rev5-42 眷属契約
「ん~、外だなぁ」
ガリオンさんの中から外に出た。
八日ぶりの太陽の光に、わずかに目を顰めさせてしまう。
太陽光のまぶしさを感じているのは俺だけではなく、みんなも同じようで少し辛そうにしていたが、ベティは嬉しそうにしていた。
「ばぅ~。ひさしぶりのおそとなの~」
ベティは外の空気を胸いっぱいに吸い込みながら、大きく背伸びをしている。
その隣でティアリさんも背伸びをしていた。それどころか、地面に土下座していた。
「あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁ! ひ、久しぶりの地上、限りのない大地ですぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ! 大地よ、愛しています!」
ティアリさんは歓喜の涙を流しながら、地面に頬ずりしていた。その様はすごく見覚えがあった。
思わず、視線をアンジュに向けてしまった。すると、アンジュは顔を覆って天を仰いでいた。どうやら憶えがありすぎる光景だったようだ。
「……ティアリちゃん、お願い、やめて。古傷を抉るのやめて」
顔を両手で覆っているけれど、アンジュの耳は真っ赤に染まっていた。
まぁ、無理もない。
「リヴァイアクス」に到着したときのアンジュそのものの姿を見せてくれているんだから、アンジュにしてみれば自身の過去の恥部を散々に見せつけられているようなものだろうし。
「ティアリおねーちゃん、ちょっとまえのママみたいなの」
大地に頬ずりをかますティアリさんを見て、ベティが無慈悲すぎる一言を告げてくれた。その言葉にアンジュが「ベティぃ、やめてぇぇぇ!」と叫び出した。
最近では珍しいアンジュの絶叫。女神となる前は、よく叫んでいた彼女だけど、ここ最近はめっきりと叫ばなくなった。
以前のアンジュは表情豊かな人だったけれど、いまのアンジュは泰然自若と言うべきなのかな。感情が揺れ動くことがなくなっていた。
だからか、いまの恥ずかしがっているアンジュは、見慣れた姿であるものの、不思議と新鮮にも感じられる姿でもあった。
「ママ、恥ずかしがっている、かわいい」
くすくすとアンジュの恥ずかしがっている姿を見て、プロキオンがおかしそうにからかい始めた。まさかのプロキオンの言葉にアンジュは慌て始めた。
「こ、コラ! プロキオン!」
「がぅ~、ママが怒ったの~、こわーい」
そう言って脱兎のごとく逃げ出すプロキオン。その隣でベティもまた「こわーい」と言って逃げ始めた。
「恥ずかしがっているのがかわいいって言っただけで怒るの、変なの~」
「へんなの~」
きゃっきゃと笑いながら、逃げ回るふたりにアンジュは顔を真っ赤にして「こ、コラぁぁぁ!」と叫びながら追いかけるも、ふたりの逃げる速度の方が速く、全然追いついていなかった。
本気を出せばすぐに追いつけるのだろうけれど、娘相手に本気を出すのはみっともないし、大人げないと思っているんだろう。
アンジュはすっかりと変わってしまったけれど、根っこの部分はなにも変わっていない。わかっていたことではあるけれど、改めて理解できた気がした。
『ほっほっほ、元気がよくてなによりですなぁ~』
そんな賑やかな雰囲気の中、ガリオンさんの笑い声が響いた。
ガリオンさんはいつものように巨大な目を出現させていたけれど、その目は穏やかそのものだった。
「ガリオンさん、ここまでありがとうございます」
『いえいえ。お気になさらずにです。私も神子様方をお乗せできたことは光栄ですので』
「そう言っていただけると幸いです」
『ただ、私はここまでです。ここから水路はありませんので、さすがにここから先は私は行動できません。湖に潜って皆様方のご帰還をお待ちしております』
「わかりました。数日のうちに戻れると思いますので、それまで待っていてください」
『畏まりました。それでは、皆様方ご武運を』
わかっていたことではあったけれど、ここから先はガリオンさんとは別行動になる。
さすがのガリオンさんも水路がなければ、行動はできない。
となれば、この湖で待っていてもらうしかなかった。
俺とガリオンさんの話を聞いて、プロキオンとベティが同時にぴたりと足を止めた。
「ガリオンおじいちゃん、お別れなの?」
「おじいちゃんもいなくなっちゃうの?」
ガリオンさんと別行動になることを聞いて、ふたりはアンジュとの追いかけっこをやめて、ガリオンさんに駆け寄った。
どうも、焦炎王様と別れてから、ふたりは別れに対して敏感になってしまっていた。
ガリオンさんはふたりの様子を見て、『まぁ、そうなりますかなぁ』と少し困ったように言った。
人の姿になれていたら、きっと頬を搔きながら困った様子を見せていただろう。それくらいにいまのガリオンさんは困っているようだった。
「ふたりとも、ガリオンさんを困らせたらダメだろう?」
「だけど、パパ」
「おわかれ、さみしいの」
肩を落として、涙目になるふたり。非常に心苦しい姿ではあるのだけど、こればかりは俺どころか、ガリオンさんにもどうしようもないことだ。
幽霊船という規格外の存在であるガリオンさんだけど、それでも船という括りからは抜けだすことはできないんだ。
船舶という存在である以上、水の上でしか行動できないという縛りからは解放されることはない。
こればかりはどうしようもないことであり、ふたりが別れを惜しんでも誰にもなにもできないわけで──。
「……は? え、あの、ちょっと?」
──と思っていたら、タマちゃんがなにやら困惑した声を上げ始めたんだ。
その様子は非常に憶えがある。具体的には最後の酸素溜まりで一泊した際に見た記憶があった。
「……ねぇ、あなた」
そしてアンジュがあ然としながら、俺に声を掛けるというのも含めて。非常に憶えがあった。あぁ、嫌な予感がする。嫌な予感しかしないよ。
それでも投げられた賽をなかったことにすることはできないわけで、俺は意を決して「どうしたの?」とタマちゃんとアンジュそれぞれに尋ねた。すると、ふたりが告げたのは想定外であり、想定通りの内容だった。
「あの、その、ガリオンさんを空飛べるようにしたということです」
「……うん、ガリオンさんが水上だけという縛りから解放されて、空も飛べるようになったみたいなんだけど」
「……Oh」
うん、これほどまでに想定通りの内容というのもなかなかないよなぁと思うものだった。その言葉に当のガリオンさんも「……は?」とあ然となっていた。
『あ、あの、なんの話を』
「えー、いま言った言葉の通り、なんですよね」
そう言って顔を逸らすタマちゃん。ガリオンさんがアンジュを見やると、アンジュは頭が痛そうに額を押さえていた。
「……信じられないと思うのだけど、本当にガリオンさんは水上という縛りから解放されているんだよね。うん、本当に信じられないと思うんだけど」
同じ言葉を繰り返すアンジュに、ガリオンさんは「……は?」と呆然となっていた。
「ガリオンおじいちゃんも着いてきてくれるの?」
「そーなの、ママ?」
アンジュとタマちゃんの言葉を聞いて、プロキオンとベティが目を輝かせていた。ふたりはとても苦々しそうにしながらも頷いていた。
『いやいやいや!? おかしいですぞ!? たしかに私は幽霊船ではありますが、いくらなんでも空を飛ぶなど船でできることではありませぬぞ!?』
ガリオンさんは意味がわからないと叫んでいた。気持ちはよくわかる。よくわかるが、こればかりはもうどうしようもないというか、諦めてほしいなぁと思う。
でも、まだふたりの言葉には続きがあった。
「あと、ガリオンさんは今後レンさんの専用船となるそうです」
「『は?』」
「……うん、これもね。あなたとガリオンさんが魂で繋がっちゃっているんだよね。わかりやすく言えば、ガリオンさんはあなたの眷属として契約されちゃっているんだよね」
船が空を飛ぶだけでも十分ぶっ飛んでいるというのに、そこにまさかの眷属契約を結ばれてしまっていたようだ。
いつのまにと当人同士の意見を聞かずにという疑問が浮かびあがるけど、もうなにも言うまい。
「お師匠様にもこの話は通っているみたいで、幽霊船部隊の長と兼任するということらしいです」
『いやいやいや! さすがにそれは無茶苦茶すぎませんか!?』
「曰く、後任が育つまでの一時的処置らしいです。後任が育てば、部隊長の任は解かれるそうですよ」
『そういうことではないのですが!?』
「……すみません、私からはそうとしか言えませんです、はい」
タマちゃんが完全に顔を背けてしまう。ガリオンさんは愕然としていた。
ガリオンさんの反応を見て、俺と香恋はそれぞれにため息を吐きながらはっきりと言った。
「『……なにしてんの、うちの母は』」
まさか、昨日に引き続き、連日で頭を抱えさせられることになるとは思っていなかったよ。
母さんの孫ラブっぷりを甘くみすぎていたと痛感させられた気分だった。
「ガリオンおじいちゃん、お空飛んでみて!」
「ばぅ、おそらとぶのみてみたいの!」
だが、そんな俺と香恋の嘆きはまるっと無視するように、プロキオンとベティは無邪気にガリオンさんにねだっていた。
その後、ガリオンさんはふたりの言葉を聞いて空へと浮上し、「……本当に空飛んでいますな、私」と再び呆然となってしまったんだ。
とにかく、こうして俺たちは空を飛ぶ幽霊船という世界で唯一の仲間兼移動手段を手に入れることになったんだ。
今後孫ラブ母神様の気分によって、強制アップデートが行われることが決定したガリオンさん。空を飛ぶの次は光学迷彩のステルス化ですかね←
そして、ティアリさんの苦難は続くというね←




