rev5-39 二日酔いと味噌汁
翌朝──。
『皆様、朝となりましたので、そろそろ準備のほどをお願い致します』
ガリオンさんの声が酸素溜まりの中で響いた。
夕食後の思い思いの時間を過ごした後、それぞれに眠りに就いて数時間。ガリオンさんが起床時間であることを教えてくれた。
寝酒を嗜んでいたルリ以外は、みんなあっさりと起き出した。ルリだけは深酒が過ぎたみたいで唸りながらも、「もう朝なのか?」と怠そうにしていた。
「どれだけ飲んだんだ、ルリ?」
「……ん~。女王陛下殿から土産として渡されたもののひとつを半分くらいかのぅ?」
「……おまえなぁ」
想定よりも多い量にあ然となってしまった。いや、あ然を通り越して愕然というべきかな?
どちらにしろ、俺が思っていた以上にルリは飲んでいたようだ。
というか、酸素溜まりで休憩するたびに飲んでいたというのに、アリシア陛下から土産として渡された酒の甕を五つつのうちのひとつをもう半分まで空けてしまったというルリの言葉は愕然とするほどに衝撃的なものだった。
ちなみに酒の甕は空の状態でも、抱えるのがやっとの大きさだ。そこになみなみと酒が注がれていたものを五つ土産として渡されていたのだけど、そのひとつを半分空けた。
飲みすぎだとしか言いようがないし、怠そうにしているのも当たり前だった。どう考えても二日酔いだろう。
「あのなぁ、ルリ。これからなにがあるかわかっているのか?」
「……仕方がないじゃろう? 美味かったんだもん」
「「だもん」って言うな、「だもん」って。歳を考えろ」
「うっさいわい! って、あたたた。頭がぁ~」
さすがのルリも二日酔いには敵わないようで、俺の苦言に対してルリが大声を上げたのだけど、その大声で頭が痛くなったようだ。
その場で蹲りながら、頭を押さえるルリ。そんなルリを見て、ベティやプロキオン、メアさんとティアリさんが心配そうに見つめていた。
「う、うぅ~。レンめぇ~。我になんの恨みが」
「今回はおまえの自爆だろうが」
「……正論を抜かすでないわ」
「わかっているなら、俺に文句を言うなっての」
「……ぐむぅ」
ルリが唸り声を上げながら、俺を睨みつけるも、すぐの「あたたた」と頭を押さえていた。
少しかわいそうかなと思ってしまうも、今回ばかりはルリの自業自得であり、盛大な自爆でしかない。
まぁ、俺もちょっと藪を突っついてしまったかなぁと思うけれど、今回は事が事だった。
いくらカティの体だからといって、ルリが「だもん」というのはいささか歳を考えなさすぎだったし、カティの体で飲酒するというのも歳を考えなさすぎだ。
うちのかわいい三女の体をアルコール漬けにしないでほしいという想いからつい口を出してしまったわけだ。
うん、本当にカティをアル中にしないでほしいものだよ、切実に。
「ルリおねーちゃん、だいじょーぶ?」
「ルリ様、大丈夫?」
ベティとプロキオンがルリの周りに集って心配げに声を掛けている。
ルリは「……だ、大丈夫じゃ~」と力なく声をあげるので精一杯のようだった。
「……はぁ、ガリオンさん。キッチンをお借りしますね。貝や海藻ってありますか?」
『はい、だいたいのものが揃っております。ご随意にお使いください』
「ありがとうございます。フブキ、手伝って」
「はい、もちろんどす」
ルリの体たらくを見て、タマちゃんは完全に呆れていたが、ガリオンさんの内部のキッチンで一品を作ってくれるようだった。
貝と海藻ってことは、しじみの味噌汁でも繕うとしているんだろう。問題があるとすれば、この世界に味噌があるかどうかだけども。
「タマちゃん、味噌の当てはあるの?」
「少し前に作ったものがありますけど」
「けど?」
「……若干まだ早いかなぁと思うんですよね。熟成具合が足りない感じでして」
「そうなの?」
「ええ。ほんの一週間ほど前に作ったばかりのものなので、まだ使うには早いとは思うんですが、そうも言ってられないようですし」
ちらりとルリを見やるタマちゃん。当のルリは見るからにぐったりとしている。
少し前まではベティとプロキオンに「大丈夫じゃ」と答えていたのだけど、それがかえってよくなかったのか、いまや完全にグロッキー状態だ。
「……あの状態ですと、熟成がどうのこうのと言っている場合じゃないですし」
「……そう、だねぇ」
タマちゃんの言うとおり、さすがに放っておくことはできない。となれば、たしかに熟成が足りないとか関係なく、使うしかないよね。
「お願いしてもいい?」
「ええ、もちろん。それじゃ」
「ねぇ、タマモさん」
調理してくると言おうとしたタマちゃんをプロキオンが止めた。タマちゃんはプロキオンに「なにか?」と尋ねると、プロキオンは「私も手伝う」と言い出したんだ。
「気持ちはありがたいですが、プロキオンちゃんは調理経験ありますか?」
「ない」
「でしたら」
「うん。だから、ミソっていうのを熟成を手伝うよ」
「と言いますと?」
プロキオンの言葉に、「はて」と首を傾げるタマちゃん。プロキオンの言葉の意味をいまひとつ理解できないでいるようだが、俺たちにしてみれば納得できることだった。
「そっか。プロキオンなら」
「そうだね。プロキオンならすぐに完成させられると思うよ」
俺の言葉にアンジュが頷いてくれた。そう、プロキオンは「ロード・クロノス・オリジン」だ。
ウルフ系統の特殊進化個体である「グレーウルフ」の行き着く先である「ロード・クロノス」の原種となったプロキオンであれば、味噌の熟成を促進させることなんてたやすくできるだろう。
……まぁ、オリジン種の力を調味料の熟成の促進のために使うというのはどうかとは思うけど。
「えっと、どういうことですか?」
タマちゃんは俺たちの言葉の意味を理解できないでいるようだった。
「あのね、私の力を使えば、ミソ? の熟成を促進できるの」
「本当ですか?」
「うん。私はロード・クロノス・オリジンだもの。熟成の促進くらいならお茶の子さいさいなの」
プロキオンは自信満々に答えて、その言葉にタマちゃんは驚いていたけれど、「でしたらお願いします」と言ってくれた。
「そのお返しじゃないけど、お願いがあるの」
「調理の手解き、ですか?」
「うん。できれば、お願いします」
「……わかりました。私でよければ手解きをしましょう」
「ありがとう、タマモさん」
「いえいえ。ただし、甘くはしませんから、そのつもりでね?」
にこりとプロキオンに笑いかけるタマちゃん。その笑顔は希望のそれにそっくりだった。さすがは従姉だった。
そしてその笑みにプロキオンは若干弱腰になりかけるが、「が、頑張る」と頷いたんだ。
その後、プロキオンはタマちゃんとフブキちゃんと一緒にガリオンさんの中へと入っていき、二十分後くらいに戻ってきた。
三人はそれぞれ寸胴鍋と食器類、そしてお釜を持っていた。
「どうせなら、朝食代わりに皆さんで食べましょうかと思いましてね」
というのはタマちゃんの談だ。しじみの味噌汁を作るついでに質素ながらに朝食を準備してくれたようだった。
ただ、その準備はプロキオンにとってはなかなかに大変だったようで、「がぅ~、疲れたの」とヘトヘトになっていた。
どうやらタマちゃんに相当絞られたようだが、プロキオン自身が望んだことだから、俺やアンジュがタマちゃんになにか言う気はなかった。
「頑張ったみたいだな、プロキオン」
「お疲れ様、プロキオン」
タマちゃんになにか言うつもりはないけれど、頑張ってくれたプロキオンを労ってあげた。俺たちの労いを受けて、プロキオンは「ありがとう、パパ、ママ」と笑ってくれた。その笑顔は溜まらなくかわいかったのは言うまでもない。
そうしてプロキオンを労った後、二日酔いのルリを中心にして俺たちは簡素な朝食を取った。
しじみの味噌汁を飲んだルリは、劇的に回復とまでは行かなかったが、それなりに回復してくれた。
「すまんなぁ、プロキオン。迷惑を掛ける」
「気にしないで、ルリ様。それよりオミソシル、美味しい?」
「あぁ、美味いぞ。炎王様にいつか振る舞って差し上げるといい」
「うん、そうする。そのときまでにもっともっと腕を上げるんだから」
「その意気じゃ。あぁ、五臓六分に染み渡るわぁ」
満ち足りた表情でしみじみと頷くルリと、焦炎王様に手料理を振る舞うことを目標にしたプロキオンのやり取りを聞きながら、朝食を終え、そして──。
『それでは、皆様、出航致します』
──ガリオンさんの宣言とともに俺たちは酸素溜まりから地上の湖へと繋がる最後の水路へと踏み入れたんだ。




