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rev5-36 美しい花には棘があるけど、親バカと孫ラブには敵わない←

 泡の膜を張って、地下水脈の底にある大穴へと突入したガリオンさん。


 その内部からガリオンさんが辿る航路を、現在地を光点でマッピングされている地図と、船窓からの景色の両方で俺たちは確認していた。


 大穴の内部は、すべてが地下水に覆われているわけではなく、ところどころに酸素溜まりとも言うべき場所があった。


 酸素溜まりの場所は、地下水路の中とは思えないほどに広く、地上にあってもおかしくないような植物が自生していた。


 たとえば、淡く光るスズランとか、水面近くまで垂れ下がった輝く枝垂れ桜とか、側面や天井にまで張り付くように生える蛍光色で発光するリンドウなど。


 どれもこれも地上にもありそうな植物だけど、どれも必ず発光していた。まるで灯台のような道しるべとして。


 そんな道しるべがある場所は、必ず酸素溜まりとなっていて、ガリオンさんの巨体であっても停泊できるうえに、軽い散策もできる程度のスペースがあった。


 だからなのかな、酸素溜まりに入るたびに、ガリオンさんは「一時休憩」と称して停泊してくれた。


 酸素溜まりがあるのは、どういうわけか難所を超えると必ずのように存在していた。


 たとえば、突入前にも言った「滝を逆走してから、反転して反対の通路にジャンプ」の後、しばらく潜行していると、輝く枝垂れ桜の酸素溜まりへと到達していた。


 休憩時間はだいたい一時間くらい。その間であれば、ガリオンさんは下船させてくれたので、プロキオンとベティ、それにフブキちゃんは酸素溜まりでの休憩時間になると、必ず下船していた。


 三人の下船に合わせて、俺も逐一下船していた。


 いくらガリオンさんが休憩地点として選んだ場所とはいえ、地上とは環境が違っている。なにかしらの危険生物ないし危険な細菌の温床となっている可能性も否定しきれなかった。


 一番か弱いベティでも、大の大人を簡単にぶちのめすことができるとしても、心配しないでいいというわけじゃなかった。


 アンジュには「心配性だなぁ」と笑われてしまったけれど、心配なんてしすぎるくらいがちょうどいい。


 しかも、相手は大切な愛娘たちとその友人となれば、普段以上に心配はするし、用心もするべきだった。


 アンジュは俺の意見を聞いて、少しだけ呆れたけれど、「……まぁ、でも、言われてみればかなぁ」と理解してくれた。


 理解してくれたのはいいんだが、なぜかアンジュは俺の腕を取ると「じゃあ、行こうか」と言ってくれた。


「三人のお目付役兼デートでもしよう?」


 ニコニコと笑いながらアンジュが口にした一言で、今後の航路についてガリオンさんを交えて、ルリたちと話し合っていたルクレが過敏に反応した。


「ちょっと待ってください! デートなら私も行きます!」


 ルクレは若干鼻息を荒くしつつ、挙手していた。その様子にベティまで「おかーさん」と若干呆れていたが、ルクレは一切引くつもりはないみたいだった。


 アンジュは「仕方がないなぁ」と言って、ルクレも参加することを認めていたね。当のルクレは「……お情けを掛けられたみたいで、屈辱的です」と唸っていたけど。


 でも、ルクレも下船することになった結果、今後の航路についての話はお流れとなり、思い思いに休憩時間を過ごすことになった。


 メアさんは船酔いするティアリさんの介抱兼気分転換のためにやはり下船していた。


 ルリは「発光する植物を肴にする」と言って甲板に向かったし、ティアリカは「カティの体で好き勝手にはさせません」と言って甲板に着いていった。イリアとサラは「ふたりだけだと喧嘩になるから」とその後をやはり追っていった。


 タマちゃんは「私くらいは航路の話をしていますよ」と言って残ってくれた。「ただし、下船中のお土産話はよろしくですよ?」と付け加えて。


 人数比は下船組がやや多いけど、下船組と居残り組の半々くらいとなったんだ。


 たまにルリが「やはり近くで一杯やるのも乙なものよな」と言い出し、結果タマちゃん以外の全員で下船することもあったが、概ねどの休憩場所でも下船組と居残り組みに別れることにはなった。


 そうして休憩と航行を繰り返し行いながら、俺たちは大穴の内部を進んでいき、ちょうど五回目の休憩を迎えた。


 休憩と潜行の時間はだいたい比例していた。時計を見るととっくに午後を周り、そろそろ夕飯の時間となる見立てであり、そして今日の航行はここで終了となる。


『本日はここまでと致しましょうか。ここから先は酸素溜まりもなく、長丁場となりますゆえ、地上に出れても真夜中の到着となりますので』


 ガリオンさんの説明によると、今回の酸素溜まりが最後の酸素溜まりとなるようだ。それ以後は一切の休憩なしで御山近くの湖へと向かうことになるらしい。


 すでに夕飯の時間を迎えているし、ここから先は長丁場ということもあり、今日はここで一泊することになったんだ。


 ちなみに今回の酸素溜まりにある発光する植物はというと、白色の彼岸花が群生していた。いや、彼岸花というよりかは、リコリスかな? 白いリコリスの花が一面に咲き、そのひとつひとつがほのかに光っていた。


「ばぅ……きれーなの」


 下船するやいなや、ベティは白いリコリスの花の虜になってしまったが、俺は慌ててベティを抱きかかえた。


「おとーさん?」


 いきなり抱きかかえられたことで、ベティは目をまん丸としていた。


「危ないよ、ベティ。あの花は毒があるんだ」


「どく?」


「あくまでも、おとーさんが知る通りなら、ね」


 そう、俺がベティを抱きかかえたのは、リコリスには毒があるからだ。


 とはいえ、口にしない限りは問題ないし、毒抜きをすれば根っこは食べられるはずだった。


 だが、毒抜きをせずに食べてしまうと、激しい嘔吐ないし下痢になるし、最悪呼吸困難に陥ることもある。


 その見た目とほのかに光る姿が合わさって幻想的な美しさではあるが、その内部には恐ろしさが詰まっている。まさに「きれいな花には棘がある」を地で行く花なんだよね、リコリスは。


 加えて、いま言ったのはあくまでも人間に対してであって、犬や猫にとっては致命傷になりかねないほどの毒花でもある。


 ベティやプロキオンは狼の魔物だけど、犬科であることには変わりないから、被害を受ける可能性は十分にある。


 だからこそ、念のためにベティを抱きかかえたわけだ。


 そのことをベティを含めていま下船した全員に説明した。プロキオンやメアさん、ティアリさんは言葉を失っているし、ルリも「……恐ろしい花だな」と冷や汗を搔いていた。


「……たしかになかなかに怖い毒性の花みたいだね」


 アンジュはリコリスをじっと見て、その毒性を見抜いたようで、しきりに頷いている。


 どうやら、この世界でもリコリスの花には毒性があるようだ。


「きれいなのに、こわいおはなさんなの」


 俺の説明に加えて、アンジュが断言したことでベティは、俺の腕の中でぶるりと全身を震わせている。


 ベティは俺たちの中で一番小柄であるし、リコリスに無防備に近付いてしまっていたからというのも震えている理由だろう。


「でも、どうしよう、パパ。それじゃ、このお花採取できないの」


 言葉を失っていたプロキオンが残念そうにリコリスを見つめていた。


 というのも、これまでの休憩場所にあった発光する植物をプロキオンは少しずつ採取していたんだ。


 いつか旅が終わって、どこかに定住したら庭先に植えたいということで、少しずつ採取していたんだ。


 その採取は枝垂れ桜も同じだった。他の花々は数株ずつ丁寧に掘り起こしていたが、枝垂れ桜の場合は、落ちていた枝をいくつか採取していた。


 本当は落ちている枝でない方がいいんだろうけれど、落ちていた枝はどういうわけか、健康そうな太い枝ばかり。


 桜の枝をそのまま折らなくてもよかったのはいいんだが、太い枝がいくつか転がっていたのかはわからなかった。


 乗船した際に、タマちゃんにそのことを話したら、「……あー」となぜか言葉に詰まっていた。言葉に詰まらせながらも、どこか呆れた顔をしていたのがとても印象的だった。


「……あー、その、プロキオンちゃん」


 そして言葉に詰まらせながらの呆れ顔はいまも同じだった。がしがしと後頭部を掻きむしりながら、プロキオンに話し掛けるタマちゃん。


 プロキオンは「なぁに?」と首を傾げた。


「……えっと、ですね。いまから言う部分にあるリコリスは採取しても問題ない、そうです」


「がぅ?」


 プロキオンはタマちゃんの言葉を聞いて、「意味がわからない」と首を傾げていた。


 意味がわからないのは俺も同じだ。いや、俺だけじゃなく、フブキちゃんとアンジュを除いた全員が同じく首を傾げている。


「いまから言う部分にあるリコリスだけは毒抜きをして無害化するので、自由に採取してもいいよ、ってことらしいですね」


「……どういうこと?」


「……そのままの意味、としか言えませんね」


 プロキオンは意味を理解できないみたいで、怪訝そうにしている。対してタマちゃんはあはははと乾いた笑い声を上げながら呆れていた。


「……あー、そんなんどすかぁ」


 フブキちゃんはタマちゃんとプロキオンのやり取りを聞いて、事情を察したようでタマちゃん同様に呆れ顔を浮かべていた。そしてアンジュはと言うと──。


「……ねぇ、あなた、あの花、ところどころで恐ろしい勢いで無毒化されているみたい、なんだけど」


 ──あ然とした様子で、タマちゃんの言葉が事実であることを伝えてくれた。


 リコリスの見た目はなにも変わっていない。変わっていないが、どうやら凄まじい勢いで無毒化されているようだ。


 犯人が誰なのかは、タマちゃんたちの言葉を聞いてはっきりとわかりました。


「……なにしてんのよ、うちの母は」


 どう考えても下手人は母さんだろう。「かわいい孫娘のささやかな願いを叶えずして、なにがおばあちゃんよ!?」とか言ってそうだ。


 となると、あの桜の健康そうな太い枝が落ちていたのも説明がつく。


 プロキオンの願いを叶えるためだけに俺たちが到着する寸前で桜の枝を切り落としたんだろう。


 もしくは、接ぎ木できるような枝を新しく創造したのかもしれない。


 どちらにしろ、過保護にもほどがあった。


「……あと、無毒化しているのは、すぐ手前だから安心してね、らしいですよ?」


「……タマモさんの言う通り、すぐ手前から順々に無毒化されているよ、あなた」


「……Oh」


 ……呆れすぎて、まともな言葉が言えなくなってしまった。


 どこまで過保護なんだ、あの人は。もう少し放任主義でもいいってのに、まったくどれだけ孫ラブなのやら。もう少し厳しくしても──。


「ちなみに、レンさんも人のこと言えないですよ? というか、真っ先に採取を始めているじゃないですか」


「……え?」


「……無自覚ですか、旦那様」


 タマちゃんとルクレから指摘された。なにを言っているんだろうと思ったのだけど、どういうわけか、俺の手は泥だらけになっていたし、いつのまにかリコリスの花を根っこを傷付けないように採取し終えていた。


「……いつのまに」


「「Oh」って言ってからすぐにベティを下ろして掘り始めていたよ、あなた?」


「……そんなバカな」


「とか言いながら、いまも二株目を掘っているけど?」


「……あれ?」


 アンジュにも指摘されてしまった。見れば、たしかに俺は二株目のリコリスの花の採取に勤しんでいた。


 完全に無意識であり、母さんのことがなにも言えなくなってしまった瞬間だった。


「レン様は親バカはんどすなぁ」


 フブキちゃんが呆れ顔で呟くも、一切の反論はできなかった。


「ばぅ、おねーちゃん、きょーそーなの」


「負けないよ、ベティ」


 でも、その一方で娘たちとともにリコリスの採取ができているから、まぁ、いいかな? 

 

 ちなみにふたりはどちらがより多くリコリスの花を採取できるかどうかの競争を始めていた。


 採取しすぎないようにと言いつつ、俺は二株目のリコリスの花を採取し終えた。プロキオンとベティが採取するから、俺はこれ以上はいいかなぁと思うも、娘たちとこうして一緒に作業する機会はめったに訪れない。


 そう思ったときには、三株目の採取を始めていた俺である。


「……もう、本当に親バカなんだから」


「旦那様らしいけどね」


「そうだね」


 くすくすと後からアンジュとルクレの笑う声が聞こえるが、俺の手は止まることはなく、プロキオンとベティと交じってリコリスの採取を続けたんだ。


 ちなみに、採取したリコリスはタマちゃん曰く、「栽培して繁殖させても無毒化したままらしいそうですよ」とのことだった。……本当にどこまで孫ラブなのやら、うちの母は。


「……だから、レンさんが言えることじゃないですってば。っていうか、無毒化したの根こそぎ採取しているの気付いていますか?」


 ……タマちゃんの言葉通り、手前にあった無毒化したリコリスはすべて俺のアイテムボックスにしまわれていた。無意識って怖いなぁと思いました。


「親バカの間違いでしょう、あなた?」


「親バカここに極まれり、ですよ、旦那様」


 ……反論できないことを言わないで欲しいと思った、俺であった。

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