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rev5-48 最深部の光景

 霊山と称されるアヴァンシアの辺境の村を擁する御山の最深部。


「古き神」と謳われるシュトロームさんを祭ったお社の最奥にある隠し通路からしか至ることができない地下深くの最深部に俺たちはいる。


 最深部の名の通り、シュトロームさんと再会してから数時間が経っていた。


 この数時間、最深部への唯一の道である隠し通路をずっと辿っていた。御山の標高はかなりのもので、その山頂から最深部へと至るのだから、時間が掛かってしまうのも当然ではあった。


 そうして辿り着いた最深部は、それまでの薄闇の通路とは違い、簡易的な魔法の灯りを灯さないと進めなかった通路とは違って、非常に明るく、内部を見渡すのが容易だった。


 最深部は円形のドーム型になっており、天井はとても高く、奥行きも幅もあり、非常に広かった。それこそドームの名の通り、ドーム球場レベルの大きさはあった。


 だが、どれほど大きくても日の光さえ届くことのない地下だ。本来なら明るいなんてことはありえないのだけど、この最深部は先述した通り、非常に明るい場所だった。


 というのも、最深部は青白い光に包まれており、その光が最深部を明るく照らしているんだ。


 その光も日の光のように眩しいものではなく、ほのかな光だった。見つめていても目を焼くことはない優しい光。


 その光源が最深部の至るところに存在していた。

「パパ、見て。酸素溜まりにあったお花と同じだよ」


 そう、光源はガリオンさんに乗って進んだあの地下水脈内の酸素溜まりにあった光る花々たちだった。


 その花々たちが最深部の至るところに群生しており、その光によって最深部は明るく照らされていたんだ。


 天井はスズラン、側面はリンドウ、奥には蓮の花、中央付近は枝垂れ桜、そしていま俺たちがいる隠し通路の出口であり、最深部の入り口周辺にはリコリスの花がそれぞれに咲き誇っていた。


 酸素溜まりに群生していた花は、光っていたものの、光の色はそれぞれで異なっていた。


 でも、この最深部にある光る花々はすべて青白い光で統一されていた。


 統一された光る花々の光景は、まるでこの世の場所とは思えないほどに幻想的でかつ神秘的な雰囲気をかもちだしていた。


「きれいどす」


 フブキちゃんが呟くような声量で、最深部を見回していく。プロキオンも「だねぇ」としみじみと頷いている。


 言葉には出していないけれど、誰もが最深部の美しさに感嘆としていた。


 さしものアンジュも「……きれいだね」と呟きながら、いつのまにか俺の手を握っているほど。すると、ルクレも「きれいですね」と負けじと俺の手を握ってくれていた。


「まさしく両手に花になっていますね、レンさん」


 俺の現状を見て、タマちゃんがからかうように言ってくれたが、間違ってはいないのであえて反論はしなかった。


 が、それがかえってタマちゃんをあきれさせてしまったようで、「……レンさんがこんなバカップルみたいなことをするようになるなんて」と嘆かれてしまったよ。


 ……どの口で言ってんだよと言いたくなったけれど、まぁ、いい。


 俺自身この光景は美しいと思う。思うけれど、それ以上にありえないという感想が先立っていた。


 だって、俺の目には目の前の花々はどれもが最高品質のエリキサになっているようにしか見えなかったんだ。


 それもかつて俺のギルドで販売していたエリキサとは比べようもないほどの高品質のエリキサだった。


「……レンよ、気付いているか?」


「あぁ、全部エリキサになっているな」


「うむ。それもおまえのギルドで作っていたものよりもはるかに高品質だ。この花々の絞り汁を混ぜただけで、雨水でも最上級の回復薬になるであろうな」


「そんなに、か」


「あぁ、ありえんことだ」


 ルリもそのことに気付いたようで、信じられないというように呆然としていた。


 いや、ルリだけじゃない。サラとティアリカも気付いているようで、ふたりともあ然としていた。


「……たしかに、ここにある花々をすべて売りさばければ、それだけで星金貨数百枚は下らないでしょうね」


「慎ましく暮らせば、数百代経っても余裕で暮らしていけますねぇ」


 サラもティアリカもルリの言葉に頷いていた。その話を聞いてルクレは愕然としていた。


「星金貨数百枚、ですか。何百年、国庫が安泰となるでしょうね」


 愕然となりつつも、ルクレの顔は王のものへと変わっていた。


 この光景はアヴァンシアの先王陛下とて知らないことだろうから、密やかにすべてを運び出せれば、リヴァイアクスの国庫がルクレの代で枯渇することはなくなる。


 それこそ、何十代も後の子孫の代であっても、国庫は枯渇しないだろう。


 とはいえ、それはあくまでも秘密裏に運び出せればの話だし、いくら友好国とはいえ、他国の領土内にある最上級の宝を勝手に持ち出したら、それこそ国際問題となりかねない。


 国際問題を避けるためには、アヴァンシアの先王陛下とアーサー陛下と話し合いを行ってそれぞれの取り分を決めるのが妥当なところだろう。


 その取り分の振り分けをルクレはいま考えているはずだ。


 ……もっとも、取らぬ狸の皮算用という言葉があるとおり、ルクレの想定はあくまでもこのエリキサをすべて回収できればの話だった。


「……言っておくが、この最深部にそう易々と踏み入れさせることはないし、この場にあるものを好き勝手にさせるつもりもない。たとえどんな大国の王が相手だろうともそれは変わらぬ」


 シュトロームさんはルクレに釘を刺していた。その言葉を聞いて、ルクレはさすがに諦めたようだった。


「……わかりました。残念ですが、非常に残念ですが、シュトローム様のお怒りを買うわけには参りませんゆえ」


 本当に残念そうにルクレはため息を吐いた。


 シュトロームさんは「懸命な判断だな」と頷かれていたが、「もっとも」と笑いながら告げられたのは──。


「我が主がお許しになられれば話は別であるがな。まぁ、主のことだ。個人に肩入れはされたとしても、国のような大集団に肩入れはされぬであろうがな」


「……なら、なおさら残念です。私は国の懐を潤すことが第一ですので」


「なるほど。そなたはよき王であるようだな。さすがはベティが母と慕うだけはある」


「お褒めいただき光栄です」


 ルクレはカーテンシーを行い、シュトロームさんに笑いかけていたが、シュトロームさんの上に座っていたベティはいまの会話がいまいちわからなかったようで、「あの、おうさま?」と声を駆けていた。


「いまのおはなし、どういうことなのです?」


「あぁ、いまの話ではわかりづらいか。そうさな。我が主は国というものに関わられるつもりはないが、個人であれば、気に入られた者相手であれば、いつでも相手をしてくださるのだよ」


「……えっと、ベティをすきになってもらえたら、いろいろとしてくれるってこと、ですか?」


「そういうことだな。そしてそなたのおかーさんは、国の金になることが大切であり、個人的な金には興味はないと言ったのだよ」


「ばぅ、そーなの、おかーさん?」


「ええ。そうですよ、ベティちゃん」


 ニコニコと笑いながら頷くルクレに、ベティは「そーなんだ」と驚きながらも、目をきらきらと輝かせて見つめている。


 その視線にルクレは照れくさいのか、苦笑いしていた。苦笑いしているけれど、その顔はとても誇らしげなものだった。


「ねぇ、シュトロームさん。ここのお花、持ち帰っていい?」


 ベティとルクレのふたりとやり取りしていたシュトロームさんに、プロキオンがなんともらしいことを言ってくれた。「話聞いていたの?」と言いたくなる内容だったが、シュトロームさんはおかしそうに笑うと──。


「そうさなぁ。プロキオンであれば、どれも数株ずつであれば持ち帰ってもよいぞ。桜は接ぎ木と苗木どちらがいい?」


「がぅ~。接ぎ木はおばあちゃんからもらったから、苗木かな?」


「そうか、であれば苗木を後で用意しよう」


「がぅ、ありがとう、シュトロームさん」


 パタパタと尻尾を振るいながら、嬉しそうに笑うプロキオン。実にかわいらしい。いったいどこの天使だ? あ、うちの愛娘だったわ。


「……のう、プロキオン。そなた、あのような親バカな父でよいのか?」


「パパのそういうところも、私大好きだよ?」


「……そうか。まぁ、そなたが言うのであればよいか」


 どういうわけか、シュトロームさんに呆れられてしまった。いったいどうしてだろうと思っていると、アンジュが俺の袖を引っ張りながら、「口に出ていたよ?」と教えてくれた。


「……また?」


「うん、また」


 ニコニコと笑いながら、はっきりと現実を突き付けてくれるアンジュ。どうやら、俺の親バカ心がまた暴走していたようだが、後悔はない。


「……まぁ、レンが親バカになったのはここまでの道中でわかりきっていたことだからよいわ。それよりも主の元へと向かおうか」


 俺のことはあえてスルーされるようで、シュトロームさんは中央の桜へと向かって歩き出された。


 言動を踏まえる限り、あの桜の辺りに氷結王様がいるということなのだろうけど、ここからでは氷結王様の影も形も見えなかった。


「氷結王様は、桜の辺りに?」


「……あぁ。あそこで眠りに就かれているよ」


 シュトロームさんはわずかに間を置いて頷かれた。その様子は氷結王様の現状がどのようなものなのかを理解するには十分すぎた。


「相当にお悪いのですか?」


「……見ればわかるよ、としか言いようがないな」


 シュトロームさんが名言しなかった。それがより不安を煽ってくれる。


 最深部はとても幻想的で美しい場所なのに、その美しさがいまはかえって恐ろしく感じられてしまった。


 その中心となっている桜をゆっくりとした足取りでシュトロームさんが向かっていく。その後を俺たちは続いていき、そして──。


「着いたぞ」


 ──短いシュトロームさんの言葉とともに俺たちは氷結王様の元へと辿り着いた。


 最深部の中央。桜並木となっていた中央の、さらに中心にあったぽっかりと空いた部分には竜の姿となって地に伏して眠る氷結王様が、青白い氷の鎧ではなく、赤黒い氷の鎧を纏った、いかにも邪悪そうな竜の姿となって眠る氷結王様がおられたんだ。

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