rev5-35 航行不可能
ガリオンさんの船内放送が、地上へと浮上するという船内放送が流れた。
それは前々から説明されていたことであったので、ガリオンさんの放送に合わせて、俺たちは一斉に船内へと入っていった。
船内に入ってすぐ、案内係に通されて、俺たちは指定の大部屋へと入った。
大部屋は、左右に大きな船窓がある以外は、この七日間で過ごしたスイートルームのような船室と同じ造りをしていた。
あえて、違いがあるとすれば、大きなダイニングテーブルが中央に置かれており、そのテーブルには全員分の椅子があった。
俺たち全員が着席するのを案内係が確認すると、ガリオンさんは浮上を開始した。
地下水脈からどうやって地上へと浮上するのかと言うと、ガリオンさん曰く、「泡の膜を張って、水流の中に潜り込んでいく」らしい。
「聖大陸」を走る地下水脈と地上にある湖沼は、地下で繋がっている。が、その入り口とも言うべき場所は、地上にある水路のように目で見てわかるような場所に必ずしもあるわけではないようだ。
それぞれの湖沼によっては、地下水脈の底深くにある場合や、水面近くにある裂け目が入り口となることもあるようだ。
俺たちが目指すコサージュ村等辺境の村を擁する御山近くにあるとされる湖の場合は、地下水脈の底にある大穴が入り口のようだ。
しかも、その大穴からが大変で、その内部はまるで網の目のような迷路となっているということだった。
その迷路の内部は、幽霊船部隊の中ではガリオンさんだけが把握しているということだった。件の湖への脚として部隊長のガリオンさんが選ばれたのは、そういう理由だった。
『私も把握しておりますが、勘違いもありますゆえ、内部の地図をお渡しします。どうかご確認兼到着までの余興とされてください』
ガリオンさんの言葉とともに俺たちの前に一枚ずつ地下水路の地図が出現した。
ガリオンさんは地図とは言っていたけれど、実際のところはRPGのダンジョン内マップのようなもので、現在値が光点として刻まれていているというとんでもないものだった。
その地図を見て、俺とタマちゃんは「RPGみたいだなぁ」と思ったのは言うまでもない。
他の面々は地図を見て「便利だなぁ」と感嘆していた。
でも、一番大きな反応を見せていたのは──。
「がぅぅぅ~! すごい、すごい、すごぉぉぉぉぉーい! なに、この地図!? 現在地がわかるってすごいの!」
──またもや知識欲を暴走させたプロキオンだった。
まぁ、知識を蒐集することに貪欲なプロキオンにしてみれば、このダンジョン内マップじみた地図は、まさに大好物のようなものだろうし、無理もないかな。
「現在地がわかるのもすごいけど、この複雑な順路もすごくいいの! 複雑だけど、すごく面白そう!」
現在地が光点するだけでも、プロキオンの興味を惹くには十分すぎたが、そのうえ地図の内容──地下水路の複雑すぎる順路がよりプロキオンをそそらせるようだった。
最初に網の目みたいと言ったけれど、実際その通りに大小様々な道が縦横無尽に走ったうえに、その道を指定の順番で通らないといけないようだ。その指定の順番は地図の余白部分にびっしりと書かれていた。
「……なんですか、この悪ふざけのような複雑すぎる順路は?」
興奮するプロキオンとは違い、地図を観察していたルクレが絶句した。
というのも、ルクレの見立てでは、この順路は通常の船舶では航行不可能な順路らしい。……まぁ、そもそも、この地下水路に突入すること自体が、通常の船舶では不可能だろうけれど。
仮に地下水路ではなく、地上にある水路だったとしても、ルクレの見立てでは絶対に航行は不可能らしい。
どれほど複雑な順路なのだろうと、ルクレに倣って地図を観察し、ルクレが絶句した理由がすぐにわかった。
「……ねぇ、ルクレ」
「仰りたいことはわかりますが、なんでしょうか?」
「「一度浮上後、十数秒後に、通行可能となるK点に突入のため、再潜行」ってなに?」
「……そうですねぇ。そのままの意味ですね」
「……それって、通常の船だとできる?」
「……できるわけないじゃないですか」
「……そう、だよねぇ」
我ながらアホなことを聞いたと思ったけれど、それほどまでに指定された順路は無茶苦茶な内容だった。
いまルクレに聞いた内容も、書かれた順路の中では比較的ましなものだった。
だって、ひどいものになると、滝状になった通路を逆走し、その後反転して、向かい側にある通路へとジャンプとか書かれていたもんよ。
……なんだよ、ジャンプって。船がジャンプってなによ。意味わからん。
というか、滝を逆走ってどういうこと? そんな物理法則無視したことできるの? 幽霊船だからできるの? ……できるから書かれているんだろうけれど、やっぱり意味がわからない。というか、意味を理解したくない。
「これは、また」
「……やっぱり船は怖いです」
俺とルクレの話に戦々恐々としながらも、メアさんとティアリさんが地図の順路を読み、揃って戦慄されていた。
それはふたりだけではなく、ルリとイリア、ティアリカ、そしてタマちゃんも同じで「意味わからん」って顔をしている。
が、サラは「飛行と考えれば可能ですねぇ」となんとも呑気なことを言ってくれた。
いや、サラだけじゃないか。大人組はサラ以外は理解不能な顔をしているのだけど、うちの娘ズとフブキちゃんはというと──。
「ガリオンおじいちゃんは、ジャンプできるの?」
『ほっほっほ、老体とはいえ、まだまだ現役ですからなぁ。その程度軽く行えますぞ?』
「ばぅ~、すごいのぉ~。ベティ、はやくジャンプしてほしいの!」
『いまはまだ潜行中ですからなぁ。もうしばらくお待ちください。ですが、お待たせした分、このガリオン、世紀の大ジャンプをお約束致しますぞ』
「ばぅ~、楽しみなの~」
「……船ってジャンプするんやぁ。すごいなぁ、プロキオンちゃん」
「そうだねぇ~。ワクワクするね、フブキ」
「そうやなぁ。……怖いもの見たさで興味出てきたわぁ」
──三人ともノリノリになっていた。フブキちゃんはうちの娘ズとは違い、理性的だと思っていたのだけど、やっぱり類は友を呼ぶということだっだらしい。
そんなフブキちゃんの言葉を聞いて、タマちゃんが「ふ、フブキ?」と愕然としていたのが、とても印象的だった。
だけど、一番印象的だったのはと言うと──。
「三人とも、楽しみなのはわかるけれど、なにかに掴まっていたりしないと危ないと思うから、注意しようね?」
「「「はーい」」」
「うん、いいお返事だね」
──無茶苦茶な航路を通るとわかっているのに、いつも通りなアンジュだった。
女神となったことで、いろいろと変わってしまったアンジュだけど、こういうところも変わってしまったようだ。
あまりにもいつも通りな彼女を見ていると、なにかしらのアトラクションじみた、無茶苦茶な航路なんて待ち受けていないのではないかと思えてくるのが不思議だった。
「どうしたの、あなた?」
あ然となりながらアンジュを見つめていると、アンジュは首を傾げながら、俺に声を掛けてきた。
「なんでもないよ」と返事をしつつも、その泰然自若っぷりになんとも言えない安心さを抱かせてくれる。というか、羨ましいよ、純粋に。
「……いまだけはアンジュのマイペースっぷりが羨ましいです」
「私、そんなにマイペースじゃないよ、ルクレ?」
「……どの口が言っているのよ」
「この口、だけど?」
アンジュのマイペースっぷりに、ルクレが感嘆としてしまう。……大いに呆れも含まれているけれど、それはまぁ仕方がない。
だが、当のアンジュはルクレの言葉の意味を理解していないようで、こてんと首を傾げるだけだった。
『ほっほっほ、仲がよろしいことでなによりですな。さて、そろそろ大穴に突入いたしますゆえ、皆様方シートベルトの着用をお願い致します』
ガリオンさんが突如とした口にしたのは、この世界にはないであろう単語だった。
シートベルトと言われても、そんなものにどこあるのと思ったが、ガリオンさんの言葉と同時に、椅子がいきなり床と固定されると、肘置きのあたりからイメージ通りのシートベルトが出現したんだ。
「……すごい、ですね」
いきなりの展開にタマちゃんが絶句しながら、どうにかコメントをする。
俺もどうにか頷くので精一杯だった。他の面々は不思議そうにしながら、ガリオンさんの説明を聞いてシートベルトの着用を進めていく。
そうして全員がシートベルトを着用すると、『では、参りますぞ』というガリオンさんの言葉とともに俺たちは地上へと繋がる大穴へと突入したんだ。




