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rev5-44 大空を往きながら

 きれいな空だった。


 クーに抱かれて空をともに飛ぶことはよくあるけれど、ここまで高くは飛んだことはなかった。


 仮に飛んだとしても、さしものクーでも長くは飛べない。トワさんに協力して貰っても、そこまで長く滞在することはできない。


 それほどに高い空の上は、とても美しかった。


 地上における雑事は、この空の上ではなにもない。


 目の前には、一面の雲とその雲を纏った青空が広がっている。


 ベティちゃんはその雲を少し前まで捕まえようと躍起になっていた。


 レンさんが微笑ましく見ていたのもわかるほどに、ベティちゃんの姿はとても愛らしかったが、いまはすっかりとお冠になってしまった。


 いまや頬をぷっくりと膨らましながら、尻尾を振っている。


 尻尾は左側に振られているので、やっぱりお冠のようだ。


 レンさんは尻尾の振り方ひとつで感情を現しているということはわかっていないんだろうけど。


 ベティちゃんがお怒りの理由は、レンさんがプロキオンちゃんがヤキモチを妬いているのを見て、プロキオンちゃんばかりに構ってしまったがため。


 なんでそんなことをしてしまったのかは、たぶんシリウスちゃんと重ねてしまったからなのだろう。


 シリウスちゃんとプロキオンちゃんは、とてもよく似ている。それこそ双子のようにだ。


 実際は、シリウスちゃんを元に造られた短命のクローンかつアンデッドになっていたのがプロキオンちゃんだったらしい。


 でも、いまはアンジュさんの力で、短命の宿命とアンデッドの呪いからは解放され、普通の狼の魔物となったみたいだ。


 ……狼の特殊進化系の最上位の原種に至った子を、普通の狼の魔物と称していいのかはわからないけれど。


 レンさんの話によると、プロキオンちゃんはアンジュさんの力で二重の呪いから解放された際に、ロード・クロノス・オリジンに進化したみたいだ。


 その話を聞いた正直な感想を言えば、「なんで?」だった。


 二重の呪いから解放されて、普通の狼の魔物になったということはわかる。


 だけど、解放された結果が、特殊進化系の最上位の原種に至りましたというのがわからない。


 シリウスちゃんがロード・クロノスにまで至っていたからこそだったかもしれないけど、それでも普通に考えれば、ロード・クロノス止まりであるはず。


 それがなぜかロードのさらに上の存在に至った。


 うん、やっぱり意味がわからない。意味はわからないけれど、現実的にそうなってしまったのは事実なのだから、受け入れなければならない。


 ……まぁ、実を言えばプロキオンちゃんがオリジンになった本当の理由は知っているのだけど。


『あぁ、やっぱりベティちゃんはかわいいわね。もちろん、プロキオンちゃんもとってもかわいいけれど、ベティちゃんも負けず劣らずで……本当に孫娘は最高だわ』


 頭の中で怒濤の勢いで孫娘の想いを語る、どこかの神様の声が響いていた。


 レンさんと合流してからというもの、常時接続されているのは困ったものだよ。


『……スカイスト様、そろそ勘弁して欲しいのですが』


『なぁにを言っているの、タマモさん。私はあの子たちへの想いの一割も語っていないのに』


『……もうげっそりを通り越して、うげーレベルなんですけど』


『そう言われても、まだ語り足りないのは事実なのよね。むしろ、もっと語らせろレベルなのよ』


『勘弁してください、本当に』


『やだ』


『……』


 こっちの要望を一言で切り捨てられてしまった。どうやら私の苦難は続くようだ。


『というか、こういうのは私だけじゃなく、フブキにもしてください。フブキにも繋げられるのに、私ばかりなのはどうかと』


『だって、フブキちゃんにタマモさんと同じことをして、その行いをあの子たちにちょっとした弾みで伝えられたら、私正気でいられる自信ないもの』


『……いや、それ条件は私も同じで』


『タマモさんは大丈夫よ、ね?』


『……ハイ』


 圧を掛けないでくださいと言いたくなったが、蘇らせてもらった手前、なにも言えなかった。


 フブキの場合は、「ヴェルド」からこの世界へと転移させられただけだから、スカイスト様だけではなく、クラウディア様にもいろいろと言える。……単純にあの子が怖い物知らずなだけなかもしれないけど。


 あと、あの子の見目がちょうどシリウスちゃんとプロキオンちゃんと同い年くらいというのも理由かもしれない。


 私だけに繋いだ状態で「やっぱり、フブキちゃんはプロキオンちゃんのお嫁さんになるべきなのよ」とか「いいえ、ここはシリウスの嫁になるべきね」とかいう談義を白熱させるほどに、おふたりはフブキを気に入っていた。


 それこそ、シリウスちゃんとプロキオンちゃんのどちらかの嫁にしたいと思うほどに。


 まぁ、外野が騒ぐのは別にいいけど、そういうことは本人たちの気持ち次第。……昨日の夜にアンジュさんとその話で盛り上がった癖にと言われたらぐうの音も出ないけど。


 ちなみに、フブキ本人にそれとなく、プロキオンちゃんをどう思っているのかを尋ねてみたら、顔をほんのりと染めつつ、「素敵な子」と言っていたので、どうやら脈有りみたい。


 そのことは私を通してスカイスト様とクラウディア様には伝わっていて、プロキオンちゃんの嫁派のスカイスト様が歓喜したのは言うまでもない。シリウスちゃんの嫁派のクラウディア様は項垂れていたのもまた。


 正直なことを言わせてもらうと、さすがにシリウスちゃんの嫁というのは無理がある。


 そもそも、フブキはシリウスちゃんと知り合ってもいないのだから、見ず知らずの他人に恋仲になれと言われてできるわけがないだろうに。


 その辺りの機微をクラウディア様はわかっていない。「恋というものは唐突なものでしょう!?」と負け惜しみ気味な叫びは頷けなくもないものだった。


『そうでしょう、そうでしょう! やっぱりシリウスのお嫁さんルートは潰えていないのよ!』


『……いきなり出てきて、変なことをぶちまけないでください、クラウディア様』


『それとルートってなんですか、ルートって。恋愛ゲームじゃないんですから。加えて、すでにフブキちゃんの気持ちはプロキオンちゃんに傾いているのは本人の気持ちを踏まえて明らかじゃないですか』


『うっさいわね! いいじゃない、ちょっとくらい夢見ても!』


『夢って言うほどに、フブキとシリウスちゃんがカップリングされることが無理ってわかっておられるんですね?』


『……ソンナコトナイワ』


『……まぁ、お母様のことは放っておきましょう。いまのところ、旅は順調そうね』


『そうですね。ガリオンさんを空飛ぶ幽霊船にして、レンさんの眷属にしたという奇想天外なことをどこかの孫ラブ神様がやらかされたので、想定以上の速さです』


『あら、その孫ラブ神様はいい仕事をするわね』


 ふふふ、と嫌味をあっさりと受け流されるスカイスト様。スカイスト様のこういうひょうきんなところは、本当に敵わないなぁと思う。


『そりゃそうでしょう。GM時代からあなたはいい仕事をしていましたからね?』


『「フィオーレ」のマスターであるあなたにそこまで言って貰えて光栄だわ』


 くすくすとおかしそうにスカイスト様は笑っている。クラウディア様は話に入ってこられないため、ひとりいじけているみたいで、「楽しそうでいいわよねぇ~。なんなのよ、ぐすっ」って泣いているし。面倒な創造神だなぁと思ったのは内緒だ。


『スカイスト様』


『なぁに?』


『氷結王様のこと、どこまでご存知なので?』


『私もすべてがわかっているわけではないの。ブレイズさんやグラくん、セレスティアルさんの動向はわかるのだけど、フロストさんに関しては大雑把にしかわからないわ』


『その大雑把でわかる範囲が、御山で眠っているということなんですか?』


『ええ。私がわかるのはそこまで。あとはせいぜいアルトリアちゃんが接触したことで、あの人が汚染されてしまったということくらいなのよ。正直なことを言うと、私も「古き神」がフロストさんだと思っていたから、あのときにアルトリアちゃんが接触したことで汚染されたと思っていたのよ』


『まさか、「古き神」がスライムさんだとは思っていなかったもの』とため息交じりにスカイスト様は仰られた。


 スカイスト様はこの世界の母神であるけど、母神と崇められるとはいえ、この世界のすべてを知っているというわけではない。


 むしろ、すべてを知っているのは、いまもなおいじけているクラウディア様の方だろうけど、どうやらクラウディア様も氷結王様の正確な所在についてはわからないみたいだ。


『本当にお母様までわからないんですか?』


『……だって、具体的な指示はエルドがしていたし、エルドが指定していたのがあの辺りなのよ。あの人、「四竜王」の中で一番エルドには従順だったから、てっきり御山の辺りで寝ていると思ったのだけど』


 クラウディア様は若干困った様子で言っている。


 どうも「四竜王」様たちが眠りに就かれている場所は、エルド神の指定に従ってのようで、氷結王様もその指定に従っているはずなのだが、どういうわけか御山に眠っているのは「古き神」ことシュトロームさんというよくわからないことになっている。


『氷結王様はどちらにおられるんでしょうね』


『そうねぇ。少なくともスライムさんを起こせばわかると思うのだけど……ただ』


『ただ、なんです?』


『……お母様情報で、不確かなことなのだけど』


『ちょっと待ちなさい、スカイスト。なんで私が情報元だと不確かになるの? そこは確定的な情報だと』


『だって、お母様ですから』


『そうですね。クラウディア様ですし』


『……ねぇ、私泣いていい? すっごく泣きたいんだけど、うざがられるほどに泣きじゃくりたいんだけど?』


『やめてください、鬱陶しい』


『ええ、すごくウザいですし』


『……』


 私とスカイスト様の辛辣な一言でクラウディア様は無言で泣き始めていた。面倒極まりないから、いまは放っておこう。


『それで、クラウディア様情報だとなんですか?』


『それが、うろ覚えなのだそうだけど、「……あんな場所に山なんて作っていたかしら?」ってらしいのよ。姉さんがこの世界を造りあげたときには、あそこに山がなかったようなって話らしいのよね。あくまでもうろ覚えらしいから、話半分にしておいて』


『了解です』


 うろ覚えとはいえ、唯一当時のことがわかるというクラウディア様の情報だった。スカイスト様は話半分にしておけというけれど、重要な情報ではある。


 ただ、重要な情報ではあるけれど──。


『この雄大な光景がなかったなんて』


 ──目の前に広がる雄大な山脈が存在していなかったとは、とてもではないけれど信じられない。


 山というものが地殻変動の際に生じたものであることは、学校の授業で習ったけれど、それでもこの山脈が最初は存在していなかったなんて、どうしても信じられなかった。


『もしかしたらですが、この山脈自体が氷結王様が眠られたことで生じたという可能性もあるかもですね』


『お母様の話を信じるとすれば、その可能性は高いでしょうね。……あくまでもお母様の話を信じれば、だけど。でも、いまはその可能性を踏まえて行動するしかないでしょうね』


『ですね。いまのところそれしか指標がありませんし』


『私ももう少しお母様と話をしてみるわ。もしかしたら具体的に思い出してくださるかもしれないもの。……望み薄だけど』


 ふぅと小さくため息を吐かれるスカイスト様だけど、その理由も納得できる。


 当のクラウディア様がいまだにいじけて泣いているから、当時の話を聞くなんてまだできそうにないからね。


『とりあえず、いまのところの目標としては、「古き神」が祭られているという祠を目指してちょうだい。その航路であれば、そのまま進めばそのうち着くでしょうし』


『そうですね』


 山脈の一番険しい山。それが「古き神」が眠るという御山であり、その山頂に祭る祠があるそうだ。現在の高度はその山頂に合わせてあるため、このまま進めばそのうち山頂に辿り着くことになる。


「さて、鬼が出るか、蛇が出るか」


『少なくともスライムは出てくるわね』


『……その通りですけど、なんだか字面だけを見ると妙な気分ですね』


『そうね』


 おかしそうにスカイスト様が笑っている。その笑い声を聞きながら、私はまだ距離のある御山の山頂を見据えていく。


 氷結王様はどこで眠られているのだろうと考えながら、大空の航路を進んでいった。

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