捉えたら、「情けない」としか思えなかった。


 フブキは「そんなこと言ったらあかんよ」と隣で言っている。


 でも、どれほどフブキに慰められたとしても、自分を情けないと思う気持ちはなくなってくれなかった。


 止まっていた涙が再び溢れていく。ぽろぽろと涙を流すことしかできない自分が、ひどくみっともなく、そして情けなかった。


「……プロキオン」


 ママの声が聞こえた。ママはいつのまにか私の隣にいてくれていた。


 いつものように私の頭を撫でてくれる。嬉しいのに、どうしてか心が躍らない。かえって涙が溢れてしまう。


「……ごめんなさい、ママ」


「どうして謝るの?」


「だって、私は弱いもん。弱くてみっともないもん」


「……そんなことはないよ。あなたはパパとママの自慢の娘なんだから」


 ママの両手が私の頬を包んでくれた。ママの両手が私の涙で濡れていくけど、ママは気にしていないみたい。いつもと同じように穏やかに笑ってくれていた。なのに──。


「……違うもん。私は、パパとママにお情けで娘にしてもらっただけだもん。あの人の言う通りで、私はただの出来損ないで」


 ──私はすっかりと弱気になってしまった。弱気になったせいで、自虐をしてしまった。その言葉にママは目を見開くと──。


「そんなことない! ママもパパもあなたを愛している! 心の底から愛しているんだよ、プロキオン。だから、そんな悲しいことを言わないで」


 ──ママは泣いてしまった。泣きながら、私を愛していると言ってくれた。


 すごく嬉しい。嬉しいのに、どうしてだろう。全然心が温かくならない。


 ママを泣かせてしまったせいなのかな。それとも、やっぱり私が出来損ないだからなのかな。


 わからなかった。


 わからないまま、ママの涙を拭ってあげることもできず、私は自責の念に駆られていく。


 その間もパパとお姉様上は、白い人との戦いを繰り広げている。


 パパとママが私をどう思ってくれているのかは、ふたりの言動で痛いくらいにわかるのに。いまの私はふたりを信じられないでいる。


 そんな自分が情けなかった。


「……ごめんなさい、ママ。情けない娘で、本当にごめんね」


 ママの両手に手を重ねながら、私は自分自身の情けなさに打ちひしがれていた。


「……あなたが情けないなんて、あるわけがない」


 不意に歯ぎしりの音と血の臭いがした。それからすぐに私とママに影が差した。顔をあげるとメアお姉ちゃんがとても真剣な顔で私とママを見つめていた。


「……メアおねえちゃん」


「あなたは情けなくなんてない。奥方様がそう言われるように、あなたは決して情けなくなんてない」


「……でも、私は出来損ないのシリウスなんだよ? だから」


「違う! あなたはシリウスの双子の妹だ! 私の自慢の家族のひとりだ!」


「……え?」


 メアお姉ちゃんが叫んだのは、想定外な言葉だった。


「メアさん、あなた、やっぱり」


 ママがメアお姉ちゃんを見上げながら呟いた。その言葉にメアお姉ちゃんはためらいを見せつつも「ええ」と頷いた。


「私は刻の君の、いえ、その子の元となったシリウスの、いや、シリウスとその子の伯母です」


 メアお姉ちゃんは私とママをじっと見つめながら、秘めていた事実を話してくれたんだ。

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