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rev5-33 遥かなる霊峰に

 凄まじい激流だった。


 まるで滝を思わせるような轟音の激流。その激流を滑るように幽霊船のガリオンさんは移動していた。


 灯りなどなにもない真っ暗な激流をガリオンさんは、迷いなく進んでいく。


 時折、激流からは突起のような岩や大きくうねった曲がり角などがあるが、ガリオンさんは慣れているとばかりにそれらをあっさりと通過されていく。


 気分的にはウォータースライダーとジェットコースターが合わさった新手のアトラクションのようだ。


 だからなのかな。うちの娘たちのはしゃぎっぷりがすごい。


「ばぅ~! おかーさんのおふねよりも、はやいの~!」


 ベティは大はしゃぎしながら、ガリオンさんの船首に張り付いていた。その隣にはやはりベティと同じようにはしゃいでいるプロキオンもいる。


「すごいすごいすごーい! ガリオンおじいちゃんすごーい! あはははは!」


 普段のお利口さんっぷりはどこへやら、語彙力さえもなくして、プロキオンははしゃぎにはしゃいでいた。


「おじーちゃん。もっとはやくできるの~?」


『そうですなぁ。できなくはないですが、そうなるとおふたりが少々危ないですなぁ。甲板に出ても安全となると、この速度が限界ですかな?』


「そーなの?」


『いまも申し上げましたが、速度を上げるだけならば、まだまだ余裕はあります。が、その場合はおふたりは私の中に入ってもらわないと安全とは言えませんからなぁ』


「お外見える?」


『場所によりますな。私の内部には窓もありますが、通路すべてにあるわけではありません。加えて、内部では風や音も遮断しておりますので、臨場感は激減するでしょうなぁ』


「りんじょーかんってなぁに?」


「その場その場の空気を感じられるってところかなぁ~。ちょうどいまみたいに、波しぶきや風とか、音とかを感じられているのに、ガリオンおじいちゃんの中に入ると、それら全部が感じられなくなっちゃうってところかな?」


「ばぅ~。それじゃ、つまんないのー」


「そうだねぇ。やっぱり、いまの速度が一番なのかなぁ」


『ほっほっほ。まぁ、楽しむというのであれば、いまが一番でしょうなぁ~。ですが、この激流下りはいまが一番退屈なゾーンなのですぞ?』


「そーなの?」


『ええ。ここからは様々な景色と出会えますなぁ。たとえば、視界すべてがアメジストに覆われた空間やかつて存在していた魔物の化石群、古代都市の廃墟群などが目白押しですので、ここからの道中はおふたりはもっと楽しめるかと思いますぞ』


「ばぅ~、たのしそーなの~!」


「とっても凄そう! 楽しみ!」


 ガリオンさんの説明を聞いて、目をこれでもかと輝かせるふたり。ふたりの反応にガリオンさんは気をよくしているようで、「ほっほっほ」と上機嫌に笑われていた。


「ガリオン殿、安全運転でお願い致します」


 上機嫌なガリオンさんに、メアさんが苦言を呈していた。というのも、今回俺たちの護衛役である蝶姉妹の補佐役の片割れであるティアリさんがダウンしてしまっているからだ。


「……やっぱり、船は、苦手、です」


 ぽつり、ぽつりとどうにかという体で甲板の縁に寄りかかるティアリさんをメアさんは呆れ顔で介抱されていた。


『ティアリ殿は相変わらずのようですなぁ。これでも安全運転ではあるのですがね』


 船酔いに苦しんでいるティアリさんに、ガリオンさんは苦笑いしながら、できる限り速度を落とされている。


 が、ガリオンさんが速度を緩めたところで、激流の速度が落ちるわけでもないけど、いままでよりも安全性があがることはたしかだ。


 その分、到着までの時間が伸びてしまうので、ティアリさんにとってみれば痛し痒しというところか。


「やれやれ、ティアリ部隊長はいい加減船酔いを克服しないと、今後の作戦行動に支障を来すぞ?」


 船酔いに苦しむティアリさんに向かって、クーも呆れ顔を浮かべているが、ティアリさんは「……申し訳ありません」と消え入るような声をあげるので精一杯になっていた。


「ガリオン部隊長。ティアリ部隊長用の部屋の用意はしてありますか?」


『ティアリ殿だけではなく、皆様方のお部屋の準備はすでにできております。案内役兼世話係も内部に配置しております』


「そうですか。ティアリ部隊長。いまのうちに休んでおきなさい」


「で、ですが、トワ将軍」


「人には得手不得手があります。いまはあなたの不得手の状況です。ならば、得手となる状況まで力を蓄えるためにも、いまは休みなさい」


「……承知しました、将軍」


 虫の息同然となったティアリさんにトワさんが休むようにと指示をし、ティアリさんは最初抗うも、最終的には頷いた。


 トワさんの言う通り、いまはティアリさんの得意としない場面であるし、ならば無理をせず、活躍できる場面まで力を蓄えてもらう方がいい。


 トワさんの指示は真っ当であり、ティアリさんも最終的に頷いたのは、トワさんの考えに間違いがなかったからだ。


「ティアリ、肩を貸すぞ」


 ティアリさんは甲板の縁から離れ、ガリオンさんの内部へと入ろうとするが、そこにメアさんがすかさずティアリさんの肩を担がれた。


「……申し訳ないです、メア姉様」


「気にするな。それよりもおまえはいま力を蓄えることだけを考えておけ」


「……はい」


 メアさんに肩を担がれ、ティアリさんは申し訳なさそうにしているが、当のメアさんはまるで気にしていないようだった。


 メアさんは見た目厳しそうな雰囲気な人だけど、メアさんを介抱する姿を見ていると、厳しいというよりかはしっかり者な面倒見がいい人なんだというのがわかる。


「それでは、両将軍、レン様方、少し席を外させていただきます」


 メアさんはティアリさんの肩を担ぎながら一礼された。ティアリさんも遅れて一礼して、ふたりはガリオンさんの内部へと入っていた。


「……やれやれ、今度からは水上戦の訓練を行うかな?」


「姉様、それをしたら、あの子立ち直れなくなりますよ?」


「おまえは甘やかしすぎだ、トワ」


「姉様が厳しすぎるのですよ」


 ティアリさんの体たらくにクーが憮然と言い放つと、今度はトワさんが苦言を漏らすも、クーはトワさんが「甘すぎる」と言い、トワさんもお返しとばかりに「厳しすぎる」と告げられた。


 なぜか姉妹喧嘩が勃発してしまったが、その割にはふたりは穏やかな表情のままだ。……ティアリさんが聞いたら、いろんな意味で恐慌としそうな状況でもあるけど。


「ばぅ~、かぜ、きもちいーの」


「本当だ~」


 穏やかに言いあうふたりを尻目に、うちの娘たちは船首に立って、両腕を広げて立っていた。昔のとある映画のワンシーンを再現するようにだ。


「……レンさん、その映画はラストで沈没するので、いまの状態では不吉すぎますよ?」


 俺が思ったことをタマちゃんも思っていたのか、あえて釘を刺してくれたが、正直言うと俺は観たことないから、どういう内容なのかは知らないんだよね。まぁ、モチーフとなった船が沈没したのは知っているけれど。


「でも、本当にいい風だね。地下とは思えないくらい」


 アンジュは俺の隣で風を浴びながら、その長い銀髪を片手で押さえていた。


 灯りのない地下空間で、アンジュの銀髪は不思議と煌めいていて、その煌めきについ目を奪われてしまいそうになる。


「どうかした、あなた?」


 アンジュは不思議そうに首を傾げた。「なんでもないよ」と返事をしながら、正面を見やる。船首で風を浴びながら楽しんでいる愛娘たちの背中が見えた。


 いや、見えているのはふたりだけじゃない。この甲板には、「聖大陸」で旅を共にすることになった皆の姿がそこらにあった。


 コサージュ村を出たときよりも人数は多くなった。それこそかつて「魔大陸」にいた頃と同じくらいにだ。


 でも、あの頃とは違う。違うけれど、似たようなパーティーを組んでしまっている。


 コサージュ村を出たときは、こんなことになるとは考えてもいなかった。


 そのコサージュ村にと俺たちは向かっている。正確にはコサージュ村を擁する辺境、その辺境に座す御山へと俺たちは向かっていた。


 土轟王様の元から出発して早数時間。土轟王様やガリオンさんが言うには、御山には七日ほどの道程となるようだった。


 行きは下りとなるが、帰りは遡上するため、少し時間が掛かるらしい。それでも、往復で二十日も掛からないらしい。


「聖大陸」での旅はなんだかんだで半年近く。その半年を二十日ほどで往復できるというのは、なんとも言えない気分にさせられてしまう。


「あなた?」


 アンジュが再び首を傾げる。「なんでもないよ」とまた口にしながら、御山で待つであろう「古き神」のことに思考を切り換えた。


「なぁ、アンジュ」


「なぁに?」


「「古き神」がスライムだったって知っていた?」


「ううん、全然。コサージュ村の伝承では、偉大な存在としか語られていなかったから」


 アンジュは首を振った。でも、それも無理もない。


 俺の知る伝承は、コサージュ村の伝承だ。その伝承では、「古き神」は偉大な存在とされているが、その正体までは伝えられていなかった。


 それは他の辺境の村でも同じだ。唯一正体を書かれていたというのは、「巨獣殿」の地下書庫でプロキオンが読んだという、コサージュ村周辺の歴史書のみ。


 その歴史書では、「古き神」は竜に擬態した巨大なスライムだったとされていた。


 スライムというと俺が真っ先に思い浮かんだのは、氷結王様の眷属の長だったシュトロームさんくらい。


 でも、あの人はそんな巨大なスライムではなかった。


 まぁ、「ヴェルド」のスライム自体結構な大きさではあったけれど、竜に擬態できるほどの巨体ではなかった。


 でも、状況を踏まえる限り、「古き神」の正体がシュトロームさんの可能性が出てきた。


 だけど、「古き神」がシュトロームさんであれば、肝心の氷結王様はどこにおられるのかという問題があった。


 さすがにプロキオンが読んだという歴史書にも、「原初の氷王」こと氷結王様の逸話までは書かれていなかった。


 だけど、その問題は「古き神」に出会えば解決するだろう。


 あくまでも、「古き神」がシュトロームさんであればの話だけども。


「さて、鬼が出るか蛇が出るか、だな」


 御山まではまだ遠い。


 だが、着実に近付きつつはある。


 その御山でいったいどんな出会いが待っているのか。


 先の見えない地下水脈をまっすぐに見据えながら、俺はこの先に待つ出会いについてを考えていたんだ。


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